めぐる

「…飛影、起きて飛影」

揺り起こされた飛影は、寝ぼけながらもなんとか目を開けた。
見慣れた白い天井は、蔵馬の部屋のものだ。

「蔵馬…?」
「ああ、良かった。心配したよ」

いつもの仲間うちでの手合わせだった。
いい勝負だったのはもう過去の話だ。雷禅の息子である幽助は、もう誰も歯が立たないほど強くなってしまった。それでも手加減はしない、全力でいくという姿勢は仲間たちにとっては嬉しいものではあるが、いかんせん、力の差は歴然だった。
連続で黒龍波を放った飛影はいつも通り冬眠に入ってしまい、これまたいつも通り、蔵馬が自宅へ連れ帰ってきたのだ。

「まったくあなたときたら。無茶ばかりするんだから。今日はなかなか起きないから心配しましたよ」

それでも、幽助には勝つことはできなかった。
くやしさに八つ当たりをするか、ふて腐れてまた寝てしまうか。そのどちらかを予想していた蔵馬だったが、飛影はぼんやりと天井を眺めているばかりだ。

「飛影?どうしたんです?具合でも…」

ゆっくりと寝返りを打ち、赤い瞳が蔵馬を見つめる。

「おかしな…夢を見た」

他人の見た夢の話ほど退屈なものはない。
だが、蔵馬にとってそれが飛影の夢ならば、もちろん話は別だ。

「どんな?聞かせてくださいよ」

自分で言い出したくせに、飛影は口ごもると、また天井を向いてしまう。

「聞かせてくださいってば」
「やっぱり…いい」
「だーめ。気になるじゃないですか」

こうなったら、蔵馬は絶対に諦めるはずがない。それを知っている飛影は、しぶしぶながらも話し始めた。

「……人間になる、夢を見た」
「人間?」
「ああ。…人間の…………女に」
「女?」

それはまたおかしな夢だと、蔵馬は目を丸くする。
普段の飛影を思えば、そんな夢を見ること自体、驚きだ。

「それで?それで?」
「…それだけだ」
「えー?じゃあ、その女の子のあなたの側に、オレはいないんですか?」

上を向いたままの、飛影の頬が染まる。
どうやら自分もいるらしい、と蔵馬は身を乗り出す。

「オレもいるんでしょう?」
「……」
「ねえねえ?」
「……」
「話すまで、諦めませんけど?」

嫌そうな顔をして振り向いた飛影は、小さく呟くように言う。

「…いた」
「恋人でした?」
「………………夫」
「夫!? じゃあ、オレ、あなたと!?」

狂喜乱舞している蔵馬を横目に、飛影はこれ以上は話すものかと、毛布を顔まで引っぱり上げた。

自分は人間で、しかも女だった。
妹の雪菜と、母親の氷菜と、母娘で幸せに暮らしていた。
それだけでも十分に気恥ずかしいというのに、自分の恋人となった男は蔵馬で、当たり前のように夫になった。

雪菜に、氷菜に、蔵馬に、愛された。
自分もまた、愛していた。

なんと甘ったるい、自分に都合のいい夢だろうかと、飛影は夢の話だというのにいたたまれなくなる。

「続きは?」
「ない」
「えー?本当に?ないの?」
「ない!!」

真っ赤になった顔から、どうやらこの夢には自分たちが夫婦であること以外にもいろいろあるようだと悟った蔵馬だったが、賢くもそれ以上は追求しない。

「ねえ、飛影」
「…もう話さんぞ」
「わかってます。…ひとつだけ聞かせて」

その夢の中で、人間で、女性で、オレと一緒にいるあなたは…

「…幸せだった?」

真っ直ぐ見つめられ、飛影は詰まる。

幸せで幸せで、夢とはいえ恥ずかしくなるほどだったなどと、飛影が話すわけもない。
なのに碧の瞳は、真っ直ぐ、真剣に、答えを待ってこちらを見つめている。

「飛影?」
「………………幸せ…だった」

やわらかな笑みを浮かべた蔵馬が、覆い被さるように抱きついてくる。

「重い!どけ!」
「…オレにもその夢、見せてくださいよ」
「馬鹿言うな」
「正夢だったらいいのに」
「貴様、オレを女にしたいのか!?」
「そうじゃなくて…」

それがオレたちの前世とか、来世だったらいいなって。
死すら分かつことができなくて、生まれ変わってもまた、同じ場所で一緒に生きることができる。
…そんな風になれたら。

「妖怪じゃなくてもいい。…人間でも動物でも、なんでもいいよ」

真夜中の部屋に、沈黙が落ちる。
小さく唇を噛んだ飛影が、がばりと起き上がり、反対に蔵馬を組み敷いた。

「飛影?」
「…貴様はどこまでもずうずうしいな…まだ生まれ変わるつもりか」

ええ。あなたがいる場所なら、どこへでも。
笑みを一層深くして、蔵馬は言う。

「……なら」

上体を覆い被さるように倒し、顔を近付け、にやりと笑った飛影が言い放つ。

「オレが死ぬ時は、貴様も死ね」

真っ赤な瞳の、真っ赤な輝き。
悪ふざけのように、冗談のように放った言葉が、真実の問いであることを示す、輝き。

「…約束します」
「先に死んだら、許さん」
「……それも、約束します。あなたと、一緒に…」

死にます。
そして、生きます。

強く抱きしめ囁いた言葉に、こわばっていた体が、ふっと弛緩する。

「…もう取り消せんぞ」
「あなたこそ」

お互い、いつ死ぬかわからないんですからね。
一緒に死ぬってことは、ずーっと一緒にいるってことですから。

「…うっとうしいな」
「もう取り消せませんから」

やれやれと眇めた赤い瞳が、かすかに潤んだように見えたのは気のせいだろうか。

どちらからともなく、重ねられた唇。
今日も、明日も、そのまた先も、二人は共に過ごしていく。

飽きることなく、倦むことなく。

いつかめぐる、その日まで。


...End


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