WHITEOUT...2民衆の歓声が、拍手が、まだ耳にこだまするように残っている。見慣れない召使いが案内してくれた部屋で、ようやくひとりきりになれた安堵にため息をついて、椅子に座る。 今日という日で、一生分の恥をかいたような気がする。 立てた膝に顔を埋め、オレはもう一度ため息をつく。 氷でできた巨大な塔のバルコニーに出た瞬間、大げさな話、世界中の人間に見られているような気さえした。 結婚は、長子から。 同じ日に結婚の儀式を行うにしても、掟の通りにオレが先でなければならなかった。 結婚式のために、女王が雪と氷で造り上げた塔。 王宮の敷地内にある湖を凍らせ、中央には巨大な氷の塔。せり出すようにバルコニーがあり、その下では民衆が、降り積もる雪の上に文字通りひしめき合っていた。 バルコニーに出たオレに向けられた歓声は、次に続いて蔵馬が現れた瞬間、よろめくほどの大歓声になった。 婚礼用の衣装。飾りのない白く長いローブに同じ色のすとんとしたズボン、七色に光を反射する大きな石がひとつついただけのシンプルな王冠。目元には、オレと同じように赤い紅をひと塗り。 王冠の下にある碧の目は、国宝である宝石さえ霞ませるほど綺麗に見えた。 集まった民衆の、声、声、声。 美しさというものに対して、民衆はずいぶんと正直だ。 音の洪水に怯んでいたオレの両手を取り、向かい合った蔵馬は笑った。 式はもう、神殿ですませている。 後はこの集まった民衆の前で、誓いのキスをすればいい。 「飛影」 これほどの音の中で、蔵馬の声がちゃんと聞こえるのは不思議な気がした。 オレの両手は、蔵馬の大きな手に包まれるようにして握られている。 催促するように、軽く手を引かれた。 わかっている。 誓いのキスは、王族からその伴侶となる者へ与えるものだ。 癪なことだが、蔵馬は背が高く、オレは小さい。 蔵馬が屈むようにしてオレに近づいて目を閉じても、まだ遠い。 履きなれない白い靴で、精一杯背伸びをする。 この国できっと一番美しいであろう男の、美しい唇。 ふいにくらりと、目眩がした。 氷の塔の上で重ねた唇は、あたたかかった。 ***
新しい寝室は以前より広く、以前と同じように暖炉がある。雪を降らせることができる王族たちは、皆寒さに強い。この王宮で暖炉を必要とするのはオレと蔵馬ぐらいだろう。 白いローブ、王女のためのいくつもの宝石が輝く煌びやかな王冠、この世のものとは思えないくらい美しかった雪菜の姿を思い出す。 オレたちの式の後にバルコニーへ出た雪菜への歓声は、耳が壊れるんじゃないかと思うほどだった。 いっそ同じ日に式を挙げてしまおうというのは、蔵馬の提案だった。 氷の塔や神殿、バルコニーを建てるのも一度で済むし、何よりもできるだけ注目されたくないというオレの意を汲んでの案だ。 確かに、個別にやるよりは雪菜の式の前座のように挙げてしまう方が都合がいい。 自分の式で手一杯で、雪菜の晴れ姿をゆっくり眺める余裕がなかったことは残念でならないが。 …あの騒々しい雪菜の相手をじっくり見ずにすんだのは幸いだ。 暖炉の炎から目を離し、天蓋のある大きなベッドを眺める。 当たり前だが、ベッドはひとつだ。 つまり、オレたちは今後、一緒のベッドで眠ることになるらしい。 ベッドサイドの小さなテーブルには水差しと二つのグラス、菓子でも入っているのか、蓋のある小さな壺、そして古ぼけた本がある。 立ち上がり、ベッドに近づく。 雪のように白い布が幾重にも垂れ下がり、こんな場所で眠るのかとなんだか気恥しい。 水差しに入っているのは、ただの水のようだ。 壺の中身はとろりとした液体で、いい香りがする。蜜ではなさそうだが、なんなのかはわからない。 「なんだ…?」 わからぬまま蓋を閉め、えらく古そうな本を開く。 単純に古い本なのかもしれないが、誰かにずいぶんと読み込まれたようにも見える。 ぱらりとめくり、いくつかの挿絵に手を止める。 そっと本を閉じ、オレは天井を仰いだ。 一生分の恥はもうかいたと思っていたのに、どうやらそう甘くはないらしい。 ***
「食べないのか?」不思議そうに、蔵馬が問う。 長いテーブルの端と端という、わけのわからない夕食の席で。 給仕をしていた召使い三人が、不安そうにオレたちを交互に見る。 「下がっていいよ」 蔵馬が三人に言うと、三人はますます困ったような顔をする。 ついこの間まで、蔵馬は給仕をする側だったわけだが、今はもう王族の一員だ。 召使いたちとしては、はいそうですかと給仕を任せるわけにはいかないが、命令に背くわけにもいかない。 「大丈夫だよ。任せて」 もう一度蔵馬に促され、薄い赤色の目をした三人は頷き、そそくさと部屋を出る。 「落ち着かないな。明日からは給仕はいらないって言うよ」 自分の皿とグラスを手に、いつものように蔵馬はオレの隣に席を作る。果物をミルクのクリームで和えたデザートを皿に取り、オレの前に置く。 「ほら、好きだろう?どうした?食欲がないのか?」 「…ない。今日はもうなんだか…疲れた」 まあね。改まった式なんてお前の柄じゃないからね。下げてもらって、明日また食べようか。 なにせ今日は雪も氷もいっぱいあるからね。食べ物の保存には困らないよ。 ほっとして、頷く。 この国は豊かな国ではない。食い物を残すのは気が引ける。 「じゃあ、部屋へ行こう」 そう言って差し出された手に、息が止まりそうになる。 部屋へ。 オレたちの部屋。オレたちの寝室。 「その…蔵馬…」 「ん?」 蔵馬はまだ、あの部屋を見ていない。 だから、オレが今うろたえている理由がわかるはずもない。 ***
「天蓋つきのベッドなんて、初めてだな」感心したように言う蔵馬から離れ、昼間と同じように椅子に座る。 ベッドサイドのテーブルの上は、迷った挙句そのままにしてある。 「風呂に入ってく…」 「式の化粧を落とすのに、食事の前に入っただろう?」 「そうだが…」 どうしよう。 どうしたらいい? オレの気持ちをよそに蔵馬は、へー、とか、すごいね、だとか言いながら、天蓋から流れる布をつまみ、ベッドに腰かける。 今気づいたとでも言うように、ベッドサイドのテーブルの、壺の蓋を取る。 花のような香りが、やわらかく部屋に広がる。 「くら…」 「いい香りだな。北東の山間に生えるあの白い花だ。雪の花とか呼ばれてたっけ。今夜にぴったりの花だ」 「…お前。それが何のためにあるのかわかっているのか?」 「潤滑油だろう?」 あっさりと返ってきた言葉に、顔から火が出そうになる。 壺の蓋を閉めた蔵馬は、本を手に取る。 ぱらぱらとめくり、すぐに本を閉じた。 手招きされ、しぶしぶベッドの隣に腰を下ろす。 「読んだのか?飛影」 「…読んでない」 いくつかの挿絵を見ただけで、オレは本を閉じてしまった。 男同士が、不自然な形で股間と尻をくっつけていた挿絵で。 …どう見ても、片方の性器が、片方の尻の中に差し込まれているようにしか見えない、挿絵で。 「読まなくていいよ。こんなもの」 「蔵馬…」 ほっとした。 蔵馬だってまだ読んではいない。 少なくとも今夜は、この潤滑油とやらを使うようなことにはならなくてすみそうだ。 オレの短い髪を、蔵馬の長い指が梳く。 繰り返される心地よさに猫のように目を閉じかけた次の瞬間、オレは目を見開くことになる。 「お前は読まなくたっていい。オレが全部わかってるから」 ***
固まっているオレを蔵馬はひょいと抱き上げ靴を脱がせ、大きな枕に寄りかからせるようにして、座らせる。「おい、蔵馬」 あっさりとズボンも脱がされどこかへ消え、細い紐で結んでいるだけの、儀式の時とは違う頼りなく薄いローブ一枚の姿になってしまう。 立ち上がった蔵馬はいくつかのランプを消す。 ベッドの側の小さなランプと、暖炉の炎だけがこの部屋の灯りになる。 ベッドに戻ってきた蔵馬は、座らせられたまま固まっているオレに、微笑みかける。 あの挿絵のようなことを、蔵馬はオレとしたいと思っているのか? 召使いたちも、オレと蔵馬がそういうことをするのが当然だと思って、やり方が書かれた本や潤滑油を用意したのか? 口に出して尋ねるべきなのか、わからない。 「嬉しいよ、飛影」 「嬉しいって…」 「ずっとお前とこうしたかった」 尋ねてもいない答えがあっさり返ってきた。 こうしたかった、の言葉とともに、頬に、耳に、首筋に、蔵馬の唇が這う。 そのまま下りていった唇に、布の上から乳首を軽く噛まれ、息を飲む。 「ん!…ずっと…って…」 「お前と風呂に入らなくなった頃からかな」 風呂。そうだ。あれはいくつの時だ?オレが十歳になるかならないかの頃か? オレたちは子供の頃からずっと一緒に風呂に入ってきたのに、ある日急に蔵馬は、もう子供じゃないんだから風呂は別々に入ろうと一方的に宣言し、それっきり一緒に風呂に入ることはなくなった。 着替えやタオルの準備だの湯加減だの、相変わらずかいがいしく世話はするくせに、浴室には二度と入ってこなかった。 「こういうことと…風呂と、何の関係が」 「つまり、オレはあの頃からもう…」 ローブの裾を割って入ってきた手が、足の間を探り、そっとそれを掴む。 「…こういうことを、したかったってこと。一緒に風呂になんか入っていたら理性を保てない」 「く、ら…ちょっ…待っ、ん」 「嫌なのか?」 蔵馬はつまり、オレとこういうことをしたいと思っている。…ずいぶんと前から。 じゃあオレは、蔵馬とこういうことをしたいのだろうか。 ローブを押さえていた手を離し、蔵馬を見上げる。ランプのオレンジ色の灯りに照らされた、綺麗な顔。 そういうことを、蔵馬と。 「…………嫌では、な…。ん、う!」 もう片方の手がうなじにかかり、引き寄せられる。 昼間、氷のバルコニーでしたキスとはずいぶん違うキス。 「飛影…」 「ん、う、んー!」 蔵馬の舌がするりと口の中に入り込み、オレの舌に絡みつく。 「ん、う、んん、ん、あ」 「飛影、もう少し足を広げて」 広げてと言っておきながら、蔵馬の手は勝手にもうオレの足を開かせている。 オレはどこかで疑っていたのだ。 蔵馬がオレを? ずっと前から? そんなわけはないだろう。 これは夢か、たちの悪い壮大な冗談なのだろう、と。 自分でもそんな触り方をしたことがない場所を、蔵馬の手が上下に器用に動く。 せめてみっともなく声を出したりしないように、拳を握り、手のひらに爪を立てる。 「…っ、ぅ、く、ん、んん!っあ、あ」 「だめ。まだだよ」 いきなりぱっと手を離され、思わず腰が追いかけた。 天井を向いてひくひくしている、みっともないものを丸だしにして。 「…蔵馬!」 両膝の裏に、蔵馬の手がかかる。 関節がきしむほど足を広げられ、蔵馬がそこに顔を近づけ… 「な!やめ!っ、ばか…!よせ…」 さっきまでオレの口の中で動き回っていた舌が、今度はひくひくと立ち上がっているものを舐め上げる。 想像したこともなかった快感が背をかけ上がり、ローブが肩からすべり落ちるのがわかった。 「うあ!あ、あ、っく、らま、おい…っ」 ぴちゃ、と小さく濡れた音がする。 想像したこともない快感に、足が震える。 「くら、ま、いっ…やめ…」 「やめない」 濡れてくぐもった言葉に、熱いものが噴き出した。 「…くらっ…!」 搾りとるように吸われ、次に聞こえた音に耳を疑う。 「くらま…お前…っ」 飲んだ。こいつ、飲みやがった! 「バカ!吐き出せ!」 「お断り」 ニヤリと笑うその顔は、綺麗な分、とんでもなく卑猥だ。 「お前…!この…」 このバカ?この変態? 言葉に詰まっている間に、蔵馬は広げたままのオレの両足をさらに持ち上げる。 尻の穴を蔵馬に見せつけるような姿勢に、思わず目を閉じた。 「お前が目を閉じても、オレには見えるよ」 指先がすうっと穴を撫で、軽く押した。 「…ひっ…ぁ」 「ここも小さいね」 かぽ、という物音がなんなのかはわかっている。あの壺だ。いい香りのする、あの… 「う、あ…っ」 「深呼吸して。体の力を抜いて」 無理な注文だ。 他人の指が、油をまとって尻の穴の上でくるくると円を描いているのだ。 太ももからふくらはぎまで強ばり、つま先が強く丸まるのが自分でもわかった。 「ほら、飛影。オレの指が撫でてるのがわかる?」 「……わか…る…」 くすぐったいような、気持ちいいような。 「入れるよ」 油でぬるつく指先が、くぷ、と中に押し込まれる。 入口をゆっくりかき回し、油を塗りこめるように、奥へと進んでいく。 「っ、あ!あ、うあ、あ…」 体内に、他人の温度を感じる。 ぬるぬるしたあたたかな指。蔵馬の指。 「…ん、あ……も、や、あ…くら」 「もう一本入れるよ」 無理だ、と情けなく叫んだ言葉も、三本目の指が押し込まれ、ぐちゅぐちゅと抜き差しされる頃にはもう、みっともない喘ぎでしかなかった。 「あ!う、ああ、あ、くら!ま、も…ひぁっ」 「目を開けて、飛影。ちゃんと見て。オレにも触って」 のろのろと目を開ければ、潤んで歪んだ視界に、碧の目が映る。 「…くら…ま」 シーツをつかんでいた手をなんとか引き剥がし、蔵馬の乱れたローブから突き出しているものをつかむ。 太くて長くて、硬い。 オレの中に入りたがって、こんなに大きくなっているもの。 「くら…くら、ま…あ、う…」 「ごめんね、飛影」 何に謝っているのだろうと、両手で握ってもまだ余るような一物から目を離し、蔵馬を見上げる。 「本当はお前を四つん這いにして、後ろから入れる方がお前にとっては楽なんだけど」 続きを待って、オレはまた蔵馬の先端を撫でる。 「今日はこのままがいい。オレと繋がる時、お前の中に吐き出す時、お前がどんな顔をするのか…」 目に、焼き付けさせて。 飛影。 「……望むところだ。…あの日」 乱れた呼吸のまま、オレは蔵馬を見つめる。 「あの日のことを、オレは憶えている」 碧の目に、驚きの色が浮かぶ。 先端から透明な雫をこぼすそこを指で撫で、オレはごくりと唾を飲む。 「崖から落ちたことも…真っ白な布も、オレを受け止めたお前の手も」 赤ん坊だった。憶えているはずなどない記憶だ。 だからずっと憶えていないふりをしてきた。 「くらま…」 暖炉ではぜる薪の音にかき消されそうな声で、オレは蔵馬に告げる。 「……好き…だ……入れてくれ。……お前と繋がりたい」 オレから一瞬たりとも視線を外さず、蔵馬はローブを二枚とも床へ放り、オレの両足を肩に担ぎ上げる。 体を二つに折られ、誰にも見せたことのない奥深くに、熱いものが宛てがわれる。 愛している、の言葉とともに、熱くて硬いものが勢いよく差し込まれた。 ***
薪が燃え尽きて火の気がなくなったというのに、この部屋はひどく暑い。広がりきった足の間、何度も何度も抜き差しを繰り返されたそこは、熱く痺れて火照っている。 ぱん、という拍手のような音と、ぐちゅ、という粘膜が立てる濡れた音。 片手では足りなくなるほど体内に吐き出され、尻の中も外もべとついている。 「飛影…ひえ、い…っ」 「くらま…!あ!あ!あ!うっあ!っん、んー!くら…ああ」 手も足も、全部ばらばらになってそこらへんに転がっているような気分だった。 キスを交わす唇や、蔵馬を受け入れて擦り切れそうになっているそこだけが、存在するかのように。 「うあ、う、あぁ、あああああっ」 体が浮かないよう押さえつけられ、力いっぱい突き上げられた目の前に、星が散る。 何度目かの流れを受け止め、尻の奥が激しく収縮を繰り返す。 声にもならない、ひゅう、という声を上げ、オレは蔵馬にしがみつく。 「ひえ…!ひえい…」 「くら…」 甘ったるい体と心で、再び蔵馬にキスをしようとした瞬間、体の中に火が灯った。 「………うっあ?ぐ、あ、ひ……熱い…っ」 「飛影!?」 熱い。苦しい。 たった今まで、蔵馬のもので与えられていた熱さとは違う、暴力的な熱が体の中にみるみる広がる。 「うああああ!」 両手で蔵馬の肩を突き、まだ体内で脈打っていたものを引っこ抜く。 「飛影!」 抱き寄せようとする蔵馬の手を振り払い、ベッドから転がり落ちる。 熱い。 なんだ、どうしたんだ、一体、なに、が。 転がり落ちたまま、喘ぐ。 体内で爆発しそうな何かに、本能的に右手を暖炉へ向かって差し出した。 ボン、という音と共に灰が飛び散り、薪がなくなったはずの暖炉に火が灯る。 「…あ…っあぁ…」 暖炉に燃え上がった火は、凄まじい勢いの炎になり、煙突へ吹き上がっていく。 「飛影!」 いつの間にかそばにきた蔵馬に抱きしめられても、体の中で燃える火は消えない。 「くら、ま!っあ、う、だめ…だ…」 熱い苦しい燃える溶ける熱い。 ぐいっと体を引き起こされ、抱き上げられた。 走る蔵馬の目指す先は窓辺で、窓の外には、月明かりに輝く氷の塔がある。 「飛影!あれに放て!」 「あれ、なに、を…うああ!」 蔵馬に抱き上げられたまま、窓を開けることすらできずに、氷の塔へと熱を放つ。 塔が光ったように見えたのは一瞬で、次の瞬間にはこの世の終わりのような音を立てて、氷の塔は水となって流れ落ちた。 「うあ……っひ、あ、あ…」 「…飛影」 体内を燃え上がらせていた、凄まじい熱さが嘘のように引いていく。 「…目覚めたんだな」 「っは、ふ、あ!…何が…くら…」 「魔力が。お前が作り出せるのは氷じゃなく炎だったんだ」 「……炎?」 水不足に苦しむこの国で、炎の力? 乾いたこの国で、母親が妹が必死で雪を氷を作り出しているこの国で、炎の力。 きっとオレが今浮かべている笑みは、この国の大気よりもずっと乾いている。 忌み子。 本当にオレは、忌み子だ。 「…蔵馬…オレは…」 「すごいよ、飛影」 抱き上げられたままだったことにようやく気付き、震える足で降りようとしたオレに蔵馬は言う。 「…すごい?全くだな。とんだ忌み子だ」 「氷と炎。完璧だ!」 降りようとしていた体をぎゅっと抱きしめられ、面食らう。 「おい、蔵馬…」 「忌み子?ならお前はこの国の救世主の忌み子だな。この国に本当に必要なのは雪でも氷でもない、水だ」 嬉しそうな、蔵馬の声。 「水?」 「雪や氷は溶けて水になって始めて役に立つ。今までは溶ける時間は天まかせだった。お前がいれば、氷を好きな時に好きな量で、水に変えられる」 蔵馬の言葉の意味がわかるまで、たっぷり三十は数を数えたと思う。 「…なら、この力は役に…立つんだな?」 「もちろん!」 「だが…」 まだ続いている、轟音と言ってもいいほとの水音に、浮き上がりかけてた気持ちが沈む。 「見ろ、蔵馬。このざまを。好きな時に好きなように氷を溶かせるとは思えんな」 「大丈夫だ、飛影。オレと繋がって気持ちよくなってたまらなくてこうなったんだろ?オレがちゃんと魔力を制御できるように手伝うよ」 「気持ちよ…っ!そんなこと言ってな…!」 「言ってるも同然の顔をしてた」 気持ちよくて?たまらないって? そんな恥ずかしい顔を?オレが? 倒壊した氷の塔に、聞いたこともないような水音に、深夜の王宮がざわめき始める。 王族たちの無事を確かめるべく王宮内に散らばった、衛兵たちの足音が近づいてくる。 「飛影、ほら」 「あ、ああ」 ベッドにかけ戻り、ローブを羽織る。 素っ裸でいるところに衛兵が飛び込んでくるなど、今夜の締めくくりとしては避けたい。 なんとか身なりを整え、並んでベッドに座り、近づく衛兵の到着を待つ。 「飛影」 「…説明はお前に任せるからな」 尻の穴に性器を入れられて、散々中に出されて、今まで気配のかけらもなかった魔力が目覚めるなんて恥ずかしすぎる。 蔵馬の左手がオレの右手を取り、ぎゅっと握る。 「任せて。何もかも。明日から朝も昼も夜も、お前を抱く」 「はっ?何を」 「早く自由に魔力を使えるようになろう。みんな喜ぶよ」 「蔵馬…」 足音はもう、扉の前まで来ている。 非常事態にふさわしい、乱暴なノック。 「というのは、表向きの理由で」 「表向き?」 「ずっとお前を抱くことを夢見てきたけど、本当に最高だった」 何がどう最高だったのかとは、恥ずかしくて聞けない。 オレだけが気持ちよかったわけじゃなく、蔵馬も同じだったのならまだ救われるが。 「一日中、お前を抱きたい」 炎の力とは無関係に、顔が熱くなる。 扉が開くその瞬間耳に吹き込まれた、炎に負けない熱を持つ言葉は。 「頭のてっぺんからつま先まで愛してるよ。オレの忌み子」 ...End. |