この手で...3痺れる右腕に、目が覚めた。昨夜よりはだいぶましになったようだが、雨はやむ気配もなく、雨音はまだ強い。 裸のまま、他人の腕の中に抱かれて目覚めるという未知の朝に困惑しつつも、飛影は雨音に耳を澄ます。 ガスストーブはいつの間にか消えている。部屋の中は寒いはずだが、布団の中で自分よりもずいぶんと大きな男に抱かれている今、飛影は寒さも感じない。 絡まるようにして抱き合って眠っていたせいで、相手の性器が太もものあたりに当たるのも感じたし、自分のものだって相手に当たっているはずだが、不思議と恥ずかしさも嫌悪感もない。もしろ、もっと…。 布団をめくり、中をそろりと覗き、飛影は顔を赤らめる。 …大きい。なんというか、通常の状態でさえ大きい。 昨夜も大きいと思ったが、よくこんな大きなものが、尻の穴に入ったもんだ。なんだかまだ何か挟まっているような、違和感さえある。 ふわ、というあくびの音に、飛影は慌てて布団を元に戻す。 綺麗な顔はあくびをしてさえ綺麗で、思わず飛影は見惚れてしまう。 「おはよう、飛影」 「…ああ」 あんなことをした翌朝に、何を話せばいいのやら。 布団の中でもぞもぞする飛影をよそに、蔵馬はさっさと起き上がる。 「腹減っただろ?朝飯、作るよ」 「手伝う」 そう言って立ち上がりかけた飛影だったが、ここは蔵馬の部屋で、自分の服はないことを思い出した。 素っ裸で部屋に服を取りに行くのもどうなんだと躊躇っていると、蔵馬は押し入れの箱から取り出した、丈の長い厚手のシャツを飛影に放った。 「おいで」 頭からかぶせられ、右腕を通してもらう間も、痺れを感じる。 昨日よりもずっと強い痺れに、服を着せてもらった飛影は思わず右腕をさする。 「部屋からズボンだけ取っておいで。まあ、裸でいても誰も見ないけど」 「誰も?今日の客は?」 「昨夜からここへの道は通れなくなった。土砂崩れの危険があるから。こんな大雨の間は通行止めになるんだ」 「…そうか」 しばらくの間は二人きりだ。 なら、もっと。 もっと、なんだ? 長すぎる袖をめくっていた飛影は自分の考えにぎょっとし、右袖をめくってやろうと手を伸ばしてきた蔵馬と目が合う。 「…そうだな、客もいないんだし。朝食は後回しにして、風呂へ行く?」 ***
「あっ、あっ、あっ!あ!んう、あ、んん、あ!」木の天井へ上がった湯気がやがて生ぬるい水滴になり、見上げている飛影に時折ぽたりと落ちる。 バスタオルを重ねて敷いた床に仰向けに寝そべり、両足を持ち上げられ。 床から浮き上がった尻の中には、昨夜と同じく、熱いものがみっちりと詰まっている。 「う、あ!アア、ん、うあ、ア、ア…」 いつもの露天の風呂場とは違う、屋根のあるこの広い風呂場ではやけに声がよく響く。 抜き差しされるたびに尻のあたりから聞こえる重たく濡れた音。我慢できずに漏れるかん高い声。 自分の体が立てる音を、飛影はめまいにも似た揺れる視界の中で聞く。 「う!あ!ああっ……そ、こ!……イっ…!」 そんなことは物理的に不可能だとわかっていつつも、腹の中全部に蔵馬が入ってきているような気さえする、この感覚。 腕を足を腰を、蔵馬は自在に引っぱり、折り曲げ、飛影の体の中全部に侵入しようとしている。 「あっ、あ、あ!っくら、ま!ーーーーっ!」 体をほとんど二つ折りにされ、最奥を突かれ、視界に光が弾ける。 何度目かの絶頂に、小さな体は激しく震えている。 「……っ、ひ、ぁ……んぅ…!」 「さてと。そろそろ上がらないと。また湯あたりするよ」 まだ震えている体を蔵馬は抱き上げると、木でできた大きな浴槽に入る。 湯の中で飛影の全身を撫でるように洗い、髪も湯で流す。 「蔵馬…」 「いいよ、そのままで。洗ってあげる」 とろりとした湯で、大きな手のひらで全身を洗われ、心地よさに目を閉じようとした瞬間、体の中を何かがどろりと下ってきて、飛影は思わず腰を浮かせる。 「くら、ま、出る…っ、離せ」 「だめだよ」 だめとはどういうことかと眉を寄せる飛影に、蔵馬はにやりと笑う。 「出さないで」 「な、あ!」 長い指が素早く尻の肉を割り、栓をするようにそこを塞ぐ。 中から下りてこようとしていた液体はそこで止められ、飛影は思わず指をぎゅっと締めつける。 「や!うあ!何、を、おい…」 「出さないで。中に入れたままにして」 飛影の腹がぐるりと鳴り、中に山ほど出された液体を外へ出したがっている。 湯船で出したくないと焦る飛影を、蔵馬はがっちりつかんで離さない。 「そんなこと、を、い…っ」 「大丈夫、ちょっと我慢すれば奥へ納まるから」 差し込まれた指が、中をくすぐるように動く。 小さく声を上げ、湯を叩いた飛影だったが、蔵馬の言葉通り、二、三分もすると腹は落ち着き、穴は意地汚く蔵馬の指をしゃぶり始めた。 「…あ、ふ…ア」 「ね?」 ね、じゃない!と言いかけた飛影だったが。 とろとろと全身を包む湯。ゆるゆると浅いところで動く指先。 たまらない。 脳が、とろけてしまいそうだ。 「……くら…ま、ぁ…」 「ゆっくり、右腕を動かしてごらん」 相変わらず湯の中でゆらりと浮いていた右腕を、飛影は体の方へ引き寄せた。 湯の浮力を借りてなお、腕は鉛かと思うほど重かったが、なんとか体に添わせられるくらいまで近づけられた。 「すごい、な…」 自分の腕だというのに、初めて見るもののように、飛影は目を丸くする。 このままいけば、もしかしたら。 「…お前は、なんなんだ?」 木をたっぷりと使った、広い浴場は独特の匂いがした。 浴槽に注がれる湯の音と、屋根を打つ雨音と。 「………お前と、あと何回か…こういう…ことをしたら、この腕は元に戻るのか?」 蔵馬は、湯に浸かってものぼせる気配もない。 整いすぎた顔は、薄く笑みを掃いたまま、何も答えない。 ぽちゃんと音高く、天井から雫が落ちた。 ***
一昨日の夜、昨日の朝、昨日の夕方。多分百回以上はキスをして、十回以上はあの場所に蔵馬を入れて、中にたくさん出された。 指折り数えて、飛影は朝から赤面する。 ひりひりするようだったら、塗っておくといいよ、そう言われて渡されたごく小さな瀬戸物の壷には半透明の軟膏が入っていて、鏡台に置かれたその壷を見て、もう一度飛影は顔を赤くする。 うとい、のだ。 誰かに指摘されるまでもなく、自分がそっち方面にうといということはわかっていた。 問題の多い人生だったといえ、そういうものにあまり興味がわかなかったから。 とはいえ、こんな形で誰かに抱かれることが、性的経験の入り口になるとは。 人生には予想外が多すぎる。 いつもなら朝目覚めればさっさと顔を洗い、食堂に行くというのに、飛影は布団に丸くなり、まだ雨が降っている窓の外を眺める。 このまま、ずっと降っていればいいんだが。 そんな声が自分の中から聞こえ、ぎょっとして飛影は起き上がる。 「冗談じゃない」 あいつが何であるかなど、どうでもいい。 神であれ悪魔であれ、この腕を治してくれるならなんだっていい。 治った腕を雪菜に見せることができれば、なんだっていいのだ。 この雨で他の客が来れないことは好都合だ。 人がいないのなら、あいつだって飯の支度だ掃除だ洗濯だとやることがそうあるわけじゃない。時間は山ほどあるはずだ。 「だから、たくさん」 たくさん、して欲しい。 体中触って、舐めて。入れて抜いて突いて、腹が痛くなるくらい中に出して欲しい。 何もしていないうちから、熱くなり始めている下腹部に手を伸ばす。 パジャマのズボンに手を入れたところで、襖が開いた。 「…わっ!」 「起きて。ご飯だよ」 ***
数種類の根菜に、飛影には名もわからないたくさんの茸、油揚げ、豆腐。たっぷりの具が入った熱い汁に、おにぎり。木でできたスプーンのような匙が添えられており、飛影は眉を上げる。 「あるんじゃないか」 「何が」 飛影が匙を指差すと、みかんをむいていた蔵馬が顔を上げる。 「ないなんて言ってないよ」 「お前」 性格悪くないか、そう言いかけて飛影は飲み込む。 機嫌を損ねてもらっては困る。なにせ。 …なにせ、ああいうことをまだしてもらいたい、わけだし。 スプーンがあったところで、汁物は片手で食べるには適さない。ともするとぽたぽたと垂れるのだから。 何も食べていない相手の前で不器用に食事をする自分が、滑稽に思えてくる。 「お前は食わないのか?」 どうぞ、と小皿に置かれたのは、綺麗に皮をむいたみかんだ。 そういえばこいつが飯を食っているところを見たことがないと、飛影は考える。 神とか悪魔とかそういう者なら、人間と同じような食事はしないのだろうか。 答えを返すかのように、蔵馬は部屋の片隅の戸棚から椀を出し、盆の上の小鍋からたっぷりと汁を掬った。 嫌味なほどの綺麗な箸使いで具をつまみ、飛影に見せつけるかのように優雅に食べる。 「食えるのか」 「もちろん」 飛影の膳から、蔵馬はひょいとおにぎりを取り、大きく一口頬張る。 綺麗な顔が、ほんのちょっと曇る。 「どうした?」 「そうだ、梅干し入れたんだった」 「梅干し?苦手な……っ」 向かいに座っていた蔵馬が、両手で飛影の顔をつかむ。 不意のことでよける間もないまま、唇が重なる。 「ん!」 口の中にぬるりと入ってきた舌が、強い酸味も運んでくる。 口移しで食べ物を貰う感触に、飛影は思わず目をつぶる。 「ん、ぅ………」 「…すっぱ」 ちゅ、と音を立てて唇を離した蔵馬が、いたずらっぽく笑う。 しかめっ面の飛影は、口元をぬぐう。 「…酸っぱい。今どきこんなに酸っぱい梅干し、あるのか」 「今どきの人が作ってないから。近くの集落のおばあちゃんの梅干しだからね」 もごもごと口を動かし、種だけになった梅干しを口から出し、飛影は視線を反らす。 あぐらをかいていた足をそっと崩し、膝を立てて座る。 「何を隠してるの?したくなった?」 「お前……性格悪くないか」 今度は口に出して言ってしまった。 すっかり感じて硬くなっているそこと隠そうと、膝を立てたのに。 ここでは嫌だという飛影の主張もむなしく、あっさりとズボンを脱がされた。 ***
雨が、上がってしまった。十日も降り続いた雨。 閉め忘れた障子から降り注ぐ朝日が布団を照らしている。陽射しがあたためたぬるい空気の中、ぼんやりと飛影は目を開ける。 今朝も背と尻のあたりにしっかりと両腕が巻き付けられており、起き上がることはできない。 夜はさんざんにこっちを攻め立てるくせに、寝起きはよくないのか、朝はたいていこうして蔵馬は眠っている。 それでいて腕の中に閉じこめるように飛影を抱き、眠ったからとて腕が緩む気配もない。 整った顔。長い睫毛がふちどる薄い瞼に、飛影は指先を這わせる。 「…ずっと」 ずっと、この顔を見ていたい。 ずっと、この腕の中で眠りたい。 朝のぼんやりとした思考の中では、普段ならば閉じこめておける素直な欲望が、飛影の頭の中に恥ずかしげもなくふわふわ浮かぶ。 半分は夢の中で、半分は現で。あたたかい布団も、巻き付けられた熱い腕も気持ちがいい。 ここにいたい。 ここで蔵馬とこうして。 眠ったり食べたり風呂に入ったり、体の一番深いところで繋がったりして、ずっと。 「仕事…」 普段は結構忙しいんだから。掃除して洗濯して炊事して、畑も手入れしなきゃならないし、この建物は古いからいつもどこかしら補修が必要だしね。 そう言って、洗濯した飛影のスウェットをパンと叩いて干していた、蔵馬の言葉を思い出す。 確かに、いくつもある風呂の掃除もあるわけだから大変だ。ここの洗濯機はずいぶんと古そうな形だったし。 全身を包む温度に、夢見心地で飛影は考える。 一通りの家事は元々できる。ここの食事はそう凝ったものでもないし。作れるものばかりだ。 チビだと揶揄されることが多いこの体だが、元々は力は強い方だ。右腕が治れば、建物の補修や力仕事も手伝えるはずだ。 「こんな山奥で働きたがるやつなんて、そうそういないだろうしな」 窓の外を眺め、飛影はひとりごちる。 なぜここに居つづけようとするのか、その理由も深くは考えもせずに。 ***
「何言ってるんだか」あっさりと返された言葉に、飛影は食べかけのみかんを落っことしそうになる。 「お前は忙しいんだろう?」 「まあね。でも人は探していないよ。人を使うのは面倒だし」 使い勝手のよさそうな雑巾をぎゅっと絞り、廊下を磨き上げながら蔵馬は言う。 「右腕なら、もう大丈夫だよ」 そりゃまあ、この先の人生で米俵を担げるようになるとは言わないけどさ。 日常生活くらいは、なんとかなるくらいに戻るよ。 「でも」 「預かりものを盗むわけにもいかないし」 「預かりもの?」 「預かったんだよ、軀から」 「お前、軀とどういう…」 ジリリリ、という時代遅れの電話の音が鳴り響き、飛影はもう一度みかんを落っことしそうになる。 忘れていたが、雨は止んだのだ。ここは明日から営業を再開する宿で、客が来るということは、当然問い合わせだの予約だのの電話が鳴ることだってあるわけだ。 はいはい、と小走りで駆けていってしまった蔵馬を追うわけにもいかず、日の当たる廊下に座ったまま、手の中のみかんを飛影はぼんやり見下ろす。 窓の外。庭とも畑ともつかず広がるその場所のあちこちに、いつの間にか緑が芽吹いている。 降り続いた雨のせいで草木はたっぷりと水を含み、昼の光にきらきらと輝いていた。 「…虹?」 久しぶりに見た虹だ。しかも二重に見える。 もっと近くで見ようと、飛影はにじり寄る。 高さを変えて重なるように、二重にかかる虹。 二ついっぺんにかかる虹など、飛影は生まれて初めて見た。 「そうか」 虹を見つめたまま、飛影は呟く。 うといから、今ようやく気付いた。 ここにいたいと願っているのは自分だけで、蔵馬は自分がここにい続けることなど、微塵も願ってはいない。 脳みそがとけそうに気持ちがいいなどと思っていたのは自分だけで、あっちは誰でもいいわけがない。増してや男の体など。 だいたい何のメリットもなさすぎる。なんなら気持ち悪いとさえ思われていたのかも。 虹を見つめたまま、ようやく自分の頭の中を整理して、飛影は小さく首を振る。 「どうした?ぼんやりして。ほらほらどいて」 電話を終え戻ってきた蔵馬が、投げっぱなしだった雑巾を拾い上げる。 再び床を磨き始めた蔵馬に、飛影は無言で立ち上がった。 「蔵馬」 「ん?」 陽射しが、長い黒髪を輝かせる。 何度この髪をつかみ、声を上げたことだろう。 「虹だ」 外を指差し、小さく言い捨て、飛影は部屋へと足早に戻った。 |