誓い
「悪いが、だめだ」
案の定の返事に、蔵馬は溜め息をつく。
「だよねー」
「お前だって夜は家族と過ごすんだろう?」
「そうだよねー。やっぱ俺たち中学生だもんね」
生物部の温室。
相変わらずの場所で、二人は昼休みを過ごしている。
温室は部員たちの育てた…蔵馬いわく、ほとんど自分が育てた…植物たちで彩られ、冬の陽射しがやわらかく降り注ぐ。
「じゃあ、昼間は?」
「…三時までなら」
「三時?門限七時じゃなかったっけ?」
昼食時に生徒全員に配られる、微妙にぬるい牛乳を、飛影は一口飲む。
「今年は泪の店で夕飯の約束をしてる」
「るい?」
「氷菜の幼なじみだ」
「氷菜ママの?」
「ああ」
泪ってのは氷菜の幼なじみで、バカ高い和食の店をやってるんだ。
毎年、氷菜がクリスマスに休める時は、その店で一緒に飯を食ってる。
まあ、来年は無理かもな。氷菜はどんどん忙しくなるし。
ぶっきらぼうに、飛影は言う。
「高級割烹、ってやつ?」
「だろうな。俺にはよくわからんが」
お父さんは、いつからいないの?
どうしてお母さんを氷菜って名前で呼ぶの?
るいさんっていうのは、長い付き合いなの?
そうした疑問は、まだ蔵馬は胸の中にしまったままだ。
付き合って三ヶ月ほど。まだそんな立ち入ったことを聞くのははばかられた。
「この先もずっと一緒にいるんだから、まあいっか」
「なに?」
「俺は君とこの先ずっと一緒にいるんだから、今はクリスマスくらい君が家族と過ごすのもしょうがないな、って」
「なっ…ずっとなんて保証があるか!!」
にこっと笑う蔵馬に、飛影は赤面した。
けれども、そっと握られた手を、振り払いはしなかった。
***
飯桐の赤い実が小さな葡萄のようにふっさりと活けられていること以外に、泪の店はクリスマスらしい飾りは何もない。
クリスマスイブでも、若いカップルというよりは年配の金持ち夫婦がターゲットという客層のこの店は、鄙びた雰囲気で双子を出迎え、奥の個室に通す。
「ママはもう来てるみたいだね」
「お前の支度が長いから遅刻したんだろうが」
「だって服迷っちゃうんだもん。飛影みたいに真っ黒の服ばっかりならいいけど。クリスマス会なんだからかわいい服着ればいいのに」
「…興味ない」
「まあ、蔵馬さんいないのにおしゃれしてもしょうがないか」
「雪菜…お前、氷菜と泪に余計なこと言うなよ?」
「はーい。了解でーす」
永い時間をかけて磨かれたのであろう艶やかな木の床、扉、天井。
五人ほども入ればいっぱいの小さな個室で、氷菜と泪は冷酒の盃を傾けていた。
「遅いじゃない。先に始めてたわよ」
盃をキュッと干し、氷菜が笑う。
「ママ、泪ママ、メリークリスマス!」
「メリークリスマス、雪菜」
雪菜に抱きつかれ、泪は目を細めた。
「飛影も、座りなさい。メリークリスマス」
「ああ」
そっけなく返事をし、飛影は座椅子に座る。
「最初の一杯だけ、あなたたちもシャンパンね」
いつの間にやら泪の手にはシャンパンがあり、慣れた手付きで栓が抜かれる。
酒に強い雪菜は目を輝かせ、嬉々としてグラスを受け取る。
「乾杯」
泪のやわらかな声ともに、小さな宴が始まった。
***
無愛想だからといって、この場を楽しんでいないわけではない。
目の前の料理を黙々と平らげる飛影は、一杯だけ飲んだシャンパンで、すでに桃色に頬を染めている。
氷菜の仕事の話、泪の店や料理の話、雪菜の学校や服や友人の話。
例年通りの話に耳を傾けながら、飛影は次々出される皿を綺麗に片付ける。何せ、“バカ高い金”を取るだけのことはあり、泪の店の料理はどれも美味だ。ちょうどよく焼かれ、味噌をまとった蟹も、雪のような氷の上で輝く鯛や伊勢海老の造りも、口の中でほどける。
ちゃっかりとグラスを盃に変え、雪菜は大人二人と一緒に冷酒を飲んでいる。顔色一つ変えずに盃を干す姿は、氷菜にそっくりだ。
「飛影も飲みなよ」
「いらん。お前らよくそんな冷たい酒ばっかりガブガブ飲めるな」
寒がりの飛影は、仲居が持ってきてくれたあたたかい湯飲みを両手で包み、並ぶ冷酒のカラフェにしかめっ面をする。
氷菜も雪菜も、そして泪も、どういうわけか年中冷たい飲み物ばかりを好んで飲む。
寒がりで、冷え性で、あたたかい飲み物を好むのは飛影だけだ。
「私の子なのに、お酒が弱いなんて。寒がりだなんて」
シャンパン一杯でほろ酔い加減の娘に、氷菜が心底不思議そうに言うのも、毎年のことだ。
「パパに、似たんじゃないのー?」
父親の話を聞き出したい雪菜が絡むのも、毎度のこと。
「私たちの郷里は、寒い場所だから」
「そう。だからお酒も強いのよ」
えー?だいたいママたちどこ出身なわけ?と雪菜は口を尖らす。
まあまあ、とっておきの吟醸酒、出してあげるわよ。
氷菜と泪はよく似た笑顔で話をかわす。
12月24日の夜。
来年も再来年も、こうしているのだろうか。
無理やり持たされた盃の酒を舐め、飛影は考える。
毎年、ではないかもしれないが、それでもこうして集まり、美味い飯を食い、酒を飲む。
なぜって、四人は家族だからだ。
いつか…
冷酒は強くて、一口含んだだけで、飛影の胸は熱くなる。
いつか、この場に蔵馬もいる。
そんな日が、いつかくるのだろう。
蔵馬が家族として、ここにいる。
この先ずっと一緒にいるなんて保証はないと蔵馬に言ったというのにそんな想像をする自分が恥ずかしくなり、赤くなった頬を隠すように飛影はうつむき、舌先で酒を舐めた。
***
「あー。幸せ」
お風呂に入って、歯を磨いて、パジャマを着て、ベッドに寝ころぶ。
その時にまだ美味しいお酒のほどよい酔いが残っているが理想なのだと、常々雪菜は明言している。
「飲みすぎだぞ、雪菜」
冷たいベッドに足を入れながら、妹をたしなめてはみるものの、雪菜が本当に酒に強いということは飛影も認めざるを得ない。
雪菜はニヤッと笑うと、飛影のベッドに飛び乗る。
「おい」
「本当は今日、蔵馬さんに会いたかったんでしょー?」
「別に!」
「嘘。時々ぼーっとしてたじゃん」
蔵馬さんのこと、考えてたでしょ?
わかってるんだからあ。
クスクス笑う雪菜に、飛影は枕をぶつける。
コン。
小さな物音に、双子は顔を上げた。
「…なんの音?」
「窓か…?」
タッと窓辺に近づいた飛影の目に、窓に当たる小石が映った。
コン。
躊躇なく窓を開けた飛影の目に飛び込んできたのは…
「飛影」
深夜の住宅街を気にして、あるいは階下にいる氷菜に気付かれないようにとの気遣いか、小さな声で、飛影を呼ぶ声。
「……蔵馬」
何してるんだ?と飛影が言う間もなく、蔵馬が微笑む。
「飛影。メリークリスマス」
道路から二階の窓に向かって投げられた重しを付けた紐のような物を、飛影はパシッと受け止めた。
「引っ張って」
「おい、お前何して…」
「今夜、渡したかったんだよ。今夜は寒いから」
紐の先にはクリスマスらしい赤い紙包みがくくり付けられている。
なんだかいやに重たい。
「おい、蔵馬…」
「じゃあ、明日、駅でね」
おやすみ、と手を振ると、蔵馬は走って行ってしまう。
「なんだあいつ…」
「イブに渡したかったのかな?あれ?これ熱いよ」
「え!?」
「わかった。たい焼きだ!」
「なわけあるか…」
慌てて解いた包みの中は、湯たんぽが入っていた。
やわらかいゴム製の湯たんぽには、かわいらしいアーガイル柄のニットのカバーがかかっている。
「…お湯、入ってるじゃん」
雪菜はぷっと吹き出す。
湯たんぽにはたっぷりとお湯が入っていて、どうやら蔵馬は冷めないように抱えて来たらしく、よく見れば包み紙はしわくちゃだ。
「もー。何してんの、ほんっとにバカップルなんだから」
ケラケラ笑う雪菜から目をそらしたまま、飛影は湯たんぽを抱えて慌ててベッドにもぐる。
恥ずかしさは無論あったが、それ以上に、このあたたかさを冷ましたくはなかった。
冷たいベッドの中で、湯たんぽを抱え、丸くなる。
染みるようなあたたかさに、飛影は目を閉じた。
蔵馬、と小さく呟く。
来年のクリスマスは、蔵馬と一緒に過ごそう。
その次のクリスマスも、そのまた次のクリスマスも。
俺たちは、多分、いやきっと…
……ずっと…一緒に…。
聖なる夜に誓いを込めて、飛影は湯たんぽに頬を押し付けた。
...End.
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2011.Christmas 12月25日までの限定アップでした。 |
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