銀世界...年百年中

「それで構わん。どっちが行く?」
「俺が行く。ちと厄介な結界があるんでな」
「どのくらいかかる?」
「半刻もいらん。堀から脱出する」
「わかった。合わせて凍らせる」

次の仕事は、二夜後。
狙う城のすぐ近く、鬱蒼とした森の中に、陣というには豪華すぎる館はある。
森の緑は深く、風もあまり通らないほどに、みっしりと葉を繁らせていた。

廊下を音もなく、歩いていた。
商売柄、普段から足音を立てずに歩く俺たちの耳に、聞きなれぬ声がした。
それは、襖の向こうの部屋だ。

「でもなぁ」
「何がでも、だ」

蔵馬と目を見合わせる。
ついこの間入った新入りと、古参の手下の声だ。

「俺ぁ、あんまり人の下で働くのは好かんよ」

黙ったまま、蔵馬が面白そうに眉を上げる。
俺も同じように、眉を上げてみせた。

諾々と従う者より、他人の下で働きたくないと思っているやつの方が面白いし、大抵の場合は役に立つ。
お互いそう思っていることは、言葉に出さずとも伝わる。

「頭の屋敷に盗みに入るような間抜けが何を言う。白緑の森に手を出して、命があっただけありがたいと思え」
「頭といやぁ、あの隣にいつもいる、黒い服着た小さいの、あれ、見たことねぇ種族だ。何つぅ種族だ?雌雄もようわからんし」

小さい、と言われたことにむっとしたが、蔵馬は笑みを浮かべ、人差し指を唇の前に立てる。
どうやらもう少し、立ち聞きするつもりらしい。

「馬鹿!口を慎め」
「あの森でよぅ、あいつにあやうく殺されるとこだった。炎と氷を、両方使える種族がいるとはなぁ」
「あの方は、頭の嫁だ。あいつなどと馴れ馴れしい口を聞くな!」
「嫁ぇ!?」

すっとんきょうな声。

「そうだ。なんでも、炎と氷の合いの子らしい」
「嫁?頭の?炎と氷の合いの子なんて、聞いたこともねぇぞ」
「確かに他には聞いたことはないな。四百年ほど前にどこぞからさらってきて、娶ったと聞いた」
「四百年!? それからずーっと、一緒にいるってのか?」
「らしいが。俺も頭の下で働くようになって二百年ほどだからな。詳しいことは知らん」
「…すげえなあ。頭、ひでえ好き者みてぇな顏してんのに、よく四百年も同じ相手といるもんだなぁ」

そこで蔵馬がしかめっ面をし、俺はにやりと笑う。

「口を慎めと言っているだろう」
「いやぁ、ありゃ浮気もんの顏だと思ってたんになぁ」
「浮気どころか、離れているのを見たことはないって噂だ。それに…」

古参の方が、声をひそめる。
嫌な、予感がした。

「……ここだけの話だがな。閨の近くをうっかり通ったことがある」
「頭はいっつも、離れた部屋なんだろ?」
「そうだ。お二人はいつも同じ寝所なんだがな。あの声を聞いたら、離れを閨にするのも無理もないと思うだろうよ」

な!
聞いたのか!?

「…すげえのか?」
「すごい。聞くだけでおっ勃つような、声だった」
「はー。人は見かけによらんなぁ」

顔が、かあっと熱くなる。

頭にきた。
ぶん殴ってやろうかと襖にかけた俺の手を、蔵馬が止める。

「…くら」
「しっ。行くぞ」

口を押さえられたまま、蔵馬に引きずられるようにして、人気のない離れへ戻る。

「なんだあいつら!許さん!!」

部屋に入った途端、畳に寝ころがり、大笑いする蔵馬に向かって、刀を鞘ごと投げ付けた。

「…あっは!聞くだけでおっ勃つなんて、最高の褒め言葉じゃないか」
「殺すぞ!」

右手を構えた俺に、降参降参、と蔵馬はまだ笑いながら両手を上げて見せた。
腹立ちはおさまらなかったが、この森は暑い。これ以上無駄に暑さを感じたくはなくて、俺もごろりと寝ころんだ。

空気は乾いていたが、この森は本当に暑くて、俺も蔵馬もうっすら汗をかいている。
雪を降らせることもできたが、ここは敵の城の近くだ。わずかな妖気でも、気取られたくはない。

夜になった今は、畳の冷たさが心地よくて、手足を伸ばして横たわる。

「…飛影」

あんな話を聞いた後ではそんな気にはなれなくて、近付く手を振り払う。
なのに蔵馬はしつこく、衣の中に手を入れる。

「触るな」

ぺちっと手を叩いてはみたが、無駄なことなのはわかっている。

…四百年。
古参の手下の言葉を、思い出す。

あの日はもう、ずいぶんと昔のことのように思える。
隣に寝ころぶ狐と、あれからずっと一緒にいた。
共に眠り、共に目覚めた。四百年の間、ずっとだ。
どちらかが怪我をしているのでもない限り、毎晩交わった。

…毎晩という言葉にさえ、語弊がある。
朝だろうが昼だろうが、蔵馬は俺を、どこででも抱いた。
床の上で、土の上で、木の上で、水の中で。

たくさんの盗みをし、たくさんの場所を訪れた。
多くの場所を、知った。駆けた。

この森どころではない暑い場所もあったし、水の上に浮かぶ島もあった。砂しかない国もあったし、紺たちの故郷にも、訪れた。
ふかふかの狐たちが、野菜や米を作って暮らす村。紺たちによく似た顔の、気のいい村人たち。思い出すとつい、笑ってしまう。

炎を使い、剣を使い、今では雪も氷も使えるようになった。
何も出来なかった頃の俺の話を持ち出しては、紺と橙はいまだにからかう。

片ひじをついて体を起こす。
今まさに紐を解いた衣を脱がせ、片足を持ち上げるようにして広げたところだった蔵馬を、まじまじと見つめる。

「どうした?」
「よく、飽きないな?」

嫌味でもなんでもなかった。
四百年という言葉を、他人の口から聞いたからかもしれない。

「…お前は飽きたとでも言うのか」
「そうじゃな……ひっ!!」

蔵馬の舌が、持ち上げられた足を舐め上げ、股間に埋められる。

ぴちゃぴちゃと襞の中を探る舌。
それだけでもう、体中の力が脱けてしまう。

「んあん……ひ、あ、あああぁ…っ、ん、ふ」
「もうじき、満月だな」

べろりと舐め、蔵馬は呟く。
片方の手で、両の乳首をかわるがわる引っぱり上げながら。

「ん、んん、ああ…あ…そう…だ、な…っくう、ん」
「花嫁の満月は、まだ先だがな」
「あ、あ、あ、んんんん、あ、よく……憶え…て…る、っん!」

花嫁の満月。
初夜を迎えたあの日から、一年ごとの同じ日を、蔵馬はそう呼んでいた。

「憶えているとも。あの日から…今日で四百十一年と、七十二日だ」
「…は?…お前そんな、こと、まで…んーーーっ!! あ!」
「粗末な着物を着て、ちょこんと座っていたお前も、かわいいもんだったさ」
「んん!な、あ、あ、ああぁ…」

今の俺はもう、着物を纏うこともない。
蔵馬と同じように、動きやすく戦いやすい衣を纏い、過ごしている。

年に一度、花嫁の満月にだけ、紺がきちんと手入れをしてしまっておいてくれているあの着物を俺が纏うことを、蔵馬は望んだ。
あの時と同じ部屋で、交わることも。

「…あ、あ、あ、あ、あぁ…はぁ…」

肘をついていられなくなり、畳に顔をつける。
果実をしゃぶるように、襞とその奥とをしゃぶられ、我慢できずに漏らした。

噴き出した液に、蔵馬の顔が、卑猥に濡れる。

「ひあっ…!あああ…やめ…ろって…汚れる…だろ…っう!」

盗みに合わせて、この館を蔵馬が術で造ったのは三夜前だ。
その夜、暑さを厭って布団も敷かずにまぐわい、畳を散々汚し、部屋を替えざるをえなかったのだ。

ひどく汚れ、閨そのものの、強烈なにおいを放つ畳の部屋を、朝の光りの中で見た時の恥ずかしさといったらなかった。

「お前がこんなに漏らすのが、いけない」

唇を離した蔵馬は、くすくす笑いながら、今度は指でくにゅくにゅこねる。

「んあ!あ!ひああっ…んん…くら…ま!戸……閉め、ろ…っ」
「なぜ?暑いじゃないか」
「馬鹿…!! 聞かれる…!あああぁあ、ん!」
「それはまずいな。お前の声を聞くのは、俺だけでいい…」

両手は一時も止めないまま、足を伸ばし、蔵馬は器用に戸を閉めた。

「ふっあ!くら、あ、んんんん」

まだ触られてもいない尻の穴が、ひくひく動く。
それも全部蔵馬には見えているのかと思うと、数えきれないくらいしてきたことなのに、今もまだ恥ずかしい。いたたまれない。

香油を絡めた指を、蔵馬は入り口にあてがう。
くるくると円を描くように揉み、人差し指と中指をいっぺんに、中に押し込む。
根元まで入った指を、俺はたまらず締めつける。

「……んああ」

よく飽きないものだと、自分にも言ってやりたい。
どうしてこんなに、今も、まだ

「…く、ふ、んんんん…ん」
「ほら。どうして欲しいんだ?ん?」
「………ん、ふ」

答えるかわりに、指を追って、尻を動かす。
部屋は暑く、体は熱かった。

「飛影…」
「ああ、ああああああ!!」

指を入れたまま、体を起こされた。
あぐらをかいた上に、尻が浮くように抱き上げられ、じゅぷじゅぷと指を抜き差しされる。

「ひあっ!ああぁ、あ、あ、あ!」
「ん?どうした?」
「あ、もう、も…ふ、ひい……んぐ!!」

指が抜かれ、腰が落ちる。
呼吸を乱しながら見上げた先には、見慣れた美丈夫。

「次の…花嫁の満月は、特別だな」
「…ん、は…ふ…なぜ……だ、あ、んーーーっ!!」

ずぼりと、蔵馬が入ってきた。
腰を落とし、根元まできっちりおさめると、蔵馬はそっと唇を重ねた。

しばらく、互いの舌を味わう。

「…ん…お前は、五百歳になる」
「あ、あ、くら……うっ…」

軽く、前後に揺さぶられる。
硬い杭が、尻の中を刺激した。

「……氷河を、見せてやろうか?」

氷河。
久しぶりに聞いたその言葉に、体がぐっと強張った。

「……蔵馬…っ、ふあぁ…何…言っ、て…」
「何も堂々乗り込もうというんじゃない。そっと行って…妹の様子でも見たいだろう?」

雪菜。
遠くからでも、雪菜を見ることができる…?

「どうだ?」

ゆっくりと、蔵馬は動き始める。
動きに合わせ、俺も腰を上下に振り始める。

抜けそうになるぎりぎりまで引き、どすっと落とされる。
快感に背を反らし、噴き出すもので、前をしとどに濡らす。

「あっあっあっあっ、あっ!………くぅ、あ……必要…な、い」
「なぜ?何も…手出しは…しな…いぞ?」

蔵馬もまた、息を荒げている。
抜き差しに合わせて、銀糸も揺れる。

「あ、ああ、あ、あ、あっふう、あ…俺には…わ、かる…雪菜は…ちゃ、んと国を治めて……るっ…」

首に巻き付けていた腕を解き、両手で蔵馬の髪を、つかむ。

「だ、から……いい…ん、だ…俺の……っひぁ」

蔵馬の衣も、畳も、もうびしょびしょだ。
嗅ぎ慣れたにおいが立ち込め、粘る水音が響く。

「………俺の…銀世界は、ここにある」
「飛影…」
「だか、ら…」

どこにも行かない。
どこにも行けない。

「お前の…隣が……ふっう、あ!…俺のい、る…場所だ…」

金色の瞳が、笑みに細くなった。

「ああ!あああああ、あっ!あっあっあっ…」
「…飛影」
「あっあっ、んんん、ああぁ…くら…ま…」
「愛している…飛影」

どさりと押し倒され、顔に肩に、長い髪がふりかかる。
俺は尻を浮かし、激しく、淫らに振った。

…部屋は、明日また替えることになりそうだ。

銀糸を両手で大きくすくい、さらさらと流す。
銀色の奔流が、視界を埋める。

俺の銀世界は、変わらずここにあった。


...End.