兄と弟と妹と。

窓からは、ベランダ越しの見事な夏の青空が広がっている。

じゃがいもで作った冷たいスープに、胡椒とパセリをふる。隣では白くしなやかな手が、ドレッシングをかき混ぜている。
冷やしてあったサラダにできあがったドレッシングを和える手は、器用に手際よくとは言い難い。
慣れない作業を慎重にこなしている、という風情だ。

窓が大きいという理由で選んだ広くて快適な家で、美しい少女が隣で一緒に朝食を作ってくれている。
男なら誰もが、夢見るようなひとときだ。

「兄さん」
「ん?」

何度そう呼ばれても、ゾクゾクする。
とはいえ、このゾクゾクは奈落の底を見下ろす、今にも千切れそうな頼りない吊り橋を渡るようなゾクゾクであって、ときめきからはほど遠い。

「味見して」

そう言って差し出されたボウルから、ひとつまみのレタスを口に入れる。
酸味の強いその味はオレの好みの味だが、彼と彼女には酸っぱすぎる。

「美味しいよ。でもちょっと酸っぱいかな。コーンでも足すよ」
「わかった。パンもあっためる?」
「さっき買ってきたばっかりだからそのままでいいよ。…雪菜は起こしてきて」

彼女から兄と呼ばれることも、彼女を呼び捨てで呼ぶことも、どうにも慣れない。
はーい、と返事をし、エプロン姿のままキッチンを出ていく後ろ姿は本当に可愛らしい。
ひとつに結いた、色素の薄い髪が跳ねる、その姿。

サラダにコーンを足し、まだほんのりあたたかいパンを皿に盛り、溶いておいた卵をフライパンに流し、大きなオムレツをひとつ作る。
小さいのを三つ作るより、この方がふっくら出来て美味しい気がする。

いつものように、二人の話し声がする。
片方の声は低くて小さくて、よく聞こえない。

カチャリと、キッチンのドアノブが鳴る。

「おはよう」

湯気を立てるオムレツの皿を片手に振り向き、笑顔で声をかける。

白い顔、白い手、つやつやの黒い髪。
顔を洗うのに使ったらしいタオルは、肩にかけられたままだ。短い黒髪に、水滴がいくつも跳ねているのが見える。
いつものように、口の中で呟くような小さな朝の挨拶がオレに返され、二人は向かいに座る。

「雪菜、クロワッサン」
「ありがとう。すごーい、サクサク」

落ち着くべく深呼吸をし、オレはもう一人に皿を差し出す。

「飛影は?クロワッサンにする?ロールパンにする?」

飛影は少しためらい、妹と同じようにクロワッサンを取る。
こちらを見上げた大きな瞳。
次の言葉を待って、オレは吸い込まれそうになる。

「…ありがとう。兄さん」

飛影が。
この唇が、この声で、オレを兄と呼ぶのだ。
今度のゾクゾクは、紛れもなく性的なゾクゾクだ。

双子の兄妹とその兄は三人で、近くにスーパーとコンビニと美味しいパン屋があり、大きな窓があるこのマンションで三週間ほど前から一緒に暮らしている。

そもそも、事の発端は。
***
落ち着け。
落ち着くんだ。

慌てる乞食はもらいが少ない。急いてはことを仕損じる。慌てる蟹は穴へ入れぬ。

パッと思いつくだけでもこれだけの諺が出てくる。つまりだ、慌てることは全てにとってマイナスだ。
冷静沈着、それが千年前から売りだっただろう?

意識を失った体は足を大きく広げたままで、天井を向いていたはずの小さなものはさすがに萎えてはいたが、オレのものはまだ硬く、穴にしっかり挿し込まれたままだ。萎えるどころの話じゃない。
オレの肩につかまっていた飛影の手がぱさりとベッドに落ちた音で、ようやく我に返った。

「…った~……」

ちぎれるんじゃないかと思うほどの締めつけだった。正直、痛い。こっちまであやうく気を失うところだった。
ここで気を失うようなヘマをしでかしていたらと思うとぞっとする。オレは恐る恐るドアを振り向いた。

この部屋に、意識を失っている者がもう一人いる。

オーバーサイズの白いシャツに、裾を折り返したジーンズというシンプルな出で立ちで床に転がっているのは、ベッドでいまだオレと繋がったままの相手の妹だ。
気を失って床にひっくり返るとしても、人間のように無様に頭を打ったりしない体勢を瞬時に取れるのは、さすがは妖怪というべきか。

「……えー…と。……なんで…?どうしてここに…?」

ついさっきまで、まあ、早い話がセックスをしていた。
人間界で、一人暮らしをしているオレの部屋で、夜で、ベッドの上で。
いつものように窓から訪れた飛影に、ご飯を食べさせて、風呂に入らせて。

で、その後のセックスという、なんというか清く正しい営み、だったはず。
夜目がきくオレたちにとって昼夜はあまり関係ないことではあるが、飛影はあまり日の高いうちからの性交は好まない。
彼のそういう、まあいわば慎みというか奥ゆかしさというか、そういう所もオレは好んでいる。

そんな話は置いておけ。
それどころじゃない。

千年生きた記憶を遡っても、今以上に慌てた記憶はない。
部屋はむせ返るような花の香りで満ちていて、それはオレがとっさにばらまいた夢幻花のせいだ。

「ん……っ、と…」

やっと少しだけ緩んだ飛影の中から、まだ中にいたいと未練がましく動く一物を引っこ抜く。
赤く充血し、潤滑剤がわりに使ったオイルで光り、ひくりと動く魅惑的なそこからなんとか目をそらし、ことを収拾するべくベッドから下りた。

***
冷たいスープに、冷たいサラダ。
氷のたっぷり入ったアイスティーのグラスを、彼女は幸せそうに干す。

ドレッシングは手作りだし、アイスティーもきちんと茶葉から淹れている。
パンこそ近所の美味しいパン屋で買ってきた物だが、このままでは近いうちにパンまで自分たちで焼くことになる気がする。

なにせ、オレたちにはすることがない。
料理や掃除やその他もろもろの家事に惜しみなく時間を使う、丁寧な生活にならざるを得ないのだ。

慌てるあまり量の加減もできずにとっさにばらまいた夢幻花が、どのくらいの影響を及ぼしたのか、二人が目覚めるまでは戦々恐々だった。

何もかもをすっかり忘れて、ご飯を食べることから適切な場所で排泄することまで教えるとなったら目も当てられないし、かといってあっという間に思い出してしまい大惨事、でも困る。

ご飯を食べることからトイレに行くことまで教える相手が飛影だけなら、オレとしてはやぶさかではないけれど。

いやいや、そんなことを考えている場合ではない。
雪菜ちゃんにそんなことはできない。万が一そんなことになったら、本当に飛影に殺される。桑原くんにも顔向けできない。

目覚めた二人が、妖怪としても人間としても最低限のことまでは失ってないことを確認したオレは、今度は加減して薬を与えた。
ゆっくりと、頭の中の水面下で記憶が戻っていくように。かといって、あの夜のことまでは思い出さないように、慎重に。

人間相手とは違って、妖怪の記憶を操作するというのは、加減が難しい。
失敗は許されないのだから、丁寧にていねいに、細心の注意をはらってことにあたらなければならない。

いつものように、すっかり冷めてしまったオムレツを雪菜ちゃんは皿に取る。
あの夜の記憶は戻らない、戻さないのだから、彼女がなぜあんな風にオレの部屋を訪れたのかは永遠に謎のままだ。
オレたち二人が彼女の気配に全く…まあ、別のことに夢中になりすぎていたとはいえ…気付かなかったことも、謎のままだ。

「二人とも、頭は痛くない?」

二人は双子らしく、全く同じ速度と角度で頭を横に振る。
アイスティーに溶かした鎮痛剤は完璧に無味無臭な分、効き目はあまり強くないのだが。

記憶を操作することで避けられない副作用は頭痛で、目覚めた二人はかなりの痛みを感じていたはずなのに、揃ってそれを隠そうとした。
一緒に育ったわけでもないのに、おかしな所でこの二人はよく似ている。我慢強いというべきか、やせ我慢というべきか。
それで仕方なく、オレは薬を食事に混ぜている。

鎮痛剤が溶け込んでいるアイスティーを口に含み、そっと飛影を眺める。
あたたかいうちにオムレツを食べ終え、今はパンくずを盛大に散らかしながら、クロワッサンを食べている。
美味しいでも不味いでもなく、淡々と、小さな口に詰め込んで。

「どこか、出かける?」

交通事故に遭い、記憶障害が残った双子の弟と妹を引き取り、広く快適な家で暮らす兄。
稼ぎのよい兄は時間にも縛られてはおらず、こうして平日の朝からのんびりと料理をし、弟と妹に出かけたい場所はないかと優しく尋ねるのだ。

飛影はオレから、雪菜ちゃんは桑原君やその姉の静流さんから、人間界のあれやこれやを教わってきたはずだ。
例えばそれは焼き立てのパンや、冷たいお茶や、たくさんの人を乗せて走る電車や、快適で楽な服だったりだ。

とはいえ、しょせん人間界育ちではない。

人間ならきっと、学校に行っているわけでも働いているわけでもなく、交通事故に遭ったという割には通院しているわけでもない自分たちを訝るだろう。
親という存在が見当たらず、働いている様子もないのに稼ぎがあり、悠々と大きな家を持ち、かいがいしく弟と妹の世話をする兄という存在も訝るだろう。

「アイスクリームはどう?服も買い足しなよ、雪菜」

文字通りのドタバタの中で、オレが二人のために揃えた服は適当だった。
白か黒の無地で、綿や麻で作られたそっけないシンプルなシャツやズボン。それらは美しい二人にはよく似合っていたが、オレが買った下着なんてサイズも怪しいものだった。

女の子はもっとかわいい服が欲しいだろうと、外に出れるようになってすぐに買い物に連れて行き、雪菜ちゃんには何枚か服も買ったのだが。
飛影は自分には不要だと拒否し、オレが買った服以外には何も買い足していない。

「…そうだね。出かけようか」

出かけようか、の部分で彼女は飛影を振り向き、一緒に行かないかという誘いの意味で、彼を覗き込む。
スプーンを無視してスープボウルを取った飛影は、また無言で首を振る。

買い物と外食に、二人を揃って連れ出したこともある。
冷たい物に目がない雪菜ちゃんをその気にさせようと、アイスクリームの美味しい店も調べて誘ったのだ。

けれど飛影はそのたった一度の外出で、人間に囲まれた場所にいることに心底うんざりしたらしく、二人で行ったらいいと、素っ気ない。
しつこく誘えば、そんな時だけ「頭が痛いから家にいたい」と主張した。

スープボウルに直に口をつけて飲んだ飛影の唇には、白くとろりとしたラインが残っている。
部屋着にしている黒いタンクトップとハーフパンツから覗く素肌に、スープを舐めとる赤い舌先に、オレは思わず生唾をのむ。

一つ屋根の下にいて何もできないとは、なかなかにきつい。
***
装飾のない、さらりとした麻の青いワンピースは、彼女によく似合う。
真夏の服だというのに、どこか氷や雪を思わせる冷たい青は、とても綺麗だった。
お似合いですよ、という店員の言葉には、商売用のお世辞ではない称賛の響きがある。

「気に入っちゃった。このまま、着て帰ってもいい?」

三段に重ねたアイスクリームを食べ終え、いくつかの服屋を見て回ったところだった。
誰もが振り向くような美少女に笑顔でそう聞かれて、断る男がいるだろうか。
いいよと笑い、オレは支払いを済ませる。女の服に詳しいわけではないが、十六万円のワンピースというのはきっと高い物なのだろう。

まるくすべすべとした、うっとりするような香りの石鹸。爪を彩る、小さくかわいらしいマニキュアのボトル。
ひとくちで食べる物とは思えないような値札のついた、宝石のような菓子。

彼女が目を留めた物を、オレは次々と買っていく。
ありがとう、と彼女は屈託なく笑う。驚くほど可愛らしい顔で。
オレにとっては最愛の恋人の妹なのだ。例え彼女が美しくなかったとしても、同じことをしたはずだけれど。

そもそも彼女にも飛影にも、人間界での金銭感覚というものはない。
自分の買い物が贅沢なのかそうではないのかすら、彼女はわかっていないだろうし、こっちは金には困っていない。

「兄さん見て。あれ、綺麗」
「いいね。今夜飲もうか」

指差す先には、銀色のラベルが輝く、ロゼのシャンパンの瓶がある。
この生活が始まってから、もちろん酒など飲んではいなかったが、たまにはいいかもしれない。
オレたちは三人とも、こんな物で酔っぱらうこともないわけだし。

切れかかっていた牛乳とオリーブオイルも買い、片手には重くなった買い物袋を、片手には青いワンピースが涼しげな少女を連れて、家路についた。
***
シャンパンというのは、シャンパングラスに注いでこそ映えるのかもしれない。
シャンパングラスを買うことは思いつかず、ごく普通のグラスに注いだシャンパンは、ただの綺麗なピンク色のソーダ水のようにも見えた。

なにせすることがないオレたちだ。飛影でさえ暇を持て余し、夕食の支度は手伝う。
三人がかりで作った夕食は今夜もなかなかに豪華で、シャンパングラスがなくとも、充分に優雅な夜だ。

あの日以前の記憶をすっかり戻せるのは、あと十日前後、そんなところだろうか。前例がないのだから、確信もないが。
それまで何をしようかと、飛影が剥いたオレンジがたくさん入ったサラダをつまみながら考える。

遊園地、動物園、水族館、美術館、ドライブ。
思い浮かぶ候補はどれも、無表情に首を横に振る飛影の顔が思い浮かぶ。
二人に与えている薬は、オレの部屋のベランダとオレの部屋で育てている薬草だ。あれの世話を考えると、泊まりでどこかへ行くというのも面倒だ。

「なんか…ねむ…」

美しい少女はあくびをしても可愛らしい。
食事の途中で、どちらかといえば宵っぱりの彼女にしては珍しく、眠そうに目をこする。

「兄さん、ちょっと休んでから、また食べてもいい?」
「もちろん」

雪菜ちゃんはリビングの大きなソファに横になり、クッションを抱える。五分と経たずに寝息が聞こえ始めた。
ふと気付いてテーブルの上の瓶を見れば、オレと二人でシャンパンをほとんど空けていた。

「そっか」

酒に酔ったのか。普段ならこんな物で妖怪が酔うはずもないが、記憶を操作する薬のせいだろう。
炭酸が苦手な飛影はひとくち飲んだきり、オレの方へとグラスを押しやったままだ。

二人になったテーブルで、オレが飛影に話しかければ、短いながらも返事は返ってくる。
元々愛想がいいわけではないが、眠っているとはいえ雪菜ちゃんがいるこの場所で、何を話せばいいのやら。

「さてと、片付ける前に部屋に連れて行こうかな」

使い終わった食器を流しに置き、水に浸けた。
すっかり眠り込んでしまった雪菜ちゃんに近付いたオレを制するように、飛影が先に立つ。

「オレが連れて行く」

そう言うと、飛影はひょいと雪菜ちゃんを抱き上げ、リビングを出ていってしまう。
身長はさほど変わらないのに、いとも軽々と。まあ、軽々というなら、雪菜ちゃんだって飛影を軽々抱き上げられるだろうけど。

飛影が残した、ぬるくなったシャンパンを飲み干し、スポンジを手に取った。
***
二方向に窓のある部屋は涼しく、夜はエアコンをつける必要もない。
結局そのまま眠ってしまったらしい雪菜ちゃんの様子をうかがい、ベッドの下に落ちかかっていたタオルケットをかけ直してやる。

ガラスの飾りのついた髪留めを外してやると、やわらかな髪が枕に扇のように広がる。
透けるように白い肌。薄く口を開けて眠るその姿は、陶器の人形のようだ。

「あ…、冷たい」

首筋に指を這わせて、体温を測る。
氷女らしい冷たい肌が、一層冷たくなっている。それは薬が思惑通りに効いた証拠で、この分だと彼女の方が先に記憶を取り戻すだろう。思ったよりも早かった。
体温が下がり、昏睡の一歩手前の深い眠りに落ちるのが、記憶が戻る合図だ。このまま二日ほど眠り、目覚めた時にはあの夜のこと以外は元通りのはずだ。

それにしても、一体なんだってあの日あの場所にいたのだろう。

夜風に中途半端にひらひらしていたカーテンをとめ、オレは部屋を出る。
二つ並んだドアの右が雪菜ちゃんの部屋で、左は飛影の部屋だ。

「…飛影」

小声で、呼びかける。
隣の部屋と同じように、風が通る部屋。

短い黒髪の間を、夜風が抜けていく。
オレにとっては見慣れた、小さく丸くなって眠る姿。

首筋をなぞると、まだ高い体温が伝わってくる。
どうやら飛影の方は、記憶が戻るのはまだ先のようだ。

髪を撫で、ベッドの隅にくしゃくしゃと丸められていたタオルケットを広げてかけてやる。
ふいに込み上げた愛おしさに、抱きしめようかとのばした手を引っ込める。
兄という立場としては、髪を撫でるくらいがせいぜいだ。

音を立てないようにドアを閉め、廊下やリビングの電気も消し、自分の部屋に戻る。
いくつもの薬草の鉢をチェックし、水を与え、熟した葉を摘む。

薬草のひとつが放つ、薄荷にも似た香りの中で、オレもベッドで横になる。
窓とベランダのあるこの部屋もまた、夜風が涼しい。

明日の朝は、何を作ろうか。
ホットケーキでも…。

音もなくドアが開き、音もなく白いつま先が床に降りる。

「…飛影」

一瞬だった。
コトンと何かが落ちる音がし、たった今ドアに手を添えて立っていた飛影は、軽やかに床を蹴り、次の瞬間にはベッドにいた。

「飛影…?」

視界には、飛影がいる。横になったオレをまたぐようにして飛影がいた。
正確には、両手でナイフを握った飛影が。

銀色の切っ先を見つめる。

人間界のちゃちな刃物だって、買ってしばらくはなかなかの切れ味だ。
刺されたところで死ぬわけではないが、あまりありがたくはない。

「飛影…どうし…」
「……雪菜に、手を出すな」
「え」

手を出す?つまり、そういう意味でか?
オレが?雪菜ちゃんに?

「……えぇ?」

ショックというか、がっかりというか。
飛影はオレを、妹に手を出すような兄だと思っているわけか。

「飛影…」

ナイフを持つ両手を、右手で包む。
オレの片手で包めるような、小さな両手が握るナイフ。

「雪菜に、手を出すな」
「あのね、飛影。オレは…」
「手を出すな。……相手なら、オレがしてやる」
「え」

ふいに力の抜けた手から、ゆっくりとナイフを取る。
大きな目から視線を外さず手を伸ばし、取り上げたナイフをそっとベッドの下に置く。

飛影の目が、オレを見下ろしている。
夏の夜にどこか似た、暗い熱さで。

「…飛影、自分で脱ぐ?それとも脱がせて欲しい?」

オレの顔の両脇に、飛影が自由になった両手を付く。
シーツに皺を作る指先は、オレンジの香りがした。

両手を伸ばし、覆いかぶさる体を抱き寄せて、唇を重ねた。
***
床には、封を切ったばかりのオリーブオイルの瓶が転がっている。
ナイフと一緒に、飛影が持ってきたお土産だ。ついさっき、コトンと何かが落ちる音がしたことには気付いたが、これだったのだ。

「…っは、ぁ……っあ、ひ…っ」

あぐらをかいた足の上に、向かい合う形で飛影を座らせる。
オリーブオイルをたっぷり絡めた指で、あたたかい体内をかき回す。

「んん、ぁ、あ……っ…ああ…っあ!」

二度目の射精に、飛影の背が反る。

二人の部屋とオレの部屋は、ちょうど反対側にある。
それでも気にしているのだろう、飛影は懸命に口を閉ざそうとしている。

「…飛影…大丈夫、向こうの部屋には聞こえないから…」

よほど大きな声を出さなければ聞こえることはないし、そもそも彼女はしばらくは目覚めない眠りに落ちている。

飛影の放ったものとオリーブオイルの青い香りが、部屋に立ち込めている。

右手で穴をかき回し、また上向き始めた前を左手で上下に扱く。
軽く歯を立てた乳首はピンと尖っていて、中をかき回す指を増やすと、泣き声にも似た声が漏れる。

どこをどうすればいいのか、知り尽くした体だ。
今夜は焦らしたりはしない。飛影の感じる場所を、次々に可愛がってやる。

「…っあ、あ、あ……ぁ」
「…飛影…妹とはだめで、弟とはこんなことして…いいんだ?」

オレの言葉に反応し、差し込んだ指が、ぎゅうっと締めつけられた。

「…オレ……は…っ………にい…」

涙がこぼれ落ちる寸前まで、潤んだ瞳がこちらを見つめる。
長い髪を引っぱるようにつかんでいた両手が離れ、もうすでに勃ち上がりかかっていたオレのものを掴む。
稚拙な愛撫だって、それが飛影の手ならオレはいつだって大歓迎だ。

「飛影…ん」
「…あ、く、んん……あ、あっ…!」

ぐちゅっと音を立て、指を抜く。
飛影の呼吸は戦闘の時でさえ、乱れることは滅多にない。
なのに今は、溺れたところを助けられた人間のように、忙しなく喘いでいる。

震えている太ももに手を添え、さらに大きく足を開かせる。
小さな体を抱き上げて、指を抜かれて口を開けている穴に、先端を押し付けた瞬間。

「……く……ら…」

飛影の両手が、とん、とオレの肩を押した。
仰向けになったオレに跨がり、飛影は腰を一気に落とす。

「うっあ!あああ!ひ……っあ…ああ!」
「っ、あ、飛影…っ」

食いちぎられそうにきつく、とろけるように熱い。
上下に弾む尻の中を、夢中で突き上げる。何度も何度も。

涼しい風が通る部屋で、オレたちは滴になった汗を撒き散らし、抜き差しを繰り返す。

「っあ!あ!あ!ああ、あ…」

そろそろ飛影は、自分で動けなくなってきている。
体を起こし、座位でまた突き上げる。引き締まった腰を掴み、上下に力強く揺さぶる。

「や、あ、ああ、…っあ!あ!あ!あああ」
「ひえ……好きだよ…っ、あ」

五度目の絶頂にきつく締まった体内に、オレもどろりと熱い液体を叩き付ける。
ひくひくと痙攣するそこに一滴残らず注ぎ込もうと、狭い奥にねじ込みながら。

「………っ…くら…ま…」

吐息のような言葉を残し、飛影の体からふっと力が抜ける。
倒れないよう抱きしめた体は、急激に冷たくなっていく。

「え…飛影?今…?」

体温が下がり、昏睡の一歩手前の深い眠りに落ちるのが、記憶が戻る合図だ。

くたりと腕の中におさまった体。
目を閉じると一層幼くなるその顔。

「……もう、ずるいな、飛影」

飛影を抱き上げたままオレは立ち上がり、ついさっきまで狂ったように尻を振っていたとは思えない、子供のような寝顔に笑ってしまう。

二人が目覚めるのは二日後だ。飛影を風呂に入れ、オレのベッドで一緒に眠るとしよう。

…兄さん。

見上げる目を、戸惑ったような呼びかけを、オレは思い出す。

「…結構楽しかったよ、オレは」

薄く開いたままの唇にキスをし、そう囁く。
つかの間の弟の顔は、ほんの少し笑っているように見えた。


...End.