合縁奇縁の獣たち...4

パチパチという音。
炎のはぜる音がする。

ああ、そうだ。
雪菜が火を放ったんだった。

オレを殺すために。

パチパチという音はずっと続いている。
でも…熱くはない。

ようやく重い瞼を上げて、あたりを見渡し…。

赤々とした炎が暖炉で踊っている。
暖炉の前の豪奢な長椅子によりかかり、蔵馬が眠っていた。

「……っ!」

声を出しかけた瞬間、胸と腹に焼けるような痛みが走り思わず噎せ返った。

激痛に苦悶するオレに、目を覚ました蔵馬は綺麗な顔であくびをすると、ようガキ、やっと起きたか、と寝ぼけたような声を出した。

痛みの波が引くのを待ち、部屋を見渡す。

見たことのない部屋。
豪奢な調度やそこらに転がる宝物から、蔵馬の根城の一つなのだろうとわかった。
長椅子やオレの寝ている寝台のまわりには血に濡れた布が山と積まれ、得体の知れない植物や薬が散乱していた。

助けた?
この狐はオレを助けたのか?
わざわざ?なぜ?

問いたいが声が出せない。
胸から腹がまるで、炎で焼かれるように痛む。

…雪菜に刺された傷だ。
本気でオレを殺す気だった。

一緒に暮らす必要なんかないよ、兄さん。
これからは別々に生きていきましょう。

そう言ってあいつがいなくなったのは、いつのことだっただろう?

探していた訳じゃない。
もし見つけた所でどうにもならない。

戻ってきてくれとすがる?側にいさせてくれと?
そんな真似はできないし、したとしてもあいつは笑うだけだろう。

それでも、まさか雪菜に殺されるとは思わなかった。
まるで通りすがりの邪魔な障害物を始末するかのように…なんの思い入れもない荷物を退かすかのように…殺されるなんて。

銀色の髪を払いながら立ち上がった蔵馬を、オレは心底恨めしく思った。

助けて欲しくなどなかった。
もう嫌だ。
本当に、何もかもが。
***
声を出そうと必死になっているガキを見てオレは笑った。

「やっとお目覚めか。明日になっても起きなかったらここに置いて行こうと思ったぞ」

まんざら冗談でもなく言ってやった。

床に転がる水分をたっぷり含んだ実を拾う。
妖気を通すと、実は細い管をするすると伸ばす。その尖った先端を飛影の左腕に差し込む。右腕にはすでにいくつかの実から延びた管が差し込まれていた。

自分の腕に流れ込む液体を、飛影はうつろに見つめている。

「これでだいぶ痛みが和らぐだろ?」

この実は強力な鎮痛作用を持つ。
意識がないと効かないのが欠点だが。

真っ白だった顔に、少しづつ血の気が戻り始めた。

このオレがヘマをしたやつを助けるなんて普段ならありえない。
いくら礼儀のなってないこのガキでも礼ぐらい言うだろうと思ったら…。

「お前なんか…大嫌いだ」
「はあ?」

拍子抜けとはこのことだ。怒るのも忘れた。

「お前ねぇ…本気で置いてくぞ」
「ああ。願ったり…叶った…りだ」

噎せながら切れ切れに言う。
赤い瞳が光を取り戻し、こちらを睨んでいる。

「なんなんだ一体!助けてやったのに!」
「…頼んで…ない!…余計な…世話だ!」

わめいた拍子にゴホッと噎せて、血を吐き出す。

「おい!あんまり喋るな!」
「…う…るさい!」
「…ったく、色仕掛けに引っかかった馬鹿なやつが何をえらそうに」

その言葉に飛影は憎悪の眼差しを向ける。

「…どこが…色仕掛けだ!」
「イイ女にのし掛かられてぼーっとしてたくせに」
「お前と一緒にするな!あれは妹だ!」
「はあ?」

またもや拍子抜けだ。
妹?あれが?

「全然似てないな?」

我ながら間の抜けた返答。
飛影はもうオレと会話する気をなくしたらしく、返事もしない。

「本当に妹なのか?」

返事はない。

「会った途端に腹かっさばかれるなんて仲悪いんだな。しかも刃に毒が塗ってあったぞ」

何の気無しに言った言葉で、飛影が凍り付いたのが分かった。
***
別にオレに会うのを見越して毒を仕込んでた訳じゃない。
元々仕込んであったんだ。

…そう思ったところで慰めにはならない。
毒を塗った事を忘れていたわけでもあるまいし。

熱い。寒い。
苦しい。

「妹だからって大人しく刺されてたのか?」

馬鹿だなぁお前、あいつお前を殺す気だったぞ、と人の気も知らずに蔵馬はのほほんと言う。

「本当は違うんだろう?色仕掛けに引っかかったんだろー」
「うるさい…もう黙れ」
「じゃあ、命令。本当に妹なのか?」

面白くてしょうがないとでも言うように嬉々として蔵馬は言った。
誰が言うか…。

「妹だ」

自分の声が聞こえた。

畜生。
やっぱりだめだ。命令されれば逆らえない。

「似てないなあ。なんで大人しく刺されてたんだ?」

嫌だ嫌だ。答えたくない。
答えたくないのに意志を裏切って口が開く。

「大事だから」

へ?と蔵馬が間の抜けた声を出す。

「大切な妹だから!もう、一緒にはいたくないって言われて、別れて。でも会いたかった!心配だった!でも探してた訳じゃない。探したってあいつは迷惑がるだけだ…!」

堰を切ったように言葉を溢れさせるオレを、蔵馬の金色の瞳がオレをまじまじと見ている。

何。
何を言っているんだオレは。
恥ずかしさに顔が赤くなるのが自分でも分かった。

視線にいたたまれなくなり目を背けようとした途端、蔵馬は弾けるように笑い出した。
***
こんなに笑ったのは久しぶりだ。

笑いすぎたせいで目尻に浮いた涙を拭っているオレを、飛影は真っ赤になったまま睨む。
かわいい奴だ。

「お前、かわいいな」

まだ笑いの残る声でオレが言うと、うるさい、もう話しかけるな!という怒号が返された。
白い肌が紅潮し、瞳の色とあいまってなかなか扇情的だ。

かわいいな。
ふと、真顔でじっと飛影を見つめる。

「…なんだ?何見てる?」
「あの女、手に入れてやろうか?」

赤い瞳が驚きに見開かれる。

まるで宝玉のような色、輝き。
オレはその瞳を見つめたまま続ける。

「どうした?オレなら妹をお前の元に戻してやれるぞ?」
「余計なことをするな!」
「なかなかいい女だったな。好みだ。お前がいらないならオレの物にしてもいいな」
「…なっ…」

絶句する飛影。

「…よせ。あいつに手を出すな!」
「なぜ?オレの奴隷に傷を負わせたのだから、それなりの報復はしないとな」

ヘマをした部下のために報復なんぞしたことはない。
もちろんそんな事は知らない飛影はみるみる青ざめる。

オレに切りかかろうかどうしようかという逡巡が透けて見える。
だが元々勝ち目はないし、怪我をしている今では無駄なことだとさすがに分かっているようだ。

「…頼む…やめてくれ。あいつに手を出すな」

小さく低い声。
プライドをねじ伏せての、懇願。

赤い瞳がオレをじっと見つめる。
本当に、この瞳はたまらない色だ。

「いいぜ。お前がそう言うなら」

あっさりと願いを聞いたオレに、飛影は驚いた顔を隠せない。

「…本当に?」
「ああ。かわいいお前の頼みじゃしょうがない」
「…誰がかわいいって?冗談はよせ」

安堵の溜め息とともに飛影は目を閉じ、枕に頭を沈めた。

「お前はかわいいよ。だからあの女はいらない」

意味が分からないと言いたげな、キョトンとした視線。

「オレは、お前の方がいい。抱かせろ」
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