Bon Voyage! ...3

例えば人間の女の子だったなら、大感激してくれただろう。
いやいや、幽助や桑原だったとしても、すげえ!とかなんとか感嘆の言葉を口にしただろう。

「ずいぶん、広いんだな」

その豪華すぎるほどの宿に、飛影の述べた感想はあっさりとしたものだ。

意図的に森の中に建てたその宿は、隠れ家的、とか、お忍びで、とか、そんな風な冠のかぶせられる、ひっそりとした外観の宿だ。もっとも、値段の方は少しもひっそりしていない。普通の温泉旅館とは桁の違う料金を取る老舗宿。
別荘感覚でご利用できる宿、といううたい文句に嘘はなく、それぞれの部屋は独立した一軒家のような離れになっており、寝室以外にも三部屋、その他にテラスや総檜の露天風呂、という完璧さだ。

静々と茶と茶菓子を運んできた仲居は、どうぞお寛ぎください、とだけ言うと、温泉の案内をするでもなく、どこから来たのかなどと陽気に尋ねるわけでもなく、スッと扉を閉めて出て行った。プライベートを重視いたします、という宿の売りを蔵馬は何よりも気に入って選んだのだ。

あまり見慣れない畳や和室が物珍しく、靴下の足でぺたぺたと見て回った飛影は、寝室の扉を開ける。
畳の上には、ふっかりと厚い大きめの布団が二組並べて敷かれている。それを照らす、アンティークランプの雅なあかり。飛影は思わず頬を赤らめた。

「何考えていたか、当てましょうか?」
「…オレは何も考えてなどいない」
「どうせ一緒の布団で寝るんだから二つもいらないって思っ…」
「黙れ馬鹿!」

人間の力ではあるが、鋭い一撃を見舞うと、飛影は寝室の扉を手荒く閉めた。
***
二人で使うには大きすぎる居間の大きすぎる卓に、飛影にとっては見たこともない料理と、見たことがあるような気がする料理とが、次々並べられる。
蔵馬が人間界で飛影に出す食事は、スプーンやフォークを使う食べやすい料理が主だったが、宿の料理は懐石料理だ。

茶を運んできたのと同じ女は、ぎっしりと料理を並べ、鍋に火をつける。水菓子は後ほどお持ちしますと蔵馬に告げると、小さな和紙に書かれた献立表を置いて出ていった。

「…静かな人間だな」

飛影の垣間見る人間界の者たちは、幽助や桑原たちも含め、みな騒がしい。
昼間立ち寄ったパーキングで見かけた人間たちも、静かとは言い難かった。

「オレがそうお願いしたの」
「お前が?」

そう。飛影と二人っきりの時間を邪魔されたくないから、できるだけ放っておいてくれるようにね。本当は料理は一皿ずつ出てくるものなんだけど、いっぺんに持ってきてもらっちゃった。
にこにこしたまま、蔵馬はグラスを掲げた。
華奢な足つきグラスに入ってはいるが、中身は酒を飲まない飛影に合わせて、梅ジュースだ。雪のように細かく砕いた氷の浮かべられた薄紅色の液体は、蠱惑的だった。
飛影にもグラスを持たせると、乾杯、と澄んだ音を響かせる。

「…ずいぶん嬉しそうだな」

今日一日、本当に蔵馬は笑ってばかりいる。
干したグラスを置き、蔵馬は一層笑みを深くし、塗り箸を手に取った。ほんの一口ずつ、何種類も乗せられた前菜を一口、優雅な仕草で口に入れる。

「そりゃそうでしょ。君と旅行で、嬉しいもん、オレ」

いつもはオレが料理するだろ。君のために料理するのは楽しいんだけど、ずっと君を見たり君に触ったりしてたら料理できないでしょう?今日は他の人がご飯もお風呂も布団も用意してくれてるから、ずっと君の側にいられるから、嬉しい。
くつくつ煮える鍋に肉や野菜を入れながら、蔵馬は言う。

「………」

こんな言葉に、いちいち赤くなるんじゃない。こいつの思うつぼだ。そう自分に言い聞かせたところで、飛影の頬は熱くなる。

あーん、と差し出された刺身を避け、飛影も自分の箸を取った。
気恥ずかしさをごまかすように、ぎこちない箸使いで目の前の料理を手当たり次第、口に押し込んだ。
***
ちゃぷん、と水面が揺れる。

「綺麗な月だね。こういうの、下弦の月、って言うんだよ」

露天風呂から眺められるよう誂えられた庭の梅には、月明かりを邪魔しないよう、控えめなライトアップが施され、闇にぼんやり浮かぶ姿が美しい。
どうどうと注がれる湯の音と、闇の中では見えないが、庭の先、遥か眼下を流れる川の音が重なる。

「ご飯、美味しかったね」
「…食いすぎて…眠い」

飛影にとっては名も知らぬ料理は、どれもこれも美味であったが人間の体にはたっぷりすぎる量だった。満腹すぎて、風呂の中だというのに眠くなる。
いい香りのする木の浴槽にもたれ、白濁した湯の中で、飛影は目を閉じた。

「お風呂で寝ちゃだめ」

溺れたらどうするの、と、くすくすと笑いながら、髪を濡らさぬようくるりと結い上げ、蔵馬も湯の中に入ってきた。

一緒に風呂に入るのが初めてというわけではない。
狭いだの、出ろだの、なんで一緒に入るんだ、などと飛影に文句を言われながらも、二人は時々一緒に風呂に入ることもある。
当然のように一緒に風呂に入るという今夜の流れに対して、飛影としては待ったをかけたいところだが、五、六人は楽に一緒に入れるだろう風呂で、狭いだのなんだのといつもの文句を言うわけにもいかず、ちょっと困ってしまう。

「失敗したな」
「…何がだ」

やわらかなタオルにお湯を含ませ、蔵馬はゆっくりと撫でるように、黒龍のいない飛影の右腕を洗う。

「この温泉さ、お湯が濁ってるじゃない?」
「そういうものなんだろう?」
「そうでもない。透明なお湯の温泉もあるよ」

このお湯じゃ、君の体が見えないじゃない?
ニヤリとした蔵馬に、いい加減にしろとお湯をぶっかけ、飛影はぷいっと庭の方を向いた。

「冗談です。ごめんなさい」

庭の方を向いたままの飛影の背を、蔵馬はやさしく流す。

「貴様が言うと冗談に聞こえん!」
「冗談ですよ。だって」

背中を流していた手がふいに止まり、そのまま後ろから飛影を抱きしめる。

「…見えなくたって、あなたの体がどうなっているかなんて…オレにはわかるもの」
「な、…あっ」

顎を掴まれ、上向かされたその顔に、蔵馬は唇を落とす。
お湯であたたまったせいでいつもより色づいて見える飛影の唇を、貪るように吸った。

「んっ!んぅ…」

散々口中を楽しむと、ようやく蔵馬は唇を離す。

「運転中はあなたに触れないし…」
「……何、言っ」
「安全運転してたでしょ?ご褒美、ちょうだい?」
「あ…ぁ」

ぬるりとした温泉の湯をまとわせて、蔵馬の手は飛影の胸を撫で始める。
首筋からうなじへと、唇を這わせながら、時折強く吸い付き、跡を残す。

「……んっ」

こんなことになるとは思ってなかった、とは飛影も言わないが、それにしても妖力のまったくない体は、妙に過敏だった。
旅の疲れが体に確かに残っているのに、煽られて熱くなる、人間の体。

「あ…んぁ…ひっ」

膨らみなどない胸なのに、蔵馬は執拗に撫で回し、乳首を摘みあげる。
ピリッとした刺激と快感に、飛影は長く息をついた。

「あ…あ…くら…」
「飛影、足を広げて…」

温かな湯と、湯気と、愛撫に、頭がぼうっとしたまま、ほんの少しだけ飛影が足を広げた途端、蔵馬の右手が足の間に滑り込む。

「あっ!!」
「ほら、もっと足広げて…」

のぼせ始め、力の入らなくなった体は、いつの間にか後ろ向きのまま蔵馬の膝の上に抱え上げられていた。

「あ、ん、うあ…っ」

白濁した湯の中で、蔵馬の手がどんな風に動いているのか見ることはできない。
けれども、棹を上下し、袋を指先で転がされ、先端を爪の先で突かれる刺激に、飛影の体はがくがくと震え始める。
ぬるぬるとした湯のせいで、いつにも増して滑らかに蔵馬の手は動く。

「…もうこんなに硬くなっちゃったね」

ぱしゃ、と水面がさざめく。

「……あ、んぅ、嫌、だ…出る…っ」
「いいよ出して。このお風呂はオレと君しか使わないんだから」

ほら、見えないんだから、恥ずかしくないでしょ?

「そ、いう…問題じゃな、あ!あ、は…ああ、んあっ!! ああっ!!」

ぎゅっと握られ、きゅぽん、と抜かれ、たまらずに飛影は湯の中で吐精した。

「あ、は…ん、ぁあ…あ!?」

急にざばりと湯から半身を出され、浴槽の縁につかまるように押し付けられた。
蔵馬に向かって尻を突き出すような姿勢に羞恥を感じ、慌てて飛影が体勢を変えようとした途端、尻をぐいっと開かれた。

「やめっ…!この変態…っあ!!」

剥き出しになった最奥の入口を、蔵馬の舌がつうっとなぞる。

「っあ!! くら…やめろ…っ」

排泄器官を舐められる、という性的行為を知ったのも、もちろん蔵馬からだ。それが気持ちいいということを教わったのも、もちろん蔵馬からだ。
何度も何度もされていることなのに、こればっかりは恥ずかしさが減ることはない。
最奥を見られ、舐められ、弄られる羞恥と、抗えない快感。

「待ってね…準備するから…」

これまた檜でできた桶から、蔵馬は何やら小さなプラスティックのビンを出す。いつの間にそんな物を浴室に持ってきていたのか、まったく狐は油断がならない。
パチンと蓋を開け、飛影の尻の狭間に、つうっと垂らす。

「な、何、あ!冷た…っ」
「お風呂でする時専用の、ジェルだよ」

火照った体に冷たいジェルは心地よくさえあったが、そのジェルをまとった舌が自分の中にねじ込まれた瞬間、飛影は短く悲鳴を上げた。

「馬鹿っ…!! やめろ!」
「いいから大人しくして…オレにまかせて」

続いて差し込まれた指がにちゃにちゃと音を立てて抜き差しされると、飛影の口から零れるのは、擦れた喘ぎだけになった。

襞の一つひとつに、硬く締まった筋肉の輪に、蔵馬の舌が丁寧にジェルを塗る。

「あん、ん、ん!くら…!くら…ま…もう…」

一度放出して萎えていた前は、もうすっかり天を向いてそそり立っている。

「じゃあ…ゆっくり座ってごらん」

飛影の霞む視界には、ぼうっと光る、梅の花。
ゆっくりと浴槽の縁につかまっていた手を放し、震える尻を、湯に沈め…

蔵馬の手で、ぐいっと勢いよく腰を落とされた。

「あ、あーっ!! ん!あああ!! ひ、あ、や…っ」

ばしゃん、と、湯が盛大に零れる。
蔵馬に貫かれると同時に、少量ではあるが熱い湯が体内に入り込み、飛影は背を反らせた。

「うあ!! や、だめ、だ、あ、ああ!くら…中に入るっ…!!」
「いいじゃない…ただのお湯だよ。あったかいでしょ?」

後ろ向きの飛影を膝に抱えたまま蔵馬が腰を使う度に、ばしゃん、ばしゃん、と、湯は騒々しい音を立て、水面は激しく波打つ。

「あ!あ!あ!んぅ!! あぁ…熱いっ…あっあっ…んぐ、ア、ア」
「誰もいないよ。もっと大きな声、出していいよ…」

お風呂だと、声がよく響くね。綺麗な声、もっと聞かせて…。

その言葉に、冗談じゃない、声なんかもう出すもんか、と飛影が唇を噛んだ途端、蔵馬は膝の上の体を、貫いたまま半回転させた。

「うあっ!! あああぁぁああっ!!」

体内に、またもやこぷっと、湯が入る。
体の外と中に湯の熱さを感じ、ぐらりと、眩暈が飛影を襲う。

繋がったまま体の向きを変えさせられ、蔵馬と向かい合わせに膝の上。
衝撃で再び吐精したのか、穴は棒を食い千切らんばかりに、ぐうっと締まる。

「あ、あ、あ…ぁう…」
「う、あ、飛影…最高……」
「や、うあ、馬鹿…やろ…う…いきなり…」
「でも、イイでしょ?痛くなかったでしょ?」

専用の、ジェルだからね…ほら、お湯の中でも溶けないんだよ。
触ってみて。

「な、あ、ちょっ…待て…」

無意識に向かい合った相手の首に回していた飛影の腕が蔵馬の手で解かれ、自分の尻に宛てがわれる。

「ほら…ね?」
「……あ」

無理やり触らされた結合部は、湯に溶けることのないニチャリとした膜に覆われ、蔵馬を銜えてひくひくと収縮を繰り返していた。
指先に触れた穴。それをみっしりと塞ぐ肉の塊のどくんどくんという脈打ちが、指に伝わる。飛影の胸の音と重なる。

「ひあっ…」

抜き差しが、先ほどよりも激しい勢いで、再開した。
宛てがったままだった指先をも擦りながら、浅く、深く、行き来を繰り返す。

どくん、どくん。

「飛影…飛影……好きだよ…」
「………くらま……蔵馬!あ!ア、ア、ア、んう…くらまぁっ!!」

どくん。

それが自分の血管を流れる血の音なのか、自分の尻の中を満たす肉の脈打つ音なのか、もはや飛影には区別がつかない。

熱い肉棒が動くたびに、熱い湯にも中を犯される。

ジェルと、湯と、自分の分泌液とで、腸内をぐちゃぐちゃと満たされ、耐え切れないその感触に、飛影は思わずしがみついた肩に歯を立てた。
蔵馬が小さく息を飲んだのがわかったが、飛影はそのまま滲んだ血を舐めた。

甘い、血の味。
人間の、血の味が、する。

……今のオレの流す血も、同じ味がするのだろうか…?

飛影のそんな思いを溶かすように、一際強く、蔵馬が中を穿った。

「アアッ!! ア、ン…くらま…くらま…ぁ…んあっ…!!」

大きくのけ反った飛影の体。

逆さの視界に、上弦の月が映った。
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