monsterお前に見せたかった。お前に見せたくなかった。 我ながら矛盾する思いを、今さらぶつけるわけにもいかない。 オレは黙ったまま、彼の体温を感じるほど近くに立ち、闇を切り裂く光を見つめていた。 ***
見事なものだ。小さな口は何も語らず、大きな瞳だけでそう語っている。 綺麗なもの。例えば、森や海や空や星を見つめる時とは、違う眼差し。 その先には巨大な怪物のようにも見える一群が、光り輝き闇夜を照らしている。 のっぺりと地を這うような角張った形も、時折突き出しては光る筒も、何もかもが力強く冷たい。 冷たい、などと感じるのはなぜだろう。 あの中ではきっと、溶鉱炉が骨まで溶かすほど熱く蠢いているだろうに。 「何をするための場所なんだ?」 人間には立ち入れない場所から、光を見下ろし光を見上げ、彼は呟くように問う。 海風が短い髪をなびかせ、工場のにおいを運び出す。 全て人の手で造り上げたその巨大な人工物は、狭間の生き物であるオレたちを、睨んでいるようにも、冷笑しているようにも思えて。 ここはお前たちのいる場所ではないと、蔑み笑っているようで。 「作る場所」 「何を作っている?」 「…いろいろ」 素っ気ないオレの答えを、彼が気にしている様子もない。 この巨大な工場の人工の輝きは、彼の好みではないはずだ。けれど、魅力的なのは彼もオレも否めない。 暗いはずの空は、紫と青と橙が混ざり合った色をしている。 強い光に、闇でさえ脅えて逃げ出してしまったかのようだ。 ***
足元に微かなうなりを絶え間なく伝える、建造物の突端。ふいに、彼が踏み出し、すぐ側にあった体温が消える。 背筋にぞくりと何かが走る。 慌てて手を伸ばし、それは本当に滑稽なほど慌てた仕草で、オレは小さな手を掴んだ。 踏み出した瞬間に引き戻され、大きな瞳が不満そうにオレを見る。 「なんだ?」 人工の光。音。 その硬質な密度。 「…離れないで」 「ここにいるぞ」 呆れたように手を解き、それでもオレの側に留まり、彼は大きな煙突を見上げる。 「離れないで」 「何を」 「お前は前科者だから」 オレは明るく、おどけたような口調で続ける。 「お前は前科者だから、目を離すとすぐにいなくなる」 オレのいない場所で。 オレではない相手と。 あんな風に死ぬことをよしとしたことを、オレは未だに許すことも忘れることもできないでいる。 「…オレが前科者なら、貴様は裏切り者だな」 愉快そうに、彼は言う。 昔話をするように。 けれどその目は、未だに許すことも忘れることもできない、とぬめりを帯びた輝きを見せる。 解かれた手をもう一度繋ぎ、小さな体を引き寄せる。 無意識に背伸びをする体を抱き上げて、唇を重ねる。 「…飛影」 わかっている。 側にいても手を握っても抱きしめても、唇を重ねても体を繋げても。 いつかこの手は、オレをすり抜けて遠くへ行ってしまう。 それはオレたちが互いに刺し合い、抜くことも抜く方法も見つけられずにいる棘のせいかもしれないし、狭間の生き物が闇夜にいることさえ許さない、人間の造り出したこの光のせいなのかもしれない。 光があれば目覚め、光が消えれば眠っていた、あの狐は。 遠くへ来てしまった。 もう戻れないほど、遠くへ。 ...End くらひ仲間のコマキさんに捧げて♥ コマキさんの工場夜景の写真が素敵だったので(Φ∀Φ) 実和子 |