Loop Dragon Act.1...2

オーナーのお気に入りである雪菜は二人部屋を一人で使っている。
幽助と飛影が部屋を訪れると、雪菜と仲のいい同僚がすでに飲みはじめていた。

「美味しいねえ。やっぱり高い物は味が違うね」

ご機嫌で杯を重ねているのは雪菜の隣の部屋のぼたんだ。彼女は幽助と同じでウェイトレスをしている。
幽助と同じくポーカーフェイスは下手でウェイトレスをしているが、かわいらしい顔立ちと陽気な性格で皆に好かれていた。

「良かった。たくさんもらったの」

雪菜に焦がれる客は後を絶たない。
きちんと片付いた部屋の隅に、贈り物のきれいな包みがいくつも積まれていた。
テーブルの上には珍しい異国の食べ物や高価な菓子、果物などが肴がわりに並べられている。

「いいよねえ。あたしらウェイトレスには誰もこんな高い物くんないよ」
「そりゃウェイトレスだからじゃなくって顔のレベルの問題だろー」

幽助の軽口にぼたんが噛みつく、といういつも通りのじゃれ合い。
それをまんざらでもなく眺めている飛影に雪菜が見慣れない菓子を差し出す。

見た事のない菓子。
一見すると食べ物には見えない、色とりどりの華やかな菓子が木箱に整然と並んでいる。

「なんだこれは?」
「人間界のお菓子なんですって。美味しいわよ」
「人間界の?」

飛影がいぶかしげに聞き返す。
魔界と人間界の行き来は難しいことだし、難儀して行ってわざわざ菓子を持ち帰る者など聞いた事がない。

「それ、あのお客かい?」

ぼたんが目を輝かせて問う。

「そうなの。贈り物も趣味がいいわね」

にっこり笑って雪菜は首元に飾られた細かな銀細工のネックレスに触れる。
どうやらそれもその客の贈り物らしい。
白い肌に雪の結晶のように輝くそれは雪菜によく似合っていた。

「…お前が貰い物を身に付けるなんて珍しいな」
「趣味が良ければ別よ」

むくれる兄に、雪菜はさらっと返す。

「へえ。どんなやつなの?」

幽助が興味津々といった様子で尋ねる。
飛影も幽助も、ブラックジャックのテーブルとはかなり離れた持ち場にいる。
どうやら最近頻繁に雪菜に貢ぎ物を持ってくるらしい男の事は知らなかった。

「もーすっごくいい男なんだよ。ねえ雪菜ちゃん」
「そうね。すごくいい男よ」
「女の人みたいにきれーな顔しててね、背が高くて黒い長いつやつやの髪しててさ。宝石みたいな碧の瞳なんだよー」
「へええ?そりゃ見てみてえなあ?ブラックジャックしかしねえの?そいつ」

ますます眉間の皺を深くしている飛影をそっちのけで、三人はわいわい騒ぎはじめる。

「デートに誘われてるんだよね、雪菜ちゃん」
「でもそれは禁止だろ?」

ループドラゴンでは客と従業員が個人的付き合いになることを禁止している。
もちろんイカサマをさせないためにだ。
許されているのはせいぜいが貢ぎ物を受け取る事ぐらいまで。貢ぎ物でイカサマを引き受けるほどループドラゴンのディーラーたちのレベルは低くない。

「そうね。残念」

雪菜もまんざら冗談でもなさそうに言う。
イライラしている兄などお構いなしだ。

「…帰る」

ぼそっと言って部屋を出る飛影の耳に、相変わらずシスコンだなあという幽助の声が追い討ちをかけるように聞こえた。
***
「なあ、機嫌直せって」

仕事中の私語は禁止されている。
幽助は周りに聞こえないよう小声で言うと、水の入ったグラスを側に置いた。

飛影はそれが聞こえなかったかのように水を一口飲み、ルーレットに視線を戻す。

「なあ。悪かったって。なんか奢るからあがったら飯食いに行こうぜ」

返事はしないが否定もしない。
それが飛影の肯定の返事だとわかっている幽助はニッと笑う。

そこへぼたんがばたばたと走ってきた。

「おい、おめー走るなって…」

ループドラゴンの従業員は厳しく躾けられている。
走ったり、私語を交わしたりなど論外だ。
何度も大目玉をくらっている幽助は慌ててぼたんを止める。

「そんなのいーから!幽助!来て!」
「え?え?どしたの?」

面食らっている幽助を引っぱり、ぼたんは駆け出す。

「おい…!」

何かあったのか?
ウェイターと違って持ち場を離れる事のできない飛影は眉をひそめる。
まわりの客も騒めき、次々に奥のフロアへ去って行く。

…おい!ブラクッジャックの…
…本当か!そいつは見物だ…
…信じられんね、負け知らずだぞあの女は…
…雪菜…

客の騒ぎにもあまり関心もなく、黙々とルーレットをまわしていた飛影だったが、雪菜の名が聞こえた途端、弾かれたように顔を上げた。

「…雪菜?」

「あんたんとこの看板ディーラー、とんでもない大負けしたらしいぜ」

雪菜が目の前のルーレットのディーラーの妹だと知るはずもない客が言った。

「え…?」
「ほら、あの負け知らずのブラックジャックのディーラーさ。雪菜」

客は面白そうに目を輝かして言うと、自分も現場を見ようとルーレットの台から離れた。
だがその客の前を、風のように走り抜けて行ったのは飛影だった。
***
ブラックジャックのフロアは客で溢れ返り、異様な熱気に包まれていた。

幾重もの人波にテーブルは厚く囲まれ、雪菜の姿を見る事はできない。
妹に何があったのかと走ってきた兄はそのあまりの騒ぎに目を見張る。

「おい、何が…」

ぽかんとしている幽助とぼたんを見つけ、飛影が問い詰めようとした矢先、わずかに動いた人波から彼らの視線の先にあるものが見えた。

高級な絹のような黒髪。
透き通るような肌に、海の底を覗き込んだような碧の瞳。

驚くほど綺麗な男。その整いすぎた顔立ちは、作り物めいて見えるほどだ。

そう飛影が思った途端、自分が作り物でないのを証明するかのように男は薄く笑みを浮かべた。
薄く形のいい唇が雪菜に何事か囁く。

大騒ぎの中、これまた美しい妹は苦笑しているように見えた。
その綺麗な男は大勢の客の視線を平然と受け止め、芝居がかった仕草で雪菜の手を取り金細工の腕輪に唇を落とす。

客たちの歓声と怒号と野次の溢れるフロアで、兄とその友人たちはあっけにとられていた。
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