heaven's day...6

「いい加減にしろ鯱!もう用は済んだ!」

どうやら二十分制限のパーティーは、五分ほどオーバーしてお開きらしい。

大男は汚らしく喘ぎながら、血塗れの尻から巨大な一物をずるりと抜き、折れた両手足のせいで壊れた人形のように見える体を放り出した。
血液と尿と生臭い精液にべちゃべちゃと汚れた、足下に転がるすでに意識の無い体を狐は蹴飛ばし、そっけなく告げる。

「始末しておけ。頭だけ残すようなヘマをもう一度してみろ。お前も殺すからな。ウェイ、お前はもう帰っていいぞ」

鯱と呼ばれた醜い男に冷たく告げ、狐は部屋を出ようとし、ウェイの言葉に足を止めた。

「兄さん。この子、俺にくれない?」

天井を仰ぎ、狐は長いため息をつく。

「…またなのか」
「またってことないじゃない。久しぶりだよ」
「お前はいつもいつも…こんなものどうするんだ」
「それは兄さんに関係ない。どうせ捨てるんだからちょうだい」

ちょうだい、とウェイは繰り返す。
子供のおねだりのような、頑固でわがままな響きに狐はやれやれと眉を上げた。

「…お前がそう言うなら、くれてやるさ」

撤収だ、行くぞ。
必要な情報を手に入れた銀色の狐は、弟にも床に転がる少年にもすでに興味はないらしく、部下と共に部屋を飛び出して行った。
***
「よー。久しぶりだな」

まさに筋骨隆々といった姿の男は、コミカルなモヒカン頭で、袖のない、えらくぼろいが派手なシャツを着ている。
手に下げた鞄はその姿に似あわぬシンプルな黒いハードケース。パチンと開けた鞄の中身は、鋭く光る医療器具が並ぶケースと、何かの薬剤が詰まった銀色のパウチがぎっしりだ。

「症状は?」
「症状っていうか。両腕と両足の骨折。右肩に一発。失血も相当。弾が中に残っちゃってね。さすがにそれは俺じゃ取り出せない」
「ああ、だから珍しく俺を呼んだのか」
「あとはレイプ。肛門や直腸が結構裂けてると思う」
「おまけみたいに言うなよ」
「それとヘヴンリー。直腸から摂取した」
「どんな祭りに参加してんだよ、お前らは」

男はしかめっ面をしながら、保冷ケースから取り出した薬剤や血液の入ったパックを投げる。
ウェイは器用に受け止めると、慣れた手つきでベッドに横たわる体を指先で探り、的確に血管を見つけ管を刺し込んだ。

「消毒くらいしろよ。ほれ。これとこれ、これもな」

モヒカン男が命じるまま、あちこちに薬剤の袋に繋がった管をウェイは刺していく。

「あとよ、新しい薬があんだよ。普通の骨折ならなんと!三週間でくっつくぜ。高けぇけど」
「高いなら負けてよ」

綺麗な顏でにっこり笑うウェイに、モヒカン男はええー、と文句を言いながらも、新薬のパックを取り出す。

「それとも、体で払おうか?」
「何度も言ってるだろ。俺は女専門だ。男とヤるくらいなら八十のババアの方がマシ。八十でも女は女だからな」
「じゃあ、押収品からくすねておいた蒸留酒があるけど。高級品みたいだよ」
「よっしゃ。それで手を打つ」

モヒカンはご機嫌で、小さなパックを破る。

「ところでよ、なんで縛り付けてんだ?」
「薬でおかしくなってて、両手両足折れてるってのに暴れたから」
「エンペラーか?なら骨も脆くなってるだろうから、この新薬はやめといた方がいいかもな」

エンペリアル中毒者を差すエンペラーという言葉は俺が作ったとこの医者もどきは言うが、ふざけてばかりいる男なので信用は出来ない。

「ジャンキーってわけじゃないみたい。ヘヴンリーも注射じゃなくて肛門からだったから大丈夫だよ」
「全然大丈夫じゃねえよ。大丈夫って言葉の使い方、間違ってるぞ」
「大丈夫だよ。レイプされてる間もまんざらでもなさそうだったし。骨が折れてなかったら楽しんでたと思うよ」
「そりゃトリップしてるからだろ。正気だったら泣きわめくだろうよ」

軽口を叩きながらも、男の手は休まない。
清潔な布を血で汚れた肩の下に敷くと、手際よく消毒薬を一面に塗り付け、メスを持った。熱湯と消毒薬、針や縫合糸の乗ったトレイをウェイに持たせ、躊躇いのない手付きで傷口を切開していく。

「で、こいつをどうするんだ?」
「どうって。別に考えてないけど」

肉の間から取り出した弾をトレイに投げ、見かけに似合わぬ繊細な手付きで体内に散った破片を除く。あっという間にさくさくと肉を縫い合わせ、モヒカンはため息をつく。

「…またかよ」
「あんたに迷惑かけてないだろ。金は払ってる」

ウェイの声に、かすかな苛立ちが混ざる。

「まあな。お前がそうやって気まぐれに捨て犬を拾うみたいなことしてんのは、勝手だけどよ」
「だけど、何?」
「お前のキャッチアンドリリース遊びに、付き合わされるやつらが気の毒だぞ」
「殺されるところを助けてやったってのに、この子が俺に何か文句があるとでも?」
「あるだろ」

縫合を終え、血で汚れた手を拭うと、モヒカンは仰向けに寝ているホンの両足を広げ、奥を晒した。

「うげ~。ひっでえな。ここも洗って縫っとかねえと」
「好きにしろよ。追加料金は払わないけど」

不機嫌そうにトレイをガシャンと置くウェイに、モヒカンは苦笑いをし、水と布を持った。
***
醜い男が、大笑いしながらしつこくしつこく追いかけてくる。そんな夢だった。

薄いグレーの天井、壁は白い。
嫌な臭いがするのは確かだが、さまざまな何かが混ざり合ったその臭いは、何の悪臭とも指摘し辛い。
そのうちの一つが薬の臭いであることは、見上げた視界だけでホンにもわかった。人間の汗の臭いもする。それは自分自身の悪臭であることもわかった。

熱があるらしく、視界は潤みぼんやりとしていた。
液体の入った袋がいくつもぶら下がり管を垂らしている。頭を持ち上げなくとも、それらが自分の体に繋がってるであろうことは検討がつく。

目に覆いかぶさる髪が邪魔だったが、払いのけることもできない。手が動かないのだから。両手が持ち上がらないことに気付くと同時に、なぜ持ち上がらないのかもホンは思い出し、息を飲んだ。

自社の商品を試さないなんて、商売人としては失格じゃないか?
嫌なのか?さんざんこれを売ってきたんだろう?

低く乾いた声が耳元に蘇り、ホンの熱い背中に冷たい汗を噴き出させる。

あいつ…あの男。
どこだ、ここは。

なんとか首を持ち上げ、辺りを見渡す。
何もない部屋なのに、奇妙に散らかっている部屋だった。

何もない、というのは語弊がある。
ホンの寝ているベッドから少し離れた床の上に直接置いた、剥き出しのマットレスの上ではあの男、ウェイが薄い毛布にくるまり眠っており、周りにはタオルや注射器、ガーゼや得体のしれない薬瓶やパックに入った医療器具が散らばっていた。

狭いワンルームに家具らしきものは他になく、部屋の隅にあるカウンターにも椅子すらない。小さな鍋が一つだけぶら下がったキッチンには、部屋に不釣り合いな巨大な冷蔵庫が、白い壁のようにそそり立っている。

部屋は、静まり返っている。
ウェイはまるで死んでいるかのように、静かに眠っていた。

両腕、両足、頭が胸が腹が、全部痛い。
おまけに違和感、圧迫感。

その奇妙な圧迫感が自分の足の間、正確には尻の中にあることに気付き、ホンは困惑する。何か、尻の中に入れられている。とんでもなく痛むそこに何か詰め込まれている。

「……ぅあ」

声を出そうとし、乾きすぎた喉にむせる。
咳き込む音に気付いたのか、黒髪がもぞもぞと動き、起き上がった。

「あ、起きたんだ」

だるそうに大あくびをすると、ウェイは起き上がり、床に落ちていた紐で髪を束ねる。
まだむせているホンに気付くと、巨大な冷蔵庫から出した水をコップに注いで傍らに置く。

「起きれる?」

聞いておいて、返事も待たずにシーツを剥がすとホンの両脇に手を差し入れ、壁に寄りかかるように座らせた。
座らされたことでよりひどくなった全身の痛みにホンが呻くのも、ウェイは気にしていないようだ。

「…ここ……お、まえ…?」
「水飲む?」

聞きたいことは山ほどあったホンだが、目の前に差し出された、冷たい水のグラスに引き寄せられる。
びっくりするほど喉が渇いていた。ギブスで固定され包帯で覆われた両手足。右肩にも分厚い包帯。体中に散らばる歯形や傷跡や痣に自分が裸であることにも気付いたし、犯されたことも当然思い出したが、とりあえず今はどうでもいいことだった。

「だめ。がぶがぶ飲まないで、ゆっくり飲んで」

貪るように水を飲むホンからコップを引きはがし、ウェイは注意する。
恨めしそうに口元から離されたコップを見るホンに、ウェイはくすりと笑うと、もう一度コップを近づける。

「まだ飲みたいの?いいけど吐かないでね。汚れものを掃除するのは飽きちゃったから」

何かを言い返す前に、ホンは自分の体の上に、たった今飲んだ水をそっくり全部吐いた。

「げぇ…っ、うっぐ…げほ…っ」
「だから言ったじゃない。がぶがぶ飲むなって」

面倒くさそうに言うと、ウェイは剥ぎ取ったシーツでホンの濡れた体を乱暴に拭い、体中に差し込まれた管を抜き始めた。
手際良くというよりは乱暴なまでに素早く抜かれた管は、床に落ちさまざまな色の薬液を流し始めた。寝たきりで何日過ごしたのかはわからないが、排泄器官にも差し込まれた管にホンはぎょっとする。

「ぁっつ!っ…おい……」
「この部屋、今日までなんだ」

全ての管を抜き終わると、ウェイは玄関と思しきドアの前に置いてあった大きな鞄から自分のものらしいシャツとジーンズを取り出し、ベッドに座ったままのホンへと投げ、さっさと靴を履く。

「それを着て。行くよ。歩ける?」

歩ける?その質問にホンも、さすがにぽかんと口を開けた。
歩くどころか壁に寄り掛かって起き上がっていることさえ苦しくてたまらないし、高熱に頭はぼんやりしている。そもそも手も足も動かないのだから、投げつけられた服を自分で着ることさえできない。どう返事をしたらいいのかもわからずホンが二、三度目を瞬かせると、ウェイはようやくああ、と頷いた。

「そっか。歩けないか」

靴を履いたままベッドまで戻ると、折れた手足に気づかうこともなく、管を抜いた時と同じ素早さでウェイは服を着せ、鞄を背負うと荷物のようにホンを抱き上げた。

どうにか悲鳴を上げたりすることは堪え、ホンは大人しく抱かれたままになる。服を着せられることや、階段を駆け降りられることがホンにどれほど苦痛を与えるか、ウェイはまるで気に留めている様子もない。

こいつ、やっぱりおかしい。

痛みに唇を噛みしめ、ホンは腕の中から男の綺麗な顔を見上げた。
ジャンキーにしてはまともそうに見えたが、やはりこいつも狂ってる。
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