trust

気持ちの悪い男だ。

初めて見た時からそう思っていた男は、両手でオレの膝頭をつかみ、大きく広げた。
***
「………っ…ぅ…!」

見上げた視線の先では、肩に担ぐよう持ち上げられた自分の両足が頼りなく揺れている。
痛みにきつく丸まった指先がまるで他人のもののようで、奇妙だった。

「…この汚い穴に、蔵馬が…」

オレの両足を抱え、尻の中に無理やり捻じ込んだ性器を機械のように単調に抜き差ししながら、マスク越しのくぐもった声が感極まったかのように言う。

答える必要もないことはわかっている。
こいつはさっきからずっとぶつぶつと独り言を言いながら、オレの両腕を縛り上げ、神経質な手付きで服を全部脱がせ、股間を舐めるように見下ろした。

「……汚い。こんな汚い体を抱くとは、あいつは狂ってるな」

捕まったのは、半刻ほど前だった。
たいした抵抗はしなかった。

今はこいつにも、いや、戸愚呂チームの誰一人にオレは敵わない。オレだけでなく、他の三人もだ。真っ当な勝負を戸愚呂が望んでいる以上、こいつは今ここでオレを殺そうとはしないだろう。ならば無駄に抵抗をして、骨を折られたり腱を切られたりしては割に合わない。

たかが、犯されるくらいで。

尻をつかまれ、前後に激しく動かされる。
油も塗らずに突き込まれたせいで、動きはなめらかとは言いがたい。ガツガツと、中の臓物をえぐり取られるようだ。

おまけにこいつの体からは、嫌な臭いが、する。暗い木々に覆われた魔界の森の濁った水辺のような、そんな臭いだ。

ぬめっとした光を帯びた黒髪。顔の半分以上を覆うマスクのせいか、表情は乏しい。
爬虫類のような目が、オレを睨め付ける。

そうだ。こいつは鴉というより、爬虫類に似ている。

ぐぷぐぷと音を立て、さらに尻の奥に突き込まれる。腸が無理やりぐうっと引き伸ばされ、体が跳ねた。
それでも、裂けた尻の穴からダラダラと血があふれ出すのも、細い割にはいやに長い性器が、体の奥深くを鋭く突くのも、まるでなんてことはないかのように、オレもまた無表情にやつを見上げる。

蔵馬が使った穴に、入れてみたい。

このキチガイはそう言って人の尻を開き、息がかかるほど近くで眺めると、汚いと吐き捨てた。
汚いと言いながら、ぬるぬると光り勃起したものを引っ張り出し、オレに突っ込んだ。

「……っ…っぅーっ…ぅ」

押し上げるような圧迫感と痛みに、声ではなく息が漏れる。
は、と小さく息をつき、痛みと嫌悪感を感じないふりをする。ふりをして、ひたすらこの時間が過ぎ去るのを待つ。

腰を大きく振りながら、陶然と天井を見上げ、やつは時折蔵馬の名を口にする。蔵馬の名をうわ言のように繰り返しながら、オレの尻を何度も何度も、何度も突く。

蔵馬。蔵馬。蔵馬。
蔵馬の名がこいつの口から吐き出される度に込み上げる吐き気を押し戻し、縛られたままの両手を握りしめることでなんとか耐える。

「…蔵馬……蔵馬」
「キチ、ガイが…蔵馬に…突っ込んだらど…うだ?」

鋭い爪が、一瞬でオレの腹に赤い線を四本引いた。

「黙れ薄汚い邪眼師が。蔵馬は穢れないまま死ぬはずだったのにお前ごときが!」
「…っあ!!っうあああ!!」

萎えたままのものを力いっぱい掴まれ、脳天まで痛みが飛ぶ。
閉じていたはずの口が勝手に開き、情けない大声を上げた。

「お前ごときが蔵馬を穢しただがそれは半分だ。もう誰にも穢させない」

さっぱりわからなかった意味が、ようやくわかってきた。

蔵馬が誰かに抱かれることも、誰かを抱くことも許さないと、このキチガイは言っているらしい。
けれどもうオレを抱いてしまったから、半分は穢されたと、そういうことなのだろう。なのに蔵馬の入れた穴ならば、自分も入れてみたいと。

何言ってるんだ、このイカレ野郎…
こんなのに目をつけられた蔵馬もとんだ災難だ。そしてオレも。

「う、っふ、あ」

キチガイは散々に尻を突き、顔色一つ変えず、オレの中に出した。
ぬるい液体が染み渡るおぞましさに、全身に鳥肌が立つ。

「………っ、く」

ずるっと抜かれ、足を外され床にドサッと落とされる。

「ああ…汚い。哀れだな。醜い者はいつでも哀れだ」
「………貴様がだろう」

蛇のような性器をしまい込み、部屋を出ようとしていた男は振り向き、何?と足を止めた。

「…哀れなのは貴様だ。オレが誘ったわけじゃない。蔵馬がオレを抱きたがった。あいつはお前なんか眼中にない」

男の目に、見る見る怒りが宿る。
怒らせるのは得策ではない、わかっていても言わずにはいられなかった。

「汚い餓鬼が…せいぜい今のうちに吠えていろ」
「マスクで耳まで遠くなるのか?蔵馬が抱きたいのはオレなんだ。薄汚い邪眼師ふぜいの、な。そしてお前を殺すのは」

なんとか体を起こし、手を縛られていた紐を噛み切り、笑ってやる。
怒りに震えている男に、笑って言ってやる。

「お前を殺すのは、蔵馬だ」
***
自分の部屋に戻り、着たばかりの服を脱ぎ捨て、降り注ぐ熱い湯を全身に浴びる。蔵馬に教わった石鹸とやらを泡立て、髪を体を洗う。

香りのいい白い泡をたっぷりと指ですくい、尻に差し込んだ。飛び上がるほど痛かったが、構わず泡を流し込み、中を入念に洗う。
中の汚いものがすっかり落とせたと確信できるまで、何度も泡とぬるま湯を流し込み洗った。

タオル一枚で水をしたたらせたままベッドに腰掛けた途端、ドアが開き、蔵馬が部屋に戻ってきた。

「飛影、戻ってたのか。こんな時間にシャワー?その傷は?」

腹の傷のことを忘れていた。くっきりとした四本線は、出血こそ止まっていたが腫れ上がっている。

「なんでもない。雑魚に絡まれた。いい運動にはなったぜ」
「まったく…。手当てするから、横になれよ」
「いらん」

雑魚に絡まれたという嘘を蔵馬はあっさり信じる。
実際、この大会でオレは絡まれてばかりいた。人間三人に、一人は半妖。そこに妖怪のオレだ。妖怪どもから見れば、オレはとんだ〝裏切り者〟ということになるらしい。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。いつお前らの仲間になったというのか。

オレは脱ぎ捨てたばかりの服を一瞥する。
あのキチガイが服を裂かなかったことだけが今日の救いだが、あの気持ちの悪い男が触った服をもう一度着る気にもなれない。この服のどこかに、オレの中に出されたあの男の精液が付いているかもしれないと思うと、今すぐ火を放ちたい気分だ。

ベッドの側に置いてあった蔵馬の鞄から勝手に服を取り、大きすぎるシャツを頭からかぶり立ち上がる。

「蔵馬」

手当てはいらないと言ったのに、蔵馬はもう薬瓶と包帯を取り出していた。

「お前、戸愚呂の誰をやる」
「鴉」

即答だ。
蔵馬はあいつに、何かとちょっかいを出されてばかりで頭に来ているのだろう。

「…蔵馬」

瓶の蓋を開けたところだった蔵馬が、こちらを向く。

「蔵馬。勝つのはお前だ」
「嬉しいけど、ずいぶん買ってくれてるんだね」

近づき、長い髪を一房握り、オレが届く高さまで引き寄せ唇を重ねた。
角度を変え、舌を差し込み、あたたかな口内を互いの舌が行き来する。

「…飛影?」

唇を離すと、蔵馬は訝しげにオレを見る。
蔵馬に誘われ何度か体を交わしたが、オレの方から何かをしたことは今までなかった。

「勝つのは、お前だ」

だから、オレはあいつに何もしない。
あれはお前の獲物だからだ。

心の中だけで呟き、オレはニヤッと笑って見せる。
肩をすくめて笑う蔵馬が、諦めたように薬瓶に蓋をする。

服の上から、熱く脈打つ傷に手を当てる。

待ってろよ、と囁いて。


...End