Little Succubus...1

Little Succubus...2

体は大きいし、あまり寝相はいい方ではない。だから高い金を払って大きなベッドを作らせたというのに。
広々した場所で眠りたいというささやかな願いさえ、このところ全く叶わない。

「おい…」

仰向けで寝ている俺の上に、まるで布団のように覆いかぶさって寝ている生き物の首根っこを掴んで持ち上げようとしてみる。
が、案外力強くしがみついているその体は、離れる気配がない。

両腕は首の後ろに右足は腰に左足は太股に、しっかりと絡みついている。
どうりで最近やたらと肩も凝るわけだ。

「…おい、起きろ」

窓の外を見れば、既に陽は高い。
俺もあまり朝に強い方ではないが、こいつはなお悪い。

「起きろ、ヒエイ!」
「………なんだ…うるさい…」

大きな目を半分だけ開け、むにゃむにゃとまた閉じようとする。
べったりくっついた小さな体を両手でなんとか引っぺがし、素っ裸のままベッドに放り投げてやる。

半寝ぼけでぶつぶつ言うヒエイをそのままに、薪に火を熾し、汲んでおいた水を鍋に入れ湯を沸かす。
ナイフで切り取ったパン二切れを火で炙り、バターを乗せる。自分で調合した茶葉に湯を注ぎ、ポットに蓋をした。

「なんだって貴様は昼間起きるんだ?」

ベッドに寝そべったまま目を擦り、ヒエイがぼやく。
雄のサキュバス、というおかしな生き物が俺の家にちゃっかり居着いてひと月ほど経つ。
陽のある間は起きたくない、というぼやきも、ひと月聞いたことになる。

顔を洗い、服を着る。
台所に置いた籠からりんごをひとつ取り、ちょうどいい濃さになった茶をカップに注ぐ。

「…人間じゃあるまいし。朝起きて服を着て飯を食うヴァラヴォルフなんて、聞いたことがないぞ」
「雄のサキュバスなんて俺も聞いたことがないがな。だいたいお前をここに置いてやるなんて俺はひと言も言っていないぞ。さっさと仲間のところへ帰れ」

ムッとして起き上がったヒエイは、あまり顔色が良くない。
元々サキュバスもインキュバスは真っ白い肌をしているが、具合が悪い時はどうやら青っぽくなるらしい。とはいえ理由はわかっているので、もはや心配してやる気にもならない。ただの食い過ぎだ。

起き上がったばかりなのに、ヒエイはぽふっと横になり、丸くなり、うーと呻く。

「また腹が痛い…」
「昨夜、ちゃんと薬も飲ませてやったぞ。毎日毎日同じことを言うな。食い過ぎだ」
「途中で止めればすむのに、貴様は気が利かないな」
「出している途中で止められるか!お前が全部飲まなきゃいい話だろうが」
「飲んでる途中で止める?そんな芸当ができるわけがない」
「なら口か尻かどっちかにすればいいだろう」
「口から飲むと尻にも欲しくなるし、尻で飲むと口でも飲みたくなる」

馬鹿馬鹿しすぎる会話に俺は天井を仰ぐ。
この足らないサキュバスもどきに構っている暇など今日はない。

「じゃあ、一日置きにしたらどうだ?」
「俺を飢え死にさせる気か?」

ヒエイはまた起き上がりふくれっ面をし、パンを噛る俺をじっと見つめ、ふと、妖しく笑う。

「…貴様は一日置きにしか、俺が欲しくないのか?」

こいつ。このガキ。
確かにこのサキュバスは子供のような顔をして、底抜けにいい体をしている。
毎晩ベッドに潜り込まれて追い払い切れずに、結局抱き潰す勢いで腰を振っている俺もたいがいだ。
全部飲んでは腹が痛いとこぼすヒエイのために、煎じた薬草で作った丸薬も常に用意し、事が終わると飲ませてやっている。

「俺は今日は出かけるからな。大人しくしていろ。家から出るなよ?」
「出かけるだと?どこへだ?」

驚いたように、ヒエイが問う。

このひと月は居候のせいでずっとこの家で過ごしていたが、元々俺は週に一度は麓へ下りる。
樹木の苗や種、薬草なんかを売りさばき、森では手に入らない酒やパン、砂糖や塩や油なんかを買ってくるのだ。
人間に不審がられないよう十年ほどで住み家は森ごと変えるが、もう三百年もこうして過ごしてきたし、この先もそうするつもりだ。

俺は人間という生き物を、まあまあ気に入っている。
好いていると言ってもいい。

森に暮らし時折麓へ下り、人間の営みを眺め、ほんの少し関わっては、また別の場所へと。

本来ヴァラヴォルフは肉食、しかも人間の女や子供を好んで喰うが、俺は人間は喰わないし動物の肉さえそれほど好物でもない。ほとんど草食に近いのだ。ヴァラヴォルフしては相当変わっていると自分でも思うが、これが気に入っている。

術をかけ保存しておいたパンや酒が尽きるのもあったが、森には果物や野菜は山ほどあるので食うに困るわけではない。問題はそろそろ麓に顔を出さないと気のいい人間どもが心配して俺を探して森に入り込んだりしかねないということだ。

食事をすませ手早く支度を整え、ひと月ぶりの姿を風呂場の鏡で確認し、頷く。
背中の中ほどでうねる黒髪をゆるく束ね、部屋に戻った途端。

「……誰だ、貴様」

風変わりでも小さくてもちょっとお馬鹿なようでも、やはり魔の生き物だ。
石の床に肩幅ほどに足を開いて立ち、燃えるような赤い目を向け両手を構える姿は、昼の光を圧するような魔物そのものだ。

しかしまあ、素っ裸のままなので、間が抜けているとしか言いようがない。
ぶらぶら、と表現するにはあまりにも小さく可愛らしいものが股間で揺れている。

「人の家で何を偉そうに…。まず服を着たらどうです?」
「貴様」
「姿が変わったくらいで、わからなくなるとはね」
「……クラマ?」

姿を変えたとて、魔力や匂いは変わらない。
白い肌と黒い髪と緑の目、ひとまわりほど小さい、と言っても人間としては長身の部類に入る姿の俺に、ヒエイは目をぱちくりさせる。

「なんだ…その姿は」
「今日は麓の村へ行くんだ。あのままの姿じゃ行けないからね」

獣そのものの姿でないにしても、あの姿は人間にしては、大きすぎる。
銀色の髪や金色の目も、少なくともこの国には存在しない。

「人間に、化けているのか…」
「ああ。銀色の髪や金色の目なんて人間はいない。第一、体の大きさがおかしい」
「俺は貴様を人間かと思ってたぞ?」
「そうだったね。あの姿を人間だと思うなんて、ちょっとおつむの方、足らないんじゃないですか?」
「なんだと…?だいたいなんだ、その喋り方は」

ヒエイが眉を寄せても、あまり迫力はない。
だいたい寝過ごして仲間に置いて行かれるくらいのガキだ。まだ素っ裸だし。

「これはこの姿用の喋り方。化けるとはそういうものなんですよ」

長いこと、この二つの体を使い分けてきた。
この体に俺が与えた人格は、もはや一人の人間の一生分以上の時を過ごしたはずだ。

「人狼じゃなく、化狐だな」
「それにしても七十七人もいる中で筆頭だったっていうのは本当?ひと月も経つのに誰も探しにも来ないみたいですけど」

痛いところをつかれたのか、ヒエイは唇を噛む。
案外、仲間が迎えに来ないことをさびしく思っているのだろうか。

そんな風にちょっと同情し髪を撫でてやった俺は、同情してやったことをすぐに後悔することになる。
ヒエイはパッと顔を上げ、うん、とひとり頷く。

「よし、やろう」
「はあ?」

小さいわりには力のある手が、俺の腕を引く。
昨夜の交わりに乱れたシーツのかかるベッドに押して行こうとしている。

「ちょっと待って。朝から何言って…」
「早くしろ」
「ちょっと!待っ」

押し倒そうとする手を振り払う。
きょとんと見上げる目はなかなか可愛いが、そういう問題ではない。

「俺は麓へ出かけるって言いましたよね?」
「今日は中止しろ。俺はやりたい」

何もしていないうちから、ヒエイはとろっとした目をしている。
裸のままだった足の間にぶら下がるものも、なんだか元気になっている。

「だめ。俺は用があるんだって!パンとか酒とか買ってくるから」
「パンだの酒だの…くだらんことだ」
「俺がパンだの酒だの食うことで作り出した精を、お前は食ってるの!わかってる?」

パンだの酒だの食って作り出した、精?
首を傾げるヒエイを置いて、俺はさっさと薬草や種を袋にしまう。

おい、とかなんとか言うサキュバスを、ばたんと閉じた扉で閉じこめて、緑豊かな森を駆け抜けた。
***
「久しぶりだねえ。心配してたんだよ」

薬屋の親父は、まんざら嘘でもない口調で言う。
俺を心配していたというのも嘘ではないが、なにせ商売熱心な親父のことだ、薬草の在庫はもっと気がかりだっただろう。

「ちょっとね。でもその分、今日は量があるよ」

俺が袋から引っぱり出したいくつもの薬草の包みを、親父は嬉しそうに確認する。
アバカスと呼ばれる、木の玉が並んだ計算機でぱちぱちと値を弾く。

差し出された銀貨を受け取り革袋にしまっていると、親父がいらっしゃい、と少々戸惑ったような声を上げた。
客かと振り向き、俺はぎょっとして固まる。
そこにはつんつん跳ねる黒髪の、肌の白い華奢な造りの子供がいた。

ヒエイ。

この親父は子供の客でも態度を変えたりはしない。商売は商売、どんな客にもきちんと愛想よく応対をする。
とまどっているのは、ヒエイの珍妙な格好のせいだ。

畳まれた翼は見えないし、尖った黒い角も、黒いしっぽも、ちゃんと魔力を使って隠している。
けれどこの村、というかこの国では少年から老人までの男の日常着である、綿でできたダボッととした白いシャツと細かな模様が入った黒いズボン、やわらかな布靴という組み合わせではなく、ダボッととしたシャツだけをかぶり、足には何も履いていない。ズボンはもちろん、靴さえも。

俺のシャツを着ているのだから、裾はヒエイの膝のすぐ上まである。首回りも大きすぎて肩が出そうだ。尻や股間が丸出しというわけではないが、明らかにおかしな格好としか言いようがない。

「クラマ」

一瞬知らんぷりをしようかと思った心を見透かすように、ヒエイは俺の名を呼んだ。
その名は村中が知っているし、名を呼んだ相手を知らない子供です、と言い張るわけにもいかない。

「あれ?あんたの連れかい?」
「ええと…」

角としっぽはちゃんと隠せているが、問題は目と服装だ。
目の魔法は中途半端で、黒にしたつもりなのだろうが、光の加減で時折赤に見えてしまっている。

「あ、従兄弟なんですよ」

苦しい。苦しい言い訳だ。
全然似ていないし、なにより従兄弟ならきちんと世話してズボンくらい履かせるだろう。靴だって履かせる。

「おいクラマ。帰るぞ」

ヒエイの裸足のつま先で砂がさりさり音を立てる。
この姿になっても背は高い俺の腕に巻き付くように、ぴたっとくっつく。くっついた拍子にシャツが持ち上がり、白い太ももが露になる。下着も絶対履いていない。だいたいあの家にヒエイが履けるような大きさの下着はない。

「へー。あんたに身内がいたとはね。いやでも、ズボン…」
「あの」

咄嗟にヒエイの耳を塞ぎ、年季が入った木のカウンターから俺は身を乗り出し、困惑する親父の耳に囁いた。

「あの、この子、その、病気なんです。体もなんですけど、わかるでしょう?ちょっと頭の方も」
「あ、ああ。そうか、そういうことか。ちょっと目もおかしいもんな」

耳を塞ぐ手を払い、なんだ?と俺を見上げるヒエイに、親父は急に猫なで声を出し、溶かした砂糖を固めて棒に刺した飴をヒエイに差し出す。
ほらお食べ、いい子だね、とかなんとか声を掛けられ、ヒエイは無言で飴を受け取り、また俺を見上げる。

「良かったね!飴、好きだろう?」

ありがとうございます、と礼もそこそこに、俺はヒエイを引きずるようにして薬屋から出た。
往来の人々も、ちらちらと俺たちを見ている。正確には、ズボンも履かない少年を。

「ヒエイ!」
「なんだ?」

ヒエイは不思議そうに琥珀色の飴を眺め、杖のようにくるくる回してみたりしている。
サキュバスはあくまで精のやり取りをしたい生き物だ。精を出すことも受け取ることもできない子供を狙うことはない。子供の食べる物である飴を見たのはきっと初めてなのだろう。

「何しに来た?」

小さく、でも鋭く耳元で問い詰める。
何って、やろうと思って、という返事に俺は脱力する。

やることしか頭にないのか、と叱りつけたいが、そもそもインキュバスもサキュバスもそういう生き物だ。
この姿にもヒエイが欲情することくらい、予想するべきだったのは俺の方だ。

だめだ。今はやらない。連れても行かない。必要がない。森に戻って。家に戻って。後でしてやるから。駄々をこねないで。
俺のなだめすかしにヒエイはあっさりと、なら村人を襲ってやる、と返し、きらきらした目で俺の腕にぶらさがり、また白い太ももをさらした。
***
「あれはなんだ?」
「食料品の店。野菜や果物、乾物なんかを売ってる」
「あれはなんだ?」
「ミルクと菓子の店だ」
「あれはなんだ?」
「宿屋。寝泊まりする場所だ」
「ならあそこでやろう」
「やらないって言ってるでしょうが!」

白いシャツに、黒いズボン。茶色の布靴。
服屋で一式買い与えてやった服を着て、飴を舐めながらヒエイは俺の隣を歩く。
最初は噛ろうとしたので、それは舐める物だと教えると素直に舐め始めたが、どうもその舐め方がよくない。
全部口に含んでみたり、先端だけ舐めてみたり、口に入れたり出したりしている。なんというか、それは飴ではないものの舐め方だ。

「ヒエイ!」
「なんだ?」
「おかしな舐め方をしない!」
「したくなったか?よし」
「よしじゃない!だいたい、味がわかるの?」
「人間に化けている時は、多少はな」

甘いってやつだろう、この味は。
先端に吸い付き、にやりと笑う。

薬草を売り種を売り、パンを買い、塩と砂糖を買い、蜂蜜を買い、油を買った。
その全ての店でヒエイはねっとりと飴を舐め、村人は俺とヒエイとを交互に見ては困惑していた。

療養のために預かっている従兄弟だと説明して連れ歩いている以上、人前で怒鳴りつけるわけにもいかない。
目の病でおつむの方もちょっと足りず、森で療養すれば良くなるかもしれないと親族から押し付けられたのだと説明しながら、俺は疲労困憊で用を片付けた。

「クラマ。まだか?」
「あとは酒だけ」
「酒だと?」

酒なんかなくたって、俺が酔わせてやる。
背伸びして…背伸びしても全然届いてはいないけど…俺の耳にうっとり囁くヒエイはすっかり赤い目をしていた。
***
裾が広がったふんわりしたシャツを、どうやらヒエイは気に入ったらしい。
家に戻ってもまだ着たまま、くるりとまわると広がる裾で遊んでいる。まあ普段の下着みたいな布きれの上に重すぎるマントという衣類からすると、軽くて着心地もいいのだろう。

「クラマ、まだか?」

買い込んできた食料品やら日常品やらを片付け、パリッとした香ばしいパンとチーズ、それとワインで夕食をとる俺の髪をひっぱり、ヒエイは何度目かの質問をする。
俺はため息をつき、瓶に入ったジャムに蓋をした。

たまには、ゆっくり夜を過ごしたい。
月を眺め、フクロウの声を聞き、舐めるように酒を飲むのだ。

それをかき乱す存在は、落ち着きなく俺の髪を服を手を引く。
早くベッドへと、なんならベッドでなくてもいいと、そわそわしている。

移動要塞の女王とやらが本当にいるのならば、さっさとこのガキをお引き取り願いたい。

「…食べ終わってから。一緒に食べます?」
「食わん。意味がない」

人間に化けている間なら、人間の食べ物を食べることもできる。
けれどそれは、ヒエイにとっては何の栄養にもならない。栄養になるのは精液だけなのだから。

薄く切ったチーズとすもものジャムをひとくちパンに乗せて差し出すと、ヒエイは口を開け受け取った。
もごもごと口を動かし飲み込むと、甘いな、と呟いた。

家を出たのが遅かったし、ヒエイがいたせいで村では売るにも買うにも時間がかかった。
月はすっかり高く、夜はとっぷりと更けている。

「まだか」
「わかったわかった。水を浴びてくるから」
「そんなことはい…」

そんなことはいいと言いかけたらしいヒエイがふいに口をつぐみ、窓にチラリと視線をやる。

「どうした?」
「なんでもない。さっさと水でもなんでも浴びてこい。あ!その姿のままで戻って来いよ」
「はいはい」

この姿の俺とやるまで、ヒエイが諦めるはずがないことはわかっている。
乾いて森の匂いを吸い込んでいるタオルを取り、俺は浴室へ向かった。
***
サキュバスの汗は人間ともヴァラヴォルフとも違っていて、べたつくことも臭うこともない不思議な汗だ。汗みずくで交わっても、濡れた布で体を拭うくらいで充分なのだ。
そんなわけで、ヒエイはこの家の浴室を使ったことがない。

でも今日は人間に化けていたのだ。靴も履かずに裸足だったし。
水を浴びさせるくらいした方がいいのかもしれない。

そう考えて部屋へ戻ると、ヒエイの姿がない。
足跡のように残る魔力を追い外へ出た俺は、ひゅっと息を飲み、思わず木の影に隠れた。

薔薇のような、果実のような、ワインのような、素晴らしく蠱惑的な香り。

あまり長くはない金色の髪は輝き、さらさらと夜風に揺れる。
しなやかに美しい体と、美しい顔。黒曜石のような角に、まるで職人が編んだレースのような美しい翼。体を最低限だけ隠す黒い布きれはぬめるような黒色だ。
絶え間なく色を変える瞳は、一瞬たりとも左右揃った色にはならない。

小さな布に覆われたふくよかな乳房が、ため息に上下するのが見えた。

サキュバスだ。
そして、どうやらただのサキュバスではない。
目を合わせたわけでもないのに、引き寄せられる。眩暈がするような波動を感じる。

七十七人。
王がいる。
女王だ。

ヒエイの言葉を思い出す。

これほど近くにいながら、ヴァラヴォルフである俺が全く存在に気付くこともできなかった。
あれが女王だ。
ヒエイを迎えに来たのか?

「いつまで遊んでいるんだ、お前は」
「誰も迎えに来いなんて頼んでないぞ」

女王は声まで美しい。
耳元で純銀の鈴を鳴らされているかのようだ。

「お前は筆頭だ。ふらふらしてちゃ、示しがつかん」
「何が示しだ。だいたい俺はそんなものになりたいと言ったことはない」
「…あのな、数多くの人間から精を奪うのが俺たちの生業だ」

眉をひそめても、女王は美しい。

「魔物一匹に夢中になるなんぞ馬鹿げている。帰ってこい」
「帰らん」
「ほう、強気だな。…いいのか?」

女王の声は、笑みを含んでいる。

「人間じゃなくヴァラヴォルフだったんだって?そんなにいいのか、その男は?」
「…いい。すごくいい。顔も体も声も精も何もかも全部好きだ。だから帰らない」

うっとりとしたヒエイの声に、女王はまた笑う。

「お前がそこまで言うとはな。俺にも試させろよ」
「だめだ!」

慌てたようなヒエイの声に、女王は本格的に笑い出した。 馬鹿、家の中にまで聞こえる、と焦るヒエイの髪をくしゃっと乱す綺麗な指に、なぜか苛立ちを覚えた。

「お前がそんなに一人の男に夢中になるとはなぁ。十年も探していた甲斐があったな」

十年?
なんの話だ?

大きな木の大きな枝にまたがるサキュバスの女王。
隣に座る、ヒエイの白いシャツが夜風に広がる。

「あのな…」
「ん?どうした?」

ヒエイは嬉しそうに、どこか恥ずかしそうに、女王に囁く。

「…ひとりだと思ってたのに、もう一人、いたんだぞ」
「はぁ?なんだよそれ。ヴァラヴォルフが二匹ってことか?」
「…秘密だ」

これからそのもう一人とするんだ、とヒエイは嬉しそうに言う。

「だから、さっさと帰れ」
「…お前な、後になって迎えに来てくれって泣いて頼んでも、絶対に来てやらないからな?」
「ああ。俺はあいつとずっと暮らすからいい」

冗談じゃない!連れて帰ってくれ!と叫んで飛び出そうかと思ったが、月に照らされたヒエイの顔があんまり嬉しそうで、言葉は喉に引っかかって消えてしまった。
***
両腕を俺に差し出して、ヒエイは待っている。
膝をつかんで広げさせた足。こちらを向く尻の中心では、濡れた穴が誘っている。

大きく開いた足の間から、ヒエイの顔が見える。
吸い込んだ精に頬を赤く染め、口の周りを白い液体で汚し、目はとろとろに潤んで光っている。

「…クラマ…」

ひくひく動く穴に、俺は息を切らしたまま、ごくりと喉を鳴らす。

結局これだ。
余裕綽々で始めたはずが、いつの間にか夢中になっている。

紅色の肛門に先端を宛てがうと、ヒエイが嬉しそうに目を細める。
待ち切れないとでも言うように、尻を動かそうとしたのを止め、俺は大きく深呼吸をする。

「クラマ…は、や…!」
「…わかって…ますよ」

ぐっとねじ込むと、白い背がのけぞり、小さな口から甘い声が零れ出す。
まだほんの先っぽしか入っていないのに、吸い込むように体内が蠢く。

「っ、あ!ああ!……んん、あ、もっ…奥…」
「ああ……ヒエ、イ」

覆いかぶさり、一気に叩き付けようとした瞬間、金色の髪をなびかせた女王の言葉をふいに思い出す。

十年も探していた。
誰が?何を?

「ア、っは、あう……クラ、動い…」
「何を探していたの?」

ぎゅっと閉じられていた瞳が開き、潤んだままこちらを見上げる。

「な、に?…なにが…?…も……いいか、ら…奥…入れ…」

まるでそこだけが別の生き物のように、ヒエイの穴は、俺の先端にきゅうきゅうと吸い付いている。
ピンと立った小さな陰茎は天井を向き、透明な液体をだらだら流し続けている。

「…女王様との、お話」
「っひ、あ、おく……っあ、何…!?」
「十年も探してたんでしょう?何を?」
「……っな?あ…聞い、て…?」

言うまで、このままだよ。
そう冷たく言い放つと、普段の小生意気で強気な態度が信じられないくらい、ヒエイは情けなく眉を下げた。

「なっ…あっ……クラ…奥…っ入れ……ろっ…待て、ない」
「待てない?」

先端だけをぐるっと回し、濡れた穴をくにゅりと広げる。
ひときわ高い声を上げ、ヒエイの尻が俺の動きを追うように揺れる。

「ま、もう!あ、ああ!ク…ラ……っひ……ぃ」
「ほら?欲しいでしょう?お尻の穴がくちゅくちゅ鳴いてる」
「んあ!あ、うあ、あああぁ…」

飲み込もうと尻を振るヒエイを制し、先端だけで入口を掻き回す。
気が狂いそうな声を上げ、身をよじるヒエイも限界なのだろうが、限界なのはこっちだって同じことだ。

「ヒアッ…!あう、アア、っ、探し、てた…」

あの森で…。
とヒエイが口にした森の名は、十年ほど前に住んでいた森の名だ。

「…え?」
「すご…く……きれ、いで……好き、に、っ、ひ!…けど、次の日にはいな……っあ!探して…」

白い肌に露のような汗を光らせ、途切れ途切れの言葉でヒエイは呟く。
それは十年ほど前の話で、その頃にはもう、女王の元で筆頭と呼ばれる地位になっていたのだと言う。

「いつものように仲間たちと人間を狩って」いたヒエイは
「空飛ぶ要塞からびっくりするほど綺麗な銀色の男を見かけ」て
「一目惚れをした」のはいいが
「その夜はもう明ける寸前」だったので女王に強く止められ
「次の夜に探しに行ったら森には住居の形跡はあったが誰もおらず」けれど
「どうしても諦められなかった」から
「似たような森を通るたびにお前を探して」いたが
「十年の歳月が」経ってしまい
「十年という時間は人間どもと違ってたいした時間ではないが」とはいえ
「さすがに笑っていた仲間たちも呆れるようになった」頃に
「やっと見つけた」のだ。

肛門をひくひくさせながら、ヒエイが口を開ける。

「見つ、け……ゆめ、かと……思った…」

魔物が夢とか言い出すのはどうかと思うが。

ヒエイとしては、いざ見つけたはいいが、ずっと探していたなどとは言えず、かといって他の言い訳を探している間にまたいなくなったりしては困ると焦り、いい匂いがしたなどと嘘をつき、ようやく俺を手に入れたのだと。

「……は?」

なんだこいつ。
たまたま通りがかったんじゃなく、俺をずっと探していた?

こいつ…………かわいい。

ちゅぽっと音を立てて抜き、一気に奥まで突き込んだ。

「ああああああああ!!!」

フクロウたちも、夜更けの大声に驚いただろう。
バサバサと飛び立つ音がかすかに聞こえた。

「ッヒ、あ、あう!ああ、ああああ!ん!」
「どう…?こっちの味、は…?」

股間と尻とが音を立ててくっつき、離れ、硬い棒が濡れた肉を掻き回す。
小さな魔物は遠慮なく声を上げ、尻を振る。

「…っヒエ、イ…」
「ああ!っくう、あ、ああ!っあ!っあ!うあ…」
「っ、く…よく…見つ、けたね…」

人間と違って俺の姿は十年では何も変わらない。変わらないからこそ、ひとつの場所に長居はできなかった。
俺はだいたい十年ごとに住み家を変えるが、この国には俺が住み家にできる森などいくらでもある。

「…クラ……あ、姿……ぜ…んぜん変わらな……びっくり、した…っ」

なるほど。人間だと思っていたというのは嘘じゃなかったのか。
やっぱりちょっとお馬鹿さんだな。

お互い息を切らし、途切れ途切れの会話をしながらも、抜き差しは一瞬だって止めはしない。
締め付けは凄まじいのに、肉は不思議にやわらかい。
入ったまま抜けなくなるんじゃないかと思うほど、熱い粘膜がぴったりと包みこむ。

認めるのは癪だが、これほど気持ちがいい体には会ったことがない。
いつもの俺と今夜の俺は姿形は違うのに、どちらでやってもこの体はまるで俺のために作られたようにさえ感じる。

薄い腹から飛び出しそうなほど突き上げ注ぎ込むと、かん高い声が響き渡る。

突き込んで、抜き出して、また突き込んで、注いで。
さすがのサキュバスの肛門も真っ赤に腫れ上がるころ、ヒエイは果てた。
***
「ああ、やれやれ…」

どろどろに汚れた体を洗い流し、絞った布でヒエイの体も拭ってやり、俺は昨日買ってきたばかりの酒をグラスに注いだ。
外はもう白み始めている。いったい、どれくらいヒエイと繋がっていたのやら。

猫のようにまるくなって眠るヒエイの口に指を突っ込み、丸薬を三錠飲み込ませた。
無意識に指を甘噛みするのがくすぐったくて、目を細める。

薄く霧がかかる森は美しく、濃い緑が香しい。

「気に入ってる森なのに」

村人にヒエイを見られた以上、そう長居はできない。
次の場所を、探す時がきた。

ベッドに座り、酒を舐め、短い黒髪をかきあげてやる。
くふー、と満足そうな寝息を吐き、小生意気なサキュバスが小さく笑った。

「やれやれ」

次の森を探そう。
次の森、次の家、次の村。

「…次の家は、二人暮らし用か」

ぼやいてはみたものの、そう悪くはないと思っている自分に気付く。
緑豊かな森に別れの杯を捧げ、ひと息に酒を干した。


...End