Loop Dragon Act.1...1

夕暮れから闇へと、支配者が交代する時間。

重い扉の前には、従業員が最後のチェックをするために大きな鏡が据え付けられている。

何人かが鏡の前に立ってはいるが、ほとんどの者にとってそれはただの確認のために過ぎず、どの者も赤か黒の制服を着込み、完璧に身なりは整っている。

チェックを終えた者は次々と扉の向こうへと姿を消す。
オープン前に持ち場について客を出迎えるのが決まりだ。

一人だけいつまでも鏡の前に佇み、イライラと服を直している。
首元から袖口まであるいくつもの飾り紐の一つが上手く留められないらしい。

「留めてあげる」

笑みを含んだ柔らかな声とともに、肩越しに白い手が現れ、紐をキュッと形良く結ぶ。

「本当に不器用ね。兄さん」
「…自分でできる」

いつも結局出来ないくせに素直じゃないわねえ、と少女は苦笑する。同じ服を着た大勢の者たちは皆整った容姿だが、彼女はその中でも一際美しい。
まるでその美しさを特別扱いするかのように、彼女の腕には他の者はつけていない金細工の腕輪がはめられている。ブラックジャックのトップのディーラーを意味するその腕輪は、他の者の羨望の視線を浴びていた。

「よお!今日もキレイだねえ雪菜ちゃん」

能天気な大声を鏡の前の兄妹にかけた少年は、二人と同じ形だが色違いの黒い制服を着ている。
それはここではディーラーより地位の低い、ウェイターを意味している。

「幽助さん。今日も元気ねえ」
「おう。それだけが取り柄だかんな。な、飛影」

カラカラ笑う幽助に、飛影という少年は嫌そうな顔だ。

「…耳障りだ。バカ声を出すな」
「いいなあ飛影。俺もこんなかわいい妹が欲しー」
「…人の話を聞いているのかお前は」

噛み合わない掛け合いに雪菜はクスクス笑った。

「二人とも仕事が終わったら私の部屋に来ない?美味しいお酒をもらったの」

行く行く!とまた大声を上げる幽助を、飛影は嫌そうに見ている。

「ほら、兄さん。仕事中は愛想良く!ふくれっつらしちゃだめ」

じゃあ後でまたね、そう言うと軽く兄の頬をつまみ雪菜は扉の向こうへと出て行った。
***
巨大なフロアは、黒と金とに眩く彩られ、騒めきに満ちていた。

様々な種族の妖怪達が笑いさざめきながら、精緻な刺繍の施された絨毯の上を行く。
中央に据えられた金でできた龍の像は、長い尾をくるりと丸めてあたりを睥睨しているように見えた。

カジノ以外の産業のないこの街には無数のカジノとホテル、それに付随する風俗営業しかない。
その中でも一際大規模で高級なカジノ、それがこのループドラゴンだ。

掛け金の上限がないことでも有名で、輪のように一度入ると抜け出せなくなる…というのが店の名前の由来だ。
そんな物騒な名のカジノなのに、客は引きも切らずにやってくる。

今夜も広いフロアは客の熱気に満ちていた。

仕事中はふくれっつらしちゃだめ、と妹に注意された兄はルーレットのディーラーだ。
無表情にルーレットを回し、ボールを投げ入れる。

黒の17、赤の25。
ホイールの上でボールが回る小気味よい音。山と積まれたチップが現れては消え、また積み上げられる。

まったく馬鹿ばかり。
客の一喜一憂を見ながら、飛影は誰も気付かないくらい小さく笑う。

しょせんカジノでディーラーに勝つことなどできないのだ。
計算ずくで飛影は狙った通りの番号にボールを投げ入れる。
カジノに損失を出さぬよう。かといって客を白けさせないよう、ほどほどに。

気まぐれに、客に大勝ちさせてやる事もある。
狂喜した客はあちこちで吹聴する。そしてまたループドラゴンには客が押し寄せるというわけだ。

赤の19、黒の29。
狙いを外す事は滅多にない。もちろんその腕を買われてルーレットのディーラーに抜擢されたわけだが。

巨大なフロアのずっと奥には、ブラックジャックのテーブルが並んでいる。

ブラックジャックのディーラーである雪菜は今日も完璧な笑みを浮かべてカードを操っていた。
何人かいるブラックジャックのディーラーの中でも彼女は一番腕がいい。ブラックジャックのナンバーワンのディーラーであるということは、ループドラゴンでナンバーワンであることも意味する。

きれいな指がカードを繰る。
薄く形のいい唇が客に笑いかける。

あの蒼い眼はカードを透かすんじゃないか?
客たちの言葉もあながち冗談ではなく思えるほど彼女は強い。
なのに客たちは雪菜の容姿に、笑顔に、言葉に、蒼い眼に、そして山と積まれた金の魔力に魅かれて懲りずにやってくる。

雪菜のテーブルは、今日も人だかりができている。
***
「あーやれやれ。今日も忙しかったなあ」

そう言って制服を脱ぎ捨て、幽助はソファにひっくりかえった。

「…服を着ろ」

片付けのあるウェイターたちよりも一時間ほど早く寮の部屋に戻っていた飛影は嫌そうに言う。

「いーじゃん別に。男同士なんだから」
「見苦しい」
「わかったよ。いいなあお前は」

クローゼットにかけられた赤い服を見遣って幽助は口を尖らす。

「何がだ?」
「ディーラー。俺もなりてー」
「無理だろう」

そっけない返事。
自分の感情をくるくると表に出す幽助はディーラーには向かない。
本人も分かっていることだろう。

「…だよなあ。ま、しょうがない」

向き不向きってもんがあらあな、と豪快に笑うと、雪菜ちゃんとこ行こうぜ、と飛影を急かす。

腕を引っ張られながら飛影は溜め息をつく。

まったく。なんでこいつと同室なんだ?
一年ほど前の部屋替えで一緒になったこの男には未だに戸惑う。
よく喋り、よく怒り、よく笑う。

苦手なタイプなのに。
まったく嫌になる。
次のページへ