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異変に最初に気付いたのは、躯だった。
***
…二十一夜目…

『敵襲!敵襲!』

艦内にひび割れた警告音が響き渡った。
司令室にいた躯はちょっと眉を上げたが、それだけだった。

新しい魔界のシステムを快く思わない者はいくらでもいた。
徒党を組み、上手く作戦を立てれば躯の軍を叩き潰せるかもしれないなどと考える、どうしようもない馬鹿も、時々いる。

「敵襲、ということは雑魚ばかりでもないわけか…」

躯はひとりごちる。

司令室にいる何人かの戦士とその部下たちも特に焦る様子もなく、黙々と任務をこなしている。
何かの拍子に魔界に迷い込んだ、迷子の人間探し、及び回収、だ。

雑魚ならば下級兵どもが上には告げずに片付ける。
こうして警告を一応だが出すという事は、少なくともA級クラス程度が何人かはいるのだろう。

「今日の担当はどの隊だ?」

一応、斥候部隊らしきものを交代で配置してはいる。
あまり稼働する機会もないのだが。

「飛影の隊です」

答えた声に、躯はちょっと微笑んだ。

あのガキのことだ。
迷子の人間の相手よりは余程マシだと楽しんでいるだろう。

そう躯が考えた瞬間、当の本人が司令室に入ってきた。

「どうした飛影?敵は片付けたのか?」
「…オレがいる必要もないだろう?あいつらにまかせた」

あいつら、とは飛影の下についているやつらだろう。
もちろんその者たちで力不足ということはない…だが…。

退屈なパトロールでは誰もが戦闘の機会を歓迎している。
普段は相手にしないような雑魚であっても、退屈しのぎにはなる。A級クラスが相手なら、それなりに楽しめるはずだ。

飛影は司令室の床に直に腰を下ろし、部下たちの喧騒を遠くに聞いていた。

らしくないな。

異変に最初に気付いたのは、躯だった。
***
いくらか書類仕事もあるとはいえ、パトロール終了後の百足の住人たちには、自由な時間が与えられている。
もっとも、みな強さを求めて躯の元に集まった者ばかり。日々の鍛練には余念がない。

そんな者たちのための闘技場がいくつかあり、気まぐれな女王様が時折相手をしてくれる事もある。
もっとも女王様のお相手は命がけになりがちだ。

何人かと手合わせをした躯は溜め息をついた。

「まったくお前らときたら。鈍い、何もかもが。攻撃を受けてから反撃を考えるんじゃ遅いんだぞ」

五人いっぺんに相手をしても女王様はかすり傷一つ負っていないのだから、まるで話にならない。
躯はもう一度溜め息をつき、もう少しマシなやつを相手にしようかと、ナンバーツーの名を呼んだ。

「飛影!」

飛影なら、パトロールの後すぐに部屋に戻ったみたいですよ。
誰かがそう返事をした。

「部屋?オレが呼んでいると言ってやれ…いや、いい。オレが行く」

しなやかな身のこなしで、躯は闘技場を後にした。
***
「おい、飛影」

ノックも何もなくドアを開ける。
各自の部屋には鍵があるが、躯だけは全てのドアを鍵なしで開ける事ができる。

部屋の中央に置かれたベッド。何枚ものシーツや毛布。
たっぷりの布にくるまれて飛影は眠っていた。

もちろん勝手に部屋に入ってきた躯の気配にすぐに気付き、目を開ける。

「…何か用か?」
「久しぶりにパトロールに出たが、相変わらず迷子の人間の相手はつまらんな。飛影、闘技場に来い。手合わせしてやる」

元々暇さえあれば飛影は眠っているが、手合わせ、しかも躯が相手となれば断るはずがない。

「…いや、今日はいい」
「気分が乗らないとでも言うのか?」

珍しく冗談を言ったのかと、躯は笑って闘技場へ行こうと腰を上げた。だが、当然ついてくると思った飛影は動かない。

「どうした?まさか本当に断る気か?」
「ああ」

珍しい事もあるもんだ。
さてはあの狐とケンカでもしたのだろう。

その時の躯はそう深くは考えなかった。

あの時もっと注意深く飛影の様子を見ていたら…。
いや、オレが頻繁にパトロールに顔を出していたらもっと早く気付けたのか…。

今になって躯は、時折そんな事を考える。

後悔なんて、あなたらしくない。
それにあれは誰のせいでもない。

新しいナンバーツーは今、躯の傍らで自分の前任者についてそう言って涼しげに笑う。

「そうだな…」

躯とて、後悔など無駄な事だとわかってはいるのだが。
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