氷とお酒「さてと、飲み直そうか?お互いまだまだ酔ってないようだしね」グラスにこぽこぽと音をたてて酒が注がれる。 無色透明だが、とても強い酒だ。 はい、と渡すと、彼女は受け取り艶然と微笑んだ。 幽助たちが蔵馬の家に飲みに来ることはよくあるが、雪菜を連れてくるのは珍しいことだった。 いつも通り酔いつぶれた桑原を連れて幽助たちが帰ろうとすると、雪菜は蔵馬と話がしたいので残る、と言った。久しぶりに魔界の話をしたいんです、と、はにかむように笑った。 ***
「何の話をしようか?」なんでも、と彼女はまた微笑む。 先ほどまでのはにかむような笑みではない。 冷たく、艶やかな笑み。 「今の話でも。昔の話でも。…兄の話でも」 燃えるような濃度の酒を、水のようにサラリと飲む。 美しい水色の髪に、グラスの氷がよく映えた。 「飛影の話ってこと?」 首を傾げて聞き返し、蔵馬も微笑んだ。 雪のような肌。 凍り付いた炎を思わせる、怜悧な瞳。 形のいい薄い唇は、からかうような笑みを浮かべている。 この少女が、強く、冷たく、強靱な精神と肉体を持っていることに なぜ誰も気付かないのだろう? 「いいけど。でもバレたら飛影に殺されちゃうよ、オレ」 こうして二人きりでいるのだってやばいのに、と蔵馬は苦笑する。 「飛影は自分が兄だって、バレてないと思ってるんだからね」 「相変わらず、鈍いのね」 雪菜は苦笑し、氷を鳴らしてすいっと酒を飲み、でも、と続ける。 「蔵馬さん、あなたは何でも知っている。最初から分かっていたことでしょう?」 氷の瞳が、笑みに細くなる。 「まあね」 もちろん、知っている。 人間に捕まったのも、兄をおびき寄せるための彼女の芝居だ。力を弱く見せるために妖気をセーブし、周到に策を練り罠を張ったのだ。 かわいそうな飛影。 死ぬほどの痛みに耐えて邪眼を移植したのに。 助けてやる必要なんかなかった。 そんな弱い者ではない。この少女は。 「そこまでして会いたかったんでしょ?いいの?言わなくて」 「もう会いましたもの」 成長した兄を見てみたかっただけ。 彼女はあっさり言う。 「私は兄に興味があります。でも愛してはいません」 それもご存じでしょう?グラスを干して雪菜は言った。 それも、知っている。 この美しい妹は、兄を愛してはいない。 元々、妖怪は愛情深い生き物ではないし、その中でも氷女は他者はおろか肉親にも愛情をあまり持たない種族だ。 男を愛し子を為したという、雪菜と飛影の母であった氷女は、きっと変わり者だったのだろう。 「蔵馬さん、あなたは?」 酒を注ぎ足す蔵馬を、氷の目が見据える。 「兄にご執心のようですけど?」 からかうように雪菜は問う。 「そうだね。だいぶご執心、だよ」 オレにくれる? 蔵馬もからかうように返す。 「もちろん構いませんわ。兄もあなたに相当なご執心ですもの。でも」 兄は私とは違う。 ずっとずっと脆いわ。 それもご存じ? あなたはそのうち兄に飽きて捨てる。 そうしたら兄は壊れるでしょうね。 「捨てる時は、殺すことですね。後々面倒もないし、その方が兄にとっても幸せ」 サラリと言うと、彼女は手酌で酒を注いだ。 「兄は母に似たんだわ。あなたを愛するなんて」 ソファから立ち上がり、ベッドに腰掛ける。 「結構ご執心なんだよ?オレ」 自分も雪菜の隣に腰掛けながら、飛影を手放す気はないよ、と蔵馬は笑う。 「手放す気はない?あなたが?」 雪菜はぷっと吹き出し、体を後ろに投げ出すように横たわった。 「ここで兄と性交するんですね?」 白く細い指が、興味深そうにシーツや枕を撫でる。 うん、と蔵馬は頷く。 他の場所でもするけどね、と言うと雪菜はまた笑った。 「見たいわ」 嬉しそうに笑う。 「見たいわ。兄があなたに抱かれるのを」 どんな風に体を開くのか。 どんな声を上げるのか。 笑顔のまま、蔵馬を見つめる。 「見せてくれます?」 いつか、兄が壊れてしまう前に。 そう言うと、雪菜は花のように笑んだ。 ...End |