Little Succubus

「貴様のせいだぞ!どうしてくれる!」

尖った黒い角と尖ったしっぽを震わせきゃんきゃん怒っている姿に、俺は天井を仰ぐ。
窓の外は素晴らしい天気で、冬にはめずらしく澄んだ青空だ。薬草を育てている畑は夜露にしっとりと濡れ、その向こうには緑豊かな森が広がっている。

「おい!聞いているのか!?」

今すぐ昨夜に戻りたい。
戻れたら、絶対に窓を開けたりしないのに。
***
爪の先で封を破り、グラスに注いだ。
麓の村の住人が薬草の代金にと持ってきた酒は高級で、とろりと琥珀色をしていた。

「いい味だ」

ひとくち舐め、俺はひとりごちる。
塩漬けにしておいた酸味のある果実を噛り、窓から輝く満月を眺める。
せっかくの月夜に野暮だと、ランプは消した。月の光を反射して、俺の銀色の髪が胸元で輝く。

月見酒と洒落込み外へ出ることも考えたが、冬の風は冷たい。
なによりも、ゆるやかな風に揺れる木々が、もうじき来訪者があることを知らせていた。

コツン。

小さく丸い石が、窓ガラスに当たる。
窓に石とは風流な訪問だが、どうしたものかともうひとくち酒を飲む。

コン。

先程の石より、やや大きい。
腕のいい職人に頼んだ窓は厚手のガラスだが、石に耐える厚みで作ったわけではない。石がだんだん大きくなるというのは有り難くない。

元々鍵はかけていない。
飴色の木枠の窓を開けた途端、月の光を遮るように、黒いマントが広がった。

ひらりと窓枠を超えたブーツのつま先が、硬い床にタンと降り立つ。
ピンと尖った黒い角、揺れる黒いしっぽ。薄くひらりとした小さな翼。白い肌との対比が美しい赤い瞳。艶のある黒髪は短く逆立っている。

「なぜ、すぐに開けない?」

大人ぶって低い声で話そうと意識している子供の声、という感じ。
偉そうにこちらを睨み、口元には人を小馬鹿にするような笑みを浮かべている。

「相手にしてやろうかどうしようか、迷ったもんでな」

正直に答え、酒を舐める。
赤い瞳が眇められ、眉間に皺が寄る。

「貴様に選ぶ権利などない。精をよこせ」
「ずいぶん自信家だな」

そうからかってはみたものの、酒は美味かったし、月は綺麗だった。
ま、抱いてやってもいいか。そのぐらいの気分だった。

「精をよこせと言ったが、お前はどっちなんだ」
「どっちとは?」
「見たところ雄のようだが、俺に犯されたいならサキュバスだ。雄は普通、精を注ぐ方のインキュバスだろう。いったいお前はどっちなんだ?」
「俺は雄だ。だがサキュバスだ。精は注ぐより吸う方が好きなんだ。ごちゃごちゃ言わずに黙って精をよこせ」

どうせなら雌のサキュバスが良かったが、まあいいか。この自称サキュバスも見た目は悪くはない。こっちが突っ込む側ならどちらでもいい。
麓の村は、薬草と引き換えに俺に酒やら肉やらを提供してくれる便利な村だ。このサキュバスだかインキュバスだかに、村人を襲われたくはない。
こいつらの日常着とも言える、露出度の高いあの変な服を隠すようにマントを羽織っているというのも面白い。

「こっちに来い。どうせならベッドでする方が俺もお前もいい」

サキュバスは素直に従い、ベッドに歩み寄る。
パチンと金具を外しマントを床に放ると、胸元と股間だけをかろうじて隠す、俺もよく知るあの姿が現れた。

「靴も脱げ」

なぜか不思議そうな顔をして、サキュバスはブーツを脱ぐ。
現れた足は体と同じく、小さくて白かった。

ずいぶん長く生きてきたが、雄のサキュバスも、子供のサキュバスも初めてだ。

窓辺にグラスを置き、俺はベッドに腰かける。
座った俺とサキュバスとの目の高さはほとんど同じで、しばらく見つめあう。

森のフクロウが、ホウと鳴く声が遠くかすかに聞こえた。

「どうした」
「どうした」

まったく同時に、同じ言葉を発した。

「どうしたってなんだ?」
「どうして貴様は、俺に触らない?」
「は?」

小さなサキュバスは、大きな瞳を丸くして、俺を見ている。

サキュバスだろうがインキュバスだろうが、人間に快楽を与えて精を吸い取るのが仕事だろう。
なのにこのガキは、どうやら相手が自分に快楽を与えると思って待っているらしい。

おいおい。
そんな話があるか?
もしや今夜が初仕事なのか?

「お前、初めてなのか?」
「そんなわけがあるか」

むっとしたように、ガキは眉を上げる。

「じゃあ何を待っているんだ」
「…貴様は何を言っている?俺を抱くやつらは、皆自分から手を出してきたぞ?」

雄のくせに精を注がれるサキュバス側で、そのくせ相手が自分にあれこれしてくれるのを待っていると?
今夜はずいぶん例外的なのに当たったもんだ。

「お前、本当に精を吸ったことがあるのか?」
「…俺は筆頭だぞ。何百人の精を吸ったと思ってる」
「はあ?筆頭?お前が?」
「そうだ」
「お前を含んだ三人の集団とか、そういう話か?」
「ふざけるな!七十七人だ!」

七十七人。
そりゃまた結構な大集団で。

「じゃあ、お前が一番上なのか」
「違う。王がいる」
「王?」
「女王だ」

女王。サキュバスの女王。
どうせならそっちが良かったな。

俺の思いが聞こえたわけもなかろうが、サキュバスのガキは目に見えて苛つき始めた。

「おい!貴様、やるのかやらな…」
「わかったわかった。来い」

口論するのも馬鹿らしい。抱いて欲しいなら抱いてやる。
白い腕を引き、ベッドに押し倒した。
***
着ている意味もなさそうな布きれを引っぺがし、毛のない股間に生えるものを弄ってやる。
唇を重ね尖った歯をなぞり舌を絡めてやり、紅色の乳首を摘んで引っぱっては押し潰してやると、サキュバスは気持ち良さそうに身をよじった。

雄だがインキュバスではなくサキュバスだ、という意味は、マントを取った時点でわかっていた。
どう見ても、性器が小さい。これでは女を蕩けさせて種をばらまくインキュバスであることは難しいだろう。この体は精を注がれる受け身の体だ。

「あ!ひ、ああ…ん……いい…思ったと、おり…」

この森に入った時から、いい匂いがした。
貴様の精は濃くて美味いに決まってる。わかってた。

勃起しかけている俺のものに手を伸ばし、ガキはうっとりと言う。
いい匂いだの、濃くて美味いだの言うわりに、ただ手で触って目を細めている。

「…でかいな。しゃぶってやろうか?」

聞くことか、それ。
それがお前の仕事だろう。

白い体がするすると動き、俺の股ぐらに顔を突っ込み、口を開けた。
先端を銜え、小さな舌がねっとりと動く。見た目よりもふわふわした髪がくすぐったい。

大きすぎて口の中には納まらず、両手でつかみ、飴を舐める幼子のように先端をしゃぶっている。
舌の動きは慣れていて、筆頭かどうかは知らんが、初めてということはなさそうだ。

「……ん、ふ……んん…」

月明かりの部屋に、ぴちゃぴちゃと音が響く。

なかなか上手い。
ここらで一度、出しておくか。

「おい、出すぞ」
「んあ、あ……む、ぐ……いい、ぞ…」
「全部は飲むなよ?少しにしておけ」

聞こえているのかいないのか、ガキはうっとりと頷き、目を閉じた。

「……っん!む……ぐ…んう!」

勢いよく通った熱い流れが、狭い喉に叩き付けられる。
細い喉がごくりと動き、精を飲み込んだ。

「……んん、ぁ」
「おい!全部飲むな!」

出している途中で止めることなど、こっちはできはしない。
食らいつく口を引き離そうとした瞬間、ガキは軽く歯を立て、絞り取るように全部飲み込んだ。

「いって!噛むな!おい、少しにしておけって言っただろう」
「……美味い……うるさいやつだな…何を騒いでやがる」

ぷは、と唇を離し、赤い舌で口の回りを舐める。
青白かったサキュバスの肌は、精を注がれみるみる赤みがさしていく。

それはまるで湯であたためられた肌のようで、なんとも淫らな色だった。

「お前なあ…」
「今度はこっちにくれ。尻にも欲しい」

ガキは四つん這いになり、尻を高く上げる。
赤く染まった太股が広がり、小さな体にふさわしい小さな穴が、きゅっとこちらを向いた。

「もうやめとけ」

驚いたように、ガキは四つん這いのまま振り向く。
排泄に使われることのないサキュバスの肛門がひくっと動くのに、足の間に再び熱を感じた。綺麗な色をした小さな穴に、俺は思わずごくりと唾を飲んだ。

「なぜだ。入れろ」
「いや、あのな」
「なんなんだ貴様は。ごちゃごちゃと!」

ぱっと起き上がり、あぐらをかいていた俺の上にまたがるようにガキは飛び乗った。
すっかり硬くなっていた俺のものに、紅色の肛門を押し付ける。サキュバスらしく何も塗らなくてもぬるぬるしている穴が、ずぽっと肉棒を飲み込んだ。

「…く」
「っああ、ああああ!」

すごい。
ものすごく、いい。
入口は狭くてきついのに、その奥の直腸の部分はぬるっと熱く、奥へと引き込むように蠢いている。

こいつが自分から何もしないわけがわかった。
技術を磨いたわけではなく、持って生まれたこの体で相手を誑しこんできたんだ。筆頭というのも、まんざら嘘でもなさそうだ。

そんなことを考えたのもそこまでで、いつの間にやら俺は狂ったように、小さな尻に腰を打ち付けていた。

「……う、く…っ」
「うあ!ああ、ああ、っあ!あああああ!」

太い肉を受け入れた肛門は今にも切れそうに広がり、真っ赤になっている。
同じ年頃の人間の子供なら、とっくに泣きわめいて気絶しているだろうに、サキュバスのガキは快楽にとろけた笑みを浮かべ、もっととねだるように俺の首に手を回し、髪に指を絡める。

「いい、あ、う、んん、ああ、う、ああ!あ!あああああ!」
「っふ、ぐ」

だめだ。
もう、こっちも歯止めがきかない。

出す前になんとか抜こうと、向かい合った軽い体を持ち上げ、抜ける寸前まで腰を引いた瞬間、サキュバスはそうはさせまいとぐっと腰を落とした。

こいつ。このガキ!
我慢、できない。

腰を両手で押さえつけ、深く抉る。薄い腹から飛び出すほどに叩き付け、精をぶちまけた。
どくりと熱い流れが、激しく収縮する体内に流れ込む。

月も恥じらい隠れるほどの声で、サキュバスが鳴いた。

***
「……っ、は…ぅあ…ぁ…最高……だ…」

まだ体を上下させたまま、うっとりと呟く声。
広がりきった肛門は俺のものをみっちりと締め付け、きゅうきゅうと吸い付いている。

「おい、大丈夫か?」
「……いい、たまらん……美味い。やはり貴様はいい…」

楽しそうにくすくす笑い、サキュバスはふうっと息を吐き、ようやく穴を緩めると俺を引き抜いた。

もう何もかもが多分、手遅れだ。
俺はため息まじりに汗で湿った長い銀髪をかき上げ、立ち上がって窓辺に置いたグラスを取った。

交わった後の酒は、えらく美味い。
ゆっくり喉に流し込み、ベッドの上で揺れるしっぽを眺める。

「おい、もう一回……」

もう一回しようと言いかけたサキュバスは、言葉を途切れさせ、腹に手を当てる。

「……う、あ……?」

ほらみろ、言わんこっちゃない。
ひゅっと息を飲み、サキュバスは腹を押さえたまま体を二つ折りにし、ベッドに転がった。

「あ?う、あ、あ…く、あ、あっつう、つう!痛い……いたっ…痛い!」

痛い痛い痛い、腹が。
なんだ、あ、うあ、痛い、あ、あっつう!ひあ、痛い。ああ!

腹を押さえて、サキュバスは呻いている。
赤く染まっていた肌が一気に白くなり、起き上がってはまた蹲り、咳き込んでは空えずきし、目を潤ませている。

「うあ!あ!うあ、き…さま……何を…し…」
「何もしてない。止めたのにお前が全部吸ったんだろうが」
「な、んで……あ!ぐ、痛い、い、た……ひあ、あああぁ…」

きっと腹の中は焼けるように痛いはずだ。
精を出してしまえば少しは楽になるだろうが、サキュバスは自分では嘔吐することも排泄することもできない。

「世話の焼ける…。ほら、来い」
「や、さわ……な、あう!」

ベッドでのたうつ体を押さえ、噛まれないように顎をつかみ、喉に指を突っ込んでやる。
おえっと吐き出した液体はほんの少しで、どうやらほとんど吸収されてしまったようだ。

「嫌、だ、ああ!うああ」
「足を広げていい子にしてろ」

まだひくひくと口を開けていた肛門に指を突っ込み、奥まで掻き回してやる。
ぬるぬるとした液体はサキュバスの腸液で、精液は僅かしかない。どうやらこっちも吸収されてしまったようだ。

「痛い!いた、腹が、あう、痛い痛い痛い!ああ、うあ!ああ、き…さま……」

息も絶え絶えといった風情でサキュバスは顔を上げ、俺を睨む。

「きさ……ま…人間じゃな……あっつう!」
「人間だなんて俺は言ってないぞ」
「あう、ああ、あ!く……ヴァラ…ヴォルフ…?」
「まあな、正確には人狼じゃない。狐だ」
「なっ」

なんで言わない、と言いたかったのだろうが、腹を押さえてうんうん呻くばかりだ。
だいたい、俺は全部飲むなと言ったのに。

「あう!う、う、く、いた…痛い…」

どう見ても子供の姿で、痛みに震えている。 あまりに苦しそうで、なんだか気の毒になってきた。
せめて痛み止めを煎じてやろうと、商売道具の箱を開けた。
***
空が白み始める頃になって、ようやく痛み止めが効き、サキュバスはことんと眠ってしまった。

小生意気で勝手でわがままなガキは、目を閉じると意外にかわいい顔をしている。
目を覚ませば飛び出して行って二度と会うこともないだろう顔を眺め、毛布をかけてやった。

痛みに大暴れしたガキのせいで散らかりきった部屋にげんなりしたが、そのままにしておくわけにもいかない。
割れた瓶だのひっくり返った箱だのを片付け、濡れた布や散らばった薬草を拾い集める。

まったく。
昨夜は窓を開けるのではなく、しっかり施錠するべきだった。なんなら板でも打ち付けて。

片付けを終える頃にはすっかり日は昇り、窓からは冬らしくもない青空が広がっていた。

「………ん」

白い体が身じろぎし、瞼が震える。
ゆっくりと目を開け、のろのろと起き上がり、寝ぼけた顔で俺を見る。

「起きたか。朝だぞ」

夜の生き物を昼に見るということはあまりない。
ヴァラヴォルフの俺が言うことでもないが。

「……朝」
「ああ、起きろ。ねぐらに帰れ」
「………朝?…あさ!?」

すっとんきょうな声を上げ、ガキは飛び起きる。
まだ痛むのであろう腹を押さえたまま窓辺に駆け寄り、陽射しと青空に呆然とする。

「貴様のせいだぞ!どうしてくれる!」

朝飯がわりに果物を切り、茶を淹れていた俺は、大声に驚いてポットを置いた。
なんだなんだ。今度は何だっていうんだこのガキは。

「おい!聞いているのか!?」
「聞いている。何を大騒ぎしているんだお前は」
「帰れなくなったぞ!貴様のせいで!」
「お前、ヴァンパイアみたいなことを言うんだな。陽射しに当たると灰にでもなるのか」
「そうじゃない!くそ!最悪だ!」

いやそれはこっちが言いたい。
何を大騒ぎしてるんだ。

「帰れない!俺たちのねぐらは移動要塞なんだぞ!」
「…移動要塞?」
「夜明けまでに戻らないと置き去りにする決まりなんだ!どうしてくれる!」

裸で大騒ぎしている姿は滑稽と言うべきか、かわいいと言うべきか。

「待て。俺は全く悪くないだろう。お前が勝手にここへ来た」
「悪い!濃くて美味そうな匂いを垂れ流して俺を誘っておいて!」

無茶苦茶だ。
相手にするのも馬鹿馬鹿しいと、茶をすする。

ひとしきりぎゃあぎゃあ喚いた後、急にしゅんとし、ガキはベッドにぺたんと座り込んだ。
尖ったしっぽが力なく垂れ、全身全霊で困り果てている。

「そんなにしょげるな。追いかけるとか…」
「仕方ない」

諦めの早いやつだ。
移動要塞とやらはそんなに足が速いのか?

「…仕方がない…ここで暮らす」

俺は茶を吹いた。

「ここで!? 暮らす!?」
「ああ。他に行く場所もない」

悲しそうに言うが、悲しいのはこっちだ。
なぜここで暮らそうとしている!?

「…ヴァラヴォルフと暮らすことになるとはな。一族の恥だ」
「おい。待て待て待て。誰がお前をここに置いてやると…」
「貴様の名は?」
「クラマ。いや、名前とかじゃなくてな」
「クラマ。俺はヒエイだ」
「いや、そういうことじゃ」
「わかってる。今夜からは全部飲まない」

うう、まだ腹が痛い、貴様のせいだぞ。薬を作れ。
そう言うとヒエイは、毛布にすっぽり潜ってしまう。

「は?」

冬の朝。
冬らしくもない青空だったこの日、俺には同居人ができてしまったようだ。


...End


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