あの女

バカな女だった。

…頭の悪い、イカレた女。

それは哀れみであり、蔑みでもあった。

交わった男が、自分を永久に愛してくれるとでも思っていたのだろうか。
まさか、永遠を信じたのだろうか?

本当に、バカな女だ。

現に今、ここにその男はいないじゃないか。
睦言を囁かれ、舞い上がって股を開いたのだろうか、この女は。

不安定で、それでいて温かかったあの場所でぬくぬくとまどろみながら、オレはあの女をそう嘲笑っていたというのに。
***
「飛影」

耳から侵入したその声は、脳に染み込み、脳を溶かし、脳を破壊するかのようだ。

魔界の長い夜。
月明かりは弱々しかったが、物の怪であるオレたちには充分な光だ。

艶のある長い黒髪も、女のような顔立ちに似合わぬしなやかに逞しい体も、碧の宝石のような瞳も。

全部。
全部、オレの目に映る。

覆いかぶさる男を見上げ、オレは大きく息を吐く。

「…飛影」

返事代わりに、オレは尻に力を込め、一層きつく肉棒を締め付けてやる。

「あ、ああ…!」
「…っ、飛影…愛して…る」

蔵馬の脈動を、自分の内臓で感じるこの瞬間…
甘く低い声で、愛していると囁かれるたびに…

どうしようもないほど、
信じられないほど、
幸せを感じる。

オレは決してそれを蔵馬に告げはしない。
ただ黙って、焦げ付くような熱さで、ただひたすら蔵馬を想っている。

もしそれを告げてやったら、蔵馬はどんな顔をするだろう?
自分の想像に笑い出しそうになり、オレは蔵馬の首筋に歯を立てた。

口の中に、じわりと広がる甘い味。

「こら」

笑いを含んだ抗議を無視し、オレは巻き付けていた腕を解き、蔵馬の肩を押した。
仰向けに蔵馬を押し倒し、今度はオレが上になる。

「ん…ああ…んっ!…うっ…あ」

繋がったまま取った騎乗の体勢は、自分の重みでより一層深く貫かれる。
直腸を抉られるようで、オレは思わず呻く。

「飛影…大丈夫?痛い?」
「…うるさい、黙れ…」

起き上がろうとした蔵馬を制し、オレは息を整える。
大きく深呼吸をし、オレは蔵馬の腹に手を付き、ゆっくりと上下に、左右に、グチャグチャと穢らわしい音を立てながら、大きく腰を振る。

「あ、は…ああ!あああ!! あああ!!」
「…あ…今日、は…ずいぶん積極的だね…」

オレはニヤリと笑い、もっと大きく、激しく腰を振る。
そんなオレに蔵馬は綺麗な笑みで応え、下からも激しく突き始めた。

「あ!ああっ!!うあああ!!」
「飛影…好きだよ…愛し…て…」

足りない。

もっと。
もっともっと。

言葉を、体を、心を。
蔵馬の言葉は、体は、心は、まるで魔術のようで。

…愛してる。

愛してる愛してる愛してる。
愛しているなんて言葉が馬鹿馬鹿しいほどに、オレはこの男を愛してしまった。
オレの中に流れる氷女の血が、あの女の血が、オレを狂わせたのだろうか?

何もいらない。
誰もいらない。
この手の中に、蔵馬があるのなら、いらない。

愛しい。
切ない。
できることなら、肉を裂き、骨を砕き、忌み子と呼ばれたこのオレの何もかもを、この男にくれてやりたい。

…見ろ、このザマを。

オレは胸の内でそう呟く。

永久の愛などないと、
永遠など、どこにもないと、
あれほど嘲笑い蔑んだあの女と同じように、オレは愛してしまった。

オレもまた、

この愛だけは永久だと、永遠だと、
自分だけは特別だ、と、愚かに盲目に信じている。

腕を開き、股を開き、尻に男根を打ち込まれながら、
降り注がれる甘い言葉に、酔い痴れているのだ。

大丈夫。
オレたちは、ずっとこうしていられる。

ずっと愛し合って、交わって、
この永い時を共に生きていける。

オレはのけ反り、満足の吐息を漏らす。

永遠など、どこにもないのに。
何一つ確かなものなどない魔界で、ただそれだけが確かなことなのに。

今なら、あのバカな女と、酒でも酌み交わしたいような気分だ。
確かなことから目を背け、真実さえも見ようとせず、壊れるまで酒を飲むのだ。

ああ…まったく。
嫌になる。

本当に…そっくりだ。

まるで、オレは…
オレは…

あの女に、生き写しだ。


...End.