めぐる

「…飛影、起きて飛影」

揺り起こされた飛影は、寝ぼけながらもなんとか目を開けた。
午前四時の寝室は、まだ夜としか言い様がなかった。

「……ん…蔵馬?…どうした…?」

冬を迎えた部屋の中は冷たく暗い。
あたたかいベッドの中で寝ぼけまなこで片ひじをついて身を起こした妻を、夫ががばりと抱きしめ、再びベッドに沈める。

「飛影!」
「な、なんだ?どうした?」

まだ寝ぼけたままだった飛影だが、なんとか手をのばし、ベッドの側の小さなライトを点けた。
小さなオレンジ色の光が、寝室に灯る。

「おい、くら…」

抱きしめていた腕を急に解くと、蔵馬は飛影の前髪をかき上げ、ほうっと溜息をつく。
まじまじと見つめられ、横になったまま、飛影は目をぱちくりさせる。

「夢かぁ…」
「…なんだ。何を寝ぼけてるんだお前は」

寒さにしかめっ面をした飛影に、ごめんと謝りながら、蔵馬は引っぱり上げた毛布をかける。

「…変な夢…見たんだ」

片手で飛影を抱いたまま、片手で毛布や布団を元通りに直しながら、呟くように蔵馬は言う。

「夢…?」
「そう。すごく…変な夢」

他人の見た夢の話ほど退屈なものはない。
けれど、蔵馬がそんな話をすることはあまりなかった。
興味を覚えた飛影は、目をこすりながらも、大人しく聞いている。

「君のおでこにさ…もう一つ目があるんだ」
「はぁ?なんだそれは」
「目が三つあるんだよね。……三つ目の妖怪」
「妖怪だと?こんな時間に人を起こした挙げ句に、化け物呼ばわりか」

呆れた顔をした飛影だったが、蔵馬は続ける。

「化け物とかそんなのじゃなくって……俺も、君も、妖怪で…」

俺は長く長く生きた狐の妖怪で、君と…三つ目の妖怪と…出会った。
三つ目の妖怪とは最初は敵同士だったんだけどね。
でも…なんだかんだあって、一緒にいて。

いつの間にか、俺は三つ目の妖怪を愛していた。

「…それで?」
「三つ目の妖怪も、俺を愛してくれたから」

幸せ、だったよ。
すごくね。

蔵馬は笑みを浮かべて言う。

「その三つ目と、結婚したのか?」

不思議そうに、飛影は尋ねる。

「そういうシステムはない世界だったんだけど」
「けど?」
「ずっと一緒に生きることに決めて、そうした」

ずっとずーっと、一緒に生きたんだ。
何百年も、何千年もね。

「…一晩で、ずいぶんと長い夢だな」
「そうだね…でも…幸せな夢だったな」
「その二人は…ずっと一緒にいて……そして?」

碧の瞳が、困ったように天井を見る。
困ったように、古い悲しいことを、思い出したかのように。

「……死が二人を分かつまで、一緒に生きたよ」
「…良かったな」
「うん。あのさ…」

飛影の左手を取り、蔵馬は薬指に触れる。
彫刻も石もない、シンプルな金のリングが、オレンジ色の明かりに淡く光る。

「……この夢が本当だったらいいのに、って思うんだ」

うとうとしかけていた飛影が、目を開ける。

「…妖怪になりたいのか?」
「そうじゃなくて……」

あれが俺たちの前世とか、来世だったらいいなって。
死すら分かつことができなくて、生まれ変わってもまた、同じ場所で一緒に生きることができる。
…そんな風になれたら。

「人間じゃなくてもいい。…妖怪でも動物でも、なんでもいいよ」

馬鹿か、とか、とっとと寝ろ、とか、いつも通りの返事が返ってくるかと腕の中を覗き込んだ蔵馬に、赤い瞳が困ったように伏せられる。

「ごめん。夜中に起こしてこんな話して」

さ、寝直そう。
飛影ごしに手をのばし、蔵馬はライトを消す。
暗闇に戻った寝室で、首までベッドに潜り込み、飛影をぎゅっと引き寄せる。
寒かったのか、飛影は頭まで潜り込んでしまう。

「おやす…」
「俺も」

パジャマの胸元で、くぐもった声がする。
すっぽり頭まで潜り込んだ飛影が、蔵馬の胸元に顔を押し付ける。

「俺も……」

布団の中の声はとても小さかったが、蔵馬の耳にはちゃんと届いた。
柄にもなくちょっと潤んだ目で、蔵馬は飛影を抱きしめる。

…俺も、そうなりたい。
生まれ変わってもまた…お前の側に……。

飛影が小さく伝えたその言葉は、
蔵馬の中に、強く焼き付いた。

それはそれは、長いこと。

いつかめぐる、その日まで。


...End


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