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いいですよ。
そう言って目の前の男は、オレを見上げてにっこり笑う。

「どうぞ」

ソファにゆったりと腰掛けたまま目を閉じた蔵馬の前で、オレは硬直していた。
***
わかっている。
つまらん戯言ではあったが、ふっかけたのはオレの方だ。

でも、オレのせいじゃない。
こいつが、底意地の悪い、ずる賢い古狐が、悪い。

悪い……はず。

貴様ばかり楽をしている、と蔵馬に言ったのはつい先刻。

いつものように訪れた蔵馬の部屋で、シャワーを浴び、出された飯をたらふく食い、うとうととソファに横になっていたオレの隣に、同じようにシャワーを浴びてきた蔵馬が腰を下ろした。
髪を撫でられ、頬や首筋を撫でられる。それが何を意味するのか、何に続くのか、は、もうよくわかっているのだけど、今夜はなんだかムッとした。

当然のようにことに進もうとする蔵馬。オレもそのつもりでここを訪れていると、そう思われているのが癪…というか、恥ずかしいというか。あくまで、ヤリたいのは蔵馬であって、オレじゃない。そんな情けない逃げ場が欲しいだけだったのかもしれない。

だから、言ってやったのだ。

「…貴様ばかり、楽をしている」
「え?」

蔵馬は、面食らったようだった。
そりゃそうだろう。

「どういう意味?」
「どういう、だと?人のケツに突っ込むのは楽だろうが」

これはちょっと、自分でも正当な非難ではないな、と思う。
いつもいつも、蔵馬はしつこいほどに解し、慣らして、たっぷり濡らしてからの挿入しかしないのだから。

けれど、今夜はなんだかムカついたのだ。
なんでいつもいつもオレが突っ込まれる側なんだ?どれだけ慣らしたところで、挿入される瞬間はやっぱり痛いし、内臓が押し上げられるような不快感も否めない。
……すぐ後に、快感もあることも否めないが。

「…じゃあ、逆にしてみます?貴方がオレを抱く?」

余裕たっぷりのその笑みに、カッとした。
お前にできっこないだろうと、バカにされた気がした。

こいつは、どうせオレが自分を抱く気などないだろうと、高をくくってやがる。

だから。

「そうだな…たまには貴様が尻を出せ」

別に本気で言ったわけじゃない。
売り言葉に買い言葉、だったのに。

「いいですよ」

目の前の男は、オレを見上げてにっこり笑った。

「どうぞ」
***
どうぞ、って。
そんなつもりじゃなかった、のに。

いつも通り、蔵馬がオレを言いくるめて、丸め込んで、結局ベッドに押し倒すのだろうと思っていた。

ごくん、と自分が唾を飲んだ音が、静かな部屋に響いた気がして、オレは慌ててソファから一歩離れた。
蔵馬は目を閉じたまま、ひどく寛いだ様子で、ソファによりかかっていた。

その閉じられた瞼を縁取る長い睫毛、綺麗な鼻筋、形のいい唇。
白い顔を包む、艶のある黒髪。

オレが、これを、抱く?

ふいに、ゆるりと瞼が持ち上がり、碧の瞳が覗く。

「どうしたの?ここじゃなくて、ベッドがいいなら行こうよ」
「…こ、ここでいい!」
「そう?」

ふわりと笑って、蔵馬は再び目を閉じた。

もう、後戻りできない。
自分が言い出した。逃げ出すなんて…逃げるって、何からだ?…できない。

オレは蔵馬の隣に必要以上に乱暴に腰を下ろすと、生乾きの長い髪を引っぱった。
***
正面から、キスをする。
目を閉じたままの蔵馬の唇に、自分の唇を、押し当てる。

触れて、離れて、また触れる。
ただ触れるだけのキスを三回したところで、オレはすっかり混乱していた。

この後は、どうする?

蔵馬なら…蔵馬はいつも、オレの口を開かせ、舌をねじ込んでくる。
舌を絡め、唇を舐め、息苦しくなるような、キスをする。

…できない。そんなこと、できるか!

別に、キスはもうこれでいい!
次は…次はどうするんだっけ?

蔵馬の長い髪ごと顔を両手で包み、ソファに押し倒した。
オレも、蔵馬も服を着たままだ。されるがままの蔵馬は、どうやら自分で脱ぐ気はないらしい。まだ目を閉じたまま、オレの下にいる。

白いシャツ。紺色のジーンズ。またがったままで、オレは蔵馬の白いシャツに手をのばした。
焦げ茶色の小さなボタンを、外す。このボタンというやつは扱いにくくて、オレはまごまごしてしまう。

一つ、二つ。
手間のかかる作業にイライラして、思わずシャツを引っぱると、残りのボタンは弾け飛んだ。何か嫌味の一つも飛んでくるだろうと思ったのに、蔵馬は何も言わず、目を閉じたまま。

くそ。なんか言え。

ボタンが飛んだところで、まだ腕から引き抜くという作業があるし、それには体を抱き上げなければならない。
一体全体、こいつはなんでオレの服をさらさらと脱がすことができるのだろう!?
蔵馬の首筋に腕をまわし、体を持ち上げ…

落っことしてやった。

「…痛い。やさしくしてくださいよ」
「やかましい!なんでオレが脱がさなきゃならん!? 自分で脱げ!」
「オレはいつでも貴方の服をやさしーく脱がしてるのになぁ」
「うるっさい!! オレにはオレのやり方がある!」

オレのやり方?くそ、またいらんことを言った。
なんだかオレは自分で自分の首を絞めている。

案の定、蔵馬はにこっと笑い、飛影のやり方ね、もちろんお任せしますよ、などとほざいている。

「ねえ飛影?」
「なんだ」
「下も脱ぐ?上だけでいい?」
「し…」

下も、脱…がなきゃだよな。
でも、もう脱いでていいのか?いや、後でか?
後って…後ならオレが脱がすのか?

躊躇った一瞬に、蔵馬はシャツを脱ぎ飛ばし、あっという間にズボンも脱いだ。

「おい、待っ…」
「これは…」

一枚だけ残った下着を指でつまみ、蔵馬は妖艶に笑う。

「これは、飛影が脱がして…」

甘い囁きが、耳元に呪文のように吹き込まれる。
クラリとめまいに襲われ、オレは蔵馬に覆いかぶさった。
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