合縁奇縁の獣たち...3
オレが手渡した金色の鍵に、銀糸のような髪がこぼれた。
扉を開けた蔵馬は、更にいくつもの封印を解き始めた。
蔵馬の下で盗みをするのはこれで十件目くらいだろうか。
あっという間にいくつもの呪が解かれる。
オレには意味すら分からないような、封印。
いまいましさと嫉妬と情けなさが、同時に込み上げる。
オレにはできないことがこいつにはできる。…簡単に。
自分が強いつもりでいたことを、嘲笑われている気さえする。
蔵馬は、よし、開いたぞ、とかなんとか言いながら立ち上がる。
おまけに…
長身。
しなやかな体。強い妖気。
得体の知れない宝石や剣を品定めしている狐を、盗み見る。
作り物のようにさえ見える整った顔。
銀の髪と金の瞳が煌めく。
苦労して這い上がったのではない。
生まれ持った強さと美。
蔵馬は小さな宝石を懐に収めると、オレに向かって引き上げるぞ、と機嫌良く笑う。
…不公平だ。
美しく生まれたかったとは思わないが、もっと強く生まれたかった、とは思わずにはいられない。
もっと強ければ、あんな風にあいつはいなくならなかったかもしれない。我ながら女々しい考えが頭をよぎる。
違う。そうじゃない。
あいつは元々オレがうっとうしかったのだ。
今頃はどこかで楽しく生きているだろう。
あいつは、心も体も強かったから。
***
今回はちょっと厄介だが、ま、大丈夫だろう。
最近盗み仕事はもっぱら、飛影ばかりを連れて行っている。
他の部下たちには面白くないだろうが、オレは実力至上主義だ。
このガキは剣術も長けているし、体術も悪くない。
小柄ゆえに、相手が油断するのも得だ。
もっとも、隙あらばオレも殺そうと目論んでいるのだが。
もちろん、オレに手出しするなと『命令』すれば済む話だが、それでは面白くない。
高いプライドを持つ者には逃げ道を与えてやらなければ壊れてしまう。
オレを殺せる望みがまるでなかったら自殺する方法を探すだろう。
トン、と軽い音が聞こえ、小柄な体がオレの側に着地した。
無言で小さな呪符を差し出す。
「ご苦労。大丈夫か?」
頬と肩に刀傷があるのを見て尋ねると、どうだっていいだろう、といういつも通りのそっけない返事が返される。
まあそうだ。
奴隷の体なんぞ知ったことじゃない。
使い物にならなくなったら捨てるまでだ。
渡された呪符を使い、巨大な宝物庫の封印を解く。
途端にー
血のにおい。
だいぶ離れた部屋だが間違いない。
やられた。
先客だ。
どうした?と尋ねる飛影にオレは小声で指示を出す。
「先客だ。お前は二階に行け。オレは階下を片づける」
仏頂面ではあるが、飛影は頷き、素早く行動に移った。
***
音を立てずに二階へ行くと、簡単な封印がある。
これなら、オレでも破れる。
封印を解いた途端、溢れるような血のにおいがした。
別に一生懸命蔵馬の手伝いをする義理もないが、目の前で獲物を奪われるのは盗賊としては腹立たしい。
扉の並ぶ廊下を走る。
あの、部屋だ。
妖気をわずかだが感じる。
扉を蹴破って入ると、長い黒髪をなびかせた賊が窓から宙に身を躍らせた。
くそ。
残るのは…あと一人。
白い衣装を身につけた賊が窓枠に足をかけた瞬間にどうにか飛びつき、引きずり倒した。もみ合って床を転げた勢いでフードが外れ、賊と目があう。
白い肌。
薄紅い唇。
氷色の瞳と髪。
オレは馬乗りになったまま硬直していた。
まさか。
なんで。
薄紅い唇が開く。
「兄さん。久しぶり」
「…雪菜…」
「奇遇ねえ。魔界は広いのに」
床に倒されたまま、にっこり笑う。
花のような笑み。
「…なんで…お前…っ!」
雪菜は微笑んだまま右足をオレの身体の下から抜き、振りかぶった。
凄まじい蹴りで脇腹に衝撃が走り、受け身も取れず壁に叩きつけられた。
「…ぐ…かはっ!」
「まったく。兄さんときたら」
あっという間に形勢逆転だ。
今度は雪菜がオレの上に馬乗りになっている。
しかも、剣を構えて。
オレの剣は部屋の中央に弾き飛ばされている。
…手元にあったとしてももちろん使いはしないが。
オレが雪菜に剣を振るうことがないように、雪菜もそうだろう。
おかしなことに、自分の胸のちょうど真ん中に剣がめり込む瞬間まで、そう思っていた。
我ながらおめでたい。
「…ゆ…」
「なあに?兄さん?」
胸に広がる激痛。
雪菜の花のような笑みは崩れない。
「…逃げ、ろ。よ…妖狐蔵馬が…くる」
「…へえ。ずいぶん大物ねえ。いつから組んで仕事をするようになったの?」
胸が焼ける。血が気道に流れ込みうまく喋れない。
外から、雪菜!早くそいつを片づけて来い!という大声が響く。
「はーい。今行くわ」
雪菜は明るく返事を返し、オレの胸に刺さったままの剣に手をかける。
「じゃあね。兄さん」
剣を抜くのかと…この期におよんでもまだオレはそんなことを思っていた。
胸に刺さった剣が、腹を裂くように下りてくるとは思わなかった。
あまりの痛みに声も出せないでいるオレの唇に、雪菜の冷たい唇が重ねられた。
冷たく甘い囁き声。
「最期のお別れに、キスしてあげる」
刃が臍のあたりまで下りた所で、今度は雪菜が壁に叩きつけられた。
***
「飛影!何してるんだ!」
二階に来てみれば、馬乗りになった女が覆いかぶさるように唇を重ね、飛影の胸から腹まで裂いているという有様。
女を蹴り飛ばし、なんの抵抗もせずされるがままになっている飛影に怒声を浴びせる。
「阿呆か!色仕掛けに引っかかってる場合か!?」
壁際で女がよろめきながら立ち上がる。
おお。いい女。
いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。
女は唇についた血を舐め取り、チッと舌打ちし窓辺に走る。
逃がすか、と追いかけようとしたオレの足を飛影が掴む。
「…追…うな」
「飛影!寝ぼけるのは後にしろ!」
「…たの…む…追うな」
飛影は血に噎せて激しく咳き込みながら、オレにすがる。
「分かった分かった!喋るな!死ぬぞ!」
なんなんだ一体!
あの女と出会って早々恋に落ちたとでも?冗談はよせ。
女が窓から身を翻し、消える。
消える瞬間ー
空に身を躍らせた瞬間に、女は笑って振り向いた。
白く細い腕が、何かを部屋に投げ込む。
橙色の、石。
まずいー。
なんて思う間もなく投げ込まれた石が弾け、辺り一面は火の海だ。
窓に、壁に、脱出できないように火は燃え広がる。
火は結界を造り出し、あっという間に館を包む。
かわいい顔してあの女!
「お前のせいでこんなことに!」
「…行け…よ。火が…まわる」
「置いて行くぞ。お前なんか」
こいつを連れていては脱出は困難だ。
連れて?
何を考えているんだオレは。
たかが奴隷を。
「お前…だけ、ならどうってことない…だろ」
飛影はちょっと笑って言うと、気を失った。
オレは館が炎に包まれていくのも忘れ、呆気にとられ、飛影を見下ろしていた。
笑ったところを初めて見た。
自嘲の笑み。
疲れきって、諦めきった笑み。
「あーもう、まったく!」
やるしかない。
なんでこの妖狐蔵馬様がこんなことに。
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