雪嶺館へ

古いがよく磨き込まれたドアを開ける。
外の吹雪が嘘のように、店内は暖かで酒場独特のにぎやかさに満ちていた。

雪を払い落としながらカウンター席に向かう。

「何にする?」

席にまだ座らないうちに店の主人と思われる女が声をかけた。チラッとカウンターの背後を見ると見慣れない酒瓶がずらっと並んでいる。

「なんでもいいや。おすすめの物で」

ドアと同じく磨き込まれた木の椅子だ。

「あと二軒か…」

暖かな店内にほっと息をつき、腰を下ろしながら蔵馬はつぶやく。

「はいよ」

女主人がグラスと、得体のしれない実の入った皿を滑らす。フードを取った蔵馬の顔を見て女主人がヒュウと口笛を吹いた。

「なんだあんた。雪嶺館の新入りか?」

からかうような口ぶりだ。
その言葉にカウンターにいた何人かの客がドッと笑い出す。訳が分からずキョトンとする蔵馬に、女主人が自分も笑いながら言う。

「悪い悪い。冗談だよ。町外れに雪嶺館って娼館があるんだ」

知っている。その娼館が目的地だ。
女主人が続ける。

「この街じゃ綺麗な女や男を見かけると冗談で雪嶺館の新入りか?って聞くんだ」
「そりゃどうも。その娼館はそんなに綺麗な娼婦が多いのか?」
「噂じゃあな。なんせこの街は娼館だけで成り立ってるような街だが雪嶺館じゃあ相場の十倍以上もの値段を取るらしいぜ」
「へえ?十倍ねえ?それはすごいね。そんなに上玉が?」

これからその雪嶺館に行く事はもちろん伏せて蔵馬は問う。

「さあな。俺でさえ雪嶺館の娼婦たちを見た事がないんだ」

街の者が姿を見たことがないとはどういうことだろう?
蔵馬は首を傾げて女主人に先を促す。

「館の外は出歩かないらしいし、なんせうちに飲みに来る客はそんな高級娼館には縁が無い奴ばっかりだしな」

ニヤリと笑う。
客達から、悪かったな、という茶々が入る。

だがこの女主人も顔の半分をめちゃめちゃにしている傷跡と半身が機械である事を除けばそうとうの美人だ。

「あなたも雪嶺館の新入りになれそうだけどな」

金もらって抱かれるなんざ勘弁してもらいたいね、性に合わない。 俺には酒場の主人が合ってるよ、と女主人はカラカラ笑った。

…なかなかいい女だ。でも今日は仕事だ。
仕事以外の情事に手を出している場合じゃない。

酒を飲みながら考え込む。
今日だけでこの街の娼婦を四人抱いた。
三人は女で一人は男娼だった。四人とも違った。あの情報屋は腕は確かなんだけどな…ということは残りの娼館にも行ってみるしかない。

行ってみる、たってね。
娼館に行った以上誰かしら買わねばならないし、買った相手に何もしないで帰れば怪しまれる。

いらぬ噂はたてたくないが、三人目くらいからはうんざりしてきた。

手がかりはこの街の娼婦だということと赤眼だということだけ。
まあ茶色の眼かなんかじゃなくて良かった。茶色だったら百人くらいと寝なきゃならない。

なにせ、赤眼はあまりいない。
***
雪嶺館は大きな館だった。

古く、豪奢で威圧感のある石造り。
大きな窓がいくつもあるのが遠目に伺えるのだが、なぜか中は見えなくなっている。中から外は見えるが、外からは見えないように術がかけられているのだろう。

相場の十倍以上、という酒場の女主人の言葉を思い出す。

ここ雪嶺館の主人は厄介そうだ。
きっと千年も生きているようなやり手婆さんだろうと想像して溜め息が出る。

通りからは見えない、奥まった場所にある玄関。厳めしいノッカーを二、三度鳴らすと、扉が開いた。

誰もいない。

ふと、気配を感じて足下を見ると、雪うさぎがいる。
入れ、というように奥を示す。
奥にも何匹かの雪うさぎがぴょんぴょんと行き来しているのが見える。どうやらこの館の召使いのようなものらしい。

雪うさぎは蔵馬を応接間らしい部屋の中へ招き入れると、チリチリと小さな鈴を鳴らす。 奥のドアから出てきたのは主人ではなく、娼婦だった。

水色の髪、氷を思わせる瞳。雪のような肌。
あたたかみのない、怜悧な美貌。

「いらっしゃいませ」

微笑んでいるが、目は冷たい氷のままだ。

「この館はきみだけなの?」

だとしたらこの娼館もはずれだな、と蔵馬も微笑んで問う。

「いいえ。二階の広間にうちの子たちはおりますの」

冷たい笑みを浮かべ、続ける。

「初めての方には、先にうちのルールをご説明させていただきますわ」

雪うさぎが飲み物を運んできた。
蔵馬に暖炉の前のソファを勧めながら、少女は言う。

「申し遅れました。私はこの館の主、雪菜と申します」
***
この階段を上った先の広間にうちの子たちはおりますの。
どの子も私のかわいい子。
先程ご説明したルールは決して破られませんようにね。

破った客はどうなるの?と冗談ぽく聞く蔵馬に雪菜は笑いながら答える。

命で払って頂きますわ。
ああでも、あなたはとても綺麗。あなたならかわりにここで働いてもらってもいいかもしれませんわね?

ほの暗い階段を指し示す。

「あちらの階段からどうぞ。ご案内いたしますわ」
***
大きな暖炉の火が照らし出す豪華な広間。
娼婦は十五人…そのうち四人は男娼だ。早い時間に来たのだから、多分全員いるはずだ。

全員、驚くほど美しく、高価な衣装に身をつつんでいる。
おまけに、皆ほとんど人間と変わらない容姿をしている。魔界での美醜は人間に近ければ近いほど美しいとされるのだから、すごいものだ。

みな、客である蔵馬に微笑んだが、媚びるでもなく、飲み物を飲んだり、本を読んだりと 自由に寛いでいるように見える。

蔵馬は内心、舌を巻いていた。
さきほど雪菜と名乗ったこの館の主は少女のように見えた。もちろん妖怪の年齢は見た目通りとは限らない、とはいえそれほどの歳ではないだろう。娼婦達のレベルといい、館を覆う強大な妖気といい、この女主人はかなりの者だ。

「どの子が気に入りまして?」

見渡す。
目当ての赤い眼の者は一人しかいない。
髪も肌も蜂蜜色のグラマラスな娼婦が暖炉の火に指輪を翳して眺めている。

眼は、深いワイン色だ。

「彼女がいいな」
***
ふうっ、と満足そうに息をついて、杣と名乗った娼婦は起き上がった。蜂蜜色の髪が背中に波打っている。

「いい日だな今日は」

こんないい男が相手なんて。しかもめちゃくちゃ上手。
あんまりいい男だから、どんな変態プレイに付き合わされるのかって 心配しちゃったよ、と杣はクスクス笑う。

ハズレた。

いや娼婦としては大当たりなのだが。
この子も違った、と傷一つないなめらかな背中を見つめて 蔵馬は小さく溜め息をつく。

狙っている物がある。

この街の外れは、深い森の入り口に続いている。
その森の奥深くにある洞窟に咲く花、銀嶺花。
それがお目当てだ。

だがその洞窟は封印されている。
森に住んでいた一族が代々解呪の言葉を知っているのだが、この一族は絶えて久しい。 もちろん生き残りが何人かはいるはずだ。
やっと得た情報で、そのうちの一人がこの街の娼館にいるらしいとわかった。

あの一族はみな眼が赤い。
解呪の言葉は背中に小さく彫られている。

これだけの情報じゃあなあ。厳しいや。

片っ端から寝てみればわかるけど、あの花は三つの月が昇る夜にしか咲かない。
三つの月が昇るのは明日だ。
明日を逃せば一年待つ事になる。

まあ、気は長い方だ。今年は諦めるか…。
上機嫌で酒を作る杣を眺めながら、雪菜の言葉を思い返す。

時間は、夜明けまで。
うちの子たちはどんな事でもお相手しますわ。

どんな事でも、に力を込めて言う。

でも、うちの子たちを殺すのはお断り。
不具になるような再生不可能な傷を付けるのもお断り。

それ以外は、何でもどうぞ。
そう言って雪菜は微笑んだ。

それと、一度指名した子をまた指名するには「石」が必要です。

石?と首を傾げて蔵馬は問う。

事が終わった後、その娼婦から石をもらえたらまたその子を指名することができます。 もらえなかったら、その子とはそれっきり。別の子はもちろんご指名いただけます。
おわかりになりまして?

わかった、と頷く。
娼館にしては変わったルールだ。
娼婦にも選ぶ権利があるとは。

はい、と酒を差し出される。
礼を言って受け取ると、杣が小さな石を弾くようにして蔵馬に投げた。

「光栄だな。俺はまたきみを指名できるってわけだね」
「もちろん。でも他の子も試したければ気にしないでね」

杣はクスクス笑って言った。
丸い石は、彼女の髪と同じ蜂蜜色だ。雪嶺館の刻印と、杣の名が小さく彫られている。

「髪の色に合わせてるのかな?」
「そうみたい。雪菜様が選んだの」

娼婦の各自の部屋のインテリアも、服や装飾品も、 何もかも女主人の雪菜が選ぶのだと杣はいう。

雪菜様とは服の好みはあんまり合わないのよね、と杣はぼやく。
部屋もドレスも、よく似合っているよ、と蔵馬は笑う。

濃厚な蜂蜜を思わせる石を手のひらで転がす。
きれいな石だ。でも、

「でも、君の石なら赤かと思ったよ」
「え?ああ、眼が赤いから?ここには赤眼がもう一人いるんだ。その子が赤い石なの」

もう一人?
さっきの広間にはいなかったはず…。
来年まで待たなくて済むかもしれない。

「ふうん。その子にもお目にかかりたいな」

姿も見ていないうちからあまり熱心になっては怪しまれる。
杣の蜂蜜色の髪を指に絡めながら何気ない声で言う。

「今日は具合が悪くて休んでるの」

昨日ひどいお客様に当たったみたいでね、でもあの子はそういうお客様に好まれるの。 なんていうか、虐めたくなる感じの子なのよね。杣はグラスの酒をなめるように飲みながら続ける。

「この館には医者はいないの?」

娼館には暴力的な行為を好む客も多い。傷を負わされるのは日常のはずだ。
普通は医師や薬師を抱えているものだ。

「いないの。雪菜様が大抵のものは直せるの」

でもあの子は雪菜様に診られるのが苦手みたい。
なんせ私たち、妖力をほとんど封じられちゃってるからなかなか怪我が直らないの。なのにね、診られるのは嫌みたい。だからあの子、寝込んじゃうことが多いの。

変な子でしょう?と杣は首をかしげる。

面白い子だね、しばらくこの街には来れないから、その子にも会いたいなあ、と言う蔵馬に、杣はうーんと呟く。

「今日は食事の時も見かけなかったから無理だと思うけど…」

言いながら杣はベットをするりと降りる。
蔵馬もその後を追って部屋を出た。

それにしても広い館だ。
いくつかの廊下を右に左に折れ、ようやくその部屋の前に来た。どのドアもみな同じなので、元の場所に戻ったような奇妙な錯覚を覚える。

杣が指にはめたいくつもの指輪で、ドアをノックする。
ドアから出てきたのは雪うさぎだ。どうやら一人ひとりにも召使いとしてついているらしい。

雪うさぎを撫でて、杣は言った。

「飛影に言って。お客様よ」
***
部屋の空気は澱んでいた。
血と汗のまざった濃密なにおい。

苦痛のにおい。
ベットの背にぐたりともたれた少年は、うつむいているために表情はわからない。

それにしても…貧相な体だ。

小柄だし、痩せ過ぎている。手も足も細い。
側に立つ杣の、長身でグラマラスな姿態のせいでますますそう見える。

おまけにこの部屋は白と黒、それにグレーの無彩色だけで構成されている。これも女主人の趣味なのだろうか?

杣が何かを耳元で囁くと、ようやく少年は顔をあげた。
目が合った瞬間、なぜこの部屋が無彩色で彩られているのかわかった。

青ざめた白い肌、漆黒の髪。

赤い眼。

滴る鮮血のような赤。宝玉のような輝き。
色のないこの部屋で、眼だけが際立っている。

「…今日は休みだ。なんなんだそいつは」

子供のような姿に似合わない、低く小さな声。
熱があるのか、潤んでいる赤い眼が蔵馬を睨む。

顔立ちは悪くない。が、愛想はまるでない。

高級娼館の者とは思えない。
とはいえ、人の好みはいろいろだ。
この可愛げのない感じを好む客もいるのだろう、と蔵馬は内心で呟く。

「なんなんだはないでしょ?お客様よ」

休みなのは知ってるけど、どうしてもって言うから、と杣が肩をすくめる。

なんなんだ、と言いたい気持ちもわかる。
商売用の服ではないのだろう。飾りのない白くやわらかそうなローブ。そこからのぞく手足も肌もメチャクチャだ。

至る所に鞭や火傷の跡がある。
細い腕の片方は折れ、紫色に腫れ上がっている。
右足首は奇妙な角度にねじれ、ふくらはぎはパックリ口をあけた傷が薄い肉の断層まで覗かせている。
他にも無数の細かな裂傷や火傷が、じくじくと血を滲ませているのを見て、蔵馬は肩をすくめる。

これじゃあ熱もひどいだろう。
こんな子供は趣味じゃないしなあ…と内心ぼやく。

「出て行け。今日はだめだ」

イライラした言葉が終わらないうちに、またも別の雪うさぎが部屋に入ってきた。

「どうしたの?」

女主人が入ってきた。蔵馬に軽く会釈をする。

「何か不手際でも?杣はお気に召しませんでした?」
「いや、最高だったよ。赤眼が好みなんだけど、もう一人いるっていうからお目にかかりたくてね」

まあ、と雪菜は微笑む。

「もう一人ご指名ですの?ありがとうございます。でも、この子はご覧の有り様ですの。今日はろくなご奉仕はできませんわ」

これにお相手させては雪嶺館の名折れ、今日は他の子にしてくださいな、と 飛影を見下ろし、冷笑を浮かべる。

この主人には誰も逆らえないのだろう。
飛影と呼ばれた少年はまたうつむいてしまっているし、杣も無言で蔵馬に腕を絡め、寄り添っている。

「構わないよ。杣にたっぷり奉仕してもらったから」

この子気に入ったな、俺が奉仕するってのはどう?そうだな…料金は倍払うけど?
いたずらっぽく雪菜に問う。

「この子に倍額を?面白い方」

弾けるように雪菜が笑う。

「飛影、聞いたでしょう?ご奉仕してくださるそうよ。お相手なさい」

少年はビクッと体を震わせ、ためらいがちに答える。

「今日は…無理……です」

そう、と雪菜が冷たく微笑む。

「じゃあ傷を診てあげるわ。服を脱ぎなさい」

おやおや、と蔵馬は興味津々で見つめる。
なぜなら少年が真っ赤になって雪菜から目をそらしたからだ。

「い、いえ…大丈夫です」

蔵馬を見上げる赤い眼。

「喜んでお相手いたします」

一目で作り笑いと分かる薄い笑みを浮かべて言う。
ねじれた足に体重をかけないようにぎこちなく立ち上がり蔵馬に歩み寄る。それだけの動作で、もう額には脂汗が浮かんでいる。

「では、ごゆっくり」

雪菜が会釈し、杣を促し外へ出る。

杣はもう一度蔵馬に抱きつき、また来てね、と笑う。
その時、雪菜に気付かれないよう囁いた。

「あの子から石をもらった客はまだいないよ。頑張ってね」
***
雪菜がいなくなった途端、少年は崩れるようにしゃがみこんだ。
痛みで立っていられないのだろう。蔵馬も同じようにしゃがみこみ、顔を覗き込んだ。

「飛影、っていうんだ?かわいい名前だね」

からかうように蔵馬は言う。
赤い眼が、憎悪をたたえて睨みつけてきた。

ここまで可愛げがないと、なんだか面白くなってきた。
痛みを麻痺させる薬でも使って抱いてやろうかと思っていたが、気が変わった。

ベッドに座らせ、ゆっくりと白くやわらかな生地のローブを解く。
ローブに隠れていた部分も案の定、惨憺たる有り様だ。
おまけにやっぱりひどい熱だ。まあこれだけ傷だらけなら当然か。

背中に解呪の言葉がないか探るのを忘れていた訳ではない。
ローブを脱がせた背中は一面火傷と鞭打たれた痕があったが、痣や文様がないのはすぐに分かった。その時点でこんな子供はほっぽり出してもよかったのだ。

…まったくあの情報屋め。

だが、さっきのあの態度。
あの眼。

この生意気なガキが、やめてくれと泣くのを見てみたい。

馬鹿みたいに大きなベッドに小さな身体を押し倒す。
脱がせかけたローブの間から覗く傷だらけの熱い肌を吸う。血を滲ませた裂傷、火傷、抉れた肉をなぞるように舐めまわす。

飛影は痛みと高熱にぜえぜえと喘ぎながらも、悲鳴は上げない。

「可愛げないなぁ…」

ここももまた火傷で腫れ上がった乳首を引っ張るようにして甘噛みすると、 鋭い痛みに息を飲む。
だが、潤んできた赤い眼はいまだに蔵馬を睨んだままだ。

どこまで頑張れるかな?
クスクス笑いながら蔵馬はローブを全部脱がせ、一つひとつの傷を視姦するように眺める。
昨日の客はよほどいい趣味だったとみえる、縛られた痕の生々しい陰茎を指ですくい上げるように持ち上げた。
ヒッ、と小さく息を飲むのがわかった。

「指と口、どっちでして欲しい?」

顔を覗き込むようにして、意地悪く尋ねると飛影は真っ赤になって目を逸らした。
笑いながら、なおも意地悪くたたみかける。

「どっち? ああ、前戯なんかなしで入れて欲しいの?」

その言葉に、ビクッと飛影は体を震わせた。
目に浮かぶのは、紛れもない恐怖。
真っ青になってふるふると首を横に振る。

「……ゆ、指…」

絞り出すような、小さな声。

「そ。指がいいんだ」

細い足を抱え肩につくほど開かせると、血の滲む陰茎を蔵馬は口に含んだ。

「ぁあっ!…やめろ!…う、嘘つき!」

髪を引っ張って抗議するが蔵馬は止めない。

口に広がる血の味。
縛られた痕を舌先で舐めまわす。

「っ痛!…ィアッ、アッ!」

必死で逃げようとする体を押さえ込み、執拗に責め立てる。

快楽よりも痛みが強いのだろう。
なかなか勃ち上がらない。

前だけじゃだめか。
後ろもいじってやろうと、尻を撫でるように蔵馬は手を滑らし薄い肉を開く。

「…ヒッ!や、やめ…!」

小さな体が必死で蔵馬を押しのけようとする。
その拍子に折れた腕に力をこめてしまい、苦鳴をあげた。

「つぅ!ぅああ!」
「…大人しくしてなよ。せっかく『ご奉仕』してあげようってのに」

視線は飛影から離さず、手探りで尻の肉をぐいっと開かせた。
飛影がヒュッっと息を飲むのに構わず、長く形のいい指を一本、狭い穴に突き入れた。

「…嫌がってる割には、ずいぶん濡れてるけど?」

熱く濡れた体内。

…でも…なんだか変な…この感触は。
蔵馬は眉をひそめた。

「あっつ!ち、ちょっと…急にどうしたの?」

飛影が蔵馬の肩に思いっきり爪を立てた。
体を硬直させ、目を見開いている。

蔵馬が慌てて抜いた指は、真っ赤に染まっている。
白いシーツにぱたぱたと鮮血が滴った。

やっぱりな。
濡れすぎてると思ったら。

「…ここも怪我してたんだね。大丈夫?」

言えばいいのに。どこまでも意地っ張りだな。

飛影は息ができないとでもいうように小さく口をぱくぱくさせていた。青ざめていた顔は今や雪のように白くなっていた。

大丈夫?と軽くゆさぶり、再度声をかけると飛影はようやく呼吸の仕方を思い出したかのように息を吸うと、力いっぱい蔵馬を押しのけ、体をのけぞらせて絶叫した。

「ッア…アアアアアアアア!!」

流れ出した血が、シーツに飛び散った。

蔵馬は舌打ちし、絶叫し暴れる体を押さえつけた。
裂けていた直腸に指を突っ込んでしまったらしい。
傷ついていた臓器を更に抉られ、痛いなんてものではなかっただろう。蔵馬の腕の中から逃げようと必死で暴れる。

「うあぁぁあああ!アアァ…!!」
「ごめん。もうしないから。じっとして」

動くと余計に裂ける、という蔵馬の言葉は無論聞こえていない。痙攣する体で激しくもがき、苦痛のあまり嘔吐した。

服を汚されることも気にせず、震える体を抱きしめ髪を撫でてなだめる。ようやく大人しくなった飛影は、ずるずると蔵馬にもたれるように気絶した。

腕の中でくたりとなった体を抱え直す。
鋭い目つきの瞳が閉じられると、驚くほどあどけない表情になる。

まったく…手のかかる子だな。
蔵馬は苦笑して、小さな体を抱き上げた。
***
痛い…。

痛む下腹部を見下ろすと、体内で燃える炎がぼんやりと透けて見えた。

腹が、燃える。
溶ける。

これは夢だ。わかっている。
わかっているのに、どうしても夢から醒めることができない。

嫌だ。
夢の中の自分が激痛にのたうち回り、必死で下腹部をさすっている。
もちろん外側をいくらさすっても、体内で燃える炎は消える気配はない。

熱い。
肉がドロリと溶ける。
嫌だ。

痛い痛い痛い。

誰か。
誰か…。

白く長い指のきれいな手がすうっとのばされた。

ちゃぷん、と音がして腹に水がかけられる。
おかしなことに水はたちまち体内の炎を消した。

白く長い指が下腹部を撫でる。
呆気にとられ、指の持ち主を見上げると…。

あの、客だ。
蔵馬とか名乗った、驚くほどきれいな顔をした男。
どうして…

ちゃぷ、と水音がする。

「あ、起きちゃった?」

長い黒髪は背に流れ、濡れてますます艶を増していた。
先ほどまでの夢にまだ捕らわれ、震えたまま飛影はあたりを見渡した。

自分の部屋の浴室だ。
蔵馬に抱きかかえられてぬるい湯につかっていた。なんだか薬くさい湯だった。

「もう少し、眠っていいよ」

翡翠色の目が笑い、口付ける。抵抗する間もなく何かの薬が流し込まれた。
***
薄明かりの部屋。
自分の部屋のにおい。

目を覚ましたのは客を相手にするための部屋ではなく、 その奥の自分の部屋のベッドの上だった。

じゃあこの腰に回された手は…?

「なんで…?」

隣に眠っているのは、あの客だ。

そうだ。客を取らされたんだった。
それで…

翡翠色の目が、ふっと開く。
起きている飛影に気付き、笑った。

「おはよ。俺まで寝ちゃった」
「…ここは私室だ。なんでいるんだ」
「ひどいなあ。開口一番それはないでしょ?」

苦笑して髪をかき上げる。

「ベッド汚しちゃったから」

お尻からすごい出血したし、おまけに吐いちゃったでしょ?
覚えてる?と笑顔で問われ、飛影は真っ赤になった。

思い出した。
指を突っ込まれて…そこから後はもうメチャクチャだ。
破れた腸に指を突っ込まれた、あの凄まじい痛み。
思い出しただけで、もう一回吐きそうだ。

でも…なんだか体がすごく楽になった…?

ようやく飛影は、自分の体を見下ろした。
あちこちに包帯が巻かれ、薬が塗られている。折れていた腕も、骨が接がれて、どうにか動かせるくらいになっていた。

「これ…お前が?」
「お客にお前はないでしょうが。ところで少しは楽になった?」
「頼んでない」

ぷい、とそっぽを向く。

少し、どころじゃない。
ずいぶん楽になった。何せ昨日は痛みで一睡もできなかったぐらいなのだから。
こんな短時間で効くのだから、とても高価な薬だろう。

そうまでして俺と?

「…そうまでして俺とやりたいのか?」

赤い瞳が不審そうに振り返り、蔵馬を見つめた。

「可愛くないなぁ。ありがとう、って言えないの?」

呆れたように言う。

「まあ、いいけど。もう少し眠ろうよ」

艶やかな長髪を後ろに払い、小さくあくびをした。

「…金を払っておいて…しないのか?」

肩透かしをくったように、呟く。
じゃあなんのために手当てを?

「残念?」
「っだ誰が!」

喚く口を塞ぐようにして、蔵馬は深くキスをした。
逃げる舌を追いつめ、深く味わうと、ようやく解放した。

快楽にとろりと赤い瞳が潤む。

へえ?
こんな顔もするんだ。
この表情は悪くない。
可愛げのない態度とのギャップがまたそそる。

「したいのはやまやまなんだけど」

腕もせっかく接いだし。
お尻の中も縫っておいたけど、今入れたら裂けるよ、と ことも無げに蔵馬は告げる。

「縫った!?」

驚いて固まる飛影を、蔵馬は座ったまま後ろから抱き込んだ。

「うん。触ってみる?」

触らない!という怒声は聞こえぬふりをし、 膝裏を抱えて、無理やり足を開かせる。

「俺、上手く縫えるんだから。ほら、触ってみて」

顔を真っ赤にして嫌がるのが、かわいい。
杣の言っていた、『虐めたくなる感じ』という言葉は頷ける。

怪我の治りきっていない体を押さえ込むのは簡単だ。折れていない方の手に、自分の手を重ねて秘所を弄る。

「……嫌…やめっ…あァッ」

蔵馬の手が重なっているとはいえ、自分の手で自分の穴を弄る羞恥にめまいがする。
耳元でクスクス笑いが聞こえる。

「ほら…ね。ここ。分かるでしょ」

外側の襞を自分の指がくるくるなぞる。
細く柔らかな糸のような物…が収縮した穴から出ているのが分かる。

その糸を蔵馬が…飛影の指を使って…軽く引っ張った。

「あっ…ぐぅッ」

内臓にダイレクトに伝わる衝撃に、呻く。
味わった事の無い感覚。

縫合した傷を開かせない絶妙な力加減で、何度も糸が引かれる。
腸壁が捩れる痛みと快感に、飛影は悲鳴を上げ続ける。

「ひっ…もうやめっ…あ…ぅあ」

すすり泣くような濡れた声音。

「気持ちいいでしょう?」

その言葉に潤んだ目を開け、ふざけるな、と返そうとした途端、勃ち上がっている自分自身が目に入った。

「な…」

首まで真っ赤になって顔を背ける。

「ちゃんと見て」

そう言うと、蔵馬の長くきれいな指が、飛影のそこを指の腹でやさしく擦る。
その間も、糸を引く指は休まない。

「っく…ふ…いぁアアっ」

快感の波が、下肢に強烈に押し寄せる。
熱く脈打つ鈴口を爪先で突かれ、白い液が飛び散った。

「気持ちよかったでしょ?」

飛影は快感の余韻に激しく震え、返事もできずにいた。
白い肌が紅潮し、赤い瞳は潤んだせいで輝きを増している。

…気に入った。

もう、銀嶺花なんかどうでもいい。
欲しいのは、この小さな妖怪だ。

窓の外をチラリと見る。
夜が明ける。時間切れだ。

乱れた服を手早く直し、蔵馬はコートを羽織った。
まだ震えが収まらず、ベッドにへたりこんでいる飛影を軽々と抱き上げた。

「見た目通り、軽いね」
「…ずいぶんバカな客だなお前。大金払って突っ込まないでいいのか?」

蔵馬の長い髪に指を絡めながら言う。
バカにしたような言葉と裏腹に、白い頬が紅潮している。

「俺の名前は蔵馬。憶えておいて。また来るから、その時にたっぷりね」
「…この館のルールを聞かなかったのか?石がなけりゃ俺はもう指名できないぜ」

ああ、そうだったな。
でも…例え石がなくても大丈夫。

この俺が手に入れると決めたのだから。
どんな手段を使っても、必ず手に入れる。

「心配しないで。君が会いたくなくても、また会えるよ」

近いうちにね、という部分は心の中で呟く。
小さな体をそっとベッドに下ろす。

「とっとと帰れ」

飛影はベッドにもぐり込みながら、つれなく言った。
***
「あれ?」

この街の店や娼館は、夜が明ける頃に店終いをする。
夜明けといってもこの街には日は昇らない。この街の『朝』は銀色の月が昇り、闇が薄闇になるだけの話だ。

蔵馬に不審の声を上げさせたのは、例の酒場だ。
夜明けなのを気付かないように営業している。

「なんだあんたか。何にする?」

半身が機械の女主人は、グラスを磨きながら言う。

客はほとんどいない。
店の奥で酔いつぶれて眠っている客が一人いるだけだ。

「朝なのに、開いてるの?この店」
「まあな。朝たってこの街は夜みたいな暗さだしな」

答えになっているようないないような。
半身が機械だと疲れないのだろうか?

またもや得体のしれない酒のグラスが滑ってきた。

「楽しんできたか?」
「まあね」

金を払おうとポケットに手を入れると、コツンと冷たい感触。硬貨と一緒に取り出されたそれは、蜂蜜色の小さな石だ。

「なんだ。あんた雪嶺館へ行ってきたのか?」

ちょっと面食らって蔵馬は女主人を見た。

「知ってるのか?」
「ああ。その石は杣だろう?いい趣味だなあんた」

ニヤッと人の悪そうな笑みを浮かべる。

「なんで雪嶺館の娼婦なんか見たことないなんて言ったんだ?」
「悪いな。他の客もいたし。第一、雪嶺館に行くなんて言わなかったんだからお互い様だろ」
「そりゃそうだけど。じゃあ雪嶺館の客なのか?」

まさかぁ、と自分のグラスにも酒を注いで笑う。

「あそこの主人と知り合いなんだ。なんだか気が合ってね」
「なるほどね」

気が合う?あの冷たい少女と?
蔵馬は酒を飲み干し、フードをかぶる。

「ごちそうさま」

ポケットに手を入れると、杣の石の感触。

「おい、忘れていくなよ」

女主人が呆れたように言う。
カウンターに転がる、蜂蜜色の輝き。

「え?忘れてなんか…」

じゃあこのポケットのは?

手のひらに乗る、鮮血の輝き。
しばらく呆気にとられて見つめていた。

「雪嶺館で二人も買うなんて、金持ちなんだなあんた」

手のひらを覗き込み、女主人も驚いたように目を見張る。

「これ…あの生意気なチビの石だろう?」

生意気なチビという言葉に、蔵馬は吹き出す。
言い得て妙だ。

「赤い石だというのは雪菜から聞いていたんだ。 あいつ、誰にも石を渡さないことでも有名だったのに、どうやったんだ?」

興味津々で聞く。

「…秘密だよ」

蔵馬は笑いながら答える。

なんだよケチ、
女主人も笑いながら返す。

薄闇にかげる銀の月に石を翳す。
鮮血のようなとろりとした輝き。

彼の瞳そっくりだ。

ポケットにこっそり入れたのを気付かなかったなんて、 俺はよほど彼に捕らわれていたらしいな。

やっぱりあの雪菜という女はやり手だ。
この俺を落とすような上玉を飼っているとは。

…あの情報屋に褒美をくれてやろうかな。

蔵馬は上機嫌で酒場を出た。


...End