その足先で

いらっしゃいという言葉と笑顔、靴を脱いで、という小言。

いつでもそのセットで窓からの来訪者に渡されていた歓迎の意が、今夜はいらっしゃいの部分で止まってしまっている。

「どうした?」

窓枠に立ったまま、飛影は問う。
蔵馬の視線は、窓枠へ向いたままだ。

「めずらしいね」

窓枠に乗る両足は、見慣れぬ靴を履いていた。

「ああ、これか」

飛影は片足を上げ、軽く振る。
それは靴というよりサンダルで、厚みはあるがやわらかそうな革でできている。

窓枠に腰を下ろし、サンダルの足をぶらぶらさせながら、飛影は言う。

「片付けをしていたら出てきた」
「片付け?お前の隠れ家か?」
「いや、百足だ」
「いつから百足の片付けを担当するようになったんだ?」
「片付けてたのはオレじゃない」

百足では年に一度、不要物を一掃する日があるのだと飛影は続ける。

諸国からの貢ぎ物も多く、かといって主である軀が興味を持つような物は滅多になく、結局倉庫やらなんやらをパンパンにし、移動要塞の移動速度にまで影響を与えるようになったところで下っ端どもを中心に片付ける。

「へえ。大掃除みたいなものか」
「人間界ではそう呼ぶのか?どうせ処分する物だからな。欲しい物があればなんでも持って行けと軀は言うが」

宝飾品や名刀も山ほどあるが、献上品というのは概ね実用的ではなく華美で、戦闘には向かない物が多い。

「貢ぎ物の服や靴なら、軀のサイズじゃないのか?」

お前には大きいだろう、という余計な言葉は飲み込み、蔵馬は問う。

「貢ぐやつらは軀に直接会ったことなどない。大きさは適当だろう」
「なるほど」

山ほど物が積み上げられたフリーマーケットのような場所で、きょろきょろしている飛影を蔵馬は想像してみるが、どうもしっくりこない。

「時雨だ。あいつは物を無駄にするのが嫌いなんだ。先頭に立って片付けて、誰かに合いそうな物を見つけるとわざわざ持ってくる」

まるで蔵馬の心を読んだかのように、飛影が言う。

「それでか。お前は足を隠すような靴ばかり履いているから、めずらしいなと思ってさ」
「隠すも何も、足を出す意味がないだろうが」

確かに、そうだ。
足先を、つまり指を露わにしておくなど、戦闘にはなんのメリットもない。攻撃するにも防御するにも。

「人間界でなら、敵になるような者もいないからな」

サンダルから覗く足先から、蔵馬は目を離せない。

小さな足に合わせて、当たり前だがきちんと小さい爪のついた足が、目の前で揺れている。

「おい、蔵馬…」

飛影の大きな目が、足元に座り込んだ蔵馬を訝しげに見る。

「何を考えて…」
「なんか、そそるなって」

右手を伸ばした蔵馬が人差し指で、並ぶ小さな爪をなぞる。

「そそるって…今さら」

今さら、と言いかけた飛影が、口をつぐむ。

今さら、の後になんと続ければよかったのか。
何もかもを見たことがあるくせに、今さら足先を見たからってなんだ、などと言って墓穴を掘るわけにはいかない。

「…蔵馬」

蔵馬へ向かって、サンダルを履いたままの足先が伸ばされる。

幼い顔に、薄い笑みが浮かぶ。

「こんなことで興奮するのか?色事にも百戦錬磨の妖狐蔵馬の名が泣くな」

足先が、蔵馬の股間を探る。
からかうように動く小さな足は、布の中の硬いものに触った瞬間、ビクリと引っ込められ…

「離せ!」

蔵馬の両手が、その足先をしっかりと掴んでいる。
指先を硬いものに押し付けるように、ゆっくりと動かす。

「この…変態…」
「このままでも、オレはイけるけど?」

足を引っぱられ、飛影の体は窓枠からずり落ちそうになっている。

「オレはイけるけど、お前は?」

下品な手の動きにはまるで似合わない、綺麗な顔の、綺麗な笑み。

足先から体の奥へずくんと走ったものがなんなのか、認めるのは癪だが、飛影はもうよくわかっている。

「……本当に貴様は、性格が悪い」

自由になる方の足を飛影は振り上げ、サンダルが脱げるのにも構わず、勢いをつけて蔵馬に覆いかぶさった。


...End.


2022/12/11アップ。
展覧会観に行ってきました!連載時は見れなかったひえの素足が見れて台興奮です。笑
2022年にまさか原作者のくらひえが拝めるなんて感無量でした。
実和子