愛情審査...2

視線の位置が違う。

すんなり長い手足や指にも戸惑う。この体もしなやかに鍛えられてはいるが、自分の体ほどの敏捷性や身軽さはない。
それに、慣れない長い髪は結んでもまだ邪魔だった。

「くそ…」

ストンと降り立った人間界のビルの屋上。
すぐ隣にくっつくように建っているビルは、全面ガラス張りだ。
そこに映る姿は、飛影にとって見慣れた姿。

蔵馬…

…効能・あなたの愛しい想い人の姿になれます!…

何が愛しい想い人だ!
こいつの姿になるなんて、恥ずかしすぎる。
…かといって雪菜の姿になっても困るが。

それにしても…一体どう蔵馬に説明しよう?
正直に言うなんてできない。あいつがどれぐらい得意げな顔をするかは想像に難くない。

飛影は柄にもなく意気消沈し、屋上の手すりにもたれた。
***
そおっと、静かに、息も止めるくらいの気持ちで、窓に手をかける。

気配を消す…完全に。

飛影はゆっくりと窓を開け、ベッドで眠る蔵馬の側にそーっと歩み寄る。
月明かりのない夜で、蔵馬は薄く口を開けて眠っている。

懐から短剣を取り出す。
大丈夫。そーっと…

「うわ!」

眠っていたはずの蔵馬に腕を引っ張られ、飛影は思わず声を上げてベッドへ、ベッドから床へと転げ落ちた。

「……いらっしゃい、飛影」
「え…?」

普通、わっ!っと声を上げるのは蔵馬の方だろう。
何せ自分そっくりの者が自分に手をかけようとしていたのだから。
だが蔵馬は一瞬目をぱちくりさせただけで、すぐにいつも通りに笑った。

「お前…オレだって分かるのか?」
「もちろん。気配があなただもの」
「じゃあ寝たふりするな!」
「寝てたんだよ。あなたの気配で起きたの。ところで…オレの事が大好きなのはわかるけど、何もオレそっくりにならなくてもいいんじゃない?」
「ち、違う!これは…」

躯の所に来た変な貢ぎ物の中にあった薬のせいだ。
その薬は…たまたまその時思い浮かべていた者の姿になる薬だったんだ。

愛しい想い人の姿に、の所を、たまたまその時思い浮かべていた者の姿に、に置き換え、飛影は苦しい説明をする。

「それって、オレの事考えていてくれてたって事だよね?」
「…お前の所に薬草をもらいに行こうかと、その時!たまたま!考えていたからだ!」

我ながら苦しい言い訳だ。
蔵馬と躯を当分会わすわけにはいかないと、飛影は冷や汗をかく。

「どんな理由でも、あなたがオレの事を考えていてくれたなら嬉しいな」

気障なやつ。
絶対に本当の効能をばらすわけにいかない。

「で、なんで薬草貰いに来て、オレを刺そうとしてるわけ?」
「…元の姿に戻るためにお前の血が二、三滴必要なんだ。よこせ」
「ひどいなあ。普通に貰いに来てよ。そんなんで刺したら二、三滴じゃ済まないじゃない」
「ごちゃごちゃ言わずによこせ!」
「待って。よく見せてよ、あなたを」
「自分の姿をよく見たいのか?どういう趣味だ。鏡でも見てろ」

そうじゃなくってさ、と蔵馬は笑う。
飛影の頭に手を伸ばし、包帯の切れ端で束ねられていた髪をほどく。
長い黒髪がふわりと肩に広がる。
碧の瞳は険があるが、確かに自分の瞳だ。

「あなたの目に映るオレって、こんな感じなのかなって」
「…じろじろ見るな」
「いいじゃない。見たって減るもんじゃなし」

さっきも誰かから聞いたぞ、それ。

「オレってなかなか綺麗な顔だよね。そんなに慌てて血を取りに人間界にすっ飛んで来るほどひどい姿じゃないと思うけどなあ」
「…ずうずうしい!厚顔の間違いだろう?オレはこんな姿でいたくない!」

服こそ違うものの、そっくり同じ顔をして見つめ合っている居心地の悪さに、飛影は眉をしかめる。

「もういいだろう。さっさと血をよこせ」
「はいはい。ちょっと待ってね」

小さな吸血植物の種を出した蔵馬を見て、用無しになった短剣を納めようと懐に入れた飛影の手に、カチンと何かが当たる。

「あ…」
「何?どうしたの?」

飛影は一瞬逡巡したが、次の瞬間、紫の小瓶を蔵馬に投げ付けた。
瓶は小気味よい音を立て、粉々に砕け散る。

「ぐ、…げほっげほっげほっ!ちょっ…なに…」

辺り一面に漂う紫の煙…
飛影は不安そうにそれを見守る。

…オレ以外の姿だったら、もう二度とこいつと会うものか!

「げほっ!何するんだよ飛影」
「…ざまあみろ」

安堵と…歓喜を押し殺し、飛影はニヤリと笑った。

着ていたパジャマは大きすぎてぶかぶかになっていた。
短い黒髪は逆立ち、潤んだ紅の瞳で蔵馬は咳き込んでいる。

その隙に飛影はサッと短剣を滑らせた。
飛影の姿になった蔵馬の腕に、剣先が一筋の細く赤い流れを作る。

「痛っ!ごほっ…ざまあみろって…オレ何もしてないじゃない!?」

さすがに蔵馬もちょっとムッとする。
それとは裏腹になぜだか飛影は…姿は蔵馬のままだが…上機嫌だった。
血に濡れた短剣を口元に持っていきかけ、慌てて鞘に納める。

危ない所だった。今舐めたらまた服が合わなくなる。後でこの剣を舐めれば元に戻れるのだから百足に戻ってからの方がいい。

「何…?なんでご機嫌なわけ?」
「別に。もう用はない。帰る」
「ちょ、帰るって…オレだって君の血がいるんだけど」

蔵馬の口調、物腰。
自分の体でそうされると違和感がある。

「欲しけりゃ魔界に取りに来い」
「えー?そんな事言っていいの?当分行かないよ?…この体で鏡の前で一人エッチとか散々楽しんでからにするよ?」
「…死にたいのか?」
「で、写真とか撮っちゃったりしてさ」
「…なっ!この変態!」

窓から外に飛び出そうとしていた飛影は、慌てて部屋に戻る。
紅の瞳の蔵馬が、碧の瞳の飛影を抱き寄せ、床に押し倒した。

やわらかな、キス。

赤い瞳が自分を見つめていることに、飛影は落ち着かない。

…自分とキスしたみたいな気分だ。

どうやら蔵馬も同じ事を思ったらしい。

「…なんか、自分とキスしたみたいな気分。これってすっごい倒錯の世界だなあ」
「なら、よせ。気味が悪い」

そう言いながらも自分の姿になった蔵馬から、飛影は目が離せない。

…オレは、ヤツの目にこんな風に見えているのか…

認めるのは癪だが、…小さい。
小さい体に反して生意気そうな大きな瞳。
ぶかぶかのパジャマがみっともない。

…一体、蔵馬はオレのどこが…

そこまで考えた所で、蔵馬に顎をすくわれた。

「中身ももちろん好きだけど、外見も好きだよ」
「は?な、何言って…」

頭の中を読まれたようで、飛影は慌てた。

「君の考えてる事なんて、すぐにわかっちゃうよ」

なんなら…せっかくだからこの姿でしちゃおっか?
自分を抱いたり自分に抱かれたりなんて、貴重な体験じゃない?

自分の姿をしている者の口から出る恥ずかしい言葉に、飛影は赤面する。

「…馬鹿言うな!…オレは…」

飛影はカリ、と自分の唇を噛む。
流れ出した血をそのままに、短くなった蔵馬の髪を掴み、頭を引き寄せると唇を合わせた。

「つ!」

キスを交わしながら、飛影は蔵馬の唇も小さく噛む。
血液を舐めとるように、舌を絡め合う。

お互いの血液が口内で混ざり合い、喉に流れ込む。
あたりにまた、紫の煙が立ちこめる。

「…オレは…するなら…この姿の方がいい」

そう小さく呟き、飛影は唇を離す。

二人は元通りの姿に戻っていた。

「あなたって…時々妙にかわいいよね」

蔵馬は元に戻った長い髪を掻き上げると、飛影を軽々と抱き上げベッドに投げる。
サイズの合わない躯の服は、あっという間に脱がされた。
***
「ま、まさか、お、お目にかかれるなど…恐悦至極に…」
「挨拶はいい。お前たちの贈り物は気にいったぞ」

謁見の間には女王様。

下座にひれ伏す妖怪の一族は、目を合わせたら死ぬとでも思っているのか、躯のつま先さえも見れないでいる。

「…あの薬をもっと納めろ」
「は、はい!なんなりと。今日もう100本ほどお持ちしました!」
「紫のだけでいいぞ。他はいらん」
「…は、はあ。紫の物だけでございますね。畏まりました!」
「定期的に、納めろ。お前の村にはオレの庇護を与える」

ありがとうございますありがとうございますと、馬鹿のように繰り返し、その者たちはぺこぺこしながら退室していった。

「躯様…どうなさったのですか?何かお気に召す物だったのですか」

時雨が訝しげに尋ねる。

「ああ、気に入った。そうだ、お前にも一つやろう」
「は?拙者に…?」

躯は紫の瓶を、素晴らしいコントロールで投げ付けた。

「げほげほげほ!な、躯、さま…いったい…」

辺りに漂う紫の煙を、躯は目を輝かせて見守る。

まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように。


...End.
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