狐と猫
「離せ!下ろせ!」
そこから先は、何を言っているのかよくわからなかった。
にゃあにゃあにゃあにゃあ喚いては、尖った爪で宙を引っかくが、俺の体には届かない。
引っかかれないよう腕をのばし、文字通り首根っこをつかんで持ち上げている生き物は、麓の村の童とそう大きさは変わらないが、村の童ではない証拠に、細くて長い黒いしっぽと頭の上でぴんと立つ黒い耳、爛々と輝く異形の赤い目がある。
「やっと捕まえたぞ、化け猫め」
よりによって雪も深くなった師走になって現れたこいつに、俺は心底苛々していた。
こいつ、と言っても、姿を見たのは取っつかまえた今夜が初めてで、そもそも誰が何のためにやっているのかさえ、謎だったのだ。
「猫又…でもないな。なんなんだお前は」
尾は二つに分かれてはない。長いが一本だ。
耳はあきらかに猫の耳で、真っ黒の外側と薄紅色の内側をしている。
つまり、猫だ。
猫の妖だ。だがしかし。
「見たこともないな」
自慢じゃあないが、生きた時間は千年を下らない。
その俺が知らぬ妖とは、何かと何かの合いの子だろうか。
「おい、喋れるんだろう?」
「はな…」
離せと言いかけたらしい猫を、さっと離す。
板の間にべちゃっと落ちた猫を素早く捕らえ、縄で手足をきつく縛り上げた。
「この…っ、よくも…」
「よくもだと?こっちの台詞だ」
ため息をつき、びゅうびゅうと風を吹き込ませている、開け放たれた板戸を閉める。
外にはたっぷりと雪が積もり、それでも足らぬと言わんばかりに、細かな雪が強い風に舞い上がっている。
この化け猫のせいで、今夜も部屋は氷のように冷えきってしまった。全く頭にくる。
いつもならとうに、八つ裂きにして雪の中に放り出しているところだ。赤い血は雪の上でさぞや綺麗に見えるだろうに。
だが、どうしても俺は理由を知りたかった。
暦を眺めて生きているわけではないが、あれは確か師走の初めの日だった。
降り積もる雪に、俺は板戸も障子もきっちり閉め、囲炉裏に火を熾しぬくぬくと過ごしていた。
この森も、山も、麓の村も、永いこと狐の神が治めてきた土地で、俺は妖ではあるが、同時に鎮守でもある。
村人からの捧げ物の食い物は豊富だったし、何せ森も豊かな森だ。
豊富な食い物、雪解け水が造る美味い酒、満足して勤めを果たしていたというのに。
戸が、開くのだ。
寒さ厳しい師走に。雪が降り積もる夜に。風がびゅうびゅう唸る夜更けに。
この寒いのに戸を閉め忘れるわけもない。千年生きたからといって、俺は耄けているわけではない。
ということは。
侵入者がいるということになる。
正直なところ、俺は激怒した。
この俺の館に盗っ人が押し入ったと?それに気付かなかったと?馬鹿な。
怒りにまかせて館中を調べたが、怒りは困惑に変わっただけだった。
盗まれた物は何もない。財宝も書物も、食い物でさえ手付かずだ。
おまけに、だ、その謎は一度きりで終わりではなく、毎晩のように続いたのだ。
「お前なんだろう?この館の戸を開けていたのは」
「そうだ」
縛り上げられ転がされたまま、猫はあっさり言う。
麓の童たちと似たような、ごわついた木綿の粗末な衣は上下とも黒だ。素足は白く、草履も下駄も見当たらない。
「何のために?」
それが聞きたくて、殺さなかったのだ。
殺すのはいつでもできる。どうしても理由を聞きたい。
「何のためにだと?寒猫を知らんのか」
「…寒猫?」
寒猫?そんな妖は知らない。
聞いたこともない。
「俺たちは、戸を開けるのが生業だ」
「戸を」
「そうだ。冬の夜に。雪が降っていればなおいい」
「寒いだろうが」
「吹雪ならもっといい」
「はあ?」
饒舌とは言い難い「寒猫」とやらの話を要約すると、「寒猫」とは、内にいる者を凍えさせるために、冬の夜に閉めてあったはずの戸を開ける妖なのだと言う。
とはいえ、人間たちだって屋根のある寝床で、貧しくたって冬は布団くらいは被って眠っている。泥酔しているのでもない限り、寒さで目覚めてしまうだけで凍え死ぬわけでもない。
「殺すのが目的じゃないからな」
「寒い、と思わせるのが目的なのか?」
「そうだ」
「寒いという、不愉快を与えることが?」
「そうだ」
縛られて動かせない手足のかわりに、しっぽが得意げにゆらゆらしている。
「……それが、何になる?」
「何に?」
心底意味がわからないとでも言いたげに、寒猫は目を丸くしている。
行灯の橙色の明かりの中でも、その目は大きく、真っ赤だ。
猫を転がしたまま、囲炉裏の側へ寄る。
暖を取るためではない。種火に灰をかぶせておいただけの囲炉裏はとっくに冷えている。置いてあった徳利を取るためだ。
大ぶりの猪口にたっぷりと酒を注ぎ、ひとくちで干した。
「おい、貴様、俺をどうす…」
「…いい正月だ。酒は美味いし、真冬の夜更けに戸を開けるのが生業だとかぬかす阿呆な猫も捕まえたし」
「阿呆だと?」
「阿呆だろうが。なんだその、寒い夜に戸を開けるだけってのは」
「そういうものだ、寒猫は」
「ご苦労なこった。俺は狐で良かった」
火の気が行灯だけというこの部屋はえらく寒いが、こんな夜更けに薪を取りに行ってもう一度火を熾す気にもなれない。
この館にはもちろん寝所もあるが、二箇所に火を熾すのも面倒で、冬の間は居間の囲炉裏の側に布団を敷いていた。
布団に座り、上等な羽織りを肩からかけてはみたが、一年の始まりの刺すような寒さがやわらぐわけもない。
赤い目は、こちらを睨んだままだ。
「寒いな」
「…ああ」
「お前のせいだろうが。折角あたためてあった部屋を」
寒猫はぷいと、そっぽを向く。
ふと縛り上げた白い手足を見れば、あちこちが霜焼けている。
他者を寒がらせるのが生業の割には、当の本人も寒さに強いわけでもないらしい。履き物がないのも、寒猫たちの決まり事なのだろうか。
障子や雪の白さにも引けを取らない、白い肌。
小生意気そうな、大きな目と結んだ唇。
「…あたたまるとするか」
「火を熾すのか?」
「もっと手っ取り早くあったまりたいところだな、こっちは」
立ち上がり、片手でばさりと羽織りを放り、もう片方の手で寒猫をひょいとつまんで布団へ投げた。
村人の捧げ物の布団は分厚く、小さな体が弾んだ。
「おい!なに、を!あ!」
小刀で足の縄を切り、そのまま衣も切った。
衣の下の肌も真っ白く、胸にふたつ、ぽつんと尖るその場所は、耳の内側と同じ薄紅色だ。
「…ん!む!」
もがく両足を押さえ込むように覆いかぶさり、唇を重ねる。
冷えた唇がぬくもるまで貪り、薄い胸を撫で、薄紅色が濃くなるよう、指で引っかく。
「やめ…っ、何、を、おい…っ」
「一番手早く暖を取れるのはこれだ。知らなかったのか?」
足を使い、寒猫の細い足を大きく広げてやる。
寒さにすっかり縮こまっているものを指でつまみ、こねてやる。ここも可愛らしい薄紅色だ。
唇で、耳に、首筋に、鎖骨に歯を立てる。
片手で両方の乳首を育て、もう片方の手で小さな陰茎をこねくりまわす。
寒猫が必死にもがいたところで、大きく開かれた足は、俺の体をはさんでいて閉じることもできない。
「や!あ、うあ!あああ…っ!」
童のように見えても、妖だ。
一丁前に種を飛ばし、胸を上下させ、喘いでいる。
「ひあ、うあ、なん…で…やめろ…」
「まだだ。俺はまだあたたまっていないんでな」
行灯に手をのばし、油皿の油を指に絡め、寒猫の足を持ち上げた。
腰の下に俺の膝をねじ込み、尻の穴が天井を向くよう、持ち上げた足をさらに広げさせる。
「むつきを変える赤子のようだな?可愛いもんだ」
「な!あ!貴様…っ」
寒猫の頬が、ぱあっと赤く染まる。
白い肌や赤い瞳と相まってそれは美しく、一瞬、見惚れる。
「やめ…っ、ん、ぐ!あ!」
ぬるりとした指先で、穴を撫でてやる。
慎ましい小さなその穴に、油で光る指を差し込んだ。
「うあっ!ああっ!な、うっく、うあ…痛っ、あ…」
すぶすぶと、人さし指を根元まで押し込む。
俺の指さえ入るかどうかも怪しい小さな穴なのに、油の助けを借りて指をすっかり飲み込んだ。
「痛っ、あ、いた…この…狐…が、抜け…っ、あああ!ん!」
「いい穴だ。よく締まる」
じゅぷじゅぷと、抜き差しをする。
縛られたままの寒猫の手は、必死で空をつかみ、時折びくりと震えている。
二人分の息が、冷えた部屋の中に白い。
あっという間に三本になった指の抜き差しに、寒猫はもはや言葉にならない声を上げ続け、背をのけ反らせている。
「うあ!!!」
二度目の放出は俺の腹にかかり、ぬるく滴り落ちた。
滴り落ちた先を見れば、我ながら立派な赤黒い一物がそそり立っている。
「あ、ふ……、あ」
「準備万端だな、寒猫」
「…ぁ、あ、う…っ、じゅん…び…?」
のろのろと目を開けた寒猫は息を吸い込み、にゃあ!と短く叫んだ。
仰向けに寝たまま、尻だけを持ち上げられていた寒猫を、ひょいと膝に抱き上げた。
この猫は、なかなかに可愛らしい。
顔を見ながら、入れるとしよう。
「どうだ?あたたまってきただろう?」
「や、め!馬鹿…貴様…っ、あ、嫌だ、無理だ!そんな、あっ、入らな…!」
入らない、まで言い終わるのを待たずに、薄い尻の肉を広げ、ぬるぬると熱い穴に硬く猛るものを突き入れた。
「んーーー!う、あ!あああぁぁ、あ、うあ、ああああ!!」
「…いいな…熱い…いい気分だ」
ひっきりなしに喚く寒猫を持ち上げ、落とす。持ち上げ、落とす。
雪の降る静かな夜に、ぐちょっ、ぐちょっと濡れた音が響き渡る。
「うあ!あっあっあっ!あっ!ああ!」
「どうした?寒がらせるのが生業だろう?そんなに熱くなっていていいのか?」
寒猫の小さな尻に股間を何度も何度も叩き付け、きつく締まった穴を突く。
突いて突いて、白い腹を赤黒い先端が押し上げるほど奥を目指す。
「うあ!あ!あ!あ!あっ!あっ!」
手の縄も解いてやったのに、寒猫は気付くこともできずに尻を揺らしている。
いや、揺らされていると言うべきか?
「…っく、おい…寒猫、お前、名前は?」
「ああああ!あっ!あっ!あっ!んー!」
もっともっと奥へ入りたいと猛る我が一物をなだめ、突き上げるのをとめる。
寒猫はひゅうひゅうと忙しなく息をし、とろりと濡れた目をしている。
「名前は?」
「な…まえ……?っん、あう…ああぁ…」
「名前、だ。俺は妖狐だが、名は蔵馬だ」
「くら……」
開けたままの唇を、舌先で舐めてやる。
俺たち二人は、熱さにとめどなく汗をかき、布団さえ湿っている有り様だ。
「なま……え、んん、うあ……、ひえ…」
耳の穴に、舌を突っ込みべろりと舐めると、寒猫は甲高い声で鳴いた。
「ひ、…ひえい……飛影」
飛影。
闇を思わせるが、綺麗な名だ。
「あっ、くう……んん」
「寒猫の分際で、いい名だな」
「あああ!!」
再び腰を動かし、尻の中から腹までえぐるように突く。
飛影の手が、俺の背にきつくまわされる。
「…飛影、ほら、もっとだ。もっと鳴け」
「あっ!あっ!あっ!くら、ま、ああ、ああああぁ…」
飛影の声は、甘い艶を帯びてきている。
突かれるのに合わせ、尻の穴をきゅっと締めては引き込み、抜けるたびに尻で追いかけてくる。
赤く染まった頬も、とろりととろける目も、半開きで濡れる口元も、快感に溺れている証だ。
「い、あ、そこ……っつう!あ、そこ!あ!あ!あーーーっ!」
腕の中の化け猫は、鋭い爪でがりりと俺の背をひっかき、雪を切り裂くような大声で果てた。
***
「…暑いな」
汗で張り付く髪を払い、湿った布団に横たわる。
隣にくたりと横たわる寒猫あらため飛影は、足を広げたままだ。
「どれ?見せてみろ」
両の親指で尻の肉を開き、奥を確かめる。
赤くなった尻の穴はひくひくと、今注いだばかりの種を垂れ流している。
「千年を生きた妖狐蔵馬様の種だぞ。漏らすな」
「ひあ!ひゃ…っ」
ふざけて親指で栓をしてやると、気を失いかけていた飛影がぱちっと目を開けた。
「やめ…ふざけやが…っ」
「あたたまっただろう?」
「なにが…っ!この色魔…よくも…」
「よくも?にゃあにゃあ尻を振ってたぞ。そこそこ、って鳴いて強請っただろうが」
怒って起き上がろうとした飛影は、転ぶように布団にひっくり返る。
あれだけ交われば、腰も立つまい。
「…貴様…絶対に…ゆ」
「お前を飼うことにしよう」
赤い目の瞬き。
性交の間に流した涙や唾液が乾いて、頬はかさついている。
「飼う…?」
「そうだ。よその戸を開けるのが生業なんだろう?ならば」
ならば、お前を飼うしかない。
今日からお前は俺の飼い猫だ。
「つまり、この館はよその家ではなくお前の家だ。もう戸を開けられないぞ」
「じょ…」
冗談じゃない、と言いかけた唇をふさぎ、指先で尻をまさぐり、まだぐちょぐちょと濡れている穴を撫でてやる。
「あ……う、んっ…」
「ほらな。お前の体は俺から離れたくないと言っているぞ。ここに置いてくださいってな」
またもや鋭い爪を構えた飛影を押さえ、力いっぱい抱きしめる。
じたばたしていたのもほんのわずかの間、すっかり疲れ果てていたらしい猫は、ふてくされた顔をし、目を閉じた。
せっかくあたたまった体が冷めぬよう、布団をかぶる。吹雪の音も、あたたかい猫を抱いてなら悪くもない。
あくびをし目を閉じかけた視界の先には、まだまだ酒がたっぷり入った徳利がある。
今年は、いい正月だ。
...End. |
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