秘密...おまけ

「…氷、作ってよ」

月光に満たされた庭。
東屋の長椅子にぐったりと横たわる飛影に、陶器のグラスとともに差し出された言葉。

一瞬ムッとした表情を見せた飛影だったが、グラスの縁に、白い指をすべらせる。
ふわりと白い冷気が立ち上り、グラスがピシ、と音を立て、内側に氷塊を作るかわりに、外側を薄く凍らせた。

「…無理だな」
「だね。なかなか難しいもんなんだね」

以前、皆で集まり飲んでいる時に、雪菜がいともたやすく作ってくれた氷は、宝石のように輝く、それは見事な氷塊だった。

「仕方ないだろうが。オレは氷の妖気の扱いがよくわからん」

汗で湿った黒髪は乱れ、月の光が白い肌を輝かせる。
蔵馬から受け取ったグラスを一気に煽り、飛影は肌にはり付く髪をかき上げた。
頬は余韻に火照り、さんざんに揉み解された胸は無造作に晒され、内股には液が伝い落ちた跡が何本もある。

「…いいね。すごく色っぽいよ」
「言ってろボケが」

悪態をつきながらも、長椅子の下に落ちていた着物を飛影は慌てて羽織る。

「もったいない。着ないでよ」
「ふざけるな」

あちこちに自分と、そして蔵馬の付けた染みのついた長椅子に座る気になれず、飛影は床に腰を下ろす。

「ねえ、飛影」
「…なんだ」
「最初に…初めてその体になった時、どうだったの?」

痛かった?怖かった?ドキドキした?
月の光に合わせるかのようなやさしい声音で問われ、飛影はぼんやりと記憶を手繰る。

胸や股間がズキズキ痛くて、高熱を出して寝込んだ。
二晩ほどもうなされた揚げ句、目覚めたら、あるべきものはなく、あるはずのないものが体にあった。

…氷女になっていた。
あれほど憎んでいた、氷の国の女に。

「…オレが怖がるだと?馬鹿馬鹿しい」

本当は、怖かった。
痛みや熱が消え去った後の、自分の体を見た時の驚きときたらない。

自分が、女に。
よりにもよって、氷女に。

それに、もう一つ、考えた……

「でもさ、飛影。…もしかして氷河に帰れるんじゃないかって、思ったんじゃない?」

思わず目を見開いた飛影に気付いているのかいないのか、蔵馬は続ける。

「氷河に帰って、受け入れられて…氷女たちと…雪菜ちゃんと一緒に生きて行けるかもしれない、なんて…ちょっと思ったんじゃない?」

誰にも言ったことはない。
自分自身、そんな女々しい考えを一瞬でも抱いたことに猛烈に腹が立った、その願い。
どうしてこいつは、人の心を見透かすのだろう。

飛影は舌打ちをし、汚れた長椅子に腰かける蔵馬を睨みつけた。

「……貴様は本当に嫌なやつだな、蔵馬…っ、何を…」

床に座っていた飛影の脇の下に手を差し入れ、蔵馬はその体をぐいっと長椅子に引き上げ、自分の膝に座らせる。
やわらかく甘い匂いのする小さな体が、蔵馬の上で身じろいだ。

「放せ!…下ろせ」
「飛影、君にはオレがいるんだから、いいじゃない」

氷の国なんかじゃなく、ここにいてよ。
この長椅子の上で、オレの上にいて。

どんな姿でもいいから、
ずっとずっと、側にいてよ。

オレの上、という言葉は、膝の上に抱かれている今のこの状態を指すのだとわかってはいても、何か卑猥な響きを感じ、飛影は顔を赤らめ、そっぽを向いた。

「あ、なんかイヤらしいこと考えたでしょ?」
「な、…考えてない!!」
「五年後も、十年後も、その先もずっと、恥ずかしがらずにオレに見せてね」
「きっさま…!見るだけじゃなかっただろうが!!」
「まあまあ」

氷の破片を飛ばす飛影を押し倒し、蔵馬は再び覆いかぶさる。

どうやら長椅子は、今夜もう一度二人を受け止めることになりそうだ。


...End.