氷解

ーこれがあなたの石よ。

美しい細工の施されたガラスの鉢に積み上げられた、真っ赤な石。

石はたくさん、本当にたくさんあって、それはまるでお前はこの先ここで長い長い時を過ごすのだと宣言されているようで、気が遠くなった。
***
「飛影?」

名を呼ばれ、軽く頬に触れる手に、現実に引き戻された。
テーブルの上に並んだ食事。宿の朝食はスープと肉にパンというごく普通のものだったが、近くで採れるのだという赤い実が、鉢からこぼれんばかりに盛られていた。

「どうしたの?」

碧の瞳が、心配そうに俺を見ている。
どうにか鉢から視線を引きはがし、首を振った。

「なんでもない」
「…そう?」

蔵馬の引いた手が鉢に触れ、赤い実が一つテーブルを転がり、俺の手元で止まった。
はち切れそうな実はまるで、宝石のようで。

背筋にぞくりと、冷たいものが走る。

冷たい蒼い瞳。
冷たい手。
冷たい指。

そうだ。あの女の手は、いつでもひどく冷たかった。

「飛影、顔色悪いよ」

出発は、明日に延ばそうか?今回は急ぐ旅でもないし。
拾い上げた実を自分の口に放り込み、蔵馬が問う。

咀嚼された赤い実が蔵馬ののどをすべるのが、まるで見えるようだった。
給仕をしていた宿の女に、もう一泊したいと告げている蔵馬の声が、妙に遠く聞こえる。

なんだか、息苦しい。

まただ。 また、思い出している。
まだ、囚われている。

あの館に。
氷の女の、冷たい手に。
***
魔界中を旅しながら、めずらしい植物を採取し、栽培し、加工し、販売する。それが自分の生業だと蔵馬は言った。
そんなことで俺を身請けできるほどの金が稼げるなんて最初は信じられなかったが、一緒に旅を続けるうちに、どうやらそれはかなりの稼ぎになるらしいということはわかった。

家はあるんだけどね。いろいろな植物を採取したいから、魔界中を旅していることの方が多いな。
でも、そんな生活は落ち着かないかな?
お前が旅についてきてくれれば嬉しいけど、家で待っていても構わないよ。

最初の旅をする前にそう言われたが、元々俺もひとつの場所に留まりたい方ではない。
見知らぬ土地を見てみるのも、悪くない。

それに。
それに…俺はこいつと一緒に、蔵馬と一緒にいたかった。

髪に触れる手、合わせた唇、汗ばんだ肌のぬくもり。
体の中に入ってくる熱くて硬いもの。

…この男が、好きだ。
旅だろうがなんだろうが、一緒にいたかった。

こうして、蔵馬と共に旅をする生活が始まったのだ。
***
「おいで飛影。もう一泊取ったから」

ぼんやりしたまま手を引かれ、本当は今朝立つはずだった部屋に戻る。
仕事の早い宿なのか、すでにベッドは綺麗に整えられていた。

「ね?急がないから。もう一日、ゆっくり休もうよ」

笑って言う蔵馬から、俺は目をそらす。

こんな風に時々、俺は蔵馬に迷惑をかけている。
なのに、蔵馬はまるで迷惑なんかではないかのように、俺の調子を優先して、旅の予定や、時には行き先さえも変えてしまう。

愛してる。
蔵馬はよく俺にそう囁く。

好きな男が自分を愛していると言ってくれて、優しくしてくれて、想ってくれている。
なのに何の不満があるというのだ?
一体俺はなんだってこんな風に調子が狂ってしまう?

支度を終えていた鞄から蔵馬が再び中身を取り出すのを、整えられたベッドの端に座り、眺める。
蔵馬は二三日前に採取した薬草を、陽に当たるよう窓際に並べ始めた。

ブーツを脱ごうと手をかけ、自分の手が震えていることに気がついた。
薄く削り出した石でできたボタンを、外すことができない。

わかっている。
何にこれほど心乱されているのか、わかっている。
鉢に盛られた赤い実は、俺がたったひとつしか使わなかったあの石に、よく似ていた。

この間もこんなことはあった。あれは何だった…?

…そうだ。グラスだ。
蔵馬の商売相手だというやつの家で出された、酒の入ったグラス。
男がピンと縁を弾いた瞬間、グラスの中に現れた氷に、俺は情けないほど震え上がった。

氷の種族なら誰でもできることだし、別にあの女の特権でもなんでもない。

でも。ああ。
だめだ。だめなんだ。

心を持たない、操り人形の雪うさぎ。
俺を値踏みするあの蒼い瞳。
妖気を封じられていた俺をやすやすと組み敷き、尻の中に口の中に、無理やり突き込んできた、男たち。

激しい痛み。
耐えられない屈辱。
客が帰った後、俺は決まって嘔吐し、体中の皮が剥けるほど強く全身を洗った。

窓辺にいる蔵馬が振り向かないよう祈りながら、震える手を、ぎゅっと握る。

…だめだ。
あの館での日々が、時折何かのきっかけで、覆い被さるように何もかもを包んでしまう。

何よりこわいのは…
蔵馬と交わす時でさえ、思いだしてしまうことが、あることだ。
***
「ん、ふ、あ……っ」
「…飛影…」
「っん!あ!あっ…う!!」

ずりゅ、と引き出されたものが、また一気に押し込まれ、奥を突く。

ぬるぬるして、熱くて、硬い。
それが腹の中にどぷっと液体を放出するのを感じて、俺もまた、いきつく。

「…くら…ま…」

互いに息が上がったまま、真っ暗な部屋で、しばらく抱き合ったままでいた。
いつもなら一緒に風呂場へ行き、蔵馬が中を洗ってくれるのだが、今夜は俺は疲れすぎていた。
多分蔵馬の言う通り、大人しく眠るべきだったのだろう。

誘ったのは、俺だ。
調子が悪そうだから、今夜は眠った方がいいと言う蔵馬を押し切り、服を脱いだ。

どうしても、したかった。
昼間の亡霊を、追い払いたかった。

「お風呂、行ける?」

俺は力なく、首を横に振った。
たったの二回しただけなのに、くたくただった。
もういい、今夜はこのまま、眠りたい。

「しょうがないな」

クスクス笑いながら、蔵馬はベッドの足元に立つ。

「掻き出しとかないと。明日お腹痛くなるから」

蔵馬の手が、仰向けに寝たままの俺の両足を広げた。

ー最初は誰でも痛いものよ

「…ひっ」

背筋を氷が、すべり落ちた。

ーほら、足を広げて
ー痛いのはしょうがないわ。裂けたのよ
ー中を洗って薬を塗れば大丈夫
ー大人しくしていなさい


「…ぁ…あ!」

蔵馬の手を蹴り上げ、転げるようにベッドから降りた。

「飛影!?」

初めての夜、初めて客を取ったあの夜、初物に慣らさずぶち込むのが好きだと言ったえらく大柄な男。
用意されていた油も使わずに俺の尻を開き、丸太のようなそれを押し込んだ。

犯されることへの怒り。恥辱。恐怖。激痛。
真っ赤に染まった白い寝具。
叫び、わめき、もがき、結局気を失った。

目を覚ました時にはもう客はおらず、氷の女が俺の足を広げ、冷たい指で中を探っていた。

ーここと、ここ、ああ、ここも裂けたわね
ーあなたのここはきついのにとても柔軟よ。すぐに塞がるわ
ーじっとしなさい。中を洗わなければ、明日辛いのはあなたよ


雪うさぎたちに押さえつけられ、なすすべもなく、痛みにうめくしかなかった、あの夜。
体の中を外を、氷の指、が…

「飛影!」

床に丸くなり目を閉じ、がたがた震える俺を抱き起こそうと、蔵馬が手をかける。

「触るな!! 俺に触るな!!!!」

肩におかれた手を、震える手ではねのける。
息ができない。震えがおさまらない。

寒い。とても寒い。
ここに、この部屋に、あの女がいるんじゃないか…?

「……飛影」

ゆっくりと、そっと、蔵馬が俺を抱き上げた。
裸のままの俺を膝に抱き上げ、背中をさする、あたたかい手。

ようやくここが、娼館の無彩色の部屋でないことに気付いたが、震えはおさまらない。

泣きたく、なる。
自分のふがいなさに、情けなさに、弱さに。

いったいいつから、こんな風になった?
いったいいつまで、俺はあの館にいるんだ?

「……蔵馬…」

碧の瞳が、俺を見つめている。
いい加減こいつだって、俺に愛想がつきてもいいはずだ。
***
目を覚ましたのは、朝だった。
結局昨夜は、ベッドに戻され、抱きしめられたまま、眠りに落ちた。
何か睡眠薬のようなものを飲まされたのだろう。何の夢も見ずにたっぷり眠り、気付けば体の外も中も綺麗に洗ってあり、寝巻きも着ていた。

「おはよう」

料理の並べられた盆を持った蔵馬が、部屋に戻ってきたところだった。
朝食を部屋で食べようと持ってきたらしい。
赤い実や氷の入った飲み物が見当たらないことに安堵した自分に、無性に腹が立つ。

「……蔵馬」
「ん?ほら起きて。冷めちゃうよ」

ふと部屋を見渡せば、鞄も薬草も昨日のままだ。手早く荷造りをする蔵馬らしくもない。

「蔵馬、今日は立つんだろう?」
「いや、明日にしよう」

千切ったパンを俺の口に押し込み、蔵馬は言う。

「明日?なぜだ?」
「今日はここで、やることができたから」
「…そうか」

役立たずの俺としては何も反論することはなく、黙って食事を片付けた。
***
「さてと」

食事を終え、盆を扉の外に置いた蔵馬は、中途半端に開いていたカーテンをきっちり開け、止めた。
今にも雪の降り出しそうだった昨日とは打って変わって、今朝は眩しいほどの晴天だ。

部屋の窓は大きくて、部屋のすみずみにまで、光が行き渡る。

「飛影、来て」

ベッドに座らせられる。
蔵馬が俺の足元に跪き、両の手を取り、口づけた。

「蔵馬…?どうした?」
「今日は、目をつぶらないでね」
「…何?」

寝巻きの帯を解かれ、ようやく蔵馬が俺を抱こうとしていることに気付く。
朝から?こんなに明るいうちから?
別に俺は構わないが、どうしたというのだろう。

やわらかな生地の寝巻きが肩をすべり、下りてきた唇を俺は受け止めた。

「だめだよ、飛影」

急に唇を離され、言われた言葉に俺は驚く。
何を言われているのか、わからなかった。

「目を閉じないでって、言ったでしょう」
「…え?」

自分が目を閉じていることに、気付いていなかった。
そうだ。閉じるなと言われたっけ…。

「俺は…」
「気付いてないだろうけど、してる間、お前はいつもほとんど目を閉じてるよ」
「…そ、そうなのか…?」

そんなことは意識したこともなかった。
しかし、ずっと目を開けているなんていうのも変じゃないか?
なんだか恥ずかしいじゃないか…?

思わず目を泳がせたが、蔵馬はいたって真剣な顔で、俺を見つめる。

なんだ。なんなんだ?
なぜ急にそんなことを言う?

「今、お前を抱くのは、俺だよ。これから先も、俺だけだ」
「何を…言って…」

くそ。
こいつはわかっているんだ。

俺が怯えていることを。
まだ雪嶺館を忘れられずにいることを。

「………俺に…うんざりしないのか…?」

俺だったら愛想が尽きる。
大金を払って助けてやったやつが、こんなに腑抜けだったら殺してやりたいところだ。

「雪嶺館を忘れられないのは…お前のプライドが高いからだ」

頬がカッと熱くなる。

プライド。そうだ。
あの館に囚われたのは、誰のせいでもない。自分のせいだ。
なのに、自分さえ守ることもできなかったくせに、プライドだけは持っていて、毎日毎晩、俺は傷付いていた。

…傷付くだと?
俺はケチな盗賊だった。ヘマをして捕まり、娼館に売り飛ばされた。
逃げ出す力はなかった。それなのに体を売ることに慣れることもできなかった。

傷付くが聞いて呆れる。
いっそプライドなんぞ捨てて、あそこで割り切って働いているやつらの方が、俺よりはよっぽど根性があったんじゃないか?
俺は、プライドだけ高くて、それを打ち砕かれたことを今もまだ忘れられない、最低の…どうしようもない…

「飛影」

また、自分が震えていることに気付いた。
自分が情けなくて、不甲斐なくて、もう、何もかも。

「飛影。俺がね、お前を欲しいと思ったのは、お前が高慢ちきなプライドで、その赤い瞳で、俺を睨んだからだよ」
「………なに?」

俺を見つめて、蔵馬は続ける。

お前は、屈してなかった。
あの場所に、甘んじてなかった。受け入れてなかった。
俺を拒絶する、あの強い視線に、俺は射貫かれた。

「簡単に手折れる花なんて興味はないよ。お前のプライドの高さに、俺は魅かれたんだ。だから」

傷付いていることを、恥ずかしがることなんてない。
お前が雪嶺館の記憶に、怯えようが震えようがわめこうが、俺は側にいるから。

蔵馬の言葉に何も返せず、俺はただ唇を噛んだ。

「目を開けて、ちゃんと見ていて…。お前を抱くのはもう、雪嶺館の客じゃない。この俺だ」
***
「んん…っあ、あ…」

ベッドの縁に座り、広げられた足の間に、蔵馬が顔を埋めている。
蔵馬の口の中はあたたかくて、すぐに出してしまいそうになるのに、俺がふいに目を閉じてしまう度に、根元をぎゅっと押さえられてしまう。

「あっう!…あ、くら…」
「目を開けて。ほら」

しぶしぶ目を開けると、また蔵馬の舌が動き出す。
ぐるっと舐められたり、軽く歯を立てられたり、先っぽの小さな穴を舌先で突かれたりで、あっという間に俺は精を飛ばす。

「んん!あっ…ああああ…」

目を開けているせいで、蔵馬ののどがごくりとそれを飲み込むところまで見えて、いたたまれない。
小さな実をつぶして、ぬるぬるした液体をたっぷりと蔵馬は指につける。

「目をそらさないで。ちゃんと見て」
「あ…っ」

座ったままで、曲げたままの足を、さらに大きく広げられる。
尻の一番奥、自分では見えない場所を凝視されているのを自分で見ているのは、死ぬほど恥ずかしい。
ぬるぬるした指が、くるくると入口をなぞる。

「くら…もう、っっあ!」

ぬぷん、と指がさし込まれた。

異物感、違和感。
けれども蔵馬の指はあたたかい。

「ん、ん、ん…」

くちゅくちゅと硬い入口を解し、中を弄り、時々奥へ入る指。
思わず目を閉じ息を漏らしては、目を閉じてはいけないと、咎められる。

「も…う無理…見…たくない…うっぁああ!」

指が二本、根元まで押し込まれる。穴がヒクヒク痙攣するのが、自分でもわかる。
それだけでまたイキそうになって、歯を食いしばり、堪える。

「我慢しなくていいから」

声上げて、いっぱい出していいよ。
でも今は目をつぶっちゃだめ。

優しいが、決して譲らないその声音に、またどうにか目を開ける。
見下ろした下肢。尻の中に、蔵馬の指が入っている。

「うっうっうっ…う」

指が激しく抜き差しされる。
さっき出したばかりなのに、俺はもう腹につきそうなほど勃起している。

「…っア!」

どろっと吹き出したものを蔵馬の左手が受け止める。
独特のにおいが、潤滑剤の実のうす甘いにおいに混ざる。

「蔵…く、らま、あ」

指が抜かれた。
抱き上げられ、膝の上に向かい合って座らせられる。

「……!」

濡れた尻が、すうすうする。
黒い毛の中から、赤黒く太いものが突き出しているのが、見える。

「あ……くらま…」
「愛してるよ、飛影。俺を見て…」

ぐっと硬い先端が押し付けられる。
それが俺の尻を、穴を、開いて…

「ン!ア!アアアアアア、ア、アーーーーーッ!!」

ぐぷぐぷと音を立てて、俺の尻に飲み込まれていく。

「んん!ぐ、う、あ、あ、あああああ!!」

ひといきつく間もなく、蔵馬が動き出した。
それは痛みと、吐き気と、快感を伴って、俺の腹の中を暴れ回る。

「アッアッアッアッ、ア、ア!」

さすがに結合部は見えないが、自分の下腹部に、その下に覗く蔵馬の下腹や黒い茂みや根元に、もう今は、そこから目が離せない。

俺は目を見開いて、そこを凝視していた。

蔵馬が、入る。
出る。

入る、出る。
入る、出る。
入る、出る。
奥を、突く。痛いくらいに、突く。

痛い気持ちいい怖い痛い気持ちいい気持ちいい。

「あっあ!ア、ア、ア、くら!」

蔵馬の指が、勃起した俺のものをつかみ、しごく。
もう片方の手が、乳首をつまみ、ひねる。
もっと足を開かれた。もっと尻を開かれた。もっと奥に入ってきた。

「ア!ア!ア!ア!ア!アウ!アアアアーッ!!」
「飛影…!」

入る、出る、入る、出る、入る、出る。
尻の穴が擦り切れそうな勢いで、蔵馬の股間が俺の尻に叩き付けられる。
赤黒い太いものが、何度も何度も突き込まれる。

「ヤア!ア!…っひ!あ!アウ!アウ!アアアーーーーッ!!」
「飛影…見て…。俺を見て…っ」

どろどろした下肢からどうにか顔を上げ、汗ばんでいる蔵馬の顔を見る。

「くら…ま…くらま…アン、ン、ン、ン…ん」

快楽と痛みに、涙があふれ、視界がぼやける。
蔵馬の綺麗な髪が顔が体が、ぼやける。

「や、ア、あう、あ、あ、あ…」

もう、どこを見たらいいのかわからない。
脳みそが、溶けてしまいそうだ。

自分の頬に、汗ではない液体が伝うのを、感じる。

「見て…飛影…愛してるよ…俺を見て…俺だけ…」
「……ヒ、ア、んん…見……てる、から…」

俺の視界には、蔵馬だけだ。
俺の腹の中にあるのも、蔵馬だけだ。

他には何もない。
氷の女も、冷たい館も、
全部全部、この碧の瞳に、溶かされてしまった。

体の中が、胸の中が頭の中が、
蔵馬だけで、いっぱいになる。

「……くらまっ…ひあ、あ!蔵馬ァ!!」

目を開けたまま、碧の瞳をしっかりと見つめたまま、
体内に注がれる大量の熱いものを、全部受け止めた。
***
うとうとしたのはほんの数分だったと思う。

部屋は明るすぎて、蔵馬の腕は俺をきつく抱きしめたままで、恥ずかしくて起き上がることができない。
寝たふりをしようかとも思ったが、目覚めた途端に跳ねだした胸を蔵馬の手に探られて、徒労に終わる。

「飛影」

しょうがないので目を開けると、そこにはまたもや碧の瞳。綺麗な顔。
こんな綺麗な男が俺のことを好きだとか愛してるだとか、もしかしてこれは全部夢なんじゃないか、とふと思う。

「んー。飛影」

額とまぶたと唇にキスを受けて、どうやらこれは現実らしいと思い直す。
クスクス笑いながら、蔵馬はしつこく、首に鎖骨に胸に、吸い付くようなキスをする。

「やーめーろ!」
「やめない。いいじゃない飛影。ひーえい」

下腹や太股の内側をきつく吸われ、くすぐったさに身をよじる。
あんまりしつこく蔵馬が体のあちこちを吸うせいで、二人して笑いながらベッドから転げ落ちてしまった。

「あいたた」
「お前が悪いんだろうが」

蔵馬が運ばせたのか、ドアの前には水の入った瓶とグラス。
グラスには、キラキラ光る、氷。

さっきまで散々声を上げていたせいか、喉が渇いていた。
俺は手をのばし、こぼしながら水を注いで、一気に飲み干した。

「俺にもちょうだい」
「自分で…おい」

俺が注ぎ足したグラスを奪って干し、蔵馬は氷まで口に含む。

「ん…」

合わせた唇から、氷がすべりこむ。
冷たくて、硬い。

「…大丈夫?」

心配そうに眉をひそめる蔵馬に、ニヤリと笑ってやる。

「何がだ?」

口の中の氷を、ガリッと噛み砕き、飲み込んでやる。
蔵馬の顔が、みるみる明るく輝く。

「飛影!」
「…わっ!」

もう一度押し倒され、床に頭をぶつける。
二人して裸のまま、転がりながら上になり下になり、腕をからめ足をからめ、キスをした。
目を開けていても閉じていても、ちゃんと俺には、蔵馬が見える。

もうこわくない。
何も、こわくない。

「もっかいしようか?」

嬉々として言う蔵馬に、俺も笑ってやる。

「…する」

する。何度でも。いつまでも。
魔界中を旅して、魔界中で、こいつとする。

雪の国も、氷の国も、旅したい。
こいつと一緒なら、どこへでも行ける。

どこまでも行ける。

「ほら、さっさと来いよ」

明るい部屋の、明るい床の上で、俺は大きく足を広げてみせる。

文字通り覆い被さってきた蔵馬を受け止め、
降り注ぐ光の中で、俺は目を閉じた。


...End