「飛影」

オレを呼ぶ、声。
もう一度呼んで欲しくて、聞こえているのに聞こえていないふりをし、オレはあらぬ方を向いたまま、振り向かずにいた。

「飛影」

声が近付く。
今度はすぐそばから、やつはオレを呼ぶ。
手を伸ばせば届くほどのこの距離では、聞こえないふりもできなくて、オレは渋々振り向く。

「…なんだ」
「幽助たちが探してましたよ。行きましょう」

先に立って、蔵馬は歩き出す。
オレが後に続かないことにすぐに気付き、振り向いて苦笑いをする。

「飛影?」

オレは黙ったまま、蔵馬をじっと見つめる。

「飛影」

戻ってきた蔵馬が、オレの髪を撫で、頬を撫で、唇をなぞる。

「飛影」

甘く低い声が、オレに染み込む。かすかな震えが体の芯に走る。
甘くて低くて、深い深い、その声。

たまらなくなって、長い髪に手を伸ばす。
自分の方へと引き寄せ、唇を重ね、目を閉じ、あたたかな舌をゆっくり味わう。

「…どうしたの?飛影」

蔵馬の髪、蔵馬の瞳、蔵馬の仕草。
そして、蔵馬の声。
唇を合わせていたせいで、少し濡れた、その声。

…この声だけで、イけるような気さえ、する。

「飛影」

再びオレは目を閉じる。

「飛影?」

そうだ。
呼んでくれ。オレの名を。
それだけで、オレは。

「飛影ってば、どうしたの?」

耳から入り込んで、脳をとろけさせる、この声。

目を閉じたまま、深く息を吸う。
体中を耳にして、オレはオレを呼ぶ声を、全身で味わう。

「飛影」

甘くて低くて深い、声。

めまいがする。

何度でも、オレを呼んでくれ。
永遠に、オレを呼んでくれ。

お前の、その声で。


...End.