秘密...2

「……えーと……飛影、だよね?」

もちろん間違えるはずはない。
けれど、そもそも蔵馬が侵入者だと思い剣を構えたのだって、気配が違ったからなのだ。

飛影の目が、スゥと眇められる。

「…オレが誰だか、わからないのか?」
「いや、そうじゃないんだけど…その……えーと…………性転換?」
「馬鹿か!? 貴様は!! そんなわけがあるか!!」

はだけた着物をかき合わせ、飛影がわめく。
頬を赤らめ、白い胸を隠すその姿に、蔵馬は思わずごくりと唾を飲む。

「じゃあ…説明…してくれる?」
「……」

長椅子に腰を降ろした飛影はこちらを睨んだまま口をつぐんでいたが、蔵馬は飛影をじっと見つめたまま、引く気配はない。
黙秘は無駄だと悟り、飛影はぽつぽつと説明をし始めた。
***
「……時々、こうなる」
「時々って…」

時々?こうなる?
さすがの蔵馬もポカンとしたまま、二の句が継げない。

「だいたい…五年周期くらい、だな」

そのぐらいの間隔で、この姿に、女の姿になる。
理由も原因も、わからない。防ぎようも、ない。
まあ、オレは元々、女しかいない種族の生まれだからな。
当然、前例もないってわけだ。

「そうか…」

冷たいような、甘いような、不思議な香り。その氷女独特の香り。
だから、剣を構えた相手が飛影だと、蔵馬にもわからなかったのだ。

氷女の妖気。今の飛影はそれを漂わせている。

「君は今、氷女なんだ…?」

ギュッと唇を噛み、睨むその姿が、蔵馬への返事になっている。
妖気を上手くコントロールできずにいる飛影の周りには、時折雪の結晶のような蒼が煌めく。

「どのくらいで、戻るの?」
「今までの経験だと…五日から七日で、戻る」

五日から七日。
それなのに十日の休暇を取ったのは、万一長引いた場合を考えての、いつも無鉄砲な飛影らしくもない慎重な行動だ。
それはつまり。

蔵馬は思わずニヤッと笑う。

「その姿、百足のやつらには、絶対見せたくないってわけなんだ?」
「…当然だ。貴様、ふざけているのか?貴様にだって見せるつもりはなかった!」

顎や首筋、肩やひじ。
痩躯なのに変わりはないが、しなやかな筋肉は落ち、体のあらゆる場所がやわらかみを持っている。
大きな瞳を縁取る睫毛はいつもより長く、唇もふっくらとした艶を放つ。

和服をくしゃくしゃと纏っているせいで目立たないが、確かな胸のふくらみ、尻の丸み。
体中を舐め回すような蔵馬の視線に、飛影の怒りはふつふつと湧き上がる。

飛影の体を包む妖気はさらに温度を下げ、どこからともなく出現したいくつかの氷塊が、パリンと弾けた。

…人を、見世物にしやがって。

「見るな!! もう気は済んだだろうが!! とっとと帰れ!」

蔵馬の視線が、一点で、留まる。

それは、着物の裾から上…帯紐より下…
飛影の下腹部から、股間にかけて。

「ねえ、飛影…?」
「なんだ!?」
「下、は、どうなってるの?」
「は…?……下?」

それが、下半身も女の体になったのかと問うているのだと気付き、いよいよ飛影は本格的に怒りを爆発させる。

「ふっ…ざけるな!! 帰れ!!…っな、何を!」

飛影の足下に、蔵馬は跪き、裸足のつま先に唇を落とした。

「……っ」
「ねえ、飛影」

ねえ、お願い。
見せて。
そんな野暮な服は脱いで、上から下まで、

「オレに見せて…オレだけに。…お願い」

耳元で、妖しが甘く、甘く囁いた。
***
そもそもここに、蔵馬の隠れ家に来たのが間違いだったのだろうか。
ただ十日間、誰にも見つからずにひっそり休める場所が欲しかっただけなのに。

自分の首筋を這う唇の感触に、飛影は熱い吐息を漏らす。

見せてくれるだけでいいから、お願い。

甘い声で、縋るように囁かれ、油断した。
そんな要求を検討すること自体、どうかしている。

今、この体は氷女と同じだが、それに慣れていない飛影は氷女のように氷の術を使いこなすこともできない。
時折何もない空に氷の破片が煌めくが、それが何かの武器になるわけもなく。
体の変化で使い果たした妖力のせいで、むしろ普段より弱っているといってもいい。

「……この、変態…」

帯紐が解かれ、さらりとした絹が肌を滑る。
東屋の長椅子に押し倒されたまま、あっという間に着物は剥がされる。

「…綺麗だね…飛影」

蔵馬のその言葉には、素直な賞賛が込められていたが、飛影は羞恥しか感じない。
桜色の長椅子の上、白い裸体は日差しの元に全てをさらしていた。

黒髪、赤い瞳。
いつも通りの小悪魔じみた顔から続く、細い首。

くっきり浮いた鎖骨の下には、大きいとはいえないが、綺麗な二つのふくらみと、頂上を彩る紅。
両腕は白く細く、もちろん黒龍は見当たらない。
筋肉のない、くびれた腹部。形のいいへそから下、陰部へ向かう白い肌。

「…触っていいとは言ってない!!」

蔵馬の長い指に下腹部をなぞられ、飛影は慌ててその手をつかむ。
薄く毛の生えた陰部のすぐ上まで来ていた指が、払いのけられた。

「…駄目?」
「駄目に決まってるだろうが!! 貴様どういうつもりだ!?」

ニコッ、と笑う蔵馬の碧の瞳に、飛影はつい、見入ってしまう。

「どういうつもりって…駄目?」
「何が、駄目、なんだ!はっきり言え!!」

聞きたくない、ような気もした。

「抱かせ…」
「ふざけるな!! 駄目だ駄目だ駄目だ!! 殺すぞ!」

殴り飛ばそうと振り上げたこぶしは、あっさり蔵馬の手に包まれる。
それどころか、振り上げた拍子に、ぽゆん、と揺れた胸に、蔵馬の視線は釘付けだ。

頭にくる、というよりも、悲しい、という感情が先に浮かんだことを、飛影は認めたくなかった。

「……女の体を抱きたいのか?だったら女を抱けばいい。…そこら中に相手はいるだろう」

怒りの底に、失望を隠した声。
だが、蔵馬は、不敵に笑った。

「女を抱きたいのかって?馬鹿を言うなよ、飛影」

オレは、お前を抱きたいんだ。
お前が男か女かなんて関係ない。
飛影、オレはお前を抱きたいだけだ。

「男だからとか女だからとかじゃない。…お前だから、だ」
「……くら、ま…」

オレこそ本当の馬鹿なんじゃないか?
そう自嘲したところで、もう飛影の心は半分、溶けかかっている。

「嫌なら…前には入れないから…」

唇を舐められ、小柄な体がビクッと震える。

「ね?飛影…大好きだよ…」

溜め息を一つ零し、飛影はゆっくり目を閉じた。
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