合縁奇縁の獣たち...2

石の壁。月明かり。
感触からして、ベッドの上らしい。

…どこだ、ここは?
寝返りを打とうとした途端、下肢から腹部まで凄まじい激痛が走った。

「っあ!うぁ…ぐうっ!」

全身からどっと汗が吹き出す。
ようやく昨夜のことが記憶に甦る。鮮明に。

どれぐらい気を失っていたのだろう?
また夜になっているところを見ると…丸一日か?

昨夜…ああ、そうだ。
捕まったんだ、オレは。

綺麗な狐に。

ヘマをして捕まった。
あげく、拷問に耐えきれずに血の契約をした。

起き上がろうとした途端ひどいめまいがし、ベッドに突っ伏した。
首筋を探ると肌に刻まれた証が指先に感じられた。ほんの少し盛り上がった皮膚。
そこだけが異様に熱い。

血の契約。

命令には、絶対服従。
あいつが死ぬまで。

逃げることも叶わない。
オレがどこにいるか、あいつには常に分かるのだから。

なんてザマだ。
まったくオレは馬鹿だ。

辺りを見回すと、妙に広い部屋だった。ベットも馬鹿みたいにでかい。
あの狐が誰かに運んでおけ、と命令した所までしか記憶にない。
…奴隷にこんな豪華な部屋を与えているのだろうか?あの狐は。どうやら本当に運んだだけだったらしく、血だらけのままベットに転がされていた。

裸で。

剣を抜いてくれただけでもありがたいと思うべきなのか。
腹の傷は蔵馬が得体の知れない植物で塞いだせいで出血は止まっていたが、痛みは消える訳もない。おまけにケツから流れ出した血が、みっともなくシーツを赤く染めていた。

怪我するのは慣れている。
だが、こんな目にあったのは初めてだ。
体内を傷つけられるのがあれほど痛いとは知らなかった。

気持ちが悪い。吐きそうだ。

くそ。
殺してやる、絶対に。

…殺す?
こんな無様に捕まっておいて、我ながら笑える。

殺すどころか、血の契約をした以上逃げることだってできない。
あいつが『オレに刃向うな。オレを殺そうなどと考えるな』と命令すれば…もちろんするだろうが…それまでだ。

自嘲めいた掠れた笑い声を上げた途端、部屋の扉が開いた。

入ってきたのは、あの狐だ。
***
「生きてたか。なかなかしぶといな」

部下には運んでおけと言っただけで何も手当ては命じず一日放っておいた。
まあ、死んでいたらそれはそれで、そこまでの話だ。

「あれだけ血を失って生きてるなら上等だな」

黙ってこちらを睨みつける、赤い瞳。
本当に懲りないガキだ。

貧血で真っ青な顔をし、血と汗のひどい臭いがした。

「隣の部屋に風呂があるから入ってこい」
「…嫌だ」
「ここはオレの部屋だ。こんな汚いガキ置いておけないぞ」
「…お前の部屋?」

驚いたように問う。

「そう。六人も殺しといて、あいつらと一緒にしておけないだろうが」

部下たちの部屋は下の階だ。
あいつらが殺された奴らのために復讐しようなんて思うわけもないだろうが、もめ事の種になる。

「いいから、風呂へ行け」
「嫌だ」
「…命令。行け」

血の契約をした以上『命令』されれば逆らえない。

飛影は悔しそうにノロノロと起きあがる。
壁に手をついて、苦しそうに立ち上がった。
***
立ち上がったはいいが、動けない。

壁に手をついて息を整えるが、剣が貫いた腹や背や、蔵馬に裂かれた下肢の激痛にこれ以上身動きが取れない。
失いすぎた血もこんなわずかな休息では回復できない。視界がグラグラと定まらない。

蔵馬は気にする風もなく、血に染まったシーツを剥がしていた。

畜生。
動きたくないのに、逆らえない。
息を整え、ゆっくりと歩く。

一歩進むごとに生温かい血が腿を伝い床に点々と落ちる。浴室の入り口に着いた所で、たまらずに膝をついた。

「どうした?一人じゃ入れないのか?」

みっともなく苦痛に喘ぐオレに、蔵馬がからかうように声をかける。

何が、どうした?だ!
…絶対に殺してやる。

蔵馬は蹲るオレに構わず浴室に入ると、棚に並んだ色とりどりの瓶からこれまた毒々しい黒い実を一つ取り出し、湯に放った。

湯が、赤く泡立つ。

なんだ、と目で問うと、蔵馬はオレを片腕でひょいと抱き上げ、シュワシュワと酸のような泡立ちを見せる薄赤い湯に放り込んだ。
***
小さく軽い体を浴槽に放り込む。
薄赤い色の、盛大な水しぶき。

生意気なガキは、深めの浴槽の縁にようやく顔を出し、盛大に噎せている。

「ぐっ……げほッ……!なにする…っ」
「これ貴重な実なんだぜ。感謝しろよ」

高い治癒能力を持つ実だ。
傷を浸すと、一日もすれば大体の傷は治る。

「全部の傷をちゃんと浸せよ」
「余計なお世話だ!」
「身の程をわきまえないガキだな。オレに一緒に入って欲しいのか?」
「…お断りだ」

飛影は渋面で返すと、ようやく大人しく湯に浸かる。

やれやれ、オレとしたことが気まぐれにこんなガキを配下に置こうなんて。
ヤキが回ったかな。

「あ、そうだ。尻の中の傷も浸せよ」

わざと意地悪くからかう。
一瞬何を言われたのかわからなかったらしく、飛影はきょとんとしている。

「お前の短い指じゃ届かないかな?」

そこでようやく気付いたらしく、見る見るうちに真っ赤になった。

殺してやるとかなんとかわめきながら投げつけられた瓶を受け止め、オレは笑いながら浴室を後にした。
***
城は、大きいばかりで悪趣味だ。

「たいした相手じゃないさ」

蔵馬はこともなげに言う。

最悪だ。
命令されて盗みをするなんて。

目の前の城に溜息をつく。
この辺りを束ねる妖怪の牙城だ。

ま、試験かな。
蔵馬はそう言った。

あの城にある宝羅石を盗ってこい。腕には自信があるからオレの館に来たんだろう?

おかしな事に蔵馬は『オレに刃向うな。オレを殺そうなどと考えるな』という血の契約には付き物の命令をしなかった。普通は自分の奴隷に寝首をかかれるような間抜けな事にもならないために、必ずそう命ずるはずだ。

なのに奴は、殺してやる、と言うオレに構わんぞ、と笑って返した。

「…絶対に殺してやるからな」

それ聞き飽きたぞ、と銀糸を煌めかして狐は笑う。

「オレを殺す?頑張ってみろ。そのぐらいの根性じゃなきゃつまらん」

あっさりと言う。

「さて、お喋りはこのくらいにしておこう。時間は蒼月が空に昇るまでだ」

蔵馬は木の根元にどっかり座って動く気配はない。

「お前は高見の見物って訳か」

憎々しげに言うオレに、蔵馬はまたもや笑う。

「オレには簡単すぎる」

腹立ちのあまり、返す言葉を失ってオレは地を蹴った。
***
オレが不在だったとはいえ館に入ったのだから腕は悪くないだろう。
とはいえ蒼月が空に昇るまで、はちょっと厳しかったかな?

別に宝羅石なんかいらないのだが。って言ったらあのガキ怒るだろうな。

鉛色の空。黒々とした木々。
魔界特有の色のない空を見上げる。

蒼月が空に昇るまでにあのガキが戻ってこれなかったらどうするか。まあ、血の契約をしたのだから、召使いがわりにでもするか?

いやどうせ召使いならあんな貧相なガキじゃなく、いい女がいいしなぁ。同じ雄でももう少しかわいげのある方がいいってもんだ。

取りとめもない事を考えながら、うとうとする。

でも…あの瞳はいい。

あの赤。
紅の瞳。
役立たずだったら、脳をいじって人形にでもするか。

木々がオレの頭上を覆うように、枝をのばし出す。
どうやら雨が降るらしい。
***
よくもまあ、こんな所で寝るもんだ。

雨はどしゃぶりもいいところで、切りつけられた傷にしみた。宝羅石を手に戻ってみれば狐は雨も当たらぬ木陰で居眠り中という有様だ。

オレは宝羅石を握ったまま、濡れた地面にしゃがみ込んだ。

腹が痛い。
蔵馬に裂かれた体の内側が、じくじく痛む。
あの奇妙な泡立つ湯は、ほとんどの傷を癒してくれたが…。

…体内の傷までは浸せなかった。

お前の短い指じゃ届かないかな?という蔵馬の嘲り通り、指が届かなかった。
いや、正確にはおぞましくて奥深くまでは指を突っ込めなかった。
それに体内に湯を入れるなどぞっとしない。もちろん時間が経てば回復するだろうが、今現在、そこはひどい痛みを訴えていた。

雨を遮る木にもたれ、足を投げ出して眠りこけている蔵馬に頭に来て、思わず宝羅石を投げつけた。
顔を目がけて投げたのに、次の瞬間には宝羅石は眠っていたはずの蔵馬の手の中にあった。

「おかえり」

蒼月がまだ昇りきっていないのを見て、蔵馬は意外だとでもいうようにオレを見て笑う。

宝羅石も霞むような金色の瞳。

「よく他人の縄張りで寝るな…」

オレの言葉を聞いていないかのように、蔵馬は宝羅石をまじまじと見る。

「戻ってこれないんじゃないかと思ってた。早かったな。合格だ」

つまり、こいつはオレが失敗すると踏んでたわけだ。

馬鹿にしやがって。
いまいましい。
何もかも腹が立つ。

蔵馬が宝羅石をひょいとオレに放る。

「…なんだ?」
「いらん。お前にやるよ。さて、ちょっと寄り道して帰るぞ」

怒り心頭でわめいた事は言うまでもない。
***
「お久しぶり。ご機嫌ね」

馴染みの娼婦が笑う。

「その小さなお連れはどうしたの?新しいご寵姫?」

からかうように声をかける。

「こんな貧相な姫がいるか。雄。拾い物。なかなか腕はいいぞ」

オレも機嫌良く答える。

この娼館に来るのは久しぶりだ。
拾ったガキが案外使えることが分かって、オレは珍しく機嫌が良かった。で、このガキを連れて贔屓の娼館に来たわけだ。

「おい、飛影。オレは今日は機嫌がいい。好きなのを選んでいいぞ」

居並ぶ娼婦たちを指して言った。

「…興味ない」
「そう言うな。ここのは上玉揃いだ」
「興味ないと言ってるだろう!」

娼婦たちがオレたちのやり取りにくすくす笑う。

「失礼しちゃう」
「そうよ。私たちに興味ないなんて」
「お初?筆下ろしなんて久しぶりねー」

口々に勝手なことを言う。

「…オレは本当に興味がない。外で待ってる」

素っ気なく言い、外に出ようとした飛影にまたもからかいの声がかかる。

「突っ込むより突っ込まれる方が好きなら、そっちもいるわよー?」
「…なにをっ…」

真っ赤になって立ちすくむ飛影に、オレも追い打ちをかけた。

「ああ、突っ込まれるのがいいのか。ならオレが後で突っ込んでやるよ」
「違う!誰がお前なんかに」
「指を挿れただけで、泣いて喜んだだろう?」
「黙れ!あれはお前が…っう」

飛影が急に青くなってしゃがみ込んだ。

「おい、どうした…」

壁に手をついて身体を支え、下腹を押さえて青くなっている。

「…お前、尻の傷をちゃんと浸したか?」

オレの問いに、飛影は唇を噛んで答えない。

よろけながら立ち上がり、なんでもない、ほっとけ、と睨む。
やれやれ。ちゃんと浸さなかったのだろう。

「おい、部屋を借りるぞ」

飛影を片腕でひょいと抱き上げて、空いているとおぼしき部屋を指す。

「おい!何する!下ろせ」

ジタバタするが、所詮体格差がありすぎる。大人と子供のようなものだ。

「なんだ。ここで抱かれたいのか?大勢に見られながらがいいのか?」
「ここでも、どこでもお断りだ!」

娼婦たちは、あらいいねえ、蔵馬は飛び切り上手よ、などと笑い声をあげてからかう。

「ちょっと待ってろ、このガキ片づけてくるから」

彼女たちに向かってオレも笑うと、飛影をベッドに放り投げ、扉を閉めた。

「近寄るな!」

壁際に後ずさった飛影が叫ぶ。

「…あのな、お前みたいなガキ抱くわけないだろ」

呆れてしまう。魅力的な娼婦が山ほどいる娼館でなんでこんなガキを。
赤い瞳が睨め付ける。

「…なら悪趣味な冗談はよせ」
「本当に悪趣味だ。ほら、足開けよ」
「抱かないって言っただろ!」
「オレだって抱きたくない。落ち着けよ。痛いんだろう?薬塗ってやるよ」
「結構だ!」
「恥ずかしがりだねーお前は。いいから服を脱いで足開け」
「っな…断る!」
「断る権利はないんだって。覚えろいい加減に。命令、服を脱いで足を開け」

持ち主の意志に逆らい、手が紐を解き、服を脱がせていく。
飛影は信じられない物を見るように、自分の意志に逆らって動く手を見つめていた。

「…ぅあ、嫌だ…」

仰向けになり尻が天井に向くようにして自分の手で足を大きく広げる。
白い尻の中心の窄まりは血を滲ませていた。

「もう少し足を広げて、尻の力を抜け」

真っ赤になって嫌だ嫌だとうわ言のように飛影はつぶやくが、手は膝を大きく開き、尻の肉が引っ張られる。

血を滲ます穴が震えるようにヒクヒクと蠢く。

傷薬と痛み止めの実を、手のひらで潰して混ぜ、濡らした布で滲む血をきれいに拭き取る。

「指入れるからな。力抜け」

ヌルリとした薬をたっぷりすくった指を、出来るだけそっと挿入する。中は熱を持って熱く、傷はまだ塞がりきっていなかった。
これはそうとう痛かっただろう。よくこれで盗みを成功させたもんだ。

「…ぅん、あっ痛っ」

指の入ってくる感触に、飛影が小さく声を上げた。

「…意外にかわいい声出すんだな?」
「…っるさい。指抜け…っあぁ」

らしくない声を上げて、薬がしみたのか潤んだ目で睨む。
ふうん、なかなかそそるな。

「かわいらしくねだってみろ。抱いてやってもいいぞ」
「っ誰が…」

…態度はかわいくない。

奥深くまで指を入れ、薬を塗り込む。
くちゅっ、と音をたてて指を抜く。収縮する後孔から零れた薬を拭いてやる。

「さーて、オレは遊んでくるかな。お前はここで寝てろ」

ぐったりしている飛影を、オレは部屋から出かけざまにからかう。

「お前もしたくなったら来てもいいぞ。乱交も悪くない」
「…死ね!」

そう叫ぶと飛影はシーツを頭までひっかぶった。
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