「…鬱陶しい…」
「え?」
「お前の髪、だ。なぜ伸ばしてるんだ?…前は…短かっただろう?」

情事の後の気怠い空気の中で、飛影が呟いた。

飛影の言う前、とは彼らが出会った時で、
それはずいぶんと前の事のように蔵馬には思えた。

蔵馬の腕の中に抱かれたまま、飛影は自分の頬に当たる長い髪を払いのけ、鬱陶しい、ともう一度呟いた。

「長い方が…手足の代わりにも使えるし、ね。武器は多い方がいいじゃない?」
「…まあ、な」
「お気に召さないなら切りましょうか?」
「必要ない。…オレが気に入るかどうかなんてなぜ気にする?」
「恋人の好みは重視する方でしてね。でも、好きでしょ?オレのこの髪」
「別に……待て、誰が恋人だ?」
「あれ?そうだと思ってたのに。オレの片思い?」

もう寝る、黙れ。
そうぼやいて蔵馬とは逆の方へ寝返りを打った飛影の耳が赤く染まった事を、蔵馬は暗がりでも見逃さない。
***
汗で額にくっついた髪をかき上げてやり、蔵馬は微笑んだ。

余程体力を消耗するのか、情事の後の飛影は大抵熟睡している。
普段、険のある表情をしている事が多いせいか、目を閉じるとずいぶんあどけなく見える。

眠っている飛影を眺めるのは、蔵馬にとっては楽しみの一つだ。

「かわい…」

起きてたらぶっ飛ばされるであろう言葉も、眠っている時なら安心だ。
蔵馬は飛影の薄く形のいい唇や、きれいな頬のライン、小さな鼻筋を指でなぞる。

自分の腕の中にすっぽり納まる小柄な肢体。
意外と白い、なめらかな肌。

包帯の巻かれた右腕もなぞっていくと、その先は…

「…やっぱり、好きなんじゃない」

蔵馬は可笑しそうにクスクス笑う。

長い髪を指に巻き付けるようにして、飛影の右手はしっかりと蔵馬の髪を握っていた。

「だから…切れないんだよね」

一緒に眠る時、必ず蔵馬の長い髪を飛影が指にしっかり巻き付かせている事もまた、蔵馬のちょっとした楽しい秘密の一つだ。


...End