ケンカそっか。それは頭にきちゃうねえ。 「でもさ…え?いや、別にどっちの味方とかそんなんじゃないんだけど」 割れた窓ガラスを手際よく片付けながら、鍵は開いてたのにどうして割って入ってくるのかねえ、と、蔵馬はぼやく。 「でも、君がいないと、飛影が困っちゃうよ」 帰ってあげてよ。 蔵馬がそう宥めた相手は、 べー、と舌を出し、 ぷん、とそっぽを向いた。 舌を出した拍子に、ボハ、と 炎の塊も出しながら。 ***
曲がったヒゲや、コゲコゲの尾っぽ。聞けば飛影と盛大にケンカをしてきたらしい。 らしい、というのは、喋るわけではないからだ。 こちらの言っていることはわかるらしく、蔵馬の問いかけには頷いたり、頭をぶんぶん振ったり、炎を噴き出したりしてちゃんと答えるのだが。 「今日は幽助と夕飯すましてきちゃったから、何にもないんだよな」 ちょうど明日買い物に行こうと思ってたんだ。 蔵馬は申し訳なさそうに言うと、冷蔵庫に冷やしてあったスイカを切って、テーブルに出した。 シャクシャクシャク、という涼しげな音を聞きながら、蔵馬はもう一度取り成す。 「今日は泊まっていいけど、明日は帰るんだよ」 べー。 「だって、君がいなきゃ飛影は黒龍波を使えないんだから」 べー。 「そりゃ、飛影は元々強いけど。君がいるのといないのとじゃ、力が全然違うし」 べー。 「ね、帰ってあげてよ」 ぷぷぷぷぷぷ! 「いたたた!」 スイカの種攻撃を蔵馬に食らわし、尾をふりふり黒龍はキッチンを出ていってしまった。 「やれやれ…」 ため息をついて、蔵馬は散らばった種を拾い集めた。 ***
風にひげをなびかせて、黒龍は朝から扇風機の前を陣取っていた。じりじりと扇風機に近寄り、ひげが巻き込まれそうになると慌てて戻る。どうやら遊んでいるらしい。 窓ガラスを割ってのご訪問から三日目。 まだ帰る気はないらしい。 「意地っ張りなんだから…」 蔵馬は嘆くが、よくよく考えてみれば迎えに来ない飛影も意地っ張りなのだ。 ペットは飼い主に似るとはよく言ったもんだ。 ピンポン、という軽やかな電子音が響く。 蔵馬と黒龍は目を合わせたが、飛影が玄関からピンポーン、などはありえない。 案の定、来客は幽助だった。 「いらっしゃい、幽助」 「おお。あっちーな今日も。よー。来てたのか」 来客が来たのが嬉しいらしく、黒龍は幽助のまわりをぴょんぴょん跳ねる。 ほい、と幽助は土産のアイスクリームをテーブルに置く。 「ありがとう。今お茶淹れるよ」 「冷たいのなー。毎日暑いな。魔界は涼しかったのになあ」 「魔界に行ってきたの?」 「昨日。飛影と手合わせの約束してたのによ」 「してたのに?いなかったの?」 アイスティーを運びながら尋ねる。 「いたけどさ。ポッドに入ってた」 蔵馬がアイスティーを注ぐ手を止めた。 「…え?怪我?たいしたことないの?」 「たいしたことってのがどの程度なのかよくわかんねーけど。足はもげてたな」 その言葉に、黒龍がアイスクリームのカップから顔を上げた。 「大怪我じゃない!?」 「大丈夫だろ。千切れた足は繋いであったし」 でも…と顔を曇らせる蔵馬の隣で、そわそわと落ち着かない尾っぽが揺れる。 「回復にはもう何日かかかるって言ってたけどな。でも…」 幽助の言葉を遮るかのように、ガシャーン!と窓ガラスが割れた。 「ちょっと…」 もう姿が見えなくなりつつある。 びゅーん、と飛んで行ってしまった黒龍の後ろ姿に、蔵馬が力ない呟きを漏らす。 「…鍵…」 またもや粉々に割れたガラスの前で、空しく叫ぶ。 「鍵、開いてるんだけど!?」 ***
「ははは。効果抜群」「……」 「なんだよー?頼まれた通りにやっただろ?」 「まあねえ…」 今週二度目のガラス無しの窓にクーラーは無意味で、蔵馬はリモコンを手に取る。 「嘘ってバレたら怒るかな?にしてもかわいーじゃねーか。飛んで帰った」 「そりゃそうでしょうよ。飛べるもん。窓も開けられるはずだけど」 「もう着いたかな?」 「着いてはいないけど、会ってると思うよ」 アイスティーを飲み干した幽助が、へ?と目を丸くする。 「飛影、人間界に来てるよ。邪眼でこっちを見てた」 「なーんだ。あいつも迎えに来てたんじゃねーか。素直じゃねえなあ」 「そ。一度なんかベランダまで来たくせにね」 オレが気付かないとでも思ってるのかねー? そう笑うと、蔵馬はガラスの破片をゴミ箱に突っ込んだ。 ***
「いらっしゃい」飛影がベランダに降り立ったと同時に、蔵馬はすかさず窓を開けた。 「…なんだ。騒々しい」 「一週間に三度も窓ガラス替えてられないよ」 オレは開け方くらい知ってる。 飛影はムッとしてそう言う。 オレは、ねえ? 誰かさんがガラスを割ったことをなんで知ってるの? そんな意地悪な質問を今日の蔵馬はしない。 なにせ久しぶりに恋人が訪れてくれたのだ。 「だめだよケンカしちゃ。持ちつ持たれつなんだから」 たまには労ってあげなくちゃね。 肩に乗った黒龍は、蔵馬の言葉に嬉しそうに尾っぽをふる。 「…甘やかすのは貴様の担当だろうが。オレは知らん」 飛影はぷいっとそっぽを向く。 先日、黒龍がしたのと同じように。 「はいはい。これ、どうしたの?」 帽子?いや違う。 黒龍はへんてこな丸い箱をかぶっている。 よくよく見れば、それはアイスクリームのカップだった。 あのどさくさに、食べかけのアイスクリームは持って行ったらしい。 ちゃっかりしている。 「何、気に入ったの?」 「バカみたいだからよせと言っただろう!」 べー。 「こいつ…」 「まあまあ。オレが明日買ってあげるよ、帽子」 「だいたい貴様が甘やか…」 「はーい。取り合えず続きは中でね」 二人と一匹は、涼しい部屋の中に消える。 外では相変わらず、真夏の光がアスファルトを焦がしていた。 ...End |