愛情審査...1
「わかったわかった。後でやると言っただろう!」
ご機嫌斜めの女王様の前には、憮然としたむさ苦しい男。
***
「お前が見て、要る物はとっておけばいいし、要らない物は捨てればいい。返事が要る物は返事を書け!いつもそう言ってるだろうが」
「そうおっしゃいましても…」
「面倒なら見ないで全部捨てろ。構わんぞ」
「そうはいきませぬ。躯様にしか開封できないように封印のかかった物も多いですし…書簡も隣国の主や十七層の長…」
「欲しい物などない。誰からも貢ぎ物も書簡もいらん。そう触れを出せ!」
「出しました。以前に。無駄でございましたが。これなら躯様もお気に召すはずと、各地からこぞって贈り物が…」
「あ~」
躯は目の前に仁王立ちしている男に、溜め息をついた。
「わかったわかった!今見る。ここに置いておけ」
闘技場の床にあぐらをかき、躯はもう一度深々と溜め息をついた。
「まったくお前はマメだな。そんなむさ苦しいなりのくせに。だいたいなんでお前が持ってくる?下っ端仕事だろうこんなものは」
ブツブツ言いながらもいくつかの箱を開けている躯に、時雨も溜め息をつく。
「下っ端連中が躯様にこんな物を持ってくるなんて命知らずな事は…。これでも開ける事のできる物は開けましたし、返事のできる物はしておきました。あとは躯様が見…」
「ああ。今日中に見ておく。下がっていいぞ」
ちょっと疑わしそうに躯を見た時雨だったが、尊敬する女王にそれ以上苦言を申し立てる事はせず、大人しく闘技場を出て行った。
***
それから小一時間…
宝石、書簡、豪奢な瓶に入った酒、宝石、刀、見慣れない食物、得体の知れない薬、華美な衣装、宝石、宝石、書簡…
躯はイライラしながら箱の中身をポイポイ後ろに放り投げつつ見ていく。
頭にくる。
オレは強くなりたかったが偉くなりたかったわけじゃない。
しかし魔界では強くなることが偉くなることなのだと箱の中身は語っていた。
小さな木箱を開ける。
見慣れない薬の瓶が十種類、各十個ずつきれいに並んでいる。
それぞれちゃんと、能書は括りつけてある。
どうせなら傷薬か何かの方がよっぽど役に立つだろうに、貢ぎ物を送ってくる連中は女王様には珍しい物でなければだめだと思って変わった物ばかり献上したがる。
…効能・魚になれます!持続時間五日間…
…効能・体の大きさを約半分に!持続時間二日間…
…効能・首の長さが自由自在!持続時間三時間…
他にもおかしな薬ばかりが入っている。十種類、全部変だ。
躯は天井を仰ぐ。
「何に使うんだ!? いつ使うんだ!?」
確かに、珍しい。
聞いた事のない薬ばかりだ。
この薬を送ってきた種族は抹殺すること、と躯は書簡の隅にメモをする。
「…だいたいだ、珍しい物などロクな物がない。優れた便利な物ならとっくに広く出回っているはずだ」
「何をブツクサ言ってるんだ?」
高貴なる事務仕事に嫌気のさしていた躯は、その声に振り向いた。
「飛影!いい所に来たな」
「…手伝わんぞ」
「お前なんぞに手伝わせたら時雨が卒倒する。うんざりしてた所だ。手合わせしろ」
手合わせならいつだって歓迎だ。気まぐれ女王様の申し出に、飛影は頷いた。
***
こうしている時が一番、楽しい。
つくづくと躯はそう思う。
誰とでも、どこででも構わないのだが、このチビは特に気に入っている。
まあ、楽しい、というには力不足な相手だがしょうがない。そもそも力不足でない相手など魔界にほとんどいない。
百足のNo.2の蹴りは素晴らしいスピードで繰り出されたが、躯にとっては子供相手の勝負のようなものだった。
空中で優雅に回転し、攻撃をかわす。
「こっちだぞ、飛影」
飛影の一瞬の隙をついて、逆に背中を蹴り飛ばした。
「あ…」
凄まじい勢いで床に激突する、
はずだった。
ガチャーン!という金属質の破壊音と共に飛影が激突したのは、抹殺予定種族の貢ぎ物の箱の上だった。
***
「おい、大丈夫か…?」
普段ならこのくらいの攻撃で飛影はダウンはしない。
だが、割れた瓶の破片と共に床に転げ、激しく咳き込んでいる。
紫の煙が辺り一面に漂い飛影を覆い隠す…
苦しそうに咳き込む音だけが聞こえる。
嫌な予感…
躯はさっき見たおかしな効能の薬たちを思い出す。
「飛影!おい!しっかりしろ!」
「ぐ、…げほっ!苦、し…」
…まあ、首が三倍になっても生きるのに支障はないだろう。期限付きだし。
背も伸びてちょうどいいんじゃないか?
魚になるなら水槽でも用意してやろう。
半分になるのはマズイ。これ以上小さくなってどうする。
無責任にも躯はそんな事を考えながら煙を手で仰ぐ。
煙の中から現れたのは…
「な、なんだこの…げほっ」
「…………飛影、言っとくけどな。オレは悪くないぞ」
「何?」
「それにほら、その…首が伸びるよりいいんじゃないか?魚になってもいないようだし。支障はないぞ」
「は?何を言ってるんだお前は…ゴホッ」
長く艶やかな黒髪を背に垂らし、咳き込みすぎて潤んだ碧の瞳で飛影は躯を睨んだ。
***
「支障あるに決まっているだろう!!」
「そうかあ?魚になるより断然いいとオレは思うがな」
「魚の方がマシだ!どうしてくれるんだ!」
「わめくなうるさい。今読んでる所だ」
二人は闘技場から躯の私室へ移動していた。
壊れかけた木箱を掻き回し、割れた小瓶の能書を躯は確認していた。
「なんだ、どうって事ないな」
躯が小さなカードを飛影に弾く。
…効能・あなたの愛しい想い人の姿になれます!持続時間…
「…はあ!? 一体何に使うんだ!? いつ使うんだ!?」
「さあ?片思いのやつに変身して自分で自分を愛でるとか?」
「アホか!だいたい誰が片、思…ぃ…」
ゴニャゴニャと語尾が消える。
「両思いだって惚気たいのか?」
「ばっ…!馬鹿野郎!誰が…」
「愛しい想い人なんだろ?取り合えず着替えたらどうだ?馬鹿みたいだぞお前の格好」
「誰のせいだ誰の!」
そう言いながらも飛影はこの体には小さすぎてあちこちほつれかけている、着ていた服を脱ぎ捨てる。
どうもやたらと足が痛いと思ったら、靴も当然小さすぎるのだ。
オレのでも着れるだろ、と躯が自分の服を投げた。
「ふうん…」
「何見てやがる」
飛影は着替えるために素っ裸だが、そんな事は気にしていない。
どうせポッドにぶち込まれる際には、裸もさんざん見られている。
「お前が面食いなのは知っていたが…あの狐、体もなかなかなんだな」
見慣れた裸体ではない体に、躯がしみじみとした感想を述べる。
この裸体もすっかり見慣れている飛影は、その感想にぼわっと赤くなり、見るな馬鹿と怒鳴る。
慌てて服を着込み、包帯の切れ端でうっとうしい髪を結ぶ。
「見たって減るもんじゃなし。さて、オレは残りの片付けに戻るかな。お前はパトロールの時間だろう?」
「パトロールだと!? 行くわけないだろう!」
「サボるなよ。その姿でも問題ないじゃないか。チビじゃない生活を試してみたらどうだ?」
「ある!他のやつらにどう説明するんだ!」
「掲示板にこの能書を貼っておいてやるよ」
掲示板には仕事の当番表やら連絡事項やらが貼り出されている。
躯はニヤリと笑った。
「…き、さま…」
わなわなと震える手で右腕の包帯を解こうとしたが、そこには何もない。
「くそ!お前も試せ!」
割れずに無事に残っていた同じ紫色の瓶を飛影は投げ付けたが、躯はあっさりキャッチし、飛影にポイと投げ返した。
体の大きさ、身長、腕の長さ。
いつもと違う体は扱いにくい。
「オレが使ったらきっと、飛影、お前の姿になるぜ」
「頼むから寝言は寝て言え!」
「だな。オレが使ったら酒瓶になる気がする」
「なれ!叩き割ってやる」
躯はもはや聞いていない。
「最初は何に使うんだと思ったが、面白いな、この薬」
時雨たちにもぶつけてやろう、新手のいたずらに女王様は目を輝かす。
「聞いてるのか躯!とにかくオレはパトロールには出ない!人間界に行くからな!」
「ああ。愛しのお方に会いに行くんだろ?たーっぷり楽しんでこい」
その言葉に、飛影は壁をぶち壊し、長い髪をなびかせ出て行った。
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