5.Love triangle sick「大丈夫?」こんな薄い銀色の板の中から、遠く離れた場所にいる妹の声がまるで隣にいるかのようにはっきりと聞こえることが、いまだに不思議な気がすると言ったらきっと笑われるだろう。 相変わらず雪菜の声は透明な氷みたいに綺麗で、俺の方はいつにも増してひどい声だ。ガサガサでガラガラで、かろうじて声、というべきか。 大丈夫かという質問に大丈夫だと答えたところで咳が止まらなくなり、電話を渡せと秀一が指先で合図する。 どっしりとした筒型の白いストーブの上では、大きなヤカンがしゅんしゅんと湯気を立てている。 窓の外の冷たい冬の庭と窓ガラス一枚で隔てられたこの部屋は、とろんとあたたかい。 「うん。俺たちも休みだし。ちゃんとそばにいるから大丈夫だよ。あはは。本当に困った兄さんだよね。ごめんね、埋め合わせはさせるから。ホテルだけどさ、もし良かったら雪菜ちゃん、友達とでも泊まらない?」 ベッドに腰掛けていた蔵馬の手が、体を支え、咳き込む背中をさすってくれる。 されるがままに横になり、秀一の声とかすかに聞こえる雪菜の声を聞きながら、蔵馬ごしの窓の外へ視線をずらずと、頭の下でちゃぽちゃぽと水音がする。 寝返りを打ったせいでずれた布団を秀一の手が引っぱり、やわらかい毛布で俺の首までしっかり包みこむ。 そのまま頬を撫で、水まくらの位置を直すと、秀一はまた雪菜との電話に戻る。 その昔外国人向けの客間だったとかいうこの部屋のベッドはびっくりするほど大きくて、秀一が隣で寝そべって喋っていても、蔵馬がそばに座っていても、少しも邪魔ではないのだが。 また咳き込み、あたたかい手が背中をさする。 少しも邪魔ではない、が。 なんなんだ、この状況は。 ***
荷物を出す前じゃなくて良かったとは思ったが、困っていることには変わりがない。あれやこれやで手がふさがっていて傘など持っていなかったし、折りたたみ傘など持っているはずもない。そもそも出かける時には降っていなかったのだ。すぐ近所の店なのだからとコートも着ずに出たのも、この日の間違いの一つだ。 正月に、雪菜に会いに行く約束をしていた。 雪菜の暮らす街へは新幹線でも飛行機でも行けるらしいが、秀一が言うには「我が家から行くなら新幹線」らしい。 俺は新幹線に乗ったことがない。新幹線に限らず、飛行機も船も乗ったことはないが。 ホテルの予約、というものもしたことはないし、そもそも何かの予約ということ自体したことがない。 そう言った俺に、蔵馬は眉を上げ、秀一は肩をすくめた。 結局全ての手配は秀一がし、行きは蔵馬が、帰りは秀一が新幹線の乗り場まで送り迎えをすると言い出したのには慌てた。おまけに向こうの駅まで雪菜に迎えに来てもらえと言う。俺を小学生の子供かなにかとでも思っているのか。電車に乗れるのだから、新幹線だって乗れるに決まっている。 「心配するな。一人で行ける」 俺の言葉を二人は鼻で笑った。 「新幹線の切符も買ったことがない人に言われてもね。切符、どこに入れるのか知ってる?」 「新幹線はいろんな場所へ行くのがあるんだぞ。目的地の違うのに乗ったりしちゃあ洒落にならん」 「第一、未成年は送り迎えがないと乗れないし」 「え?」 そういうものなのか?未成年はだめ?電車にはないルールがあるのか? 「そうだぞ。飛行機なら付き添いで大人が一緒に乗らなきゃならん。新幹線は送り迎えがあれば乗れる」 「え?…でも、雪菜は一人で新幹線に乗るぞ…?」 「冗談だよ」 「こんなのを信用するようじゃ到底一人では行かせられんな」 そんなこんなで、言い負かされてしまった。 だいたい、二対一の言い争いに勝ち目などないのだし、正月に家を空けることへの罪悪感も少しはあった。 おまけに二人はあれやこれやと、雪菜への土産を用意してくれた。 洒落た箱や瓶に入った菓子だの飲み物だの、なんとかの限定コフレだの、アンティークの生地だの、俺にはよくわからないが、確かに雪菜や雪菜の友人たちが喜びそうな物のように見えた。 「こんなに山ほど持って行くのか?」 最低限の着替えくらいしか持って行くつもりがなかった俺は、その量にちょっとうんざりする。 もちろん雪菜が喜ぶ物は全部持って行きたいが、これではあの四角くて大きなゴロゴロ引っぱるやつを持って行かなきゃだろう。 「お前みたいな小さいのに大きなスーツケースは危ないからな。先に送っておけばいい」 「飛影、ほら、あのいつものクリーニング屋で送りなよ。確か箱の用意もあったし」 いつものクリーニング屋、とは家から歩いて十分ほどの商店街にある年季の入ったクリーニング屋で、兄弟が言うにはとても腕がいいらしい。店の制服も全てそこのクリーニングで、宅配の受け付けもしている。今までも何度か雪菜への荷物も送ったことがあった。 そんなこんなで、開店前にそれぞれ寄る所があるという二人を見送り、一人でクリーニング屋へ向かい、ちょうどいい大きさの箱を出してもらい、壊れたり崩れたりしないようきちんと詰め込み、雪菜の元へ送り出した。 ここまでは問題ない。 問題その一は、帰り道で急に土砂降りの雨に降られたということだ。 問題その二は、下着から靴までぐっしょりになって着いた玄関で、ポケットの中を探った時だ。 「……ん?」 鍵がない。 雪菜がくれた、藍染めの布を編んで作ったキーホルダーの付いた鍵は、いつもズボンのポケットの左側に入れている。だが指先を突っ込んだそこは空だ。濡れた布が体に張り付くのにうんざりしながら、全部のポケットを探る。 ない。どこかで落としたのか?いったいどこで? 落とせば音を立てるだろうが、この豪雨の中なら気付かなかっただろう。でも走ったくらいで物が落ちるようなゆるいポケットではない。 「…あ」 雪菜に送った荷物。山ほどの袋。 玄関先で鍵をかけて、あの袋のどれかに鍵を入れた…?考えられるのはそのくらいだ。だとしたら間抜けにもほどがある。 雨はますます激しくなっている。 雨粒が白っぽく見えるのは、雪に変わりかけているのだろうか。朝のニュースで今日はこの冬一番の冷え込みになると言っていた。 自分の吐く息が、いつの間にか白くなっている。 どうしたものか。 どうしたものか、も何もない。 蔵馬か秀一に電話をして、戻ってきてもらうしかない。 あるいは、クリーニング屋に戻ってあの箱を確かめるかだ。 どちらにするかは、考えるまでもなかった。自分のミスは自分で挽回するのが当然だ。 雨から雪に変わりかけている空を見上げ、俺は駆け出した。 ***
「飛影、髪が濡れているぞ」ホールスタッフの一人が、裏口から入って行った俺に声をかけ、客用のタオルを渡してくれる。 あたかかい店の中にあったタオルはあたたかく、わしゃわしゃと髪を拭き、手を洗ってエプロンを付け、持ち場についた。 結局、鍵は送る荷物の箱の中、菓子の入った袋の一つに落っこちていた。まったく抜けている。 感じのいいクリーニング屋の女はずぶ濡れの俺にタオルを出してくれたが、どっちみちまた家に戻れば濡れるだけなのだからと断り、家まで駆け戻った。 で、ここでまた俺は間違えた。 家で風呂に入ってあたたまって髪を乾かしてから仕事に行くべきだったのだ。仕事に遅刻するとしても。 だいたい、俺の仕事は裏で銀器だのグラスだのを磨くことなのだから、三十分やそこら遅れたところで誰かがすごく困るというわけでもないのに。 でも、遅刻はしたくない。決められた時間に間に合わないとか、そういうのは嫌なのだ。 服のまま風呂でも入ったのかというくらい濡れた服を洗濯機に放り込み、タオルで体と髪を拭いて、乾いた服に着替えて外へ出た。 あたたかい店の中にいれば髪はすぐに乾く。 調理場に続く食器庫はあたたかく、俺はいつも通りに銀器を磨き、グラスを磨き、時折ちょっかいを出しにくる蔵馬を適当に追い返していた。 何も問題はなかった。 その日は蔵馬の番で、俺はまあ、その、夜のあれやこれやも済ませていつものように一緒に眠った。 問題なのは、その後で。 飛影、と何度も呼ばれ、嫌々目を開けた。 部屋は暗い。まだ朝じゃないだろうに。まだ起きたくない。疲れた。眠い。だるい。寒い。 この家は広くて古くて、冬は寒い。それにしても、部屋の中がこんなに寒くなるものか? 「飛影。お前、熱いぞ」 蔵馬の大きな手が、俺の額に触れる。 何が熱いんだ。この部屋はこんなに寒いのに。 冬の間は、セックスの後に裸のまま眠ったりはしない。ことを終えたらぶかぶかのガウンかパジャマを着ることにしている。俺も、秀一も。蔵馬は年中裸で寝ているが。 で、今はその着て寝たはずのガウンが湿って肌にくっついている。なんで湿ってるんだ? 「…くら、ま」 「おい、飛影。ちょっと待ってろ」 そこからはもう、うろ覚えだ。 俺は咳き込み、着替えだ体温計だとバタバタしている蔵馬にすぐに秀一が気付き、部屋に飛び込んできた。 どうしてこんなことになっているのかと責める秀一と、俺が世話をするからお前は部屋に戻れと素っ気なく返す蔵馬。 まだ暗い明け方の部屋で言い争いを始めた二人を止めたのは俺の言葉だった。と言いたいところだが、止めようと口を開けたところで猛烈に咳き込み、咳き込みすぎて吐く、というかなりみっともない方法で二人はぴたりとケンカをやめた。 ***
大きな手に頭を持ち上げられ、目が覚めた。蔵馬が水まくらを入れ替え、頭を乗せてくれる。 「起こしたか?」 「いや…」 どのくらい眠っていたのだろう。 隣で本を読んでいた秀一も、いつの間にやら眠っている。 雨に濡れたのは二十八日のことで、具合が悪くなったのは二十九日で、ええと、つまり今日は、三十一日のはずだ。どっぷり風邪を引いて、今日で三日目なわけだ。 部屋はあたたかいのに寒気がするし、喉も頭も体中の関節も痛い。 年末年始の病院というものは休みだし、やっていたとしても俺は病院が嫌いだ。風邪で病院になんか行く必要はない、ゆっくり寝てれば治ると二人が言ってくれたのにはほっとした。 ゆっくり寝て治すのはいいが、どういうわけか二人はずっと俺のそばにいる。 文字通り、ずっといるのだ。 ただの風邪であって、死ぬわけじゃなし。だいたい同じ部屋にいたらうつるだろう。一人で大人しく寝ているから大丈夫だ。 何度も言ったが、二人はそれを完全に無視してずっとそばにいる。 一人はベッドで、一人はベッドのそばに置いた椅子で。交代に俺の隣に寝そべり、本を読んだり一緒に眠ったりしている。 「うつらないよ」 「うつらん。大人は子供より頑丈な体を持っている」 口を揃えて、そんなことを言って。 確かに二人に比べれば俺は体が小さいが、子供扱いされるような歳でもないというのに。 「子供じゃないか。鍵がないって電話を寄こせばいいのに」 「この真冬に髪もろくに乾かさずにまた外へ出るなんてな」 「咳き込みすぎて吐くとか、子供以外の何者でもないし」 「言うことを聞いて大人しくしていろ」 そう言われると、反論できない。 でもこれは、まさに子供扱いすぎる。 咳き込めば背をさすられ、起き上がろうとすれば支えられ、しょうがとはちみつとレモンをお湯で割った飲み物だの、すり下ろしたりんごだの、すこし冷ましたお粥だのを用意され。子供どころか赤ん坊だ。 着替えや水まくらや体を拭くタオルやお湯やらを用意してくれるのはありがたいが、いくらなんでも体を拭くのは自分でやりたい。恥ずかしい。 今さらどこを見られたって触られたって恥ずかしくなんかないだろうと二人は不思議そうだが、そういう問題ではない。 つまりその、それ以上のあれこれはそういう雰囲気で許せるのであって、そうでない時には恥ずかしすぎる。 三人の空間が二人になるのは、どちらかが食事の支度をしているか、風呂に行っている時くらいだ。 俺が一人になれる時間はトイレくらいで、それさえ着いてこようとするのは頑として断った。冗談じゃない。 「蔵馬…」 「ん?」 ベッドの隣、クッションに寄りかかり、長い足をのばしていた蔵馬が、読みかけの本に指を挟んでこちらを向く。 「別に、お前らがここにいなくても…」 「しつこいな。俺がいたくているんだから気にするな」 なんとなく、意外だった。 秀一が俺の世話を焼くというのは想像がついた。まめだし、料理だの身の回りの世話だのも得意だ。 でも、蔵馬はそうじゃない。およそ世話好きなタイプではない。 ガラガラ声でそう言うと、蔵馬は笑った。 「まあな。人の世話を焼くタイプじゃないな、俺は」 蔵馬は立ち上がり、テーブルにあるポットとカップを取る。カップに注がれたあたたかいりんごジュースは、甘い匂いがする。 喋ったせいでまた咳き込んでいる俺をひょいと抱き上げ、毛布でくるんで膝に乗せる。 湯気の立つカップを口元に差し出された。カップくらい自分で持ちたいと思ったが、だるくて反抗するのも面倒でそのままひと口飲んだ。 「人の世話なんて面倒なだけだ。でもな、お前の世話をするなら悪くない」 そんなことを言われ、金色の目で見つめられてなんと答えればいいのか。 顔が熱いのは、風邪を引いているせいだけじゃない。 「…こんなに酷い風邪を引いたのは、初めてだ」 俺も雪菜も、色が白くてチビで痩せてて、あまり頑丈そうには見えないが頑丈なのだ。 思い返してみても、風邪ひとつ引かずというわけではなかったが、寝込むほどひどい風邪を引いたという記憶はない。あの家には寝込んでいる暇も場所もなかったが。 ぼそぼそと喋りながら、熱くて、でも熱すぎないりんごジュースをすする。 あたたかくて甘くてかすかにすっぱいその液体。 「なら、お前の頭より体の方が利口なんだな」 「…どういう意味だ?」 まるっきり子供みたいに、蔵馬に抱えられたまま、俺は尋ねる。 頭より、体の方が利口? 「お前の体は、風邪を引いてもいいと判断したんだろう」 「引いてもいい?」 「お前は…」 蔵馬の指が、頬に触れ、唇に触れる。 近付いてきた顔を避けようとしたが、長い指に止められる。 「……ん……うつ、る…」 キスに応える自分の唇から、りんごの匂いがする。 軽く重ねられた唇が、笑うように話す。 「お前は甘えていい。頼っていい。俺たちに。お前の体はそれをわかっているんだな」 「…ん、あ……甘え…?」 「甘えろ。頼れ。まあできれば俺だけにな」 ククッと笑い、唇が離れる。 薄く形のいい唇を濡らすのは、俺の唾液なのか、りんごジュースなのか。 ぱたぱたと、秀一のスリッパの足音がした。 ***
「食べられそう?」ベッドのすぐそばに置かれたそう大きくはないテーブルと、椅子が二脚。 二人は今夜もここで夕食を食べるつもりらしい。 「いらん…」 吐いたのは咳き込みすぎたあの一回だけだが、食欲はまったくない。 果物とかジュースとか雑炊とか、そんなものを少し食べればもう充分だった。 テーブルの上に並ぶのは、大晦日らしい豪華な食卓というわけではなく、普段通りの夕食だ。そういえば酒も見当たらない。 二人はいつも夜に少し酒を飲むが、俺のそばにいるようになってからは飲んでいない。 「酒も飲めばいい。俺のことは気にするな」 他意なく言ったのに、秀一の視線は冷たい。 何か怒らせるようなことを言っただろうか。 「冗談だろ。酒に酔ってお前を看病するなんてできない」 「……いつから風邪は不治の病になったんだ」 呆れて言うと、秀一はテーブルから離れ、ベッドに座る。今は風呂に行っている蔵馬がついさっき腰かけて笑ったのと同じ場所で。 「飛影」 「なんだ?」 「もしお前が、不治の病にかかるとか、不慮の事故に遭って死ぬとかするなら」 「…なら?」 綺麗な顔が、笑みにほころぶ。 「一緒に死んでやるよ。一人で死ぬのはさみしいだろう?」 冗談よせ、とか、勝手に人を殺すな、とか、俺もガラガラの声で笑ってやればいいのだ。 なのに、目が離せない。 綺麗な顔、綺麗な笑みと裏腹の、暗くて強い真実に輝く目。 本気で、言っている。 この笑みも言葉も、何ひとつ冗談じゃない。 下りてきた顔に、目を閉じる。 唇が重なり、ちゃぽん、と水まくらが音を立てた。 「…うつるって…言ってるだろうが…」 「うつしても、いいよ」 うつったら、このベッドで一緒に寝よう。 治るまで一緒に寝ててもいいし、治らなくて二人で一緒に死んじゃってもいいし。 「ね?飛影」 それも、悪くない。 そんな風に思うのは、熱が下がらなくて頭がふわふわしているせいだろうか。 「…三人じゃなくて、二人なのか?」 「嫌なこと言うね。俺は二人がいいんだけど」 兄さんはしつこいししぶといから着いてきそうで嫌だな、と秀一は子供っぽいふくれっ面をし、布団にするっと潜り込み、俺の体を骨が鳴るほど強く抱きしめた。 「おい…」 「…あったかい。いい気持ち」 セックスではなく、ただ抱きしめられるだけの温度。 二人分の体温が、溶け合うような。 ずっと感じていた寒気が、ふいに消えた。 ***
「あ、始まった」秀一の言葉に、俺と蔵馬も顔を上げる。 除夜の鐘が、静かに今年の終わりを告げる。 二人は冷たい蕎麦を食べていて、俺はほんの少しだけ、あたたかい蕎麦を食べていた。 テレビもない静かな部屋に急に響いた陽気な電子音は、窓辺に置かれた俺の携帯電話だ。さっと立ち上がり携帯電話を取った秀一が、笑って俺に差し出した。 「雪菜ちゃんだよ」 メッセージを開くと、えらく広い部屋で「HappyNewYear」と書かれた大きなケーキを持った雪菜と友人の女が笑っている。俺が送った土産の箱もそこにはあって、全部を開けて巨大なテーブルに綺麗に並べている。 どういう仕組みなのか俺にはさっぱりわからないが、写真の上ではカラフルな文字が「楽しい!でも会いたい会いたい会いたい!春休みに会いに行くね!」とぴょんぴょん跳ねている。 妹が幸せそうに、楽しそうに笑っている。 俺に会いたいと、会いに行くと笑っている。 それは本当に嬉しいことで、そして不思議に切なかった。 「まあ、今回は残念だったな」 「雪菜ちゃん、三月は春休みだろう?また新幹線もホテルも取ってやるから会いに行ってくればいいよ」 携帯電話をそっと置き、俺はベッドから身を乗り出す。 「おい」 「危な…」 二人が、手を差し出している。両手をのばし、その手をぎゅっと握る。 まだ熱が下がらない、熱い手で。 「…三人で」 二人分の視線と手のひらを受け止めて、俺は枯れた喉から言葉を絞り出す。 「……三人で、行きたい。一緒に…」 一緒に来て欲しい。離れたくない。ずっと一緒にいたい。 新幹線も飛行機も、一人では乗りたくない。 この体はもう甘やかされてしまったから。 不治の病にかかるのも、事故に遭って死ぬのも、もう一人ではできない。 除夜の鐘の三回分の沈黙の後、俺の両手は痛みを感じるほど強く、強く握り返された。 ....End しっちゃかめっちゃかの2020年でしたが、たくさんのクラヒストさんの蔵飛を見せてもらいましたし、舞台を観に行ったり実写化が発表されたりと幽白充な年だった気もします。 2021年が皆さんにとって良い年になりますように。 今年もどうぞよろしくお願いいたします。 2021年1月 実和子 |