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右腕が熱い。
痛い。
痛い 痛い 痛い。
木の上で体を小さく丸めるようにして呻く。 右腕から全身に痛みが放射されるような錯覚。
この馬鹿げた大会で、まだ是流たった一人と闘っただけだ。
なのに、このザマだ。
「…う…あっ…」
飛影の口から噛み殺し切れない呻きが漏れる。
燃え盛る炎の中に手を突っ込んだって、これほどの痛みはないだろう。
いっそ。
いっそ切り落としてしまおうかこの腕を。その方が楽になれるかもしれないなどという考えが飛影の脳裏をかすめる。
剣をじっと見つめる。
もちろん、できる訳がない。
妖気を大量に失っている今、腕を切り落としたりしたら失血死するのがオチだ。焼け爛れた右腕を見つめ、自分の情けなさに自嘲めいた笑みを飛影は浮かべた。
「飛影」
すぐ後ろから声をかけられビクッとする。その拍子に凄まじい激痛が右腕に走る。
「…気配を消すな。何の用だ」
搾り出すような声で言い、隣の枝に座る蔵馬を睨む。
「こんな木の上で寝る気?ホテルに戻ろうよ」
それと、と蔵馬が心配そうな顔で続ける。
「腕、診てあげるよ。今のオレじゃあ完全には直せないけど痛みを和らげるくらいはできると思う」
「…余計な世話だ」
ぷいと横を向いて飛影は吐き捨てるように言う。
だがその真っ青な顔は腕の痛みがひどい事を物語っている。
どうしてこう意地っ張りなんだか…
内心苦笑しながら蔵馬はわざと冷たい声で告げる。
「別にお前のためじゃないよ。戦力ダウンはチーム全員に迷惑なんだ」
何か言おうと振り向き口を開きかけた飛影に、蔵馬はからかうような笑いを含んだ口調で告げる。
「じゃあホテルに戻って幽助や桑原君に言おうかな。飛影が痛い痛いって泣いてたって」
「…何をっ…」
カッとして言い返そうとした飛影の言葉を遮るようにおいでよ、と言い、蔵馬はひらりと地面へ降り立つ。飛影もしぶしぶ地面に降り、蔵馬の後に付いて行った。
***
「さて、と。ここに座って」
ホテルの部屋の二つのベッドのうちの一つを蔵馬は示す。
ベッドサイドのテーブルには、すでにいくつかの薬瓶や薬草、水や布や包帯といった物が準備されている。
こいつは最初からオレを部屋に連れ戻せると見越していたんだ、と飛影は少し不愉快になる。とは言え今さら外へ出て行く気も起きない。腕の痛みは増す一方で体力も妖力も奪い取られている。
「取り合えず、洗ってから治療するよ」
薬湯に浸した布を持ち、蔵馬はそっと飛影の右腕を持ち上げた。
飛影の体が小さく震える。
「なるべくそっとするから」
***
「はい。おしまい」
手際よく、包帯の端を結ぶ。飛影はずっと無言のままだ。
まったく可愛げのない、と蔵馬は内心溜め息をつく。礼を言うような性格ではないという事はわかっているがそれにしても、ね。
焼け爛れた右腕を洗い、何種類かの薬を塗り込むのはひどい痛みだったはずだ。なのに声一つあげない。おしまい、という蔵馬の言葉にも無言のままだ。
皮肉の一つも言いたくなったが、真っ青な顔に玉のような脂汗が浮いてるのを見て口をつぐむ。
ヤレヤレ、と薬瓶を片付けながら、ふと悪戯心をおこした蔵馬が言う。
「ねえ飛影、お礼に何くれるの?」
その言葉にようやく飛影は蔵馬の方を振り向く。
本当に綺麗な瞳だ、と蔵馬が常々思っているルビーのような赤い目が細められる。
「…頼んでない」
「へえ?でも初めて会った時の手当て分の借りも返してもらってないしなぁ」
と悪戯っぽく告げる。
「襲いかかってきておいて、気絶して倒れたら殺されるのが普通だよねぇ?」
もちろん、その通りだ。
あんな風に敵の前でひっくり返れば殺されるのが魔界の常識だ。
「…何が欲しいんだ?」
不貞腐れた声が尋ねる。
蔵馬の治療のおかげで、腕の痛みは少しずつだが和らいできている。正直に心の内を言えば…感謝している。 先刻までは眠るどころか腕を切り落とす事まで考えていたのに、今はとろとろと眠気が押し寄せてきていた。
眠れれば少しは妖気も回復するはずだ。
「借りを作るのは嫌いだ…オレの持っている物で欲しい物があるなら勝手に持って行け」
と眠そうにつぶやき、ベッドにぽふっと横になる。
うとうとしながら考える。何かこいつが欲しがりそうな物があっただろうか?飛影だって名の知れた盗賊だ。かなりの収集品はある。 楽しいのは盗みをする時だけで、収集品にあまり執着はない。どれでもくれてやる。
…とはいえこいつは元妖狐だ。
癪だが宝石も武具も飛影の収集品よりはるかに価値のあるものばかりだろう。まあ欲しい物があるなら好きにしたらいい。
「そうだなー…」
翡翠のような瞳の持ち主が首を傾げる。
艶のある長い黒髪がサラサラと肩を滑るように流れる。
綺麗な男だ。とろとろとした眠気の中で考える。
スラリとした長身、端正な顔立ち、深い緑の瞳も、長く艶やかな髪も。自分にはないものばかりだ。
「飛影、ってのはどう?」
深い緑の瞳の持ち主がいたずらっぽく聞く。
腕が痛む事も忘れガバッと飛影は跳ね起きた。聞き間違えたのかと思い問い返す。
「…ぁ痛っ!…何と言った?」
「飛影、って言ったの」
体で払うなんて魔界じゃあ珍しくもないじゃない?何驚いてんの、人間じゃあるまいし、と蔵馬は笑う。
お断りだ、と一蹴するつもりだったのに人間じゃあるまいし、と言われ言葉に詰まる。
「他にいくらでも相手はいるだろう」
闘技場やら、ホテルやら…大抵のやつが、蔵馬とすれ違えば振り返って見ていた。 女でも男でも選り取り見取りだろう。なんでわざわざオレを?絶対に嫌だ。
「いるよ」
しゃあしゃあと答える。
でも、といつの間にやら近づいてきた蔵馬が頬に触れる。言い寄ってくる相手は飽きたし、と笑う。 手を払いのけたいのに、人間じゃあるまいし、と言われるのが悔しくてできない。
両の手で顔を挟んで上向かされる。真っ赤な顔で睨む飛影を見て、蔵馬が吹き出す。
「嘘だよ。冗談冗談」
かわいいなあ、ところころ笑う蔵馬に、ますます顔を赤くした飛影はふざけやがって、とベットサイドに立て掛けられた剣に手を伸ばそうとする。
その手をサッとつかんで止めた蔵馬がふいに顔をよせ、囁く。
「それも嘘だよ」
え?と問う間もなく口付けられた。
左手は押さえられているし、右手は動かせない。
ジタバタもがいていると、ふわり、と妖気が吹き込まれる。 唇から注ぎ込まれた妖気は、痛む右腕にじんわりと流れ込む。
痛みがやわらぐのを感じて、抵抗が弱まる。
唇が離されてもしばらくぼうっとしていた。
「続きは、腕が良くなってからでいいよ」
ハッと目を覚ましたように飛影は目を瞬かせると続きなんかあるかと怒鳴り、枕を投げつけた。
それを笑いながらよけると、蔵馬は部屋を出て行った。
後に残され呆然と佇む飛影。
嘘って…どこからどこまでが?
...End |
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