小さな使者躾のなっていない子供だ。どうしてこんな子供を使者に立てたのかと、訝しんだ黄泉だったが、もちろんそんなことはおくびにも出さない。 案内の者がきちんと茶を出し迎えたにもかかわらず、使者は座ろうともしないでいる。 「躯からだ」 突っ立ったまま、小さな包みを差し出す。 「…確かに受け取った」 包みはわきに置き、黄泉は立ったままの使者に声をかける。 「座られてはいかがかな?躯軍の筆頭戦士殿に茶も出さずに帰したのでは、我が方の礼儀が疑われる」 「不要だ」 あっさりとした、乾いた返事。 盲の黄泉に目の前の者の姿は見えない。体温や微かな物音からでも体格の見当はつくものだが、さすがに顔の造作まではわからない。 だが、他の者から伝え聞いた情報によれば、小柄すぎるといってもいいくらいの体、肌は白くまるで氷の種族のよう、漆黒の黒髪は逆立ち、とても生意気そうな、大きく真っ赤な瞳をしているという。 「…なぜ躯はそなたを使者に?」 そうだ。筆頭戦士を敵方に使いに出すなど、普通では考えられない。 いくら躯軍のナンバー2とはいえ、黄泉の力には敵うはずもない。今は協定関係にあるといったところで、捕らえられ、殺されない保証などどこにもない。 黄泉とて、使いに出すなら大切な側近など選ばない。失っても大打撃にはならない、かといって礼を失しない程度の者を使いに出す。 それが魔界というもの、だ。 「…誰が来ようと貴様には関係ない」 口の聞き方のなっていないガキに、黄泉は眉をひそめる。 だが、自分を一瞬で殺すことのできる能力を持つ者の前に出て、心拍数になんの乱れもないというのは見事なものだと、感心もしてしまう。 「さすがは躯の、秘蔵っ子だな」 「…何か言ったか?」 いや、と微笑むと、黄泉は退出を促す。 「用が済んだのなら、お帰りいただこうか。ああ、そうだ」 今日は、蔵馬が来ている。 旧友だろう? 寄って行ってはどうだ? 微かに、部屋の空気が動く。 「…そうだな、寄らせてもらう」 すげない返事を予想した黄泉だったが、意外にもあっさりと提案を受け入れ、使者は部屋を出て行った。 なぜかほんの少し、体温を上昇させて。 ***
永い時を生きていれば、驚く、ということはそうそうなくなるものだ。かつての盗賊仲間であり今は片腕である男の部屋に、その旧友である敵方の使い。 興味本位で耳を澄ましてみれば、驚くような声が聞こえてきた。 ーごめん…つい夢中になって ー貴方といると、まるでヤリたい盛りのガキみたい よく知る男の、まるで知らなかった甘い声。 ー…このまま…してもいいぞ 先ほどまでの無表情で無愛想な子供の、艶を帯びた、声。 そこから先は、喘ぎ声と荒げた息遣い、濡れた棒が濡れた体内を穿つ、ぐちゅぐちゅとした音が続く。 ーひ、あ!ああ、あ、あ ーアアアアア!ア!ああ…っああ!! ーんんーー!! ああ、ああああ、くら、ま…くらま…っ ーひあっ、あ、うあ、くら…! 「……これはまた」 黄泉は、ひどく驚いた。 愕然としていると言っても、過言ではない。 なぜって、あの小さな使者の上げている声からすると、この行為は初めてでもなんでもないらしい。まるで、幾度も幾度もした行為であるかのように、慣れた様子で快楽を貪っている。 ーもう…もう、あ、ああ、蔵馬! かつての蔵馬は、性でもまた、美しいものを好んだ。 見目麗しく、素晴らしい体を持つ、男や女を。 けれど、彼には確固たるルールがあって。 男ならば、きちんと体の下準備を自分でしてくること。 男であろうが女であろうが、二度抱いてやることは、ないということ。 それを相手にも、きっちりと宣言していた。 あんな風に男の穴を慣らしてやることもなかったし、同じ者に二度目の寵を与えてやることもなかった。 同じ者を抱かないのは、情が移るからか? いつかそう問うた黄泉に、妖狐は嘲笑を浮かべた。 …向こうがオレに執着しすぎて、バカな真似をしないように釘を刺すためさ。 そう言って、恐ろしく綺麗な顔で、笑った。 笑っていたのに。 ーくら…ま…オレ、を… ー……好き、か? 邪眼師の、切れ切れの問い。 なんという、愚問。 あの、蔵馬に、妖狐蔵馬に何を聞く? さほどの美も持たない、成り上がりの邪眼師ふぜいが…! 黄泉は思わず、肘掛けを握りしめた。 ーオレは…貴方を…… ー貴方をね… ー……貴方を…愛してるよ… ー誰より何より、愛してる 何千年も生きた物の怪が、誰にも一度も与えなかった言葉を、邪眼師はいともたやすく手に入れ、さらに激しい嬌声を上げ続けた。 ***
返事をしたためていた筆が、乱れた。動揺するなどらしくもないと、黄泉は苦笑する。 「いかがなさいました、黄泉様」 不思議そうに尋ねる妖駄に、黄泉はなんでもないと首を振る。 「…人は変わるものなのだろうか、妖駄」 「…は?」 「いや、人が変わるのではなく…」 変える者に、出会ってしまったのかもしれんな。 自分の信念も信条も、何もかもを覆すような、者に。 少し乱れたとはいえ達筆で書き上げた手紙を、妖駄に渡す。 「これを躯のもとへ」 「は。…使者がまだ城内にいるようですので、奴に持たせましょうか」 「それには及ばぬ」 体の中にも外にも、べったりと蔵馬の精を付けた者に自分の文を渡すなど、ぞっとしない。 その憤りは、かつて自分が心の底から尊敬し…多分愛してもいた…者を手に入れてしまった者への、黄泉なりのささやかな嫉妬だったのかもしれない。 ...End. |