「…毎回必ず土産を持ってくるってのは、感心だがな」
「おや?美しい女性を訪れるのに手ぶらで来る男がいますかねえ?」

狐の言葉に、オレは飲みかけていた酒をぶはっと吹いた。

「お前なあ…よくもまあ…」
「別にお世辞じゃない。本当に、貴女は綺麗ですよ」
「お前に言われなくたって知ってる。いちいち口に出すな」
「すみません。つい思っている事を口に出してしまう性分でして」

苦手だ。こういう奴は。
深々と溜め息をついて、長椅子から身を起こす。

「まったく…よりによって飛影みたいな無愛想なのが、よくお前みたいなのを選んだな」

そうやって、あいつにも綺麗だとか、可愛いだとか言うのか?
箱にかけられた華奢な紐を解きながら、尋ねる。

この男はいつも役立つ物を持参してオレの所に訪れるが、こうした役に立たない、だがオレにとっては興味深い、人間界の変な手土産も度々持ってくる。食い物とは思えないような華美な菓子や、素晴らしい香りの蝋燭、緻密に織られた布、そんな物たちを。

魔界にはない、美しい、物たち。

箱の中身は小さく丸い、色彩やかな菓子だ。
一つつまんで、口に入れる。

「もちろん言いますよ。だって、実際に綺麗だし、可愛い」

綺麗?可愛い!?
人間界の繊細な菓子を口に入れた所だったオレは、再度むせた。

「っ…わかったわかった。頼むから、帰れ」
「そうですか?じゃあ、お暇しますね。明後日よろしくお願いします」

にっこり笑って、狐は席を立った。
***
「やれやれ」

二個目を口に放り込む。
シャクっとした外側と、なめらかな中身。

マカロン、って言うんです、それ。
狐はにこにことそう説明して帰った。

食い物に関して言えば、魔界より人間界の方が遥かに優れていると認めざるを得ない。呼びつけた下っ端に、飛影への伝言…シフトの変更、明後日から三日間の休暇…を言付ける。

別にあの狐の頼みを聞いてやる義理もないのだが。
なんだかんだ言って、オレは飛影を甘やかしているのだろうな、そう考えて苦笑する。

武骨で飾り気のないこの部屋に、この色とりどりの菓子は不釣り合いにきらびやかだった。
その不釣り合いな彩りは、先ほどまでの来客によく似ている。

彩り。
色のないこの魔界での、日々。

飛影があの狐と過ごす時間は、こんな風に彩やかなものなのだろうか?
***
ちょうど人間界から百足に戻ってきたらしい飛影とすれ違った。

いつも不機嫌そうな、剣のある表情が、今日は心なしかやわらかい。
髪や肌や唇が艶を帯び…なんというか、満ち足りたような、ぽわんとしたその顔。

満ち足りてるのは、心なのか、体なのか。

「…どっちもか」
「なんだ?何を言ってるんだ?」

その言葉に足を止めた飛影は、たちまち眉を寄せる。

「別に。ああ、お前休みだったんだろ?有意義に過ごせたか?」
「…何をしていようが、オレの勝手だろう」

何をしていたんだかな。
たちまち薄く染まった頬が、どれぐらい有意義だったのか如実に示していて、呆れてしまう。

どう想像しても、難しい。
こいつがあの半妖に甘ったるい言葉を囁かれ、尻を貫かれているなど。

いぶかしげにオレを見る飛影を無視し、オレはさっさと自室に戻る。

「…つまらん」

かわいい弟…というより子供か?…が、自分の知らない風景を知っているようで。
ちょっと、面白くない。

けれど。

なるべく永く、出来る事なら永遠に、飛影が彩やかな時間をあいつと過ごせればいいと願ってもいる。
誰かの幸せを願うだなんて、まるで人間みたいだと、自分を笑いながら。

最後の一個だった菓子を、オレは口に放り込んだ。


...End