souvenir

「躯様は飛影を甘やかしておられる!」

憤懣やる方ないといった時雨に、躯は肩をすくめてみせた。

「そうかあ?」
「そうです。二日の休みを勝手に八日に延長するような者は他におりませんぞ。パトロールは仕事なのですぞ。他の者に示しがつきませぬ!可愛がるのはわかりますが…」
「まあ、確かにあいつはかわいいな。小さくて、生意気で。お前と違ってむさくるしい髭もない。胸毛もない。脛毛もない。全身つるつるだ」
「むさくる…!! つるつる…!!」

部屋の扉を開けた躯は、寝台の上に小さな包みが置いてあることに気付く。

「お、ちゃんと土産を買ってきたな。感心感心」
「躯様!部下である飛影が勝手に貴女様の部屋に出入りなど許しては…!」
「あーもう。なんでお前はそう口うるさい?ジジイか」

年齢だけで言えば、時雨は躯よりも年下だ。
ガーンという顔をしている時雨を尻目に、躯は小さな紙袋を手に取る。

白い紙袋の中には、淡いピンクの薄紙に包まれた箱。何やら読めもしない文字の彫られたガラスの小さな飾りとリボンがかけられている。

「へー。人間界の物はなんでも凝ってるなあ…」

意外にも、ビリビリ破くでもなく、躯は丁寧にラッピングを外した。
なんとなく部屋を出るタイミングを逃した時雨も、ふわふわとしたピンク色の薄紙や、解かれていくつやつやの白いリボンから目を離せない。

紫と、青と、透明のガラスを使い、蝶を象って精巧に造られた華奢な指輪。
蝋燭の灯が、ガラスの蝶を揺らめかす。

しばし無言で、躯は指輪を見つめていた。
灯に反射し、躯の白い肌に紫や青の光が映る。

「……綺麗だな」

静かな部屋に、ことんと落とされたひどく素直な言葉。
魔界の孤高の女王にはふさわしくない子供じみた声音に、時雨の胸はドクンと音を立てた。

人差し指、中指。薬指でようやくしっくり納まった指輪を、躯はしみじみと眺める。
美しいガラスの蝶は、美しさと同時に儚さも兼ね備えていて、それは人間の儚い生をも思わせた。

「…綺麗なもんだな、そう思わんか、時雨」

時雨の目に映る躯は、禍々しい傷跡が見えるにも関わらず、びっくりするほど…

「時雨?」
「はっ?はい!美しいものでございますな…」
「だよな」

美しいのは、貴女様だ。
どこぞの狐と違って、この武骨な男からは、その言葉は出てこない。
ただ目を泳がせて、自分の仕える美しい女王に報われない恋心を抱いているのだ。

ふと思いついたように、左手の甲を時雨に向けて、躯は首を傾げる。
短い髪がさらっと流れ、白い頬にかかる。その頬にも映る、紫。青。

「どうだ?似合うか?」
「は、あの、ええ、その」
「つまらんやつだな。あの色狐を見習って世辞の一つも言ってみろよ」

それでも機嫌を損ねていないしるしに、躯は白いリボンを金属の指先に巻き付け、ニヤッと笑ってみせた。

「不問に付すぞ。伝えろ」
「は?」
「飛影の無断欠勤は、不問に付す」
「いや、そのようなわけには!」
「不問に付す。オレの命令が聞こえなかったのか?」
「いえ…!決してそのような!…仰せのままに」
「髭面がむくれてもかわいくもなんともないぞ。まあ、むくれるな。しょうがないだろ?」

賄賂を受け取ってしまったからな。
躯はいつになくやわらかな笑みを浮かべて指輪にそっと触れた。

蝶の触角は触れるだけで折れてしまうのじゃないと思うほど、細く煌めく。

「そうだ。時雨、ちょっと来いよ」

言われるがままに、寝台の足下に跪いた時雨の手を、躯は取った。

「む、躯様…?」

シュルリと、白いリボンが結ばれる。
形良く蝶結びになったそれは、武骨な手、左手の薬指に、純白の蝶のようにふわりととまる。

「…お前にも、賄賂だ。下がれ」

しっかし似合わんなあ、と大笑いする躯に時雨は一礼をし、振り返らずに女王の部屋を出た。

自分の左手、儚い蝶を逃がすまいとするかのように、そっと手でおおったままで。


...End.