Loop Dragon 番外編・Act.0ループドラゴンのやつらだ、隣にいた男がそう蔵馬に囁いた。***
「…最近じゃ、地上のやつらも地下に来ているのか?」グラスの酒を一口啜り、蔵馬は眉をひそめた。 地下、というのはこの街の隠語だ。 カジノとそれに付随する産業しかないこの街だが、賭博の街にさえそれなりに暗黙のルールはある。 ループドラゴンのような大規模でまともなカジノは『地上』と呼ばれ、反対に暗黙のルールさえも破る、なんでもありの闇カジノは『地下』と呼ばれていた。 地下は普通の客の足の踏み入れる場所ではなく、いわば賭博師たちが腕を競い合う場所でもあり、負けが死につながる事も珍しくはなかった。 蔵馬は特別な客だけを通す、奥まった個室の細いガラス窓…暗く狭いフロアが見渡せる…から、その四人連れを眺める。 地上に雇われている者が地下に足を踏み入れる事は滅多にない。危険な場所でもあるし、大抵の地上のオーナーは、自分のディーラーたちに地下に行く事を禁止しているはずだ。 腕に自信のある賭博師がいるのか、もしくは余程愚かなお子様たちか。 少年が二人、少女が二人。 恋人同士が二組、といったところだろう。もっとも男同士、女同士、の組み合わせも魔界では珍しい事ではないが。 こちらに横顔を見せている少年は額の髪を後ろに流し、部屋の暗さの中でも陽気に笑っていた。 「それで、お前はいつうちに来てくれるんだ?」 「…地上に雇われる気はない。何度も言わせるな、黄泉」 黄泉の経営する地上のカジノ『坩堝』は、規模だけならループドラゴンとそう変わらない。 だが、今一歩及ばないのだ。なんというか…華がない。 ループドラゴンのような腕も良く見目もいい花形ディーラーがいないのだ。ループドラゴンの従業員たちはウエイターでさえ一定の基準を満たした者しかいない。 その点でも躯の経営者としての腕前が分かるというものだ。 「…お前の店がループドラゴンに敵わないのは華がないからだ。客は賭事だけを楽しみに来ている訳じゃない。もっと綺麗どころを雇う事だな」 「わかっている。しかし見目と腕が共に優れている者はそうそういない。だからこうしてお前に何度も頼んでいるだろう?」 「俺は地下専門なんでね。いくら旧知のお前の頼みでも断る」 「どうだかな…躯からも何度も声をかけられていると聞いたが」 「ループドラゴンか?…あんなお子様を雇っている店に俺が雇われるとでも?」 蔵馬は先ほどの四人連れを顎で差した。 躯は地下で名を馳せた賭博師だったが、今は一線を退いて街で一番大きなカジノであるループドラゴンを経営している。 「…まんざらお子様でもないぞ。あの小さいのは」 「どっちの事だ?小さいのは二人いる」 後ろ姿なので顔は見えないが、片方は水色の髪、片方は黒髪だ。 「水色の髪の方だ。ループドラゴンのナンバーワンだ」 「ナンバーワン…?」 それならば当然オーナーである躯の秘蔵っ子だろう。 よくこんな危険な地下への出入りを許しているものだ。 「今日は連れがいるが、一人で来る事も多い」 「へえ…それはいい度胸だな」 その言葉が聞こえたはずもないのに、ふいにその少女は振り向いた。 氷のような色をした瞳と髪。 白い肌に素晴らしく整った目鼻立ち。 とびきり綺麗な女だ。 美しいと言わざるを得ない。 「…かなりの美人だな。それでいてここへ一人で来る度胸もあるのだから完璧だ」 「だろうな。そうでなければナンバーワンにはなれまいよ。名は雪菜。隣にいるのは兄だ。ルーレットのディーラーをしている」 「兄?…兄妹なのか?」 「ああ。兄さん、と呼んでいるのを聞いた事がある。それに血が繋がっているのは間違いない。同じ匂いがする」 「お前がそう言うならそうなんだろうな」 目の見えない黄泉は、その分他の感覚は並外れている。 雪菜が兄に何か話しかけた。 小柄な所はよく似ている黒髪の少年が顔を上げた。 その顔にも、蔵馬は目を奪われる。 白い肌。 妹ほどではないが、整った目鼻立ち。 何より… 大きな、紅い瞳。 燃え上がる炎を閉じこめたような紅。 思わずハッとするようなその視線。 不機嫌そうな険のある表情がその瞳をさらに引き立てる。 妹が何かを囁き、笑う。 吸い込まれるような怜悧な氷の瞳と、辺りを焼き尽くすような紅い瞳が、混ざり合うように、打ち消し合うように、視線を交わす。 「………気に入った」 「気に入っただと?…どちらを?」 黄泉の問いかけを無視し、蔵馬はグラスを干す。 「…まさか躯につく気じゃあるまいな、蔵馬?」 黄泉の声音には怒りが含まれ始めていたが、蔵馬は黙って肩をすくめる。 空になったグラスを置き、立ち上った。コートをばさりと羽織り、常連だけが通れる裏の出入り口へ向かう。 「誰にも雇われるつもりはない」 だが、と蔵馬は小さく笑う。 「…先の事など誰にもわからないものだ。特に、この街では、な」 「蔵馬!!」 黄泉の声はもう蔵馬には聞こえていない。 彼の中ではすでにゲーム開始の合図が高らかに聞こえている。 …それでは、始めるとしようか? ...End |