09.黒
「ずいぶんと、賑やかだな」
ベランダにストンと降りた途端に開けられた窓に向かって飛影は言った。
「賑やかって…オレしかいないけど?靴は脱いでね」
飛影が蹴飛ばすように脱ぎ捨てたブーツを、蔵馬はきちんと並べた。
「お前じゃない。街が、だ」
「あー。クリスマス前だからね」
「祭りなのか?」
「似たようなものかな。神様の誕生日なんだけどね」
「神様?」
「まあ、一応。別に大抵の人は信者じゃないんだけど」
「…なんなんだそれは。…まあどうでもいい。なんでオレを呼び出したんだ?」
蔵馬の使い魔に呼び出されて、飛影は来たのだ。
「雪菜ちゃんから預かり物があって」
「雪菜から…?」
大事な大事な妹のくせに、雪菜がからむ事には飛影はいつでも困惑する。
「はい、これ。雪菜ちゃんからクリスマスプレゼント」
白い紙包みには白いリボンがかかっていて、それはなんだか雪菜らしい選択に蔵馬には思えた。
「なんで、オレに…?」
兄であることを死んでもばらしたくない飛影は、困惑を深める。
雪菜はそんな事をとっくに知っている、という事を知っている蔵馬は、飛影の困惑をちょっと楽しんで見てから、彼を安心させる。
「オレも、もらったよ。だからきっと幽助や桑原くんや静流さんや、みんなにくれたんだと思うよ」
「…それを先に言え。まったく貴様は性格が悪いな」
しかめっ面しながらも、飛影はほっとして包みをガサガサと開く。
細い細い毛糸で密に編まれた、グリーンのマフラー。
同じグリーンでも何色かの毛糸を使い複雑に編まれて、角度や光の加減で色味が微妙に変わる。
「あれ?黒かと思ってたのに」
蔵馬が意外そうに言う。
それは飛影も同じっだった。
「…お前は何をもらったんだ?」
「同じ。マフラーだよ。オレのは赤だった。あ、わかった。クリスマスカラーだからだ」
「何?」
「うーん。なんていうか緑と赤がクリスマスのイメージなんだよね、基本的に」
「……」
「いいじゃない別に。黒以外は身に付けないって決めてる訳でもないんでしょ?」
「そうだが…」
「黒い服にも合うよ、そのマフラー。いい差し色になる」
「…さしいろ?」
「よく映えるってこと」
飛影は肩をすくめて、紙包みにそれを戻した。
別に着ける必要はない。持って帰ってしまっておけばいい事だ。
リボンには綺麗な字で小さく“飛影さん”へ、と書かれている。
「それ着けて、出かけようよ」
飛影の考えを読んだかのように蔵馬が言う。
「なんだと…」
「一回も使わなかったら雪菜ちゃんに悪いじゃない」
そう言われると、飛影は返答に困る。
「もう日が暮れるし。この時期はイルミネーションがきれいなんだよ」
「なんだか知らんが、興味ない…待てよ、よく考えたらなんでお前はわざわざオレを呼んだんだ?これを使い魔に持たせれば済んだ話だろう!?」
「あ、気付いちゃいました?」
いいじゃない、飛影に会いたかったんだもん。
さ、出かけようよ。
蔵馬はそう言って悪戯がばれた子供のように笑うと、クローゼットから黒いジーンズとセーターを取り出し、飛影に放った。
***
「…なんだってこんな馬鹿みたいに人がいるんだ?」
黒いジーンズとセーター、それにグリーンのマフラーを巻いた飛影は、傍らを歩く蔵馬に不機嫌そうにぼやいた。
「この時期はそういうもんなの。みんなクリスマスに贈り物をし合うから買い物三昧ってわけ」
「…くだらん」
「飛影も欲しい物、ない?なんでも買ってあげる」
「何もいらん」
不機嫌な飛影と裏腹に、蔵馬は上機嫌だった。
「嬉しいな。こんな綺麗なイルミネーションの街を飛影と歩けるなんて」
ストレートな愛情表現。
蔵馬の嬉しそうな横顔から、飛影は赤くなった顔を慌ててそらす。
「オレは、楽しくない。もう帰りたい」
「えー、待ってよ。雪菜ちゃんにお礼のクリスマスプレゼント買わなきゃだし」
「…オレはやらんぞ」
「大丈夫。オレと飛影の連名にしておくから。あ!これ良くない?」
ショーウィンドウの中に、いかにもクリスマスらしい雪の結晶を模ったブレスレットが飾られている。
120,000、という数字が、高いのか安いのか飛影にはわからない。
「ちょっと待ってて」
そう言うと蔵馬は店の中に入って行った。
飛影は溜め息をつき、ショーウィンドウ越しに店の中を見つめる。
蔵馬がショーウィンドウの中を指し、人間に何かを言っていた。
その時ふと、ショーウィンドウの中の石に目が留まる。
緑色の石が、光を反射し素晴らしい色を放っていた。
「おまたせ。何見てるの?」
蔵馬が飛影の視線の先を見る。
「エメラルド、っていう石なんだよ。魔界では見ない石だね」
「…そうか」
「欲しいの?でもこれピアスだからなあ」
「ぴあす?」
ここに…と蔵馬は飛影の耳たぶに触れる。
「ここに穴を空けている人用なんだ。でも、気に入ったなら買ってあげるよ。オレからのクリスマスプレゼント」
綺麗な石だ、と、思った次の瞬間に、それが蔵馬の瞳に酷似していることに飛影は気付いた。
「いらん」
そっけなく答え、ショーウィンドウから離れて歩き出す。
「遠慮しなくていいのに」
不満そうな蔵馬の言葉が追いかけてくる。
「いらんと言っただろう」
「そう?ならいいけどさ…。飛影はオレに何かくれないの?」
「なぜオレが貴様に何かやらなきゃならないんだ?」
「そう言うと思った。期待してませんよーだ」
蔵馬は怒る風もなくそう言うと、飛影の手を取り自分のコートのポケットに入れる。
「放せ!」
「いいじゃない減るもんじゃなし。雪菜ちゃんへのお礼はオレがしておくから、その分」
「……」
飛影はむすっとしていたが、手を振りほどく事もなかった。
***
「ストーップ!今日はここまで!」
息を切らした幽助がそう宣言した。
「なんだ貴様…こんな中途半端なところで…」
飛影も息を切らしている。
久しぶりの手合わせで、相変わらず互角の勝負を楽しんでいた。
「今日はもうオレ帰らなきゃ。クリスマスイブだからな。螢子と約束してるんだ」
去年忘れてぶっ殺されるとこだったからな、今年忘れたらマジで殺される。
そう言って幽助は笑うと、脱ぎ捨てていた上着を着た。
「どいつもこいつも…何がクリスマスだ」
「しょーがねーだろ?女ってやつはそういうのにうるさいんだ」
蔵馬が雪菜にと買っていた、綺麗な贈り物を思い出す。
「そういやおめーもマフラー貰ったんだろ?雪菜ちゃんに礼したのか?」
「…蔵馬がオレの分も連名にしておくとか言っていた」
「相変わらず世話かけてんなあ」
「あいつが勝手にやってる事だ」
「そう言わずにたまには蔵馬になんかやれよ。お前いっつも世話になってんだろ。クリスマスだしよ」
じゃーまたな!と幽助はあっという間に去って行った。
***
「すごく綺麗…こんなの貰っていいんですか蔵馬さん?」
「すげー似合うっすよ雪菜さん!てかオレのプレゼントが霞むだろーが蔵馬!」
そんな事ないでしょ、と蔵馬は笑って二人のカップに二杯目の紅茶を注ぐ。
「なんだかかえって申し訳なかったですね」
「そんな事ないよ。それにそれはオレと飛影の二人からだから」
「まあ、飛影さんが?」
雪菜のかわいらしい驚きの下に、悪戯っぽい笑いが隠されている事に桑原は気付かない。
「あのヤローがこんな気の利いたモンよこすはずがねえ。どうせ蔵馬が選んで買ったんだろ?」
そう言って笑う桑原の首には白いマフラーが巻かれている。
室内だというのに、雪菜からのプレゼントであるそれを一時たりとも外したくないらしい。
三人は穏やかに会話し、温かい紅茶を楽しむ。
「さて、と。行くかな。ほんとに蔵馬来ないのか?」
「邪魔するほど野暮じゃないよ。気にしないで」
蔵馬は苦笑し、二人をマンションのエントランスまで送る。
「じゃあな。明日は浦飯たちも集まるから必ず来いよ!」
「うん。気をつけてね。雪菜ちゃんもまた明日ね」
軽く会釈した雪菜と目が合った。
クリスマスなんだから雪が降りゃいいのになあ、と空を見上げている桑原はこちらに気付いていない。
雪菜の細く白い人さし指が、自分の首筋に何かを巻き付けるような仕草でサッと動き、そのままチラリと上を指す。
片方の眉だけを持ち上げ、蔵馬を見て意味あり気にニッと笑う。
楚々とした皮から透ける、美しい妖魔の笑み。
「じゃあ、行きますか雪菜さん!」
「はい。蔵馬さん、明日会いましょうね」
妖魔は消え、可憐な少女の姿に戻った雪菜が、かわいらしく手を振った。
***
「どうしたの?大丈夫?ケガしたの?」
エントランスで雪菜が上を指したのと同時に、蔵馬もその気配に気付いていた。
いつも通りの黒服をまとっているが、首には雪菜のマフラーを巻いている。 雪菜のさっきの仕草を思い出し、彼女が兄の気配だけでなくマフラーを巻いて来ている事もわかっていたのだと思うと蔵馬は少しだけ、複雑だ。
12月の寒さだというのに、入ってきた窓を開けっ放したまま、靴のままソファに座っている。
「もー。窓は閉める。靴は脱ぐ!」
そう言いながらも蔵馬は、飛影のブーツを脱がせて先日と同じようにきちんと窓辺に置く。
「…ケガはしてない」
飛影は赤い瞳で上目遣いに蔵馬を見ると、続けて言う。
「使い魔にも呼ばれていない。欲しい薬もない。腹も減ってない」
蔵馬は黙って隣に座る。
「ただ、来ただけだ」
小さな飛影の体が、蔵馬に寄りかかる。
「…すごい、プレゼントだね」
「…感謝しろ」
「…します。あ、オレからもプレゼントあるんだよ」
もしかしたら来てくれるかな、と思ってさ。嬉しそうに蔵馬が言う。
テーブルの上の小さな紙袋から、小さな箱を取り出す。
蔵馬はそれを自分で開けると、はい、と差し出した。
深緑の輝き。
この間見たエメラルドのピアス。
「…いらんと言っただろう?」
「まあそう言わず。ちょっと待ってね」
蔵馬はどこからともなく取り出した実に、ピアスの先端を差し込む。数秒後抜いた先端は、紫の液体で光っていた。
「これで、痛くないよ」
するり、と飛影の耳たぶに刺す。
何の痛みもなく、カチリとピアスが留められた。
片耳だけに小さな石が輝く。
「すごく似合うよ…あ!」
「なんだ?」
飛影の傾げた首から、グリーンのマフラーが滑る。
「そういうことか…」
「だから、なんの話だ?」
「ううん。なんでもないなんでもない」
せっかく来てくれた恋人を怒らせまいと、蔵馬は笑って話をそらす。
マフラーをゆっくりと解き、現れた白い首筋に唇を落とす。
その首筋は先ほど見た妹の首筋とよく似ている。
なるほどね、雪菜ちゃん。
みんなにそれぞれの…色をくれたんだね。
桑原の白いマフラー。
相変わらず彼女は自信に満ちている。
そして…
ソファに滑り落ちた、グリーンのマフラー。
クローゼットから覗く、赤いマフラー。
相変わらず彼女はなんでも、お見通しだ。
首筋に落とされただけのキスに、焦れた飛影が蔵馬の髪を引っ張った。
雪のない聖夜。
雪女の兄を、ゆっくり抱きしめた。
...End.
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