合縁奇縁の獣たち...1「賊が賊に襲われただと?お前ら馬鹿か」オレは天を仰いで嘆息した。 使えない部下たちは、地に頭をつけんばかりだ。 「お、お許しを…。ですが、そいつは捕まえて牢に…」 「あったりまえだ。ん?そいつ?…一人なのか相手は?」 「…は、はい」 「…なのにこっちは、六人も殺られたってわけか?」 「その…」 「もういい」 部下の言い訳を遮るように立ち上がった。 人の留守すら守れないこのバカ共にはうんざりだ。 盗賊団を率いた方が効率がいいかと思ったが、やはり徒党を組むより一人でやるほうが結局は効率的なのだろう。 「牢に繋いであるんだろう?オレが行く」 邪魔な銀色の髪を背に払いのけ地下へ向かった。 湿っぽく寒い地下の回廊を進むオレを見て、ざわめいていた部下たちが跪き、口々に詫びる。 「言い訳はいらん。ネズミはどこだ?」 部下が示したのは、最奥の牢。 「六人とはね。そいつを部下にした方がよっぽどマシな気がしてきたぞ」 牢を見遣って、部下の無能をもう一度嘆いた。 「…こんな子ネズミに襲われたのか?」 後ろ手に括られ、冷たい床に突っ伏している体はずいぶんと小さかった。 「…起きろ」 うつぶせの体をひっくり返すように、乱暴に蹴り上げた。 「ぐ…ふ……っ…!」 腹に入れられた蹴りに、苦痛の呻き声があがる。 幼い顔。くしゃくしゃの黒髪。 なんとなんと。 本当にまだガキだ。 せいぜい少年といったところだ。 六人も殺ったとはいえ、このガキももちろん無傷ではない。 細く鋭い剣が腹部を貫通し背まで突き抜けており、服は元の色が分からないほどに血に染まっていた。 首筋には妖気を封じる物と、苦痛を与える物、二枚の呪符が巻き付いている。 胸ぐらを掴み、目の高さまで持ち上げた。 肌は青ざめ、目を閉じたままのガキはひどく幼く見えた。 意識を取り戻す気配はない。 「…起きろよ、ガキ」 ぐたりとした小さな体を乱暴に揺さぶる。 ごぼっという音と共に、小さな口の端から血が滴った。 「…ったく。こんなガキに六人も殺られるとはな…」 部下たちを見渡す。 このガキより、こいつらを先に始末したいくらいだ。 ため息をついた瞬間… 殺気。 鋭い蹴りが、胸元を掠めた。 反射的にひょいと掴んでいた手を離したので掠めただけだった。 とはいえ、一瞬何が起こったか分からなかった。 まさかこの状態で攻撃してくるとは。 床を見下ろせば、赤い瞳がギラギラとした憎悪の光を放っていた。 ガキは床に落とされたままの姿勢で、血をペッと吐き出し、見上げる形で睨んでいた。 大きな赤い瞳。漆黒の髪。 …生意気そうな顔をしている。 「いい度胸だな、お前」 怒ると言うより呆れた。 「生きてここを出られると思っているのか?泣いて命乞いでもすれば、楽に死なせてやらんこともないぞ?」 からかうように、ガキを見下ろした。 ガキは返事もせず、睨め付けている。 「お前たち、上に戻れ。このガキはオレが始末する」 そっけなく部下たちに指示を出す。 部下たちはこれ以上機嫌を損なうまいと、そそくさと去っていった。 人気のなくなった地下牢は、より気温が下がったように感じる。 …妖狐蔵馬の名を知らないはずもない。 このオレに逆らおうとは、面白いガキだ。 「…殺すには惜しい腕だな。オレの部下を六人も殺るとは」 だが、と続ける。 「このオレに楯突く奴を生かしておくのもなぁ」 微笑んで、ガキの腹に突き刺さったままの剣を蹴飛ばしてやった。 「ーっ!!」 開いた傷口からどっと吹き出した血が、小さく弧を描いて床に飛び散る。 ガキは悲鳴を辛うじて押さえ込んだ。 「ほう?なかなか我慢強いな」 床に突っ伏したまま、体を痙攣させている。 冷たい石の床は血だらけだ。このままならどのみち出血多量で朝までには死ぬだろう。 「…は…っぁ…」 ガキの顔が真っ白になり、痙攣が弱まりだした。 おっと。まだ死なれちゃ困る。 「おねむか?そうはいかないぞ」 牢に巻き付くように咲いている、赤くグロテスクな花。 花をむしり取り気を失いかけているガキの上でぐしゅっと潰す。 赤く毒々しい花から滴る液が剣の突き刺さった傷口に落ちる。 焼けた石に水を落とすような、ジュッという小さな音。 「っぐ…ぅあぁ…」 耐えきれずに微かな呻き声が漏れる。 花の液は、傷口を塞ぐように薄い膜を作った。これで、痛みはそのままだが、死ぬことはないだろう。 「さて。死なない程度に出血は止めてやったぞ。これでゆっくり話ができるな」 ***
妖狐蔵馬の宝物庫を狙ったのには、深い意味なんかない。特別欲しい物があったわけでもない。 ただ…腕試しのつもりだった。 で、このザマだ。 オレの目の前で薄く笑う妖狐蔵馬は噂以上に恐ろしく綺麗な男だった。 そのぞっとするような綺麗さが、余計に酷薄に感じられる。 剣の突き刺さった腹の傷口の痛みは激烈だし、 首に貼られた呪符は焼けるように熱い。 …逃げられる…わけがない。 多すぎた出血のせいで寒くて寒くてたまらない。 もう動くどころか思考もまとまらない。 …くそ、どうしたらいい…? 蔵馬が、近づく。 逃げることなどもちろんできず、尖った爪で傷口を弾かれた。思わず悲鳴を上げそうになったが、唇を噛みしめてどうにかこらえた。 「なるほどな。苦痛には強いというわけか?」 蔵馬がおかしそうに笑う。 「体中の骨を一本ずつ折ってやろうか?腹から内臓を引きずり出して、お前に食わせてやってもいいんだぞ?」 …こいつならやるだろう。 背中に冷たい汗が噴き出すのが、自分でも分かった。 今となれば、妖狐蔵馬に挑戦することが無謀だったのははっきり分かる。 だからって…誰がみっともなく命乞いなどするもんか。 絶対に、お断りだ。 オレは無言で綺麗な狐を睨んだ。 ***
なるほど。命乞いをする気はないということか。 本当にいい度胸だ。 …殺すのは惜しいな。 「わざわざ苦しんで死にたいのか?被虐趣味なんだな。命乞いをしてオレの配下になるなら…助けてやらんこともないぞ?」 無言。 こちらを睨みつける目は、血のような深紅だ。 強い目。強い意志。 …高いプライド。 「声、聞かせろよ」 その言葉にガキが胡乱げに顔を上げた。 ガキは訳が分からないとでもいうように、オレを見る。 痛みを堪えるのに精一杯で、床を這う細い蔦には気付いていないらしい。 「苦痛に強いのは厄介なもんだな。じゃあこっちだな」 オレのその言葉が終わらないうちに、蔦が一瞬でガキに巻きついた。抵抗する間もなく、元々ぼろ布と化していた服は破れ落ちた。 ***
何を、と思う間もなく、服が千切れて床に落ちた。地下牢の薄闇に、自分の裸体が白く浮かんで見える。 何のまねだ? 狐はニヤッと笑ってオレを見た。 ヌルヌルした奇妙な植物が体を這いまわる。 気色が悪い。 蔵馬が近づく。 奇妙な植物が体を持ち上げた。 足首に巻き付き、体を開かせる。 蔦に引っ張られ、宙に吊されたみっともない格好。 蔵馬の手が膝にかかり、より大きく足を開かされた。 頬が熱を持つのが自分でも分かった。 「気は変わったか?」 黙って睨み返す。 蔵馬は呆れたように首を振る。 「オレ、お前みたいな貧弱な体、好みじゃないんだけどな」 なんだ、何言ってるんだこいつ。 「でもまあしょうがないか」 蔵馬は足の間を観察するように見下ろしていた。 「脱いでも子供なんだな」 ようやく蔵馬が何をしようとしているのか気付いて鳥肌が立つ。 不甲斐ないことに何の抵抗もできない。 大きな手が尻をまさぐり、長い指が乾いた後孔にぐっと押し込まれる。指先が肉襞の中を掻き回し、押し広げる。 痛い。 肉の抵抗も構わず、長い中指が奥へねじ込まれる。 経験した事のない痛みと嫌悪感に、冷たい汗が背を伝う。 痛い。気持ちが悪い。 くちゅ、という耳を覆いたくなるような卑猥な音が響く。 体の内側で異物が動く、おぞましい音。 「痛いか?」 蔵馬の笑い声。 「っ…ぅ……っ!」 噛みしめた唇に血の味がするのが分かった。 「声、聞かせろと言っただろう」 なんだか蔵馬の声も、遠く聞こえてきた。 「聞き分けのないガキは嫌われるぜ?」 その言葉が終わらないうちに… ***
「ぎゃぁああああああああああ!!!」絶叫が石造りの壁に反響する。 「ああ、やっと声が聞けた」 オレはガキに向かって、にっこり笑ってやった。 内壁を引き裂いた鋭く固い爪の先に、やわらかく温かな肉が引っかかっているのを感じる。 さらに爪を押し込み、より深く長く引き裂くと、ガキは背骨が折れるほどに体をのけぞらせて絶叫した。 「そんなに大きな声じゃなくてもいいぞ?この部屋は石造りなんだから耳障りだ」 指を突っ込んでるにも関わらず隙間から溢れた血が滴り落ちる。床の固まりかけた血溜まりのにおいに、鮮血のにおいが加わる。指を傷ついた体内で軽く動かす。 「ぅうあぁああああ!!」 さっきまでの態度が嘘のように、ガキは叫び、泣きわめいている。 当然だ。 妖怪といえども内臓は鍛えることはできないし、ましてやこのガキはほとんど人間と変わらない容姿をしている。指先に感じる臓物は、温かくやわらかい。 「お前、名前は?」 「………」 直腸の裂け目に指をねじ込み、傷口を大きく開いてやった。グチッという嫌な音と共にどっと血が溢れた。 「っひ、ぎ、ぁああああッあ!!!」 宙に浮いた体が跳ねる。 「…名前は?」 「…ひ…飛影」 ***
体の内側を切り裂かれた。耳をつんざくような絶叫が、自分の声だと気付くのに数秒かかった。 裂かれた臓器を蔵馬の指が執拗に抉る。 腸が焼き切られるのではないかと思うほどの激痛。 名前を問われ、答える。 この痛みの前には、そんな事はどうだっていい。 「飛影、血の契約をするか?」 蔵馬が問う。 血の契約。 つまり、奴隷になれって事だ。 奴が死ぬまで、永遠に。 さすがに怯むと、また直腸の裂け目が広がる。 やわらかな内臓が捻れ…グチュッという濡れた音を立てる。 「うぁあああああ!やめ…っぐ…うッ…」 下肢から脳天まで突き抜けた凄まじい激痛に吐き気が込み上げる。 胃が空っぽでなければ嘔吐しているところだ。 返事は?というように、蔵馬が綺麗な顔を傾げる。 もうどうだっていい。 この苦痛から逃れられるならなんでもする。 「やめ…やめてくれ!…んでもする…なんでもするから!」 みっともない、悲鳴混じりの哀願。 それを自分がすることになろうとは。 ***
「飛影、ね。いい名前じゃないか」オレは巻き付いていた封呪を外し、尖った植物で、飛影の首に呪を浅く彫る。 白い首にうっすらと血が滲んだが、下肢の痛みが強すぎて気にも止めていないようだ。今度はオレの指を軽く切る。 「飲め」 血に汚れた口に指を突っ込んでやると、大人しく血を啜る。 「オレに忠誠を誓うか?」 「ち…かぅ」 指を含んでいるせいでたどたどしいが、ちゃんと聞こえた。 途端に、首に彫った呪は輝き、体内に潜るように消えた。 首に残るのは、小さな赤い花のような形。 オレの所有物の証だ。 痛みにうつろになった目から涙がこぼれ落ちた。 足音がする。部下がおそるおそる様子を伺いに来たらしい。 目を丸くする部下に命じる。 「お前、こいつを上に運んでおけ。新入りだ」 |