秘密...1「休暇…ですか?」綺麗な顔をしかめっ面にし、蔵馬は時雨に詰め寄る。 「本当に?」 「嘘をつく理由がないであろう。一昨日から、十日間の休暇を取っている」 「で、彼はどこへ?」 「知らぬ。知る必要もない」 訪ねていった百足で、恋人が休暇を取って不在だと聞かされた蔵馬が面白かろうはずもない。 第一、休暇を取ることを知らされていなかった。 第二に、休暇を取っておきながら…自分に会いにこないとはどういうことなのか? 第三に、何か用事があって休暇を取ったのなら、自分も一緒に行きたかった。 そんなわけで、蔵馬は不機嫌そのもので、百足を後にした。 ***
百足、人間界の蔵馬の家、雪菜の暮らす桑原の家、幽助の家、その四つが外れとなると、飛影の行き先の検討は蔵馬にもつかない。アジトと呼ぶような隠れ家を飛影は持たないし、野宿も気にしない飛影のことだから、どこで寝泊まりをしていても不思議はない。 「せっかく休みを取ってきたのになあ…」 がっかりした蔵馬だったが、せっかくの休みを無駄にするのも癪だと考え、自分のアジトのメンテナンスに回ることにした。 たくさんの、隠れ家。 いくつか植えたい植物もあることだし、ここ十二層の周辺の家だけでも、手入れをしておこう。 ***
手入れ、といってもまめな蔵馬の隠れ家はそう荒れてはいない。森にも庭にも緑が溢れ、自由に動ける植物たちが、家を良い状態に保ってくれている。 「……」 それは、三つ目の隠れ家だった。 木々に隠された門、長く続く綺麗な庭。 そこには見知らぬ他者の気配があった。 小さな舌打ちをし、蔵馬は手折った花を、たちまち鋭い剣に変えた。 音を立てぬようそっと庭を横切り、邸内に入る。 「いい度胸だな…」 思わず蔵馬はそう呟いた。 驚いたことに、侵入者は庭にある東屋にゆったりと横になり、果物の鉢に手をのばしていた。 白い、その手。 「……飛影…!」 寝そべっていた体を起こし、同じく驚いたように蔵馬を見つめる、瞳。 噛りかけのオレンジ色の実が放つ、甘い香り。 日差しの元で、赤い瞳が瞬いた。 ***
「…蔵馬、何しに来た?」小さな声、しかめられた眉。 何しに来たとはご挨拶な、と蔵馬は苦笑する。 「何って、ここはオレの隠れ家なんですけど」 「……そうだな」 とはいえ、飛影にも使う権利はある。 鍵を渡し、自由に使っていいと言ったのは蔵馬なのだから。 飛影は隠れ家にあった、妖狐だった時の蔵馬のコレクションである着物を羽織り、素足で東屋の長椅子に寝そべっていた。 着物の裾から白い足が覗くその艶めかしい光景には、奇妙な違和感がある。 「ここで、休暇を過ごしてるってわけ?」 「…気に入らんのなら、出て行く。邪魔したな」 「そんなことないよ」 スッと立ち上がり門の方へ歩き出した飛影の腕を、蔵馬は慌ててつかむ。 「ごめん、そうじゃなくて…休暇を取るなら一緒に過ごしたかったんだよ」 「断る。オレは一人でいたいんだ」 その言葉に少々傷ついた蔵馬だったが、先ほどから消えない違和感に、飛影の腕を放せない。 …なぜかいつもよりほっそりしているその腕。 赤い瞳を縁取る睫毛が長い。 薄い唇は、ぽってりと赤い。 なにより、この薄く甘い香り… 憶えのある香りに、蔵馬はハッとする。 雪菜ちゃんの、匂いに似ている…? 「飛影、きみ…?」 「触るな!!」 そんな言葉はいつものことなので、蔵馬は気にしない。 羽織って帯紐で縛っただけの着物の袂に手をかけた途端、本気の蹴りが指先を掠めた。 「やめろ!! 触るなと…ア!」 適当に縛ってあった帯紐が解け、薄手の着物が飛影の肩を滑り、腰の周りにふわりと落ちた。 「……や…っ」 裸の胸を隠す、その仕草。 細い腕に隠された胸元。 胸の中心の紅こそ隠れてはいたが、あきらかな、白いふくらみ。 隠しきれないやわらかな乳のふくらみが、腕の下からはみ出している。 「……ど、どういうこと…?」 頬を赤くして、それでも強気にこちらをギロリと睨む飛影に、蔵馬はよろめき、傍らの大木に手をついた。 |