Loop
Dragon Act.1...10
「雪菜、新しいナンバーワンがいるという事はどういうことか分かっているだろう?」
そう言うと、オーナーは雪菜の手を取り銀色の腕輪を嵌めた。
「…はい。躯様」
ナンバーツーを意味する腕輪に、雪菜は硬い表情だが毅然と答えた。
「言っとくが地位はいつだって変動するものだ。俺は常に一番腕のいい者に与える。お前がこいつより腕を上げれば、当然お前をナンバーワンに戻す」
「はい。…ご期待ください」
「している。お前は腕も顔もいいが、何より頭がいい」
オーナーの華美ではないが重厚な部屋に雪菜は既に来ていた。
蔵馬は当然のように椅子にさっさと座って寛ぎ、飛影は上司と妹のやり取りに突っ立ったまま目を丸くしている。
「ぼーっとしてないで、座ったらどうだ飛影」
躯は自分も椅子に座り、そう促す。
「…どういう…事だ…こいつを雇ったのか?」
「上司には敬語を使え。まったくお前は」
煙管に火を付け、躯は呆れたような、それでいて怒っているわけではない声音で言う。
「見ればわかるだろう。こいつを雇った。ナンバーワンの地位で。ずいぶん前からうちに来るよう口説いていたのに断られ続けてたんだがな。…どういう風の吹き回しだ?」
最後の一言は蔵馬に向けての言葉だ。
「気が、変わったんですよ」
「…雪菜か?相変わらずお前も気が多いな。そうそう落とせる女じゃないぞ。…同僚になるのだからもう金と引き換えにはできないしな」
「そうみたいですね。俺はお兄ちゃんの方でいいですよ」
「な!」
雪菜の隣の椅子に座りかけていた飛影は飛び上がった。
「何を…なぜ俺が貴様に…」
「変わった趣味だな。お前がこっちがいいってのなら好きにしろ」
躯の言葉に、飛影は目をむく。
「勝手な事を言うな!俺はお前の物じゃない!」
「確かに俺の物じゃあないが、別にうちは従業員間の恋愛は禁止じゃないんでね。好きにしろ。…こいつもお前に落とせるとは思えないがな」
煙管から、銀色の煙がたなびく。
話は終わったとばかりに躯が退室を促そうと…
「もう、落としましたよ」
その言葉に、部屋がシーンとなる。
この部屋の扉は、主である躯以外には開けられない。
叫ぶか、卒倒するか、もしくはこの最上階の部屋の窓から飛び出そうか、一瞬の逡巡。
窓、と飛影が決めた瞬間、細いが力の強い手につかまれた。
「どこ行くのよ兄さん。いつから空飛ぶ種族になったの」
雪菜は顔色一つ変えずに、飛影の手首をがっちりつかんでいる。
「雪菜、放せ…」
「馬鹿ね。ここ何階だと思ってるの」
「いいから放せ!」
「この男とヤッたくらいで何恥ずかしがってるの?」
「!?」
「良かった?この人すごく上手そうだけど?」
青くなったり赤くなったりしている兄を尻目に、妹はさらっと聞く。
飛影は言葉が上手く出てこないらしく、口をポカンとあけている。
「初めてだなんてまさか本当じゃないと思ってさ、痛い思いさせちゃった。ごめんね」
あっけらかんとした蔵馬の言葉に、雪菜と躯が顔を見合わせる。
今度こそ飛影は手を振りほどき、窓から飛び出した。
***
「出て行け!」
「残念でしたー。今日から俺がルームメイトなんだ」
「冗談じゃない!断る!お前の顔なんか見たくもない!」
「じゃあ顔以外の所見る?どこでも見ていいよ。服脱ごうか?」
「近寄るな変態!俺に話しかけるな!」
窓から落っこちる寸前に躯に捕まれ、壁に頭をしたたかに打った。
目覚めてみれば、寮は全ての部屋替えが行われていて、殺しても殺したりない男は自分がルームメイトになったと言い、勝手にベッドに座っていたという訳だ。
「この…嘘吐き!!」
「何も嘘なんかついてないよ。八億二千ディリ、チャラにしたじゃない」
「じゃあ俺の目の前から消え失せろ!」
「それは取引条件に入ってない」
「なら俺が出て行く!」
こいつと一緒にいるぐらいなら野宿でもなんでも結構だ、そう考えた飛影がドアに近付いた途端ドアノブがかちゃりと回り、雪菜が部屋に入ってきた。
「うるさいわねえ。廊下まで聞こえるわ」
「雪…何の用だ!?」
蔵馬と寝た事を雪菜にも知られたんだった。
それを思い出し、恥ずかしさのあまり飛影は怒鳴った。
「兄さんって…妖怪じゃないみたいに純情ねえ」
「ねえ?でもそこがいいよね。バージンなんて何年ぶりに味わったかなあ?」
「あなたもバッカみたい。下手くそなだけでしょ?」
「痛い痛いって泣かれるのも、なかなかそそるもんだよ。この穴に俺が初めて触ったんだなー、初めて挿れたんだなー、ってのも感慨深いし」
「いい加減にしろお前ら二人とも!! 頼むから出て行け!」
真っ赤な顔でわめく飛影に、二人はどこ吹く風だ。
だが、その後雪菜が発した言葉は、飛影にとって青天の霹靂だった。
「ところで…あなたはイカサマをしたわけよね?」
「なんだ、気付いてたの?」
「はあ!?」
二人の会話の意味がわからない。
イカサマだと…?
「イカサマって…貴様…っ」
二人は飛影を無視して続ける。
「もちろん。でも手がわからなかった」
「良かった。でも君はいい腕だよ。本当は三十億ディリくらい勝つつもりだったんだ」
「言うわね。でもまあ近いうちにその腕輪は返してもらうわよ」
「油断しないよう気をつけるよ。ナンバーワンの地位のわがままで君のお兄さんと同室にしてもらったんだから」
「おい!イカサマならあの賭けは元々無効だろう!?」
オーナーである躯がイカサマを許すはずがない。
雪菜は呆れたような表情で、蔵馬は悪戯っぽい笑顔で、振り返る。
「イカサマは、手を見抜けなかった者の負け」
激高する飛影に、二人が同時に同じ返答をした。
へなへなと座り込む兄に向かって、妹が笑いかける。
「それがこの街のルールよ。さてとお二人とも、私たちずいぶん遅刻しちゃってるわ。ピークの前に行かなきゃ時雨が怒るわ」
オープンの時間からもう二時間程経っている。
ピークの時間はあと一時間ほど後だが、フロア長である時雨はもうとっくにカンカンだろう。
じゃあ、先行くわね。
そう言って雪菜はさっさと出て行った。
「さて、行きましょうか俺たちも」
「…手を放せ。この…嘘吐きの、変態の、イカサマ野郎」
「ひどい言われようだなあ」
「…イカサマで雪菜を手に入れようとしたくせに」
「それは違うよ」
力の抜けた体を、蔵馬は抱き上げるように引っぱり上げた。
「…何が違うんだ?」
「最初から、目当ては君だった。って言ったらどうする?」
「…馬鹿馬鹿しい」
「八億二千ディリだよ?冗談にしちゃ高すぎるでしょ?」
「無駄金だな。俺はお前が大嫌いだ」
「大丈夫だよ」
何が、大丈夫なんだ?
紅い瞳が無言でそう問いかける。
人工の明かりの下でさえ、天然の輝きを見せるその瞳。
「体は手に入れたけど、これからちゃんと心も手に入れるから」
俺がどれだけ腕がいいか…君も分かってるでしょ?
順序は逆になっちゃったけど、君は必ず俺を好きになるよ。
そう言ってにっこり笑う。
「…ずうずうしい。…絶対に、心はやらん。体も二度とやらん」
「いいね。…それでこそ落とす甲斐があるよ。…飛影」
翡翠の瞳が、紅の瞳を真っ直ぐに射た。
***
ループドラゴンは今日も盛況だ。
黒と金とに眩く彩られた巨大なフロアは、相変わらずの熱気に満ちていた。
新しいトップディーラーの登場が、一層場内を盛り上げる。
先日の騒ぎを知っている客たちは騒めき、ブラックジャックのテーブルに群がっている。
赤の、1。
フロアに入る直前、そう蔵馬は飛影に囁いた。
飛影、それが今日の君の最初の目だよ。
ずうずうしい、自惚れやの、嘘吐きの、イカサマ野郎。
そうそうあいつの思い通りになどいくものか。
カッカしている頭を冷やすために深呼吸し、いつも通り滑らかに回るホイールに、ボールを落とす。
あえて狙ったのは、赤の1の真逆にある黒の4だ。
…今日は、赤の1には一度たりとも入れるものか。
くるくる回転するホイールを、冷たく見据える。
手が滑った、訳でもない。
カッカしていて、ミスった訳でもない。
カツン、と音を立てて、ボールの止まった目は…
赤の1。
思わずめまいがして、飛影はルーレット台の縁に手をついて体を支えた。
「馬鹿な…」
一喜一憂している客たちにその呟きは聞こえていない。
客たちの騒めきが、遠く聞こえる。
もしかしたら…
もしかしたら、
俺は、あいつから逃げられないのかもしれない。
いや…
もう、既に。
…捕まっているのかも、しれない。
Act.1 ...End.
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