スイートデイズ

「遅かったな」

蔵馬が驚いたのは、飛影がいたからではない。
マンションのエントランスから、すでに彼の気配は感じていた。

ベッドを背もたれにして床に座り、足を投げ出したその姿。マントは脱ぎ捨てられたままだが、感心にも、今日は靴は脱いでいる。

つまり、蔵馬が何に驚いたかというと…

「…くれてやる」

差し出された白い手の上に乗る、小さな箱。
その箱は綺麗な紙で包まれ、紐が結んである。
魔界仕様ではあるが、あきらかに…人間界で言うところの、ラッピング、をしてある箱だ。
***
例年のごとく、紙袋いっぱいにチョコレートを貰ってきた蔵馬だったが、帰ってきてみればマンションの宅配ボックスにもチョコレートがぎっしり、という有り様。

「もー…」

義理チョコだろうが本命チョコだろうが、正直、いらないのだ。
好意のあるなしとかそれ以前に、こんなにたくさんのチョコレートをどうしろというのか。
甘い物を食べないわけではないが、限度というものがある。とても食べきれない。だからといって捨てるのも気が引ける。

大きな袋を両手に抱え、肘でエレベーターのボタンを押した途端、蔵馬は飛影の気配に気付いた。
途端に不機嫌さは消え、蔵馬は嬉しそうに微笑んだ。

今日来てくれるなんて!チョコレートケーキでも用意しておけばよかった、などと考えながら、エレベーターにいそいそと駆け込む。
まあもちろん飛影はバレンタインなど知るわけもないが、甘い物はわりと好きなのだ。
山ほどのチョコレートが今ここにあるが、他の者が自分を思ってくれた物など飛影に食べさせ、機嫌を損ねるのは嫌だった。

「ただいま、飛影」

紙袋をリビングに投げ出し、飛影の気配のするベッドルームに向かう。
そもそも、飛影が待っていてくれること自体まれなのだ。来訪時に蔵馬がいなければ、飛影はさっさと帰ってしまう。

なのに、小さな恋人は床に座り、足を投げ出し、白い手を蔵馬に向かって真っ直ぐ差し出して。

「遅かったな」

そう言って、飛影は手を差し出したまま、ニッと笑ったのだ。
***
「……えーと、それは、何かな?」

なんなのかは蔵馬にはわかっていた。
人間界には到底及ばないが、魔界にだって物を売る店というものがあるし、その中には菓子屋もある。
飛影の差し出している箱には見覚えがあり、確か果物を花の蜜で煮た菓子を名物にしている店の物で、魔界では結構有名な店だ。

わからないのは、なぜ飛影がこれを自分にくれるのか、ということだ。

「…貴様にやると言っただろう?いらないのか?」
「ううん。ありがとう…でも…なんで?」

小箱を受け取りながら、蔵馬は恐る恐る尋ねる。

「今日はこういう日なんだろう?人間界では」
「え!」

そんなことを飛影が知っていることに驚くべきなのか、そのイベントに参加したことを驚くべきなのか。
飛影からバレンタインの贈り物を貰える日が来ようとは蔵馬は思ってもみなかった。

「ありがとう…嬉しいよ」
「そうか。帰る」
「え!? ちょっとちょっと!」
「なんだ?」
「ご飯でも食べてってよ!」

それで、その後はいつものように泊まって、いつものようにセックスしませんか?とはさすがに言えない。

「悪いが今日は用がある」
「そ、そうなんだ…」

じゃあ、わざわざバレンタインの贈り物を届けに来てくれたのだろうか?
どうにも蔵馬は腑に落ちない。

「じゃあな」

そう言った飛影がマントをバサリと羽織った瞬間、何かがマントから転げ落ちた。

白い、小箱。
たった今、蔵馬にくれた物と同じ箱。

蔵馬が拾い上げるよりも素早く、飛影はそれをサッと拾った。

「…飛影!それ、どういうこと…!」
「何がだ?」
「それ、誰に…!」

焦る蔵馬にうっとうしそうな視線を注ぎ、飛影は窓枠に足をかけた。

「誰に?貴様に関係あるか?」

ニッと笑って言い捨てると、飛影は窓の外へと身を躍らした。
***
飛影は身が軽い。
足が速い。

蔵馬だって遅いわけではないが、それにしても飛影の素早さは尋常ではない。
風のように走る飛影を尾行するのは、なかなかに骨が折れる。
もっとも、辺りの気配に注意深い方ではないので、どうにか蔵馬は見失わずに追いかけた。

「え…ここ…?」

このマンションは知っている。
それはそうだ。なんせ幽助が母親と住んでいるマンションだ。母親の温子は飲み歩いてばかりであまり家に帰ってこないと幽助は言っていたが。

飛影がストンと身軽に降り立ったベランダは、幽助の部屋だ。

「お?なんだ飛影?どうしたんだ?」

そう言いながら窓を開けた幽助に続いて、飛影も室内へ入ってしまう。
今は二月、真冬だ。
窓はあっという間に閉め切られてしまう。

隣のベランダにそっと降り立ち、蔵馬は隣の様子をうかがう。

「な…!」

飛影が幽助に差し出したのは、あの白い小箱だ。

「ど、どういうこと…!?」

いきなり飛影がくるりと窓の方を向き、蔵馬は慌てて隠れる。

「ええっ…?」

飛影の手でシャッと勢いよくカーテンが閉められ、中の様子は何も見えなくなった。

「飛影…飛影!?」
***
ガッチャーン!!

「うわっ!!」
「飛影!……あれ?」
「あれじゃねーよ!つうか、なんだ、なんなんだよ!!」

幽助がわめくのも無理はない。

盛大にガラスを割って飛び込んできたのは蔵馬。
室内ではテレビを見ていた幽助と、何をするでもなくベッドに寝そべる飛影がいた。

「……なんで幽助のベッドにいるわけ!?」
「へっ?いや、ねみーって言うからじゃあ泊まってけよって…」
「泊まってく!? それに何!この箱!?」

テーブルの前に置いたままの、白い小箱を蔵馬は指す。

「な、何って…なんかしんねーけど、躯がオレに、って」

なあ、そうなんだろ?と困惑した面持ちで幽助は飛影に聞く。

「…ああ。躯が幽助に持って行けと言った」
「躯……?…あ!」

蔵馬の混乱した頭の中、急に歯車がカチリと合う。

「…あの女~」

躯の入れ知恵だ。
飛影にわざと菓子を二個渡し、たまにはお前が蔵馬をからかってやれ、とか何とか言って飛影を言いくるめたに違いない。
いつになくおかしそうに片頬で皮肉っぽく笑っている飛影がいい証拠だ。

「飛影…あなたそういうことをするんですね」
「何がだ?オレは届けただけだ」
「躯からなんて言わなかったじゃない!」
「そうだったか?知らんな」

飛影はひょいとベッドから起き上がる。

「気が変わった。お前の所に泊まってやる」

そう言ってまたもや窓の外へと飛び出して行った飛影を追い、蔵馬も慌てて追いかける。

「…な、なんなんだよおめーらは!!」

真冬の空に、幽助の怒声が響いた。
***
「あ、あ、…痛いっ!待て…!」
「待てない。オレを騙そうとした罰だよ」

ろくに慣らさずに押し込まれる痛みに喘いでいた飛影だったが、その言葉にニヤリと笑う。

「…ざまあないな。いつも人を騙しているんだから、な、アアアアンッ!」

太い部分がゴリッと入口を押し開き、襞を無理やり広げた。

「あ、痛、痛い…っくら…」
「ごめんなさいって言ったら、やさしくしてあげる」
「……フン。あ、ふ、アアア!」

ぐちっ、と音を立て、濡れてきたそこは口を開ける。

「あ、うっ!ああ……」
「ごめんなさいって言うまで、今夜は抜かないからね」

きつく閉じた目をゆるゆると見開き、飛影は笑った。
蜜で煮た果物のように、ドロリと甘く、笑った。

「…言わせてみせろよ」
「……言ったね。覚悟しなよ」

バレンタインにふさわしく、甘い蜜を垂らす二人の肉は、互いを求めて絡まり合った。


...End.