Loop Dragon Act.1...4

食べ物が、喉につっかえるみたいだった。

馴染まない高級な服を着て、来た事もない高級な店で食事をしている。

蔵馬はどこに行っても人目を引き、連れである飛影もじろじろと無遠慮な視線を浴びた。
ぎくしゃくと街案内を終え食事をする頃には、まわりがみな自分たちを見ているような気さえして飛影は嫌な汗をかいていた。

耳飾りがシャラ、と耳元で音をたてた。装飾品を身に着ける習慣のない飛影は、それも聞き慣れず神経に触る。

まず、服をなんとかしようか。

そう言われ連れていかれた店で服を一揃い着替えさせられた。
店の女たちが選んで着せた服は、男物なのか女物なのかもわからない不思議な服だ。

店の応接室で待っていた蔵馬は、似合うよ、と微笑んだ。

いったい…一体どういうつもりなんだこの男は。

飛影は困惑したまま街を案内し、混乱したまま食事をしていた。

あれほど莫大な金額をチャラにする条件で雪菜を望んでおいて、俺が替わりでいいわけがないだろう。どういうことなんだ?何をたくらんでいる?
そう聞きたかったがそんな事を聞いて、じゃあ雪菜を連れて来いなどと言われては元も子もない。

そんな訳で飛影はなんとか食事を飲み下していた。

「美味しい?」

黙って頷く。
この状況で食欲などわくわけがない。
本当は味などよく分からなくなっている。
おまけにたいして飲めもしない酒がやたら効いてきた。

ふと、蔵馬が手をのばし、飛影の耳に触れた。

「…?」
「これ、ない方がいいね」

そう言って、飛影が着けていた耳飾りを取る。
高級そうな赤い石が嵌まったそれは、店の女たちが目の色に似合う、と選んだ物だ。

「似合わない。君の瞳と並ぶと、この石はクズみたいに見えるもの」
「……え?」
「褒めたの、君の瞳を。鈍いなあ。それで妹の替わりができるの?」
「…!! あ、ええと…」

こんな時雪菜だったらどうするだろう?
すぐに思い浮かぶ。
妹は自分の容姿について褒められるのに慣れている。綺麗な笑みを浮かべて、そう、ありがとう、とだけ言うだろう。

でも、俺はそんな事言えない。褒められるような容姿でもない。

飛影は間の悪さを取り繕うかのように、グラスの酒をなめる。
テーブルの上に置かれた耳飾りの赤い石は、飛影の目にはとても綺麗な石に見えた。

「別に…そんな世辞を俺に言う必要はない」
「お世辞、ねえ」

蔵馬はカウンターに控えているウェイターに、目でチェックの合図をする。
サインだけすると、テーブルに置かれた耳飾りをチップ代わりに、とウェイターに渡した。

ウェイターの驚いた顔からすると、高級な石なのは間違いない。

手を引かれて、レストランを出る。
当然のように待ちかまえていた迎えの車に乗り込む。

「どこに…?」
「どこって?ホテルに戻るよ」

ホテルという言葉に飛影は思わずビクッとする。

「戻って…その…」
「何を今さら?君は妹の替わりをするって言っただろう?ホテルで何をするのかなんて聞くつもり?」

言葉に詰まって窓の外に反らそうとした視線は、長い指に顎をつかまれ阻止された。

「本当に綺麗だよ、この瞳は。でも…泣いたらもっと綺麗なんじゃないかな?」
***
「さあ、君のお手並み拝見といこうかな?」

部屋の真ん中に立ち尽くす飛影にむかって、くつろいだ風情でベッドに腰かけた蔵馬は小さく笑った。

「どうしたの、お兄ちゃん?君のやり方でいいよ。俺を楽しませてよ」

俺のやり方、って…。
サラサラした高級な生地でできた服の裾を、無意識に握ったり放したりしながら、飛影は途方に暮れていた。

した事が、ない、なんて言ったら…。
それで妹の替わりになんてなるのかと責められるだろう。

生まれたてでもない限り、妖怪で性交を経験した事がない者などほとんどあり得ないのは自分でもよくわかっている。
兄の自分は気付いていないフリをしてきたが…雪菜だって…当然経験済みだろう…かなりの数を。妖怪にはありがちな事だが…男女両方と。
だからって金と引き換えに、こいつに大事な妹を差し出すようなマネはできない。

どうしよう。
どうしたらいい…?

「いつまでそうやって突っ立ってんの?」

冷たい声。

幽助が自分の寝室に山ほど置いていたエロ本でも読んでおけばよかった。恋人がいるくせに、それとこれとは別、おめーも好きなのあったら持ってっていーぞ、と幽助はいつも笑っていた。

…あんなくだらないものでも読んでおけば男が喜びそうな事がわかっただろうに。

もう、しょうがない。
やり方すらもロクにわからないのだからどうしようもない。

「………俺は、した事がない」
「何を?男と?ああそう。今までは女専門だったの?男とした事なくたって自分を女に置き換えればわかるでしょ?」
「…どっちも…」
「ええ?」

飛影は顔を真っ赤にし、ヤケのように叫んだ。

「どっちとも、した事はない!だからお前が好きに命令しろ!俺は言われた通りになんでもする!」

碧の瞳が眇められる。

「バージンねえ…。そんなの信用できないけどな。人間じゃあるまいし」

まあいいや、おいで、と蔵馬は立ち上って手を差し伸べる。

「じゃあ、まずはお風呂に入る?」

時間を稼げるとホッとして、飛影は頷いた。
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