銀世界...14

「だいたい、一度に片付けようとなさるからですよ」
「まあな。だが面倒はまとめて済ませたいからな」

咎めるような紺の声と、のん気な蔵馬の声。
はっと目を開けると、紺に包帯を巻いてもらっている蔵馬と目が合った。

「これはこれは。氷の花嫁改め、炎の花嫁のお目覚めだな」

一気に目が覚めた。
慌てて蔵馬の元へ行く。
肩と背の傷には綺麗に包帯が巻かれ、紺の足元には、乾いた血がこびりついた矢が二本、転がっていた。

「蔵馬…大丈夫なのか?」
「もちろん。わざと当てさせたんだからな」
「なんだと…?」
「手傷を負わせたと思えば、敵は油断する。一気に戸を目がけてあいつらは来ただろう?馬鹿なやつらだ。作戦も陣形もありゃしなかった。そこでまとめて片付けようと思ってな」

橙が運んできた茶を蔵馬は取り、何事もなかったかのようにのほほんと飲む。
安心したのと、頭にきたので、俺は畳にぺたりと座る。

「ああそうだ。お前、炎が使えるようになっ…。いて!」

思わず、包帯に包まれた肩口を殴りつけた。
こんなやつ、心配してやるんじゃなかった!

「なんだ、飛影?」
「何が、なんだ、だ!! 人を脅かしやがって!」

紺の言った通り、ご心配なく、だったのだ。
別に俺が心配する必要なんかなかった。蔵馬は一人で、あいつらを片付けられたのに俺がいらぬ手出しをしただけだ。

「何を怒ってるんだ?」

治療の間結んでいたらしい髪を解き、蔵馬は不思議そうに言う。
空回りしている自分に腹が立ったのだなどと、説明する気にもならない。

「別に!なんでもない!!」

慌てたように、紺が割って入る。

「心配なさったんですよ、飛影様は」
「誰が!こんなやつ心配なんか…」
「炎が使えるようになるくらい、心配なさったんでしょう?」
「な!…違う!」

違わないことは、自分でもよくわかっている。
あぐらをかいて座ったままの蔵馬が、俺を見上げ、にやりと笑う。

「俺の花嫁は、よほど俺に惚れているとみえる」
「ふざけるな!」
「まあいいさ。言っておくがお前の炎はまだまだだからな。全力を一気に使って寝こけるなど、論外だ。敵が一人でも残っていたら、お前の負けだ」

蔵馬は立ち上がり、襖を開けた。
さっさと行ってしまうその背に、何か投げ付けたいような衝動にかられる。

もっと何か、言って欲しかった。
何かとは、なんだろう。

炎が使えたことを、褒めて欲しかったのか?
違う。

もっと…何か。
何かを言って欲しかった。

蔵馬に突き刺さった矢。吹き出した血。
あの瞬間、自分の中に炎が有るのが、はっきりとわかった。

自分が蔵馬を想っていることを、まざまざと思い知らされた。

狐の、花嫁。

どうして、俺を?
なぜ、俺を?

…蔵馬が俺を好いているということを、信じることができる言葉が、欲しかった。
***
渡された紅筆を、右手に持つ。

空はよく晴れているのに、時たまさあっと雨が降るという、おかしな一日だったが、もう日も暮れた。
薄暗くなった部屋を照らす蝋燭が、あたたかい。

山ほど花を浮かべた湯の中で、紺に体を洗われた。
頭のてっぺんから爪先まで。それどころか体の中まで洗われたことを思うと、恥ずかしくて紺と目を合わせることができない。目をそらしたまま、鏡を受け取った。

ひやりと重い、銀の鏡。
狐の花嫁が、嫁入り化粧をするための鏡。
こんな風にまじまじと自分を見つめるのは、ひどく居心地が悪かった。

紺に指示されるまま、下唇にだけ、紅を差す。

紅は、血のような赤だった。
俺の目のような、赤。

「お綺麗ですよ」

紺がそう声をかけてくれた。

紅を差した唇。
全身にすり込まれた、香油の香り。
なめらかな手触りの、真っ白で艶やかな絹の着物。

一体…これは誰なんだ?

…違う。
これは、俺じゃない。

鏡に映る俺は、俺ではない。

深く息を吸い込んで、鏡を置いた。
髪にも香油をすり込んでいた紺の手を止め、俺は振り返る。

「……紺、頼みがある」
***
酒を飲んでいたり、本を読んでいたり、文を書いていたり。

思えば、俺といる時の蔵馬はいつだって、何かをしていた。
まるで、俺だけに関わり合っている時間など無いかのように。

背の高い燭台の上、白い蝋燭は火を灯されていないまま、部屋の四隅に立てられている。
初めて入った離れのこの部屋は、それほど大きな部屋ではないが、すべての戸が開け放たれ、四方から月の光が差し込んでいる、不思議な部屋だった。

部屋の真ん中には、絹でできた、真っ白な寝具。寝具の枕元には、小さな銀の皿。そこには艶のある紅色の実が、整然と盛られていた。
寝具の上にあぐらをかき、部屋に入ってきた俺を、蔵馬は真っ直ぐ見つめた。

月の光を固めて作ったような金色の瞳は、酒も本も文も見てはいない。
ただ真っ直ぐに、俺だけを見ている。

金の瞳は、ほんの少し驚きの色をたたえていた。

「飛影、その衣はどうした?」

俺は答えずに、同じように寝具の上で、正座した。
膝がぶつかるほどすぐ近くで、真っ直ぐに、蔵馬を見つめ返した。

俺が着ていたのは、氷河の国で着ていた、白く硬い粗末な着物だった。

紺に頼み、用意してもらったのだ。
久しぶりの粗末な衣は硬くごわごわしていたし、何より拷問を受けた時にあちこちに穴が開いてしまい、血の汚れも落ち切ってはいない。

洗ってはみたのですが、染みになってしまって、と、紺は申し訳なさそうに言ったが、これは俺のわがままだ。紺にはなんの落ち度もない。むしろよくこんなものを取っておいてくれたものだ。とっくに捨てられていてもしょうがないような代物なのに。
唇に差した紅も落としたが、強い染料だとかで、下唇にはわずかに薄桃色が残ってしまった。

「…飛影?」
「今、お前の目に映る姿が、俺だ」

深く息をする。
月の光を吸い込むように。

「綺麗な衣を纏って…この白緑の森とお前とに、守られ続ける花嫁になる気はない」

俺は、続けた。

「俺は氷女だ。出来損ないの…氷女だ。だが」
「…だが?」
「俺は、盗賊になる。お前と変わらぬくらい…いや、お前以上に、強くなってみせる」

金色の瞳は、そらされない。
醜い体を染みのある粗末な着物に包み、決まりを破って紅も差さない俺は、この美しい狐の目にどんな風に映っているのだろうか。

「…今ならまだ逃げ出せると、三十夜前にお前は俺に言った。その言葉、そっくりお前に返そう」
「俺もまた、今ならまだお前から逃げ出せると?」
「ああ。それでもお前が…俺を…出来損ないの氷女を、娶りたいと言うなら」

四方が開け放たれた部屋。
ゆるい風が通り、銀色の髪を微かになびかせる。

「…俺は喜んで……お前の花嫁となろう」

真白い寝具の上で、俺は顔を上げた。

「さあ、どうする?お前の気持ちは変わらないのか、蔵馬」

金色の瞳が、俺を見つめる。
沈黙は長かったが、俺は目をそらしはしなかった。

真白い寝具の上。
蔵馬がすっと、右腕を俺に向かって差し伸べた。

「…迷っていた。お前を娶っていいものかと」

恐れていた通りの言葉が、蔵馬の薄い唇からこぼれる。

お前のような、何も知らぬ幼子を、娶っていいものかと迷ったのさ。
俺は気まぐれなんでな、これもまた一時の気の迷いではないかと、自分で訝しんでいたんだ。
さらってきた氷女を嫁にしようだなんて、俺は何を考えているんだとな。

「…だが今、心は決まった」
「蔵馬?」
「いや…最初から決まっていたのだろうな、きっと」

お前に会った時から、厄介なことになる気はしたんだ。本当に、黄泉のやつはろくなことをしないやつだった。

苦笑して、蔵馬は言う。

「俺以上に強くなるだと?大きくでたもんだな」
「…必ず、強くなる」

蔵馬の右手、親指が俺の下唇をなぞる。

「…こんなみすぼらしい衣を纏った、小さな氷女なんぞに、この俺が」
「氷女ですら、ないがな」
「ああ。氷女としても出来損ないだ。お前は」

俺は無言で、蔵馬を見上げた。
金色の瞳が、俺に吸い寄せられているのがわかる。

金色の瞳の、その熱さ。

「…紅も差さぬ花嫁に、心奪われるとは、な」

たくましい腕に、肩を引かれた。

「来い、飛影」
「…蔵馬」
「来い、俺の元へ。炎の花嫁…狐の、花嫁よ」
***
なめらかな絹の寝具には、まだ慣れなかった。
その上、覆い被さる男がいては、なおさらだ。

「固くなるなと言っても、無理か?」

蔵馬の手が、帯を解き着物を剥ぐ。
そうされている間、一体どこを見ていればいいのかわからなくて、俺は銀色の髪をひたすら見つめていた。

襦袢に手をかけられ、俺はびくりとしてしまう。
醜い傷跡に引き攣れた、まがい物の性器を思い出し、暗澹とした気持ちになる。

氷河の国から着てきた、これまた粗末な襦袢が脱がされ、俺は裸になった。
背や尻に直に触れる絹はつるりとしていて、落ち着かない。

裸の体に視線が注がれるのを感じて、俺は目をそらす。
いたたまれない。初夜だかなんだか知らないが、早くこの時間が過ぎてしまえばいいのに。

唇が重ねられ、長い髪が頬にくすぐったい。
首筋から胸へと、指がすうっとすべる。

「氷女の血を引いているだけあって、白い肌だな」

俺だけが裸にされ、蔵馬は衣を纏ったままだ。
不公平なような気もするし、一度だけ見たあの裸体をまた見ることに、少し抵抗もある。

「……ぁ」

蔵馬の両手が、生き物のように体をすべる。
首や胸や背や腹を、あたたかい手に撫でられ、舌を吸い上げられ、絡められる。

「……ん」

どれくらいそうしていたのだろう。やがて離れた舌が、首筋や鎖骨を強く吸う。
なぜか下腹のあたりが、不思議な熱を発する。

「んんっ!」

両の乳首を、一度につままれる。
痛いような、痺れるような、びりっとしたその感覚。

つまみ上げたそこを、蔵馬の唇がくわえる。

「…っあ」
「どうした?もっと声を出せ」

声なんか、出したくない。
なぜかはわからないが、恥ずかしいことのような、気がする。
なのに体のあちこちを弄られるたびに、体のどこからか、声が漏れる。

「……ぁ…ん…く…らま」
「こんなに長いこと、独り寝したのは初めてだ」
「…え…ぁ…何だと…?」
「初夜の前に、お前を襲ってしまっては、紺に怒られる。我慢してたんだぞ」

軽く唇を突き出してそんなことを言う蔵馬に、俺は呆れてしまう。
と同時に、明日からずっと、蔵馬は俺と一緒に寝てくれるのだろうかという、疑問なのか期待なのかわからないものが頭をかすめる。

「閨で考え事か?余裕だな」
「え…あ、あ!!」

大きな手に膝頭をつかまれ、足をぐっと開かされた。
あまりに大きく開かされ、傷跡がよじれる。

「……っ、つぅ」
「酷いもんだな。痛いだろうよ」

真っ直ぐそこを見下ろされ、そんな風に言われては。
思わず隠そうと伸ばした手は、あっさり振り払われる。

「見るな…!!」
「嫌だね。見て、舐めて…」

お前がここで感じるまで、ひいひいよがるまで、かわいがってやるさ。
そう耳元で囁かれ、ぞくっとする。

「…蔵馬、あ、や…!」

傷跡を、ねっとりと舐める舌。
幾度も幾度も、傷跡に添うように動く舌は、すこしざらりとしている。

痛くないといえば、嘘になる。
けれど、痛みだけじゃなく、なにか…違う…

指がそっと襞を開き、舌が差し込まれる。
舌先が、肉をつつく。

「んんーーーっ!!!! んうう!!」

痛いのに……気持ちいい。

前にこうされた時は、痛みと恐怖と惨めさしかなかった。
だが今は、舐められているそこが、とろけそうに熱い。

「……っあ」

また、だ。
あの感じ。今にも漏れそうなのを我慢しているような、あの。

「…飛影」

上下の唇が、襞の奥の肉を挟む。
腰がびくっと跳ねる。

「んあ!あっん、あ!んーーっ!!」

襞の間から、熱い液体がびしゃっと噴き出した。
股間を濡らし、尻の間を流れていく、どろっと熱いそれ。

蔵馬はそれを、蜜のようにすする。

つんと鼻をつくにおい。嫌なにおい。
小便ではないと言われたって、それが綺麗なものであるわけもない。そんなものを舐められるのは嫌で、蔵馬の頭を必死で押した。

「どうした?」

薄い唇のまわりについた液を、これ見よがしに蔵馬は舐めとる。

「い…やだ!嫌だ…っ!」
「なかなか乙なものだぞ。ほら」
「やめ…ろ!」

俺の手を取り、俺の指で、蔵馬はそこを触らせる。
中の肉まで触れるほどに、襞は開ききっていた。

ぐにゃりとした肉の重なりを指ですくい、たっぷりと液をまとわせる。

「舐めてみるか?」
「嫌だ!! 絶対に!」

俺の体から漏れた、汚いもの。
醜い汚い肉から噴き出した汚いもの。
そんな気持ちの悪いもの!誰が!

ぴちゃりと、あたたかい物が指先に触れる。

「……!!」

てろてろと濡れた俺の指を、蔵馬が舐めていた。
指先から根元まで、見せつけるように、ゆっくりと。

「……っ蔵馬!!」
「何を恥ずかしがっている?…全部見せろ。全部食わせろよ」

狐の花嫁になる覚悟は、できているんじゃなかったのか?
銀の眉が、いたずらっぽく上がる。

「な……だが…」
「今度は、後ろだ」
「…あっ」

片手でひょいと、体を返される。
うつ伏せになった腹の下に腕が入り込み、腰をぐいっと引き上げられる。

「……!! ぁあ」

膝を、開かされる。
四つん這いで、蔵馬の眼前に尻を突き出すという、顔から火が出そうなこの体勢。
逃げ出そうとした瞬間、襞の間を指が激しく行き来した。

「んあ!ああああっ!!」

腰を支えられたまま、襞の奥をこねくりまわされる。
膝が震え腰が震え、背が反り返る。

「ああ!あ!ぁあーーっ!!!!」
「ほら…飛影。まだ出るな」

そこはもうびしょびしょに濡れていて、絹の寝具にぼたぼたと液が落ちる。
蔵馬の指の動きに合わせ、びちゃ、びちゃ、と、何度も何度も、熱いものが噴き出す。

「ああぁ…嫌……だ…やめ!……っふ!」

今度は、尻の穴だ。
どうしてこいつは、汚い場所を平気で…!

「ひ、あ、ああ、ああああぁ」

中まできちんと、洗ってある。
だからといって、この羞恥から逃れられるわけもない。
人目に晒されるはずのない場所を晒し、そこを舐められているなんて。

舌は窄まる入り口を解し、奥へ奥へと入ってくる。
狭い筒に、無理やり舌がもぐり込む。

今夜こうされることは、紺から聞いていたし、わかっていた。
けれど、でも

「ああ!んああああ!!」

舌が抜かれ、何か、丸く冷たいものが押し込まれた。
見えたわけではないが、先ほど見た紅色の実であろうことは、予想できた。

「潤滑油さ。お前の熱い尻の中で、すぐ溶ける」

押し込まれた時は固いと思った実は、蔵馬の言葉通りすぐに消えた。
かわりに、油のようなぬるぬるとしたものが尻の間を流れ落ち、甘い香りが立ち込める。

だらだらと油をこぼすのがみっともなくて、穴をぎゅっと締めてみる。
だがさっきまでの舌の刺激におかしくなったのか、すぐにひくっと開いてしまう。

「…んん…ふ、あ…あ?」

また、体を返された。
仰向けの姿勢から見上げた先には、俺にまたがる蔵馬の姿がある。

「……くら…ま?」
「これを脱がすのは、お前の仕事だ」

自分の白い衣をつまみ、笑うその姿。
こっちは息も絶え絶えだというのに、余裕綽々の姿に、腹が立つ。

「んああ、あ…ひっ!」

ずぶずぶと、尻に指が差し込まれる。
長い指に弄られ、くちゅくちゅと、尻の穴が音を立てる。

差し込まれた指は中指だ。気が狂いそうに気持ちがいい。
抜き差しされるたびに抜けそうになる指を追って、尻が動くのを止められない。
みっともなく、がくがくと尻を振る。

「ひっあ、あ…あああ」
「どうした?早く衣を取れ」

震えて力の入らない両手を持ち上げ、帯を引っぱると、白い衣はばさりと落ちた。

月明かりの中、そそり立つもの。
俺の肘から先と、そう変わらないような長さ大きさの、それ。

「…蔵馬…くら…」
「いい子だ」
「ひあ!あああっ!」

指がもう一本、もう一本と増やされる。
三本の指が、体の中を、掻き回す。

目をつぶり、腰を浮かし、激しく尻を振る。

俺は、何をして…

「んあっ!! んっ!」

ずちゅっと指を引っこ抜かれ、浮いていた尻がどさっと沈む。
思わず布団の上で身をよじった俺に、蔵馬が覆い被さる。

「飛影」
「…っあ…ああ、あああぁ…」
「お前にもう、痛い思いはさせたくはないんだがな」
「ひあ…ぁ……蔵馬?」
「最初はしょうがない。我慢しろ」

広げた足の間に、蔵馬の体がある。
息も出来ないほど強く、抱きしめられた。

「蔵馬……?」

指を抜かれてすうすうしていた場所に、肉塊が押し付けられる。

指とは全然違う、太くて長いもの。
どう考えても、あれが俺の中に入るとは思えない。
蔵馬にまかせておけば大丈夫だと、紺は言っていたが、あんなに大きなものが、本当に入るのだろうか?

けれど、不思議と怖くはなかった。
この体が裂けようが潰れようが、それがなんだというのだろう。

元々、無いものだった命だ。
存在を許されるはずもない、忌み子だった。

…忌み子の俺が、この狐に抱かれる。
その奇跡に比べたら。

「飛影」

抱きしめられ、髪を撫でられ、名を呼ばれる。
他者と体を交わす。

あの冷たい氷の世界で、そんな日がくるなんて、考えてもみなかった。

「……っぐ」

先端が、肉の輪をこじ開ける。
油まみれの肉は、なんとか口を開けたが、焼けるように熱い。

「んう…うう、うあ…っああ」
「飛影、大きく息を吐け」
「あ、あ、あ……っあ!! ひあぁああ!!」

唇を噛みしめても、痛みがすぐに口を開かせる。
喘ぎ、寝具を握りしめ、苦痛に耐える。
このまま永遠に入らないんじゃないかと思った瞬間、ぐわりと穴が開き、ずぼっと肉が侵入した。

「…くっ」
「ひぁあああああああああ!!!!」

胃の腑が押し上げられた気が、した。
視界がぐらりと、まわる。

「……………ん…う…んん。…ぁあ」

はち切れそう、だ。
尻から腹まで、貫かれた場所が、今にもぱんと破けるんじゃないかと思うような、圧迫感。

「飛影…おい、飛影」

呼ぶ声が、遠く聞こえる。

「飛影!」

全身を震わせて、息を吐く。
おそるおそる目を開けると、そこには心配そうな顔があった。
困ったような、焦ったような、顏。

蔵馬の汗が、俺の顔に、ぽたりと落ちた。

いつだって余裕の笑みを浮かべていたその顔に汗が浮いているのを見て、こんなに苦しいというのに、俺は小さく笑ってしまう。

俺が笑ったことにむっとしたのか、蔵馬は腰を軽く動かす。

「んぐう!ん!」

ずるっと動く塊に、俺はのけ反り、歯を食いしばった。

「生意気だぞ、飛影」
「っひぁ…だった…ら…なんだ?千人も…抱いたんだろ?もっと…っあ!んああああ!!」

ずるっと抜かれ、がつんと穿たれる。
衝撃に、息が止まる。

「ああ!ああ!ああぁあ!!」
「しっかり…つかまって…ろよ」

言われた通り、両腕を広い背にまわし、両足をたくましい腰にしっかり絡める。
ぐに、ぐに、ぐに、と、体の奥を、突かれる。
何度も何度も、角度を変え、深さを変え、息も出来ないほどに、抜き差しを繰り返される。

「ひいっ!あ!うあ!ああぁぁああ!」
「…ふ…っ……く…」
「ふぁぁ…あ、あ、そこ…あ!あ!」

擦られると、気絶しそうになる場所が、ある。
そこに蔵馬が触れるたび、よじれた襞の間から、粘っこい液が噴く。

「飛影…っ、う、飛影…!」
「あああんん、ぁあ!あ!っあっあっあ!!」
「…飛影…お前…いい、な…」
「あ!あ!んあ!! っあああ!! あーーーっ!!」

俺の下肢は、もう濡れているなんてもんじゃない。
襞の間からは絶え間なく、噴いていた。絹の寝具はべっとりと塗れ、背に張り付いている。

「ひあ!ぁあ、あ!くらま…!く、ら……ああ、ああああ!!」

蔵馬は俺のようにみっともなく大声を上げてこそいないが、俺の上で大きく腰を振り、はっ、はっ、と、熱く短い呼吸を繰り返している。
端正な顔にいくつもの汗の玉が浮き、かすかに眉をしかめたその表情に、俺はまた、股間を濡らした。

「ふぁ、ああ、ひっん……っあっあ、あ」

動きはどんどん大きくなり、反り返った俺の体はもう、布団から離れてしまっている。
蔵馬と繋がっている箇所だけで体を支えるような有り様で、視界には流れる銀の糸、そしてそのずっと先には黄金の月。

何もかもが、夢の中のようなのに、みちみちと開いた尻の中を突く肉の温度は、これが現実だと知らせている。

「ひあぁ……くら…まぁ!!」

抱かれた。
交わった。

蔵馬と交わった。

なんだか、感覚がなくなってきた。
いや、なくなってきたというよりは、体中が、全身が、蔵馬を受け入れる穴になってしまったような、気がする。
胸の真ん中にあったはずの核が移ったんじゃないかと思うほど、襞の奥がどくどくしている。

「蔵馬…蔵馬……うあ、あ、あ、あ!」

もういっぱいいっぱいだったはずなのに、蔵馬がさらにふくらんだ。

「ひいっ!いいい、あ!くら…っ!!」
「……ぅ、く…飛影」

体内に、さらなる熱さが広がる。
ふくらんだものの先端から、俺の腹の奥を目がけて、どばっと何かが噴き出した。

「…んん!あ!ああぁ……」

中におさまり切らなかった液が、どろりと結合部から染み出す。
その熱さ、その粘度。

熱い…

「…飛影」
「……くら…ま……熱、い」
「飛影、お前を」

自分の体内で、他者が力強く脈打つのを感じながら、俺は続きを待った。
言葉を、待った。

「お前を……愛している」

熱を持った、その言葉。
誰にも一度も言ってもらえなかった、その言葉。

氷河で長いこと凍りついていた体が今、
中まで全部、溶かされた。

「………蔵馬」
「お前は俺の…花嫁だ」

ふいに、視界が滲む。
水の中を見るように、蔵馬の顔が、ぼやける。

目尻でふくらみ、こめかみを伝い落ちた熱い涙が、急に冷たくなった。

「……ぁ…?」

耳をかすめた感触は、液体ではない。
固く丸い何かが、耳をかすめ首筋をすべり、布団に落ちた。

「飛影…!?」
「…な…んだ…どうした?」

俺の髪に、蔵馬が手を伸ばす。
親指と人差し指とでつまみあげた物を、蔵馬は俺の目の前に、掲げた。

……石、だ。

丸く、乳白色の石。
月の光しかないこの部屋でも、驚くほど光り輝く、石。

氷河の女たちがみな、大事そうに首にかけ肌身離さず持っていた、あの石によく似た、石…。

「……氷…泪石?」

馬鹿な。
そんなはずがない。だが。

あれは蒼みを帯びていたはずだ。
だが、僅かに赤みを帯びているように見えるが、それ以外は、氷泪石にしか見えない。

「…謎は解けたな、飛影」
「……は?何を…何が…どういうこと…っうあぁあん!」

体内のものが硬さを取り戻し、ぐちゅっと動く。
ゆるゆると、蔵馬は浅い抜き差しをし始めた。

「ちょ…待て…ああ!何、なんだ!お前だけ何をわかっ…んん!」
「忌み子も、石を造れるのさ。しかも極上。薄紅色の氷泪石など見たことがない」

くちゅん、ずぽり。
くちゅん、ずぽり。

浅いとはいえ抜き差しされながら、まともに会話なんかできるわけがないというのに、この狐が。
気持ちが、よくて…考えられない、何も。

石。
氷泪石。
そんな、馬鹿な、こと。

「やあ、あ、あ、ふああぁ…ん、ん…ん」
「気持ちいいか?飛影」

いい、なんて言えやしない。
なのにまた、俺は自分からも尻を振り始めている。

もっともっと。
もっと突いて欲しい。奥を。強く。
前も触って、揉んで、ぐちゃぐちゃにして欲しい。

「あん…ふあ、ふ…あぁ…くら…ま……触っ…前…」
「忌み子の…石は…」

浅い動きが、大きく深くなる。
ぐいと顔を近付け、律動に合わせ、切れ切れに耳に吹き込まれる。

「こうして交わって…いる時の…涙だけしか…石にならないんだろう」
「ひあああああ!!!! あ、あ…何を…馬鹿な…っぐうあ!ああ!! あっあっあっん」
「氷河の…婆どもが、焦る…わけだ」
「っひ!ああ、ああああ…」

頭が、ぐらぐらする。
今は氷泪石も、氷河も、どうでもいい。

もう、恥ずかしいとかみっともないとか、考えられない。
もっともっともっと、して欲しい。

「蔵馬!…もっと…!もっと!! ああ!!!!」

ねちょねちょしている襞の中も、強く揉まれる。
あれほど痛かった傷跡なのに、まがい物の襞も痙攣し、突かれるたびに噴いている。
もはや尻の下の絹は、水から引き上げてきたようなざまだ。

「蔵馬!…蔵馬!ああ!!!! あああぁぁあ…!」

溜めておけなかった熱さが、四方の蝋燭に火を灯す。
いきなり明るくなった部屋で、交わり合い絡み合う自分たちの体が、はっきり浮き上がる。

「…飛影……飛影…っ」
「あ、は、あ、あ、蔵馬!ああああぁ…!」

蝋燭の炎が揺れる。
淫らな黒い影が、白い寝具に映った。
***
「なかなか色っぽいもんだ」

布団にひっくり返った俺の髪をかき上げ、蔵馬は笑う。

汗ですっかり張り付いた髪。
それだけじゃない。絹の寝具はべとべとに汚れ、寝ころぶ俺の背に尻にくっついて、気持ちが悪いったらない。

おまけに…。

汚れた寝具の上には、いくつかの宝石が、転がることもなくくっついている。
薄紅色の……氷泪石。

「……本当に、俺が造ったのか?」
「なんならもう一回試してみるか?」
「断る!」

冗談じゃない。まだ感覚が戻らないというのに!
これ以上したら、腰の骨が折れてしまう。

寝返りを打つように、汚れた寝具の上から畳に降り、石を一粒、つまみ上げる。
こっくり深い輝きを放つ、薄紅色の石…。

「これは…氷泪石…なんだな?」
「ああ。この色は初めて見るが。蒼い物よりずっと価値はあるだろうな」

石は、綺麗だった。
俺が造り出したとは、とても思えない。

「まだ信じられないのか?」

小さな盃に酒を注ぎ、蔵馬は俺の口元に寄越す。
大人しく、それをすすった。

「辻褄は、合うだろう」

立ち上がり、蝋燭を一本ずつ消してまわりながら、蔵馬は静かな声で、俺に語りかける。

法度があるとはいえ、氷泪石のせいで氷女はいつだって狙われてきた。
その上でこの薄紅色の氷泪石だ。この俺が見たこともない宝石だぞ?価値は計り知れない。
氷女を孕ませて、忌み子を手に入れようとする輩が、法度を無視して氷河の国を切りもなく襲うだろうよ。
男と交わった氷女は死ぬしかないんだからな。滅亡の危機ってわけだ。

それだけ言うと、蔵馬は座り、俺を抱き上げ、後ろから首筋に唇を落とす。
再び月明かりだけになった部屋で、俺は石を月に翳した。

綺麗な、綺麗な石。
…あの女は、何を思って男と交わったのだろう。

ー汚らわしい性交の跡をさらしてのこのことここにいるとは!!
ー今さらもう遅いのではないか!? やはり産まれた時に処分するべきだった!
ー黙れ黙れ!! まだ手遅れではない!
ー忌み子の石を知られたらこの国は滅びる!!
ー氷河の法度など、無意味なものとなる!!!!


腕に、腹に、足に。
紅く残る性交の跡に、俺は指を這わせる。
きっと俺の見えない場所にも、この跡は散らばっているのだろう。

愛し愛されて、
交わったしるしが。体中に。

……あの女も…こんな風に狂おしく、誰かを愛してしまったのだろうか。

「魔界中の盗賊どもに狙われるような、お宝だな」
「…この石がか」

顎をすくわれ、唇を受ける。
長い長い、口づけ。

「…石じゃない。お前がさ」
「蔵馬…」
「まあ、俺にとっては関係ないがな」

関係ない、という言葉に面食らい、俺は勢いよく振り返った。

「関係ない?」
「石を造れても、造れなくても、いいさ。俺は…」

乾きかけた液で汚れた、襞を指がなぞる。

「俺は、ただの出来損ないの、お前でいい」
「………蔵馬」

ふせた瞼が、熱い。

あやうく、今夜もう一度石を造るところだった。
唇を噛んで誤魔化し、長い髪を引く。

俺に髪を引かれるまま、蔵馬は俺の上に被さる。

冷たい、氷の世界。
舞い散る、雪。

銀色と鈍色の、あの世界はもう、失ってしまった。

仰向けのまま見上げた空には、金の月。
手の中には、銀の糸。

視界を覆う、銀色。

「…蔵馬」

新しく手に入れた銀世界を包み込み、
月明かりに身を晒す。

目を閉じる寸前。

視界の端に、ひとひらの雪のように、薄紅色の石が輝いた。


...End.
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