Bon Voyage! ...4

もう一回、させて。

蔵馬は短くそう言うと、飛影の体をタオルでおざなりに拭いて抱き上げ、乱暴に足で寝室の扉を開け、布団の上に小さな体を放り投げた。
すっかりのぼせてしまった飛影はなすがままに、厚い布団の上でバウンドする。

「あっ…」

仰向けに倒された体に、蔵馬は覆いかぶさり、飛影の両足を自分の肩にかけると、すっかり解れて口を開け、湯と精液をたらたらと零しているそこを、一気に貫いた。

「アアーッ!! アッアッアッ…ゥア!」

お湯にあたためられた体はいつも以上に柔軟で、膝が肩にぴったりつくほどに、飛影の体は折られていた。
足を絡め腕を絡め、二人はわずかな隙間すらもなく、体を重ねる。

「ア!ア、ア、ア、ア…ンンッ!!」
「飛影…もっと…もっと奥まで開いて…」
「や、うあ、あ、あ、もぅ、あ!くら…!うああっ!!」

ぐちゅん、と濁った音を立て、蔵馬のものが根元まで突き立った。
円を描くように体内を掻き回す卑猥な水音が耳に届き、飛影は小さく呻く。

「ア、ア、ア、ア、ウアッ!!」

風呂場での行為で中に入ってしまった湯が、抜き差しの度に出口へ向かって下りてくる。生あたたかいそれは、くちゃくちゃと音を立てて染み出し、布団を濡らす。

のぼせて、疲れ果てて、それでも体は快楽を欲していて。
二人の“人間の体”は、くたくたなのに、まだ互いを手放せない。

「飛影…ひえ、い…」
「いあ、あ、くらっ…まぁ!! ア、ア、ア、ア!」

飛影ののぼせた熱い体は、布団の冷たい場所を無意識に探す。絡めた腕を解き、布団に這わせる。
ピンとした清潔なシーツの冷たさが、信じられないくらい気持ちいい。

小さな体をさらに持ち上げ、大きく奥を突く。
耐え切れぬように甲高い声を上げた飛影の腰の下に、蔵馬は枕を手に取ると、支えになるように入れてやる。

「ア、ア、ア、ア……うあ…ぁん…」
「人間…に、なっても…感じるとこ…同じなんだね…」
「うるさ…っ、アアアッ!! …っぐ!ああ…」

潤んだ紅い瞳。
半開きの小さな口は、舌先をチラチラと覗かせる。

「たまんない…な…」
「う、んううっ!!」

噛みつくように口づけられ、舌を吸い上げられた飛影が目を開けた。

濡れた頬が、触れる。
自分の上で、汗だくで腰を振る男。

長い髪を振り乱し、汗だくでも綺麗な顔で、人の尻の中をガツガツと突き、掻き回す、その男。
その男に向かって大きく足を、尻を開き、その中央に肉棒を打ち込まれ、突かれる度に陰茎をビクンビクンおっ立てている、自分。

恥ずかしい。
急に猛烈な羞恥を感じ、飛影は蔵馬を押しのけようと、腕に力を込めた。

それに気付いた蔵馬はクスリと笑うと、飛影の耳元に囁いた。

「恥ずかしいんだ?」
「ッア…ァ…あん!」
「…その顔、最高なのに」
「黙、れ…っ!!」

蔵馬は枕元のランプに手を伸ばし、カチリと消した。

「ね、これってちょっと…新鮮じゃない?」
「何、が、…あ?」

妖怪と、半妖の二人にとって、真の暗闇というものはそうそうない。
呪術のかかった結界の中でもない限り、人間と違って闇の中でもある程度は見えるのだ。

けれど今はお互い人間で、障子を閉め灯を消したこの部屋では、ろくに見える物はない。いつの間にか月は雲に覆われ、部屋には夜が満ちる。

互いの肌の質感、流れる汗、漏れる声。
何もかもが、冴え冴えと染み渡る。

「ア、ア、くら…ま…あぁ…」

小さな体を、蔵馬はまるごと抱きしめる。
熱くて小さな体が、汗に濡れたなめらかな肌が、自分の腕の中で悶えるのを感じて下肢に血が集まる。
抜けなくなるんじゃないかと思うほど大きくふくらんだのを飛影も感じたのか、ヒッ、と息を飲む。

「ひあっ…ア…痛っう…蔵馬…っ…うあ、苦し…もう…ア、ア」
「もう、ちょっと…だけ…お願い……」

ゆっくりと、蔵馬はまた腰を使い出す。

蔵馬ではち切れそうな、飛影の体。
飛影に包み込まれている、蔵馬の雄。

暗闇に、体が溶け合う。

「飛影…飛影…っ…オレは…」
「あっあっあっ…ひ、ん…」
「……オレは…美術館なんて造れない…な…」
「あっあっあっ…あ……くら、何…を?」

瞬間、僅かな雲の切れ間から覗いた障子越しの月光が、紅い瞳を輝かせる。
その紅く、紅い、至高の宝石を見下ろして、蔵馬が微笑んだのが飛影にも気配でわかった。

「オレは……誰にも見せたくない…」
「な、に、言っ……ンア!ア!ア!ゥアーーッ!!」
「…宝物を他人に見せてやれるような……できた人間にはなれっこない、って言ったんだよ…」

誰にも見せるもんか。
オレだけの、オレだけが触れる、門外不出のものにしてやる。

「なに、馬鹿な、こと…ッアン、ア、ア!ウアアア!!」
「……独り占めしたい…オレだけの…もの、に…」

…飛影。

蔵馬はそう呟くと、紅くぷつんと尖った乳首に歯を立て、飛影が悲鳴を上げるほど奥深くまで、力いっぱい突き立てた。
***
自分を抱く腕はいつもと同じなのに感じた違和感は、見上げた天井だった。
障子から降り注ぐやわらかな朝の光に、飴色の天井がこっくりと輝く。

「っ痛ぅ…」

ズキンと痛んだ尻をさすりながら、ゆっくり起き上がり、飛影は隣を見下ろす。
寝乱れてはいたが、自分が浴衣を着ていることに気付く。

飛影は目覚めていて、蔵馬は眠っている。
滅多にない、そのシチュエーション。

隣の無人の布団は、昨夜の行為を色濃く残したまま乱れに乱れていて、ところどころ精液で固まったシーツから、飛影は慌てて目をそらす。いつもなら蔵馬は完璧に“後始末”をしてから眠るのに、よほど疲れていたのかそのままだ。
巻き付いた腕を飛影がほどいても、蔵馬は目を覚まさない。

「…がつがつ腰振ってるからだ。バーカ」

髪を一房軽く引っ張り毒づいてみたが、蔵馬が起きる気配はない。
まるで人間のように、眠りを貪っている。

伏せられた睫毛は女のように長く、すっと通る鼻梁や形のいい唇、流れる黒髪と相まって、蔵馬を中性的に見せる。
けれどその下に続く首から肩、昨夜の行為を嫌でも思い出させる、ほどよく厚みのある胸板がはだけた浴衣から覗き、飛影は頬を染めた。

そろりと布団から出ると、飛影は浴室へ向かう。
夜は妖しく見えた梅や庭も、朝は清々しく美しい。昨夜は闇の中で見えなかった眼下の川も、豊かに流れているのが見える。

着せられていた浴衣を落とすと、飛影は再び湯につかった。

湯の中で、手足をのばす。
妖力のないこの体は、ひどく頼りなく映る。

人間の体、人間の腕…
…人間の……心?

そうだ。
オレは…人間になって、人間の目で、蔵馬を…

背後で扉が開く音を聞き、やわらかな湯気の中で、飛影は目を閉じた。
***
「…飛影、めずらしく早起きじゃない」

眠そうに、目をこすりながら、蔵馬が浴室に入ってくる。浴衣は着たまま、庭との境の柵に腰掛けた。
たぬき寝入りを少々疑っていた飛影だったが、どうやら本当に眠っていたらしい。まだ寝ぼけたようなとろんとした目と、いつもよりさらに乱れた黒髪がいかにも寝起きだ。

「見晴らしいいね。朝風呂って温泉の醍醐味だよね」
「……昨夜はろくに風呂に入った気もしないがな」

じろっと、蔵馬を睨む。
赤い鬱血は、太股や、胸元や、その他飛影が自分では見ることのできない場所にも散らばっている。

「だって、あなたがあんまり綺麗でかわいいか…」

言い終わる前に、手桶が飛んできた。

「おっと。よしてよ。高級な手桶なんだから」
「貴様はっ」
「本当なのになー。かわいかっ…」
「やかましい!!」
「ねえ、飛影?」
「…なんだ?」

浴衣を脱ぎ、蔵馬も湯に滑り込む。

「飛影…そろそろ白状してもいいんじゃない?」

蔵馬の声には、わずかだがとげがある。

「…美術館で、何買ったの?」

蔵馬が気配を消して人の行動を盗み見るのは初めてではない。またかと飛影は溜め息をついた。

「…見てたのか?」
「ううん。見てないよ」
「何?」

コートをかけた時に、ポケットに何か入ってるのに気付いただけ。
美術館の紙袋だったから、オレに隠れて何を買ったのかなーって。

宿に着いた途端、土産のことなどすっかり忘れていた自分に舌打ちし、小さな手の平を合わせ、飛影は静かに湯をすくった。

「……なんだと思う?」

うるさい、とか、貴様には関係ない、とか、そんな返事を予想していた蔵馬は面食らう。

「…雪菜ちゃんにお土産?」
「違う」
「…幽助か桑原君に…のわけないよね?」
「違う。アホか」
「じゃあ、自分に?気に入った物があったの?」
「違う」

蔵馬がしかめっ面になる。
たどり着きたくない答えにたどり着いてしまったのだろう。

「……躯に?」
「…そうだと言ったら?」

穏やかだった碧の瞳にみるみる怒りが満ちるのを、飛影は面白そうに眺めていた。

「……なんで躯」
「あいつは、オレが羨ましいと言ったぞ」

自分の怒りを遮るように飛影の唇から放たれた言葉に、蔵馬は目を丸くした。

「…羨ましい?」
「人間界を自分の目で見たいんだとよ」
「ああ…そういう意味か。彼女ほどの妖怪じゃあ、それは難しいね」

羨ましいって、オレに愛されていることかと思ったのにな。
魔界の女王様に気にいられちゃっても恐いけど。

からかうように蔵馬は言う。
けれどその瞳には、まだ怒りと疑いがくすぶっているのを見て、飛影は小さく笑う。
理由はわからないが、蔵馬が躯を嫌っている…嫉妬している?…ことは飛影も知っていた。嫉妬する理由は、わからなかったが。

…閨だけの存在ではなく、一緒にいるだけで幸せになれる。蔵馬にそう言われたも同然だと、それだけお前は愛されているのだと、そう躯に指摘されたことは、飛影はもちろん言わない。そんなことは恥ずかしすぎて、言えやしない。そう言ってやれば蔵馬は機嫌を直すだろうとわかってはいても。

むすっと庭を眺める蔵馬の横顔に、飛影は再び手の平にすくった湯をかけた。

「蔵馬」

振り向いた、その顔、体。
人間の顔、人間の体。

「オレは…お前を見てみたかった」

だから、この旅に付き合ってやったんだぞ。

「…飛影?」
「人間の目で」

人間の目で、お前を見てみたかった。
別世界の者としてではなく、お前と人間界を、見てみたかった。

「…人間としてのお前が生きる、この世界を」

脆弱な生き物の集う、雑然とした世界としてでなく、この世界の生き物として。

「……飛影…どうして…?」

どうして。そんな言葉は蔵馬らしくない。
いつだって、なんだって知っているような顔をして、飄々と生きているくせに。

「…完全に人間のお前を見たら、弱っちくて幻滅して別れられるかと思ってな」
「ええーっ!?」
「真に受けるな。馬鹿が」

ざばりと湯から上がると、のぼせてきた赤い頬に飛影は冷たい水をかけた。

妖怪でも半妖でもない、ただの人間であっても、蔵馬を好きだと確認できてしまったなんて、口が裂けても飛影は言わない。

「飛影……君って時々、わからない」
「オレの何をわかっている気になっているんだ?」

檜の風呂椅子に腰を下ろした飛影は、ニヤリと笑うと、片足を持ち上げ、奥を見せつけるように、湯につかったままの蔵馬の肩にかける。
図らずも大胆な構図を拝むことになった蔵馬は、思わずごくりと唾を飲む。その瞳から怒りはとっくに消え失せていた。

「…飛影…どうしちゃったの?」
「ヤりたくないのか?」
「いえ。喜んでさせていただきます」

ふくらはぎに口づけ、真顔で言う蔵馬に、飛影は吹き出した。
そのまま両足を乗せ蔵馬の頭を引き寄せると、口淫をねだるかのように、下腹部を蔵馬の口元に押し付けた。

「もう…。こんなこと言ったら君は怒ると思うけど」

舌先が、濡れた棹を伝う。

「…オレは…このまま妖怪に戻れなかったとしても、それも悪くないなんて思っちゃってるんだよね」

快感に閉じかけていた飛影の瞳が、パッと開いた。
蹴り飛ばされるかと身をすくませた蔵馬だったが、飛影はただ睨んだだけだった。

「嘘です。ちゃんと解毒剤は持ってきてるから安心して。君は早く戻りたいよね」
「……ケツが痛い」
「え?そんなに?ジェル使ったのに…ちょっと診せ」
「診るな!!……痛いから…もう一日くらい…ここに泊ってやってもいいぞ」

上から見下ろし、尊大に言い放たれた言葉に、蔵馬は歓喜する。

「…本当に!? いいの?嬉しい!」
「ケツが痛いから!だからな!」
「わかってますって!今日は無理させません。約束します!一回出したら布団行こうね!」
「出したらとか言うな!! アッ!ヤ、ア!」

風呂場はしばらく、くちゃくちゃと濡れた水音と、震える喘ぎ声に満たされた。

人間界のことなど、飛影はまだまだわかってはいない。

例えば、自分の泊った宿が、十部屋もないようなとても高級な宿だということ。
そういった宿では、急な連泊などそうそうできないということ。

実はこの部屋は、計算高い“人間”によって、一週間も予約済みである、ということも。


...End.



100000キリリク「旅するくらひえ」
xinyuan様よりリクエストいただきました!
ありがとうございました!(^^)
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