in love

それは時折あることだったのに、オレは驚いてしばしポカンとした。

大晦日から元旦にかけて久しぶりに実家で過ごし、母親の手料理をたらふく食べた上にたっぷりと持たされ帰ってきたところだった。

一月一日。
夜の街にはあまり人気がなく、空気はつめたかった。それは不思議と清潔な、新しい空気のように感じて心地よかった。

部屋の空気は冷えきっていたが、人間のように寒さを感じるわけではない。このところ愛用している小さな石油ストーブに火を入れ、お茶でも淹れようかと琺瑯の小さなヤカンをのせたところで、その気配に気付いた。

例えば実家だとか、あるいは親戚の家だとか。
正月に訪ねていいのはそのくらいの近しさだけだろう。だから今日この日に窓辺に降り立つ者がいたことに驚いたのだ。

「飛影」

黒いコート、黒いブーツ。
首回りの白い布はマフラーなのかスカーフなのか、未だにわからない。

「どうしたの?」

彼が治療や食事を求めてオレの元へ来ることはよくあった。
驚いたのは今日が正月だったからだ。

「何がだ?」

子供とも大人ともつかない、彼の声。
正月の来客に驚くなんて、人間界に染まりすぎた自分に呆れてしまう。

「あ、うん。ごめん。正月だったからちょっとびっくりしただけ」
「ショーガツ?」

首をかしげ、ブーツのまま床に降りる。

「来ちゃ悪かったのか?」
「全然悪くないよ。でもブーツは脱いで。コートもね」

素直にブーツとコートを脱ぎ、季節感のないタンクトップ姿で素足のままぺたぺたと石油ストーブに近寄り、飛影は真ん前に膝を抱えるように座り込む。
白い円筒形のストーブの中心のオレンジ色の炎を見つめ、その熱を吸い込むかのように微かに唇を開けて。

「ご飯は?」
「食う」
「泊まってく?」
「どっちでもいい」

実家から持たされてきた、おせちだの茹でた蕎麦だの餅だの食べ物は山ほどあった。
猫か何かのようにストーブの前を陣取った飛影を横目に、オレは皿に移した料理を温め、蕎麦つゆを作る。

例えば幽助の隣とオレの隣。
空いている席がふたつあるとして、彼が選ぶのはいつもオレの隣だった。
チラッと視線を巡らせ、迷うことなくオレの隣を選び、彼は座った。いつでも。

自分が妖怪だから、半妖であるとはいえ一応妖怪であるオレの隣が居心地がいいのかもしれない。
あるいは、幽助の隣だと大抵の場合必然的に桑原くんにも席が近く、それを厭っていたのかもしれない。

彼の行動を逐一チェックし、まるで中学生、いや、小学生のようにそんな馬鹿げたことを考えていた。
自分の右側にちょこんと座る体温を感じながら、オレは内心でためいきをついていた。

あの武術会でのホテルの部屋にしたってそうだ。
何の躊躇いもなく疑いもなく、一緒の部屋だと判断しオレについてくる、その姿。

あまりの愛らしさに、迷子にならないよう手でも繋いで歩きたいくらいだった。
ろくに着替えもしないままコロンと眠っている体に、布団を毎晩のようにかけ直してやった。
座るのならば、隣ではなく膝の上に乗せておきたい。眠るのならば、抱きしめていたい。くしゃくしゃの髪に顔を埋めて、匂いをかいでみたい。

そんな衝動に何度駆られたことだろう。
子供特有の無邪気という鎧をまとい、彼はオレをそこまでは近寄らせないように思えてできなかった。

「ほら、できましたよ」

レンジで温めた料理のいくつか、天ぷらをのせた蕎麦、焼いた餅はきなこをつけてやった。ここで食う、というわがままなリクエストに応え、大きな盆にのせストーブの側に置いてやると、彼は機嫌よく箸を取った。

小さな体だというのに、食べる量は一丁前だ。
みるみる皿を空にする彼を眺めながら、みかんの皮をむいてやる。妖狐の頃だったら、相手が嫌がろうが泣きわめこうが、とっくに押し倒して犯している。なのになんでまあ、オレは餅を頬張る姿を傍らに、みかんの皮などむいているのだろう。

「はい」

きれいに皮をむいたみかんを受け取ろうと伸ばされた手。
ほどよく筋肉がついてはいるが、そこここに子供らしさを残した、白い腕…。

考える間もなく、脇の下に手を入れひょいと抱き上げた。

向き合うように膝の上に座らせると、彼は驚いたように大きな目をさらに大きくしている。
みかんを持ったまま、オレの膝の上で、オレを見上げるその赤い目。

「なんだ?」

怒ってる、という感じではない。
ただ、驚いているという顏。

「嫌ですか?」
「別に、嫌じゃないが」

みかんをまるごと、口に押し込む。
口が小さいのだから、せめて半分にすればいいのに。

「どうしていつも、オレのところに来るんですか?オレの隣に座るんですか?他にも場所はあるのに」

大きな目。赤い目。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「それが悪いのか?」
「悪くないです。でもどうして?」

手当てや看病を求めるなら、まあオレを選ぶのが妥当だ。でも食事なら幽助の所だっていいはずなのに。

「他のやつよりお前の隣の方がいい。他のやつの家よりお前の家がいい」

みかんをもごもごしながら、彼は言う。
膝の上に抱き上げられたまま、オレの太ももを挟むように彼の両足はあり、乗っかった尻の感触があたたかい。

「それって、オレのことが好きだってことですか?」
「………好き?」

ごっくんとみかんを飲み込み、いぶかしげになったその顔に、ああ言わなきゃよかったと、かすかな後悔が胸をよぎる。

飛影は好きも嫌いも、まだ本当は理解していないんじゃないのか?

「…他のやつよりお前の方がいい…のは、お前を好きだということか?」
「まあ、普通はそういうことになるんじゃないかと」
「そうか」

唇にこぼれた甘い果汁を、ピンクの舌先がちろりと舐めとる。

「そうか。ならオレはお前のことが好きだ」

みかんの匂いと一緒に吐き出された言葉の軽さと幼さに、オレは思わず苦笑する。
きっと何もわかっていない。この子供は。

「じゃあ、こんなことしてもいいですか?」

オレの上に座ったままの飛影。
細いベルトをゆるめ、中へ手を入れる。
服の中に潜り込んできた手にびくっと尻が跳ねたが、抵抗する気配もない。

「ん……くら…?」

片手に収まるサイズのそれを握り、優しく揉むように上下する。
先っぽの穴から、毛のない根元まで、ゆっくりと、的確に。

「ん、ふ……んん、ぁ、は」

だんだんと飛影の体が前かがみになり、オレの胸に顔がくっつく。
短くふわふわした髪が、顔にくすぐったい。

「くら、ま、あ………っっあ」

手のひらが、あたたかい。
あふれだした種が、オレの手の中にある。

「あふ……っ、あ、服…汚れ…っ」
「そんなこと、あなたでも気にするんですか?」

空いたほうの手で、黒いズボンを膝まで一気に下ろした。
べとべととしたもので汚れた、ぴくぴくするものが丸見えで…

まるい、腹部。
肥満とは無縁の腹部が少しふくらんでいるのは、ついさっき山ほど食べた食事のせいだろう。

お腹いっぱい食べ終えた子供の、ふくらんだお腹。
きっともう五分もすれば、彼は眠いと言いだすのだ。

そう気付いたら、なんだか笑えてきた。
正月早々焦ってがっつく自分に、なんだか笑えてきた。

「何がおかしい!?」
「ごめん。なんか自分がおかしくってさ」

くすくす笑うオレを、飛影が睨む。
そろそろ笑うのをやめないと、彼は自分のことを笑っているのかと怒りだすだろう。

「今日は、ここまでにしておきます」

ゆっくり、手に入れよう。
こんなに焦って一気に食べちゃ、もったいない。

「オレもね、あなたのことが好きですよ」
「ごまかすな」

頬を染めて、飛影は眉を吊り上げる。
彼の額、まがい物の目を覆う布をそっと押し上げ、薄いまぶたに唇づけた。

いい一年に、なりそうだ。


...End.


2016年新年限定アップ。
2019年12月再アップ。
実和子