合縁奇縁の獣たち...6
宿屋の一階は酒を飲める店になっている。
安宿ではないので囁き声程度だが、階下の客たちの声がわずかではあるが二階のこの部屋にも聞こえる。
とろとろとした眠気の中、その声にぼんやりと耳を澄ます。
外は吹雪いているが、寒くはない。
…蔵馬の腕の中にいるからだ。
すうすうと呑気な寝息が聞こえる。
長い腕の中にオレをきっちり納め、狐は眠っている。
なんだってこんなことになったんだ。
暗闇で溜め息をつく。
初めて抱かれたあの日から蔵馬は毎晩オレを抱くようになった。
そして、そのまま腕の中に抱いたまま眠る。ヤツの城にいる間さえ、部下たちが山ほどいるというのに平気でオレを自分の部屋に連れ込んだ。
その貧相な体で誑し込んだって訳かよ、とあからさまにオレをやじるやつもいた。
頭に来て切り掛かろうとしたオレを制し、ああそうだ、完璧に誑しだぞこいつは、と蔵馬は笑って言った。部下たちのオレに対するあの視線を思い出しただけで顔から火が出そうだ。
十日ほど前に二人で出発したこの旅でもそうだ。
旅先では、さすがに何もしてこないだろうと思ったオレが甘かった。
今日もたっぷりと抱かれ、尻がまだ痛い。
放たれた精はオレの腹の中にまだ熱く残っていた。
畜生。
大きな獲物があるとかで出たこの旅だが、こう毎晩足腰立たなくされていては昼間ろくに動く事もできない。
眠っていても恐ろしく綺麗な顔を眺め、毒づく。
いや、本当に毒づきたい相手は自分だ。
負けた相手に捕らわれ、あげく毎晩ケツに突っ込まれる毎日だ。
最初の時の痛みは尋常ではなかった。
体を真っ二つに裂かれるのではないかと思うほどだった。
あまりの激痛に情けないほど泣きわめき、あげくに気絶した。
今だって痛いことには変わりないが、どういう体位をして、どういう風に動けば痛みを軽減できるのかつかめてきた。
…つかめてきたことさえ、情けない。
毎夜毎夜の、営み。
しかも、オレは…
痛みの中にある、あの脳をとろけさせる快楽を、確かに貪っている。
…抜き差しされる度に抑えきれない声を上げて。 …卑しく高ぶる自分の体を制御する事さえ出来ないで。
そして殺してやると呪った相手の腕の中に、今もこうして抱かれている。
オレを抱いたまま、ぐっすり眠る憎い狐。
今は…だめだ。
今のオレにはこいつを殺せるだけの力がない。
そのうち、すきをみて必ず…殺してやる。
視線を感じたのか蔵馬は何かを呟き、オレを抱え直すようにしてまた眠る。
…あたたかい。
オレよりもずっと大きな体にすっぽりと抱き込まれる。
輝くような銀糸がオレの体にも降りかかる。
まあ…今日はもう眠ろう。
考え込んだってしょうがない明日の仕事に響くと自分に言い訳をし、長く力強い腕に抱かれ、目を閉じた。
***
「白月?情報屋の?」
スープの皿から顔を上げ、飛影は驚いたように言った。
「なんだ。白月を知っているのか?」
先に食べ終えていたオレは、身支度をしている最中だった。
「名前だけは。仕事に使った事はない」
「なぜだ?あの町の中でも白月の腕は群を抜いている」
「料金が高すぎる」
ぶすっとして飛影は言った。
「最上の物は高いと決まっているだろう」
「…どれだけの情報であんな値段になるんだ」
夜のあの声や顔を思い浮かべれば、ふくれっ面もまたかわいいもんだ。なんて思うなんてオレらしくもなくいかれてるな。
「まあそう言うな。オレの金だろ?」
「ああ。お前がどれだけ無駄金使おうが知ったこっちゃない」
憎まれ口を叩いて、目を眇める。
紅い瞳に朝の光が反射し、宝玉のように煌めく。
予定も忘れて、朝から押し倒したい衝動にちょっと駆られる。
「…まったくお前はかわいいな」
何ねぼけてやがる、と食器を投げ付けようとしている手を止め、柔らかな砂色のガウンを肩にかけてやる。まったく行儀の悪いガキだ。なんでも投げ付けようとする。
「なんだ、これは?」
「あの町では一番ありふれた服なんだ。今回は目立ちたくない」
黙って頷き、いつになく素直に飛影はガウンを纏う。なんだかんだ言っても白月に興味があるのだろう。
盗賊ならその名を知らない者はいない情報屋だ。
***
宿を出て半日ほど歩いただろうか。
情報屋や武具や魔具など、裏稼業に必要な物ばかりを扱う店がずらりと建ち並んでいるというのにこの町は陽気な活気に満ちている。蔵馬の言った通り、一番手頃な服なのか流行ってでもいるのか、同じような砂色の服を纏った者はどこにでもいた。
この町に来た事はあるが、目的の物を手に入れるだけで長居をしたことはない。こんな風にちゃんと町の中を見るのは初めてで、オレは見慣れない品を売る様々な店に見入っていた。
「どうした?珍しいのか?」
「…別に」
キョロキョロ眺めていたのをからかわれたようで、面白くない。
「欲しい物があるなら買ってやるぞ」
笑いを含んだ声が言う。
「何もいらん。奴隷に気を使うなんて酔狂なことだな」
「オレは寵姫は甘やかしたいたちでな」
誰が寵姫だ、ふざけるな、などといつも通りの不毛な会話をしつつ明るく活気ある表通りを抜けて進んだ先は、日の当たらない小路だ。
小路の先には木製の頑丈そうな扉があり、番をしているとおぼしき妖怪がいた。
「来い」
蔵馬の大きな手が、オレの手を握る。
「離せ」
「結界だ。オレとくっついてなきゃ入れないぜ」
…結界や呪術の類いは苦手だ。不本意ながら、大きな手の中に手を納める。
「…やっぱりだめだな」
蔵馬はそう言うと、つないだ手を放し、オレをひょいと抱き上げた。
「何…!降ろせ!」
「本当にお前は小さいなあ。手をつないでちゃ歩きにくいったらない」
…絶対に、殺してやるからな。
***
何やら機嫌の悪い飛影を抱え、扉をくぐる。
結界を通り抜ける時に感じる、不快な感覚。
陽の差す陽気な町は、その扉を境に一転して陰った夜の空気を漂わせている。
夜気の中に闇の香りがする町。
「…ここは、夜なのか?」
「ああ。この扉を境に町全体に術がかけられているんだ」
こんな大掛かりな術は見た事がないらしく、オレの腕に抱かれたままなのも忘れて飛影は辺りを見渡している。
「このまま抱いて行ってやろうか?」
からかうように声をかけると、ようやく気付いたらしく慌てて地面に降りる。
暗い通りでは奇妙な薬や妖しげな武具を扱う店もあるが、建ち並ぶ小さな家々はほとんどが情報屋だ。もちろん腕利きもいれば、小者もいる。
オレが仕事に使う白月は、腕も料金もこの町一だ。
奥まった細い路地を抜けると目指す家が見える。
外観は辺りに並ぶ家となんら違わないが、唯一違うのは深い紫色の扉だ。
***
女だとは思ってなかった。
紫の扉が開くと、外観の質素さとは打って変わり、室内は温かく小綺麗な造りになっている。
扉を開けた女は蔵馬に向かって、お久しぶり、と笑んだ。
「どうした飛影?ぼーっとして」
「…女なのか?」
「そう見えないか?」
蔵馬がおかしそうに言う。
白月はまるでようやくオレに気付いたとでもいうように、こちらを見てまた笑んだ。
肩のあたりまでくるくると流れる紫の髪をした、綺麗な女だ。
…背が高く、蔵馬と並んでも頭一つ分しか違わない。
「めずらしい。かわいいお連れね?」
「っ誰が…!」
悪意のないやわらかな声音だったが、かわいいと言われたことにカッとなったオレを蔵馬が制する。
「久しぶりだな白月。これは飛影。かわいいだろう?」
「ええ。とても」
かわいい?馬鹿にしやがって。
初めまして、と細められた紫の瞳をオレは睨みつけてやった。
この女があの腕利きの白月?
どうも想像とは違う。
「では早速ですけど。ご依頼の件です」
白月はそう言いながら椅子をすすめ、くるりと巻いた紙を蔵馬に渡す。それにさっと目を通し、蔵馬は満足げに頷く。
「…よくここまで調べたな」
その声には称賛の響きが込められている。
「今日は泊まっていかれるでしょう?お部屋はご用意できてます」
白月の言葉に蔵馬は、ああ、と頷いた。
ここに泊まるのか…やれやれだ。
この白月という女は腕がいいのは確かなのだろうが、いけ好かない。理由を問われたら困るが、なぜか癪にさわる。
…この女の家で、蔵馬に抱かれたくない。
声を聞かれたらと思うと、いたたまれない。
そんなオレの考えが聞こえたかのように蔵馬が言った一言は、オレを驚かせた。
「飛影。オレは今日は白月と寝る。お前は別の部屋で寝ろ」
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