雨宿り
銀色の髪に光る水滴は、まるで宝石のように見えた。
「雨は嫌いだ。この近くにアジトがある。行こう」
蔵馬は不機嫌そうに濡れた長い髪を払いのける。
銀色の髪から飛び散る雫に見とれていた飛影の返事も待たず、雨宿りしていた大木から離れようとする。
「別にオレは濡れたって構わないぞ」
見とれていたことを悟られないように、飛影はつれなく返す。
魔界の雨は人間界とは違う。激しくて冷たい。飛影だってそんな雨に濡れたいわけではないが、命令されるのは嫌いだ。
「雨は嫌いだって言っただろう。さっさと行くぞ」
子供っぽいふくれっ面をして蔵馬が言う。
妖狐の蔵馬は子供っぽくわがままだ。
抱くときだって、相手が痛がろうが苦しがろうが気にしない。人間の時の蔵馬の方はやさしいし、飛影のわがままも笑って聞いてくれる。なのに…それが落ち着かない。なぜか飛影は不安になるのだ。
どうしてなんだ?
なんだってオレを選んだ?
…本当にオレは選ばれたのだろうか?
「何ぼんやりしてる?来いよ」
腕をぐいっとひっぱられた。
ため息をついて、飛影は立ち上がった。
***
ここだ、と蔵馬に連れてこられた屋敷は立派な森と庭園に囲まれた和風の建物だ。
「これ、隠れ家って言うのか?」
呆れたように飛影はつぶやく。
こんな豪華な屋敷では、すぐに敵に見つかるじゃないか。
蔵馬の隠れ家はいくつか行ったことがあるが、どこもとても豪華な屋敷だった。隠れ家と言えば寝るだけの場所があればいいと思っている飛影にはさっぱり理解できない。
「別に隠れる必要はない」
森にはオレと一緒じゃなきゃ入れないからな、と蔵馬はこともなげに言う。
それに、と続ける。
「この妖狐蔵馬様が寝れればいい、なんて貧相な館を持てるか?」
嫌なやつ。
やっぱり来なきゃよかった。
飛影は早くも後悔し始めていた。
***
行灯に灯がともされる。
藤色の着物に着替えた蔵馬は、ぼやきながら箪笥や行李を探る。
オレはこのままでいい、という言葉には耳も貸さず、 飛影の着替えも探しているらしい。
「ああ、あった。これなら着れるだろう?」
暗に、これならお前が着れるくらい小さい、という響きを感じて飛影はムッとする。
手渡された着物は紅色で、明らかに女物だ。
「いらん」
と、突っ返す飛影に、
そうか、着せて欲しいのか?と蔵馬が笑う。
そんなことは言ってない!と飛影が怒るのも構わず、力いっぱい引き寄せて、小さな体を抱き込んだ。
「どうせ着方がわからんだろう?着せてやるよ」
さらさらとした絹は、飛影をなぜか落ち着かない気持ちにさせる。こんな布は体に馴染まない。
蔵馬は手早く着物を着せ、帯も締める。 手慣れた動作がなぜか癪にさわる。女物…ということは妖狐が以前連れ込んだ女の物だったのだろうか?
帯を締め終わり、一歩下がりしげしげと飛影を眺める。
「…何をじろじろ見てやがる」
ふうん、と蔵馬はつぶやいた。
「お前、こういう服も意外と似合うんだな」
「…似合おうが似合わなかろうがどうでもいい」
戦闘時に動きやすい、ということだけが飛影の服の好みだ。
「さてと」
蔵馬はまたもや小さな体を引き寄せる。
シュッと音がして、帯が解かれた。
「おい!何する…」
はだけそうになった着物を、飛影は慌てて押さえた。
クスクス笑いながら、力ずくで押し倒し、のし掛かってくる妖狐に蔵馬は喚く。
「離せ!脱がすなら何のために着せたんだ!」
帯を解きながら押し倒すのも悪くないなと思ってさ、と、しれっとした答えが返ってくる。
いい加減にしろ、帰る!と部屋を出ようとする飛影のはだけかけた着物の裾を、蔵馬はひょいと踏んづけた。
転びそうになった体を軽々と抱き込む。
手で一振りして行灯を消すと、辺りはたちまち月明かりだけになった。
「言わなかったか?森から出るにもオレと一緒じゃなきゃだぜ」
月明かりに輝く、銀糸。
なんだかまるで幻のようだ。
雨が上がるまでのお楽しみ、と蔵馬は綺麗な笑みを浮かべた。
***
「あっ…ぁっ…つっ」
緩んでいないうちに無理矢理こじ開けて侵入してきたものに、飛影は呻いた。
痛い。
苦しい。 もう少し慣らしてから入れてくれればいいのに。
…人間の蔵馬なら、もっとやさしくしてくれるのに。
内臓を押し上げられるような苦痛に、女々しい考えがふとよぎる。
以前妖狐に言われた。
やさしくしてくれ、ってお願いしてみろよ。
そうしたらやさしくしてやるぞ?
誰が言うか。
グチュッ、という粘着音を響かせて、何度も何度も突き入れられる。鋭痛は鈍痛に変わり、快感がわき上がる。
「あぁんっ…ぃぁ…っ…うあっ!」
両足が胸に着くほど折り曲げられ、より奥深くまで突き込まれる。
妖狐に乱暴に抱かれていると決まって、人間の蔵馬の深緑の瞳を見たい、と思う。
あのやわらかな笑みや、やさしい交わりに焦がれる。
なのに。
深緑の瞳に抱かれている時には、 酷薄な金色の瞳が頭から離れない。
肉棒に貫かれながら、ぼんやり考える。
オレは本当はどちらが欲しいのだろう。…どちらがオレを選んだのだろう?
「どうした?」
ぼんやりしている飛影に、動きを止めないまま蔵馬が問う。
「…っあ…別に」
薄い笑みを浮かべる。
本当は分かってる。
どちらもオレを選んでなんかいない。
飛影の視界の端に、先ほどまで身に纏っていた赤い着物が映る。
所詮は狐の戯れだ。
こんな時間は長くは続かない。
この着物を纏っていたであろう女のように、捨てられる。
オレはいずれ、どちらの蔵馬も失う。
その時は…
その時は、どちらも殺してやる。
殺して、ずっと側に置いておこう。
両方とも、誰にも渡さない。
戯れにオレを選んだことを後悔させてやる。
不審そうに見下ろす蔵馬の背に腕をまわして、
飛影はクスリと笑った。
...End |
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